「現代パラレル(朝編)」の段

ピチュチュチュ・・・
爽やかな朝、海の近くのアパートの一室に、朝ごはんのいい匂いが漂っている。
「義丸ー、そろそろ起きろー。」
「んー、もう少し・・・」
部屋の外から声をかけるが、聞こえるのは起きる気の全くない返事だ。小さく溜め息をつ
くと、鬼蜘蛛丸は部屋のドアを開け、つかつかとベッドで眠っている義丸のもとへ向かっ
て行った。
「起きろ!義丸!!」
「わっ・・・!!」
ベッドのところまで行くと、鬼蜘蛛丸はバサっと布団をはがしてしまう。掛け布団を取ら
れた義丸は、眠そうな声を上げ、ゆっくりと体を起こした。
「全くいつまで寝てる気だ?早く用意しないと遅刻するだろ。」
「う〜、ねむい・・・」
「朝飯出来てるから、早く来いよ。あと・・・さっさと服着ろ!」
軽く顔を赤らめながら、そう言い放つと鬼蜘蛛丸は寝室から出て行く。鬼蜘蛛丸が部屋か
ら出て行ってしまうと、義丸は一つ大きなあくびをすると、頭をかきながらベッドから下
りる。
「朝は苦手だけど、あの声で起こされちゃ起きないわけにはいかねぇよな。」
服を着て寝るのはきつくて嫌だと義丸は基本的に裸で寝ている。とりあえず、出かける格
好に着替えようと、義丸は服を着た。そして、顔を洗い、軽く身支度を済ませると鬼蜘蛛
丸のもとへ行く。
「やっと来たか。ほら、早く朝飯食べねぇと冷めちまうぞ。」
「あれ?鬼蜘蛛丸はまだ食べてないのか?」
「お前を待ってたんだよ。」
「ああ、それは悪かったな。別に先に食べてくれていてもよかったのに。」
「何言ってんだよ。二人で食べた方が美味いだろ。ほら、早く食べねぇと、マジで遅刻し
ちまうぞ。」
湯気の立つ朝食を前に、鬼蜘蛛丸は全く箸をつけずに義丸が来るのを待っていた。朝から
こんなにもしっかりした朝食を用意し、しかも、自分が来るまで食べずに待っていてくれ
る。それが何だか嬉しくて、義丸は顔を緩ませた。
「何ニヤけてんだよ?」
義丸が来たということで、鬼蜘蛛丸は自分で用意した朝食を食べ始め、ずずっと味噌汁を
すすりながらそう尋ねる。そんな鬼蜘蛛丸の質問に義丸は鬼蜘蛛丸の作った朝食を口にし
ながら笑顔で答えた。
「本当鬼蜘蛛丸の料理は美味しいなあと思ってさ。」
「そ、そんなに褒めたって何も出ねぇぞ。」
「それにそのエプロン姿もすごく似合ってるし。朝からこんな美味しい料理が食べれて、
鬼蜘蛛丸の可愛らしいエプロン姿が見れて、本当俺は幸せ者だなあと思ってたんだよ。」
義丸の言葉を聞いて、鬼蜘蛛丸の顔は真っ赤に染まる。そんな反応をするのもまた可愛ら
しいと、義丸はよりニヤけてしまう。
「・・・大袈裟だろ。」
「そんなことないぞ?」
「それにエプロン姿が可愛いって、俺は女じゃないぞ。」
「そんなこと分かってるよ。鬼蜘蛛丸だから、可愛いと思うんだし。」
「お前はまた、そういうことばっか・・・・」
「そう言われるのは嫌だって?」
「べ、別にそんなことはないけど・・・むしろ、嬉しいと思うし。」
恥ずかしそうにしながら、そう言う鬼蜘蛛丸に、義丸は心底ときめいてしまう。今日は朝
からいいことばかりだと、義丸はニコニコしながら鬼蜘蛛丸の手料理を堪能した。
義丸や鬼蜘蛛丸が住んでいるアパートとは別のアパートに、蜉蝣と疾風は隣同士の部屋に
住んでいた。義丸や鬼蜘蛛丸より一足早く、この二人は部屋を出ていた。

「う〜、さみぃ〜。」
「確かに今日は一段と冷え込んでいるな。」
冬真っ只中ということで、二人の吐く息は真っ白で、その寒さを目に見えるものにしてい
た。コートにマフラー、手袋と防寒対策はバッチリしてあるのだが、それでも寒いと感じ
られるほど、今日は冷え込んでいた。
「この寒いのに、原チャで学校まで行くのかぁ。」
「なら、走って行くか?学校に着くまでにはあったまってると思うぞ。」
「無理無理!!学校まで結構な距離あるじゃねぇか!」
「ははは、冗談だ。学校に着きゃちょっとはあったかいだろ。早く行こうぜ。」
冗談を口にしながら、蜉蝣は原付に跨り、ヘルメットをかぶる。後ろの席に置かれたヘル
メットを疾風も身につけ、蜉蝣の後ろに座った。そして、前に座っている蜉蝣の腰に腕を
回す。
「発車するぞ。」
「おう。」
出発する準備が整うと、蜉蝣は原付のハンドルを握り、エンジンをかける。冷たい風を切
り、二人の乗った原付は学校へ向かって走り出した。
「あー、やっぱさみ〜!!」
「こればっかりは仕方ないだろ。」
「でも、お前が前に居て、直接風受けるわけじゃねぇからちょっとはマシかな?」
道路を走りながら、二人はそんな会話を交わす。寒さを少しでも和らげようと、疾風はぎ
ゅうっと蜉蝣に抱きついていた。それが蜉蝣にとっては、好都合なことであった。
「俺は別に前でもそんなに寒いって感じねぇけどな。」
「マジで!?ありえねぇだろ!!」
「寒い寒い言ってるわりには、お前体温高いからな。これだけべったりくっつかれてたら、
寒さなんて感じないぜ。」
そんな蜉蝣の言葉を聞いて、疾風は何となく赤くなってしまう。その恥ずかしさを誤魔化
すかのように、疾風はより強く蜉蝣に抱きつき、隙間なく自分の体を蜉蝣の背中にくっつ
けた。
「どうした?俺を寒くさせないためのサービスか?」
「べ、別にそんなんじゃねぇよ!!俺がこうしたいから、してるだけだっつーの!」
「ほぅ。でも、あったかいぜ。疾風。」
「うるせー!!ほら、ちゃんと運転に集中しろよ!!」
からかうような言葉を放つ蜉蝣に、疾風は少し怒鳴るような口調で返事を返す。しかし、
それはただの照れ隠し。そんな言葉とは裏腹に、自分も蜉蝣も少しでも寒くなくなるよう
に、疾風は決して蜉蝣の背中から体を離そうとはしなかった。

「うー、今日は寒いな。手袋してても、手がかじかむ。」
はぁーと手袋越しに息を吹きかけているのは、小等部五年生の左近であった。寮から学園
までの通学路を、学園に向かって歩いていた。
「キャーー!!」
と、後ろの方から聞き覚えのある叫び声が聞こえる。何だと思って振り返ってみると、四
年生の伏木蔵が全力疾走で自分の方に向かって走って来ていた。
「伏木蔵?」
遠くからでは分からなかったが、近づいてくる途中で、伏木蔵が何かに追いかけられてい
るということに左近は気づく。その何かとは真っ黒な毛並みの大きな犬であった。
「左近先輩っ!!」
左近に気づいた伏木蔵は、全力で走っている勢いのまま、左近に抱きついた。いきなり飛
びつかれ、左近は伏木蔵にしがみつかれたまま、尻餅をつくような形で転んでしまう。
「うわっ・・・」
「うわーん、左近先輩!!助けて下さい〜!!」
「わんわんわん!!」
相当怖かったようで、伏木蔵は半べそ状態で左近に助けを求める。迫りくる大きな犬に若
干の恐怖を覚える左近であったが、ここは先輩らしいところを見せなければと、すぐ側に
落ちていた石を拾い、その犬に向かって投げた。
「キャウンっ!」
左近の投げた石は、その犬の顔面にヒットする。思わぬ反撃をくらった犬は、その場から
逃げるようにどこかへ去ってしまった。
「はあ〜、ビックリした。」
「あ、ありがとうございます!!左近先輩!」
「全く、朝から何やってんだよお前は。」
呆れたような口調で、左近はそう口にする。
「寮を出たら、あのおっきな犬が寝てて、起こさないようにそーっと通り過ぎようとした
ら、石につまずいて転んじゃって・・・・」
「で、犬が起きて追いかけられたってわけか。」
「はい・・・」
朝から不運だなあと、左近は伏木蔵に軽く同情する。しかし、犬を追っ払ってもらい、ホ
ッとした伏木蔵の表情は、先程の泣きべそ顔から笑顔に変わっていた。
「でも、左近先輩が助けてくれたんで、今日はそれほど不運じゃないです。」
「十分不運だろ。膝擦りむけてるぞ。」
転んだときに擦りむいたのか、伏木蔵の膝からは軽く血が出ていた。
「あ、本当ですね。」
「本当ですねじゃないだろ。全く世話の焼ける奴だな。とりあえず、教室行く前に保健室
行くぞ。」
「はい。」
とりあえず手当てをした方がいいだろうと、左近は伏木蔵を保健室に連れて行くことにし
た。学園までの道のりを二人で歩いていると、伏木蔵は先程あんなことがあったにも関わ
らず、ニコニコと嬉しそうな顔をしていた。
「犬に追いかけられてたのに、随分嬉しそうな顔してるな。」
「だって、左近先輩と一緒に学校行けるんですもん。そりゃ嬉しいですよ。」
屈託のない笑顔を浮かべ、そんなことを言ってくる伏木蔵に左近は無駄にドキドキしてし
まう。顔が熱くなってくるのを誤魔化しながら、左近はふいっと伏木蔵から顔を背ける。
「左近先輩、照れてる〜。」
「照れてない!!」
どんなに誤魔化していても、左近が照れているのは、伏木蔵にはお見通しであった。そん
なやりとりをしながら、二人は学園へと向かうのであった。

左近と伏木蔵が学園に到着し、保健室の前まで来ると中から話し声が聞こえる。校医の新
野先生がもう来ているのだろうと思いながら、二人はガラガラっと保健室のドアを開けた。
『失礼します。』
そう言いながら、中に入った二人の目に入ったのは、新野先生ではなく、保健委員長の伊
作の姿であった。
「あ、おはよう。左近、伏木蔵。こんな朝早くからどうしたの?」
「伏木蔵が転んでケガしたみたいなので、手当てに来ました。」
「あらら、そりゃ大変だね。」
「伊作先輩もこんなに朝早くからどうして・・・・」
そこまで言いかけて、伏木蔵は伊作の前にもう一人誰かがいることに気づいた。
「あ、潮江先輩。おはようございます。」
「ああ、おはよう。」
伊作の前に座り、伊作の手当てを受けているのは、この学園の生徒会長でもある文次郎で
あった。それを見て、伊作がこんな早くから保健室にいる理由を理解した二人は、それ以
上質問をすることをやめ、自分達がしなければならない手当てを始めた。
「今回も結構派手にケガしたね。」
「仕方ねぇだろ。向こうがいきなり手出してきやがったんだから。」
伊作とそんな会話を交わす文次郎の右頬は赤く腫れ、唇の端が切れて血が出ていた。ケガ
の原因は他校の不良の生徒とのケンカだ。正義感の強い文次郎は、人に迷惑をかけるよう
な行為をしているのを見ると、注意をせずにはいられない。それが不良だろうが大人だろ
うがお構いなしにだ。今回は他校の不良の生徒に注意をし、それがきっかけでケンカにな
り、こんな傷を負ってしまったというわけだ。
「でも、そのケンカには勝ったんでしょ?」
ぺたっと文次郎の唇の横に絆創膏を貼りながら、伊作は尋ねる。
「まあな。あんな腑抜けた奴らに俺が負けるはずねぇだろ。」
「ふふ、そうだね。」
自信満々にそう答える文次郎に、伊作は笑いながら頷く。そして、手当てに使った湿布や
消毒液を片付けながら、言葉を続ける。
「本当文次郎はケンカっぱやいよね。」
「それは自分でもよく分かってる。」
「留三郎ともよくケンカしてるし。いっつもそんな傷ばっかり作ってるから、僕結構心配
してるんだよ。」
「それは、すまないと思ってる・・・」
「でも、文次郎は正義感が強かったり、負けず嫌いだったりするから、そうしちゃうんだ
よね。僕はそれは文次郎のいいところだと思ってるし、文次郎のそういうとこ・・・好き
だよ。」
左近や伏木蔵には聞こえないような小さな声で伊作はそんなことを呟く。さらっと好きだ
と言われ、文次郎の顔はかあっと赤くなった。
「い、いきなり何言って・・・・」
「どうしたんですか?潮江先輩。」
いきなり文次郎が大声を出すので、左近に手当てをしてもらっている伏木蔵がそう問う。
「べ、別に・・・」
『??』
誤魔化すようにそう言う文次郎に、左近と伏木蔵は顔を見合わせて首を傾げた。面白い反
応をするなあと思いながら、伊作はクスクス笑った。
「文次郎がそういうふうなケガをするのは仕方ないけど、あんまり無理はしないようにね。」
「あ、ああ。」
キーンコーンカーンコーン・・・・
「あっ、予鈴が・・・」
「伏木蔵の手当ては終わった?」
「はい。終わりました。」
「じゃあ、本鈴鳴る前に教室行こうか。ね、文次郎。」
「そうだな。」
朝のHRが始まる前の予鈴がなってしまったので、四人は保健室を出る。文次郎と伊作は
中等部なので中等部の校舎へ、左近と伏木蔵は小等部なので小等部の校舎へと向かう。そ
れぞれ学年やクラスは違うがどちらのペアも途中までは一緒なので、二人ずつに分かれ、
仲良く教室へ向かって歩き出した。

予鈴が鳴ったちょうどその時、生物委員の竹谷と孫兵は生物室でペットの世話をしていた。
「あっ、予鈴鳴っちまったな。」
「なら、教室行かないとですね。」
予鈴が鳴ったことに気づいた二人は、慌てて餌や道具を片付ける。
「こっちは片付け終わったぞ。」
「餌もしまってきました。」
「じゃあ、教室戻るか。」
「はい。」
きっちり片付けをし、生物室を出ようとすると、孫兵のお腹の虫がぐぅ〜っと鳴く。
「あっ・・・」
「何だ孫兵。朝飯食べてないのか?」
「ペット達の世話するのに夢中になってて、食べるのすっかり忘れてました。」
「全くしょうがないなあ孫兵は。」
そう言いながら、竹谷はクスクス笑う。そして、ゴソゴソとポケットをあさると、何かを
取り出し、孫兵の口にぐいっとそれを押し込んだ。
「ちゃんと食べなきゃダメだぞ。」
口に入れられたものが何かを理解するのに、それほど時間はかからなかった。舌の上でと
ろける甘い固体。それは一口サイズのチョコレートであった。
「ん・・・甘い。」
「本当は学校にお菓子持ってきちゃいけないから内緒な。チョコは栄養豊富だから、少し
でも食べとけば結構違うと思うぞ。」
楽しそうに笑いつつ、竹谷はそんなことを言う。小さなチョコレートではあるが、口に広
がる優しい甘さに孫兵は何となくドキドキしてしまう。
「ありがとう・・・ございます。」
「よし、じゃあ、行くか。」
生物室を出ると、二人は教室のある校舎へと向かう。竹谷は中等部であるために中等部用
の校舎に行かなければならず、孫兵は小等部の校舎に向かわなければならなかった。どち
らの校舎にも行ける廊下まで来ると、二人はいったん歩みを止める。
「ここでいったんお別れだな。」
「そうですね。」
「じゃあ、放課後にまた生物室でな。」
孫兵の頭をポンポンと撫でながら、竹谷はそんなことを言う。竹谷に触れられ、ひどく鼓
動が速くなっている孫兵であったが、それと同時に大きなときめきを感じていた。竹谷が
孫兵の頭から手を離すと、何とも言えない寂しさが孫兵の胸に広がる。
「あ、あのっ・・・」
中等部の校舎に走って行こうとする竹谷を孫兵は呼び止める。孫兵に呼び止められ、竹谷
はくるりと孫兵の方を振り返った。
「どうした?孫兵。」
「えっと・・・今日、お昼ご飯一緒に食べてくれませんか?」
放課後までは待てないという気持ちでいっぱいになり、孫兵はとっさにそんなことを口に
する。そんな孫兵の可愛らしいお誘いに、竹谷はニッコリ笑って頷いた。
「いいぞ。食べる場所はいつもの場所でいいか?」
いつもの場所とは、もちろん生物室だ。竹谷が頷いてくれたことが嬉しくて、孫兵も顔い
っぱいに笑みを浮かべ、その問いに返事をする。
「はいっ!」
お昼ご飯を一緒に食べるという約束をすると、今度こそどちらも自分の教室へ向かって走
り出す。好きな人と少しでも一緒に居られる時間が増えたことが嬉しくて、竹谷も孫兵も
どちらも顔を緩ませながら、自分の教室へ向かうのであった。

                     to be continued

戻る