雪が降る12月のある日。この大きな屋敷の中では誰もが心を躍らせていた。今日はクリ
スマス・イブ。たとえ妖怪であってもこういう行事は楽しみたいものだ。この屋敷の主、
跡部は自室で暖をとりながら宍戸と話をしていた。
「なあ、景吾。」
「どうした?」
「今日はクリスマス・イブだって、さっきジローがはしゃいでたんだけど、クリスマス・
イブって何だ?」
人間(妖怪)の世界に入って間もない宍戸はクリスマスのような慣習をまだ理解していな
い。それがどうして嬉しいのか、何をするのかなどはさっぱり分かっていないのだ。ソフ
ァにペタンと座っている宍戸は不思議そうな顔で跡部に尋ねる。跡部は本を手に持ったま
まその答えを教えた。
「クリスマスってのは、キリストの誕生日だ。イブっつーのは前夜。その前の日の夜って
ことだ。」
「キリストって誰?すげぇ人なのか?」
「キリストはキリスト教を作った人だ。ほら、十字架とかを掲げてる奴らがいるだろ?あ
いつらがキリスト教だ。」
「でも、それなら何でキリスト教でもない俺らが祝うんだ?」
「クリスマスはな、今は世界的な行事になってんだ。ケーキを食ったり、ご馳走を食べた
り、プレゼントを交換し合ったり、そういうことをする日なんだよ。」
「へぇ。そりゃ楽しそうだな!だから、ジローはあんなにはしゃいでたのか。」
ケーキを食べたり、ご馳走を食べたり、プレゼントを交換し合ったりというのは、宍戸に
とっても魅力的で楽しいことだ。そんな日ならみんながわくわくしているのも無理はない
とクリスマス特有のこの雰囲気を宍戸はしっかり理解した。
「うちでもそういうことするのか?」
「当然だろ?今日は岳人や忍足、滝や鳳も呼んで、盛大なパーティーをするつもりだ。」
「本当か!?うわあ、激楽しそうー。」
パーティーをすると聞いて宍戸の顔は、花が咲いたように明るくなる。クリスマスを祝う
など生まれて初めての経験だ。それもみんなでわいわいとやるパーティーとなったら、楽
しくないわけがないであろう。
「なあなあ、それっていつから始めるんだ?昼からか?それとも夜から?」
「準備は昼間のうちにしなきゃいけねぇだろうけど、実際始めるのは夕方くらいからだろ
うな。今、樺地がいろいろ作ってくれてるけどよ。」
「そっか。じゃあ、俺、樺地のこと手伝ってくる!!」
「えっ、おいっ!!亮っ・・・行っちまった。」
樺地がパーティーの用意をしていると聞き、宍戸はストンとソファから下り、手伝いに行
った。本当はもう少し二人でゆっくりしたかったのだが仕方がない。読んでいた本をパタ
ンと閉じると、跡部も宍戸を追いかけるように自分の部屋を出て行った。
夜のパーティーの為にかジローは昼間の間ずっと眠っていたが、残りの三人で用意をした
こともあり、思った以上に早く準備を終えることが出来た。これなら早めに始められそう
だと、跡部は滝や岳人に連絡を入れる。どちらとももう準備は万全だったようで、連絡を
した瞬間、即行行くと嬉しそうに話した。
「あいつらももうすぐ来てくれるってよ。」
「マジで!?わあ、楽しみー。それにしても樺地すげぇよな。この短い時間のなかでこん
なにいっぱいご馳走作っちまうんだもん。」
「そりゃ俺の執事だからな。これくらい出来て当然だ。なあ、樺地?」
「ウス。」
全員が座ることの出来る大きなテーブルいっぱいにご馳走は並んでいる。大きなケーキに
七面鳥、ローストビーフやピザ、その他、和洋中全てがそろったこのご馳走に誰が文句を
つけられるであろうか。それほど樺地の作ったメニューはすごいのだ。
ピンポーン
したようだ。玄関に迎えに出たのは跡部ではなく宍戸。もうパーティーをするのが嬉しく
ていてもたってもいられないらしい。
「どうぞ。」
『おじゃましまーす。』
大きな扉を開けると四人がそろって顔を出す。手には大きな荷物を持っている。飲み物や
パーティー道具はこのメンバーが持ってくることになっていたようだ。宍戸の案内から大
きな部屋に連れてこられると、四人はそのご馳走の豪華さを見てビックリ。ここまで豪華
なものだとは誰もが思ってもみなかった。
「わあ、すっげー!!超豪華じゃん!!」
「ホンマに。これ全部手作りなん?」
「ああ。樺地が全部作ったんだぜ。」
「やるねー、樺地。さすが。」
「本当すごいですね。どれも美味しそう。」
全員に称賛され、樺地は恥ずかしそうにうつむく。しかし、心の内では嬉しくて仕方がな
いのだ。あまりにも部屋の中が騒がしくなったので、さすがにジローも目を覚ます。寝ぼ
け眼で部屋を見渡すとそこにはたくさんのご馳走。それも全員がそろっているという状況
を見れば、起きないわけにはいかないだろう。
「あっ、ジロー起きたみたいだぜ。」
「うっわあ、何これスッゲー!!いつの間にこんな用意したんだ?」
「テメェが寝てる間にだ。手伝いもしねぇで何言ってやがる。」
少々厳しい口調でこんなことを言う跡部だが、その表情は笑っている。やはりこの雰囲気
が楽しいようだ。
「騒ぐのもいいけどさ、まずはいったん席に着かない?これじゃあ、いつまで経ってもパ
ーティー始められないよ。」
滝の一言でそこにいたメンバーは皆自分の好きな席に座った。当然跡部は一番奥の席だ。
その隣に宍戸が座り、さらにその隣にはジローと樺地が座った。そして、向かい側に、滝、
鳳、岳人、忍足という順番で腰を下ろしてゆく。
「さてと、じゃあ、まず乾杯しよっか。」
そう言って滝は持ってきた袋の中から、緑色のラベルが貼られた真っ赤なビンを出す。中
身はこの日にピッタリのシャンパンだ。パチンと指を鳴らし、コルクを開けると元から用
意されていたグラスに注いでいく。しゅわしゅわと泡を立てるシャンパンを手に取ると、
8人は声を合わせてそれを頭の上に掲げた。
『乾杯ー!!』
まずは一口口に運ぶと、何とも言えない甘さと刺激が口いっぱいに広がった。
「うわあ、これ激ウメェ!!」
「子供用のシャンパンじゃないみてぇだな。」
「アルコール、入ってるん?」
「入ってるよ。俺ら妖怪だし、別に人間の法律に従わなくてもいいでしょ。」
「確かに。でも、これ、買ったやつじゃないんだろ?普通に売ってるのがこんな俺ら好み
の味なわけねぇもん。」
「なかなかするどいじゃん、岳人。」
「このシャンパン、滝さんが作ったやつなんですよ。俺も手伝いましたもん。」
「へぇ、やっぱ滝スゲェな!すっばらC〜!!」
これくらい当然だよと滝は自慢げに言う。相当美味しいようで、あっという間にビン一本
空けてしまった。
「まだまだあるからどんどん飲んでね。」
滝はいくつものビンを机の上に置いた。今日のために相当な数を作っておいたようだ。美
味しいシャンパンをがんがん飲みつつ、用意されたご馳走を食べる。そんなことをしてい
るうちに8人のテンションはどんどん上がっていった。跡部や滝、岳人や忍足はかなりお
酒に強いのでこの程度のアルコールでは全く酔わない。しかし、元が妖怪ではない宍戸や
鳳、あまりこういうものを飲まないジローはすっかり酔っ払っていた。ちなみに樺地はほ
んの少し飲んだ程度なので、酔うというところまではいっていない。
「侑士、結構酒強いんだな。」
「岳人だってそうやん。跡部と滝は見たまんまやけど、宍戸と鳳はえらいことになってん
なあ・・・」
「あはは、景吾、何か俺スッゲー楽しい!!」
「滝さん、俺、こんなの自分じゃ食べられないですよぉ。食べさせてくださいVv」
笑い上戸な宍戸と絡み上戸な鳳は中途半端に動物の姿を現しながら、お互いのパートナー
に絡んでいる。中途半端な動物の姿、それは宍戸には真っ黒な猫耳と尻尾が生え、鳳には
白い犬耳とふさふさ尻尾が現れていることを意味している。
「滝・・・これは一体どういうことだ?」
「えー、半分もとの姿入ってんのって可愛くない?」
「確かに可愛いが・・・」
「でしょ?動物系にだけ効くちょっとしたおまじないかけておいたから、きっとこの後も
相当楽しめると思うよ。」
意味深な笑顔を浮かべながら滝はを言う。そんな笑顔が少し気になるがそれを打ち消すか
のような声が隣から聞こえた。
「景吾ぉ、滝とばっか話してないで俺に構え〜。」
跡部の服をきゅっと掴みながら、宍戸は不機嫌声でそんなことを言う。少し下から上目使
いでのお願いに跡部はドキドキ。酒が入るとこうまで変わるのかと自分自身も冷静さがな
くなってくる。その場で押し倒してしまおうかという衝動を必死に抑えながら跡部は軽く
頭を撫でるだけで、何とか理性を持続させた。
「後で飽きるほど構ってやるから今は少し待ってろ。」
「何でだよ〜。あっ!!」
何かに気がついたように宍戸が突然大きな声を上げた。そして、何故だかうるうると目を
潤ませてそのまま泣き出してしまう。
「どうしたの宍戸?」
「跡部に何かされたのか?」
「何もしてねぇよ!!」
「どこか痛いんか?」
心配そうに尋ねる三人(滝・岳人・忍足)に向かって、宍戸はボロボロ泣きながらその理
由を途切れ途切れに説明した。
「今日・・・プレゼントあげる日なのに・・・・俺、景吾に何にも用意してねぇよ・・・
どうしよぉ・・・」
酔っ払っているためかこんなことで宍戸は泣いてしまっているのだ。何だか可愛いなあと
思いつつ、三人は隣で唖然としてる跡部を見てあることを思いついてしまう。こりゃ跡部
をからかうにはもってこいだとコソコソと相談した後、ガタンと立ち上がった。
「跡部、ちょっと宍戸借りてくよ。」
「すぐ戻ってくるから安心しぃや。」
「宍戸、俺達がいいプレゼント考えてやったからついて来いよ。」
「・・・・?」
よく分からないがプレゼントを用意出来るならと宍戸は三人に素直について行った。
「あっ!!おいっ、ちょっと待て!!」
「いいプレゼント持ってきてあげるからお楽しみに〜。」
にこっと笑って手を振ると、滝は宍戸を連れて部屋の外へ出てしまった。心配ながらもこ
こでついて行こうとするのも微妙だろうと跡部は仕方なくその場で待機する。他の残され
た三人もどうしていいか分からず、ただ呆然とその様子を見ていた。
「う〜・・・」
すると今度は鳳が泣き出してしまう。一人向かい側の席に残されてしまったのだから当然
であろう。
「あー、鳳〜、泣かないでぇ。」
「ウス。」
「そうだ、あいつらもすぐ戻ってくるから。」
必死でなぐさめようとする三人だが、完璧に酔っ払っている鳳はさらに激しく泣き出して
しまう。
「うっ・・・ひっく・・俺、やっぱりいらない奴なんです〜。」
「そんなことないって。跡部、どうしよ〜。」
「ったく、行くのは勝手だがちゃんと鳳も連れてってやれよな。」
「ウス。」
「そうだ!鳳、このケーキ食べなよ。樺地が作ったんだけど、メッチャうまいぜ。」
酔ってるわりにはまだ意識はしっかりしているようで、ジローは樺地の作った真っ白なク
リームのケーキを鳳に渡す。しかし、鳳はこれをフォークを使っては食べられない。中途
半端に犬に戻っているため、食器がうまく使えないのだ。仕方がないので、ジローが食べ
させてやろうかなと思ったその瞬間、まるでやけ食いをするかのように鳳は手を使わず、
そのケーキをパクパクと食べてしまった。当然口のまわりはクリームで真っ白。それを見
て跡部はふといいことを思いついた。
「鳳、口のまわりクリームだらけだぜ。」
「ウス。」
樺地がナプキンでそれを拭きとってやろうとするのを跡部は止めた。そして、楽しそうに
笑いながら二人に向かって言い放つ。
「ジロー、俺、いいこと思いついたぜ。」
「何?」
「滝を驚かせてやるんだ。確かキッチンにはちみつあったよな?」
「ウス。」
「樺地、それを持って来い。」
何を考えているのか、跡部はそんなことを樺地に命令する。すぐに樺地ははちみつをキッ
チンから取って来た。それをスプーンですくうと、跡部は鳳の手にゆっくりと垂らす。
「鳳、このはちみつうまいぜ。食ってみろよ。」
「本当ですか?」
まだ置いていかれて悲しいという気持ちは消えないが、他の三人がいろいろなことをして
くるので、鳳はとりあえずそれに従う。手につけられたはちみつを口に運ぶとふんわりと
した甘さが広がった。
「美味しいです・・・」
「だろ?ほら、まだたくさんあるからもっと食べてもいいぜ。」
はちみつのビンを鳳の目の前に置くと、鳳はそれを手ですくって食べる。かなり行儀の悪
い食べ方ではあるが、半分犬なのだからしょうがない。少しは気分が晴れたのか鳳の目か
ら涙は流れなくなった。しかし、その顔は別の意味で問題がある。
「あのさぁ、跡部。」
「どうした?」
「鳳の顔、てか手もだけど、何か・・・エロくない?俺が酒に酔ってるからそう見えるの
かもしんないけどぉ。」
「ああ、そうだな。俺がわざとそうしたんだ。滝の奴、帰ってきたら驚くぜ。」
そう跡部はそれを狙っていたのだ。クリームだらけの顔にはちみつでべとべとになった手。
滝のようなある程度の知識のあるものだったら、パッと見とあることをした後に見える。
こんな鳳の姿を見たら、そりゃもうビックリするだろう。
「そういうことか。確かにこんな鳳見たら滝もビックリだねー。」
「あいつらが亮に何してるか知らねぇが、こっちはこっちでやってやろうじゃねぇの。」
「あんまりやりすぎると勘違いされちゃうから気をつけた方がいいと思うけど。」
「大丈夫だって。ところでお前、あんだけ酒飲んだ割には随分と起きてるじゃねーか。そ
れもこんなにしゃべってるし。珍しいな。」
「うーん、何か今日は眠くないんだよねー。だから、今日は遅くまで起きて樺地と遊ぶん
だー。いいよな?跡部。」
「まあ、今日はクリスマスだからな。樺地がいいっつーんならいいんじゃねぇの?」
「やったー!!跡部も許してくれたし、今日はいっぱい遊ぼうな樺地!!」
「ウス。」
吸血鬼のジローは酒に酔うといつもより目覚めてる時間が多くなるらしい。なかなかいい
酔い方だ。もっと遅くの夜のことを考えつつ、二人は楽しそうにはしゃぐ。一方跡部は、
三人に連れて行かれた宍戸のことをひどく気にし始めていた。まだそれほど時間は経って
いないのだが、やはり宍戸のこととなると感じ方が違う。早く帰ってこいと思いつつ、跡
部は再びイスの上に腰かけた。
to be continued