「現代パラレル(授業中編)」の段

一時間目の授業が始まった中等部二年二組の教室。ここでは国語の授業が行われていた。
現在国語の授業でやっているのは、漢文の中でも有名な話の一つである『長恨歌』だ。
(どうしよう、宿題やってくるの忘れちゃった。)
そんなことを思いながら、心の中で焦りまくっているのは雷蔵であった。今日までの宿題
として、文章の口語訳をしてくるという課題が出されていた。雷蔵はすっかりそのことを
忘れてしまっていたのだ。
「はい、じゃあ、次の文章を・・・不破、訳を答えてみろ。」
そんな状況で指されてしまい、雷蔵の心臓はドキッと跳ねる。どうしようどうしようと、
慌てまくっていると、ふと隣の席の鉢屋が目に入った。
(三郎、三郎っ!)
ぼーっと授業を受けていた鉢屋であったが、宿題はきちんとやってきていた。隣で慌てな
がら自分に助けを求めている雷蔵に気づき、鉢屋は黙って自分のノートを差し出す。
(ありがとう!三郎!!)
鉢屋からノートを受け取り、雷蔵はひとまずホッとする。
「不破、聞こえないのか?次の部分の訳を・・・」
「は、はいっ!」
もう一度先生に声をかけられ、雷蔵はガタンと立ち上がる。慌てながらもそれなりに授業
は聞いていたので、どこを訳せばいいかは把握していた。鉢屋のノートに書かれているそ
の部分を探し、雷蔵はそこの訳を読み上げる。
「じ、侍女が一糸纏わぬ姿の楊貴妃を助け起こすと、その体はエロさ満点で、自分の体を
支えることも出来ないくらいのかよわさを醸し出している。そんな楊貴妃がいよいよ今夜、
女の好きの皇帝によって、その美しき操を奪われるのだ。雲のような豊かな髪に、花のよ
うに美しい顔、そして金の髪飾り。そんな美しく魅力たっぷりな一人の女を、蓮の帳とい
う暖かなベッドの中で、春の夜を越えんとばかりに皇帝は一晩中犯・・・って、三郎っ!」
相当慌てていたため、途中までは何も考えずに読み上げていた雷蔵であったが、だんだん
と焦りがおさまるにつれて、その訳のおかしさに気づく。自分の読んでいる文章が相当恥
ずかしいものであるということに気がついて、雷蔵は読み上げるのをやめ、真っ赤になり
ながら、三郎を怒鳴りつけた。
「あははは、雷蔵エロいなあ。なんて文章読んでるんだ。」
「さ、三郎が書いた文章だろ!!もう信じらんない!!」
「宿題を忘れる方が悪いんだろう?私としては、雷蔵がそんなエロい文章読んでくれたわ
けだから、宿題忘れてくれて万々歳ってとこだけどな。」
「こらこら、二人とも、今は授業中だぞ。」
授業中にも関わらずそんな言い争いを始める二人を、呆れつつ国語担当もとい中等部二年
の先生である木下先生は制止する。
「でも、先生、雷蔵が読んだ訳、それほど間違ってないですよね?」
「ま、まあ、そうだが・・・もう少し表現は抑えるべきだと思うぞ。それから、不破。宿
題を忘れたなら、正直に言え。ずるしようとするからこんなことになるんだぞ。」
「はい、すいません。」
先生に対しても自信満々な鉢屋とは対照的に、雷蔵は先生にも注意され、しゅんとしてし
まう。そんな雷蔵の様子を見ながら、鉢屋はニヤニヤと笑っていた。
(やっぱ、雷蔵はどんな顔してても可愛いよなあ。)
この短い時間に、雷蔵の慌てる顔、恥ずかしがる顔、しゅんとする顔が見れたと、三郎は
そんなことを思う。鉢屋の視線に気づいた雷蔵は、顔を赤く染めたまま少し膨れたような
顔で鉢屋に向かって口パクをしてみせた。
(三郎のバーカ!)
そんな可愛いことをしてくれる雷蔵に、鉢屋は堪えきれず声を殺して笑う。どうしてまた
笑われるのかと、納得いかないという表情で雷蔵は鉢屋を見る。そんな二人のやりとりを
少し離れた席から竹谷はずっと眺めていた。
(全く授業中もあんなにいちゃついて、何やってんだか。)
本当に仲がいいよなあと、そんなことを思いつつ、竹谷は二人を眺めながら小さく苦笑す
るのであった。

ところ変わってここは、兵庫水産高校のすぐ近くにある海岸。今日は全学年合同の校外実
習の日であった。普段の校外実習と言えば、海洋工学の実習が多いのだが、今日は海洋工
学ではなくマリン技術の実習だ。真冬で海に出るのは極寒ということもあり、そちらの教
科の実習になったのだ。内容はといえば、何のこともない海岸清掃だ。海岸のゴミを拾い
つつ、浜辺の地形や潮の満ち引きについて、自分の足で歩いて勉強するというのがその目
的である。
「う〜、やっぱ海辺は寒〜い。」
「本当だよな。息も真っ白だし。」
「いくら泳ぐの好きでも、さすがにこの寒さで海に入る気にはならないなあ。」
寒さに震えながらそんな会話をしているのは、三年生の間切、二年生の重、一年生の網問
であった。マフラーと手袋はしているものの、海風の吹く浜辺の寒さは半端なく、ゴミを
拾う動作もだいぶ鈍くなってしまう。
「ほらほら、もっとちゃんと手を動かさなきゃダメだぞ。」
『鬼蜘蛛丸先生。』
そんな三人のもとにやってきたのは、マリン技術教科担当の鬼蜘蛛丸であった。マリン技
術は教科と実技に分かれているのだが、全学年合同の実習となると、教科、実技関係なく
鬼蜘蛛丸と義丸の二人で担当することになっているのだ。
「そんなこと言われても、すっごい寒いんですもん。体が動きませんよ。」
鬼蜘蛛丸の言葉に、そんな言葉を返したのは網問だ。よくもまあそんなハッキリ先生にや
る気ない発言が出来るなあと、一緒に作業をしていた間切と重は、苦笑しつつ感心してし
まう。
「動かないから寒いんだ。ほら、動いた動いた。」
網問の発言に鬼蜘蛛丸は笑いながら、そんな言葉を返す。率先して自らもゴミ拾いをし、
やる気のない網問達にもそうするように促した。
「鬼蜘蛛丸先生は寒くないんですか?」
「寒くないわけないだろ。でも、動いてないと余計寒いからな。」
「まあ、確かに鬼蜘蛛丸先生の言う通りかも。とりあえず、このへんがーって綺麗にしち
ゃおうぜ。」
動けば少しは温まるという鬼蜘蛛丸の言葉を聞いて、重はとりあえずそれを実行してみよ
うと、テキパキと動き出す。そんな重につられて、間切や網問も真面目にゴミ拾いを始め
た。
「ふー、ちょっとはこのへん綺麗になったかな?」
「意外とゴミ多いよな。」
「本当、本当。ちょっと体もあったまったし、少し休憩〜。」
自分達の持ち場をおおむね綺麗にすると、間切、重、網問は休憩モードになる。真面目に
ゴミ拾いをしていたのを見ていた鬼蜘蛛丸は、勝手に休憩モードに入る三人を特に咎めは
せず、むしろ褒めてやろうと声をかける。
「お前達、よく頑張ったな。偉いぞ。」
「あ、鬼蜘蛛丸先生。先生も休憩する?」
「あはは、じゃあ、ちょっとだけ休憩するかな。」
網問の無邪気な言葉に、鬼蜘蛛丸は頷き、休憩モードに入る。休憩中なら少しぐらい雑談
をしてもいいだろうと、網問は前々から気になっていたことを鬼蜘蛛丸に問う。
「そういえば、鬼蜘蛛丸先生。前から聞きたかったことがあるんだけど・・・・」
「ん?何だ?」
「義丸先生って、超ーモテそうじゃん?カッコイイし、男らしいし、女ったらしって感じ
だしー。」
「あはは、お前達からすると、義丸はそんな感じなのか。」
「俺もそう思いますね。義丸先生、女の人にはすごい人気がありそうです。」
「本当のところどうなんですか?鬼蜘蛛丸先生。」
網問以外の二人もそこは気になっていたようで、網問の質問に重ねて、そんなことを尋ね
る。
「確かに義丸はモテるなあ。特に若い子には人気だぞ。」
『おー、やっぱり。』
「でもでも、そんなにモテるんだったら、心配になるんじゃないの?」
「浮気されるかもとか思ったりしないんですか?」
「あはは、それはないな。」
網問や間切の質問に、鬼蜘蛛丸は笑いながらそう答える。モテるということが分かってい
るのにそんな心配をしないとはどういうことなのかと、三人は首を傾げる。
「不安になったりもしないんですか?」
「しないな。」
「えー、何でー?鬼蜘蛛丸先生、実はそんなに義丸先生のこと好きじゃないとか?」
「そんなことはない。」
「なら、どうして?」
まさかそんなことを聞かれるとは思ってなかったと、少々困惑しながら鬼蜘蛛丸は何と答
えようか考える。そして、軽く顔を赤らめ、恥ずかしそうにしながら、網問達の質問に答
えた。
「えーっと、何て言うか・・・義丸に愛されてるっていう絶対的な自信があるから・・・
かな?」
その答えを聞いて、網問、間切、重の三人はキラキラと目を輝かせて鬼蜘蛛丸のことを見
る。そんな三人の視線に気づき、鬼蜘蛛丸は急に恥ずかしくなり、さっきの言葉を誤魔化
すような言葉を続けた。
「べ、別に、私が勝手に思ってるとかそういうわけじゃなくて・・・あいつの愛情表現が
過剰というか、そういうことであって・・・・だから・・・・」
「すっごいイイコト聞いちゃった!!」
「これは義丸先生に報告すべきだろ!!」
「賛成ー!!」
「ちょ、ちょっと待て!!お前ら!!今のは義丸には内緒にっ・・・・」
『義丸せんせー!!』
「わあ―――っ!!」
鬼蜘蛛丸の言葉にこの上なくテンションの上がった三人は、今の言葉を義丸に伝えようと、
義丸の方に向かって走って行く。今のを本人に言われるのは恥ずかしすぎると、鬼蜘蛛丸
は慌ててその三人を追いかけた。
「おー、どうしたお前ら。このくそ寒いのに元気だなあ。」
「聞いて、聞いて!!今、鬼蜘蛛丸先生がねっ!!」
「義丸先生のことが・・・」
義丸のもとまで行くと、網問、間切、重の三人は先程鬼蜘蛛丸から聞いたことをそのまま
伝える。全て伝え終わったところで、鬼蜘蛛丸がやっと三人に追いついた。
「ハァ・・・ハァ・・・お前ら〜。」
「そんなに息切らして走ってきて、そんなに俺に会いたかったのか?鬼蜘蛛丸。」
「ち、違っ・・・てか、しゃべったなお前らっ!!」
「わー、鬼蜘蛛丸先生が怒ったぁ。」
「逃げろー!!」
そう言いながらも、三人は逃げるふりをするだけでその場から逃げようとはしない。
「そんなにカリカリ怒るなよ。別に恥ずかしいことじゃないだろう?な、鬼蜘蛛丸。」
三人が逃げなかったのは、義丸の次の行動を分かってのことだった。鬼蜘蛛丸が言ったこ
とを聞いた義丸は、ご機嫌な様子で鬼蜘蛛丸を後ろから抱きしめる。
「なっ!離せっ、義丸!!」
「照れるなって、鬼蜘蛛丸。どんなに俺がモテたって、俺は鬼蜘蛛丸一筋だからな。」
「ここで、そういうこと言うな!!」
一応校外実習という授業中ということにも関わらず、義丸は鬼蜘蛛丸にベタベタしつつ、
愛の言葉を囁く。恥ずかしくて、抱きしめる腕を解きたいと思うが、力では義丸には敵わ
ない。そんな無駄にいちゃつく二人を見ながら、網問や間切、重ははやし立てるようには
しゃぐ。
「すごーい、鬼蜘蛛丸先生の言ってたことは本当だったんだね!!」
「本当だな。」
「すっごい見せつけられてるって感じだけどな。」
きゃっきゃっと楽しそうにしている五人を見ながら、すぐ近くでゴミ拾いを続けているテ
ィーチングアシストの東南風と二年生の航はクスクスと笑っていた。
「本当にぎやかな授業だよね。」
「そうだな。」
「俺もまざって来ようかなあ。」
「行きたいなら行ってくればいい。」
「嘘だよ。俺は鬼蜘蛛丸先生の話聞いてないから、まざれないもん。それに俺が向こう行
ったら、やま兄一人になっちゃうしー。」
「別にそんなこと気にしなくていいのに・・・」
「いいの!俺はやま兄と一緒で。」
何気に航と東南風もいい雰囲気になりながら、校外実習の時間は過ぎていった。

海岸清掃を終えると、潮の引いた浜辺の真ん中で、兵庫水産高校の面々は焚き火を始める。
長い間寒い屋外にいたため、すっかり体は冷え切ってしまっていたが、この焚き火によっ
て、そこにいる誰もが暖を得ていた。
『あったかーい。』
焚き火でだいぶ体の温まったメンバーに、さらに嬉しいご褒美が用意された。
「みんな今日は頑張ったからな。ご褒美に焼き芋を用意してやったぞ。」
『焼き芋!?』
『やったー!!』
ホクホクの焼き芋を鬼蜘蛛丸から受け取り、そこにいた面々は一気に笑顔になる。焚き火
をぐるりと囲みながら、間切や網問、重や航は思い思いに焼き芋を頬張る。
「おいしいね、間切。」
「ああ、すごいあったまるな。」
甘い焼き芋の味に舌鼓を打ちながら、間切と網問は会話を交わす。焼き芋の話から二人の
話の話題は先程の鬼蜘蛛丸と義丸の話へと移っていった。
「鬼蜘蛛丸先生は、あんなふうに言ってたけど、俺はやっぱ間切が知らない女の子とか他
の人と仲良くしてたら、ヤキモチ焼いちゃうなあ。」
「ははは、そりゃしょうがないだろ。」
「やっぱ、まだまだだなあ。俺も早く鬼蜘蛛丸先生みたいに、余裕のある大人になりたー
い!!」
「鬼蜘蛛丸先生に余裕があるかどうかは別にして・・・俺は網問はそのままでもいいと思
うけどな。」
「どうして?」
そのままでいいという間切の言葉に、網問は首を傾げながら尋ねる。そんな網問の問いに
間切は少し照れたような表情で答える。
「その方が網問らしいし、俺は網問がヤキモチ焼いてくれるのは、俺のこと好きだからだ
ろうなあって思うから嬉しいしな。」
そんな間切の言葉は聞いて、網問は嬉しそうに笑いながら、飛びつくように間切に抱きつ
いた。
「やっぱり、間切大好きー!!」
「わわっ!!ちょっ・・・網問!!」
「俺も間切がヤキモチ焼いてくれるのは全然オッケーだからね!!」
好き好きオーラ出しまくりの網問にたじたじになりながらも、間切は内心嬉しいと思って
いた。そんなイチャイチャしまくりの二人を横目に、パクパクと焼き芋を食べながら、重
は向かい側に座っている東南風と航に目をやる。隣の二人ほどではないが、こちらの二人
もなかなか仲よさげに話をしていた。
「さっきから何やってるの?やま兄。」
航がはふはふと焼き芋を食べている隣で、東南風は小さな袋に入った何かを選別していた。
その小さな袋の中には、海岸に落ちていた貝殻やガラスの破片の角が丸くなったようなも
のが入っているようであった。
「これを使ってアクセサリーや小物を作るんだ。」
「そんなこと出来るの!?」
「出来るさ。ちょっと技術が必要だけどな。」
なかなか難しいことではあるが、手先の器用な東南風にとってはそんなことは朝飯前であ
った。それを聞いて航は目を輝かせる。
「すごいよ、やま兄!うわー、俺も何か作って欲しいなあ。」
あまりに航が興味津津とばかりにそんなことを言うので、東南風は航に何かを作ってやろ
うと考える。
「別に構わないぞ。何を作って欲しい?」
「いいの!?それじゃね、えっと、えっとぉ・・・・」
折角東南風に作ってもらえるのだからと、航は他の人があまり持っていないデザインがよ
いと考える。そんなふうに考えていて、思いついたものを航はハッキリ口にした。
「フナムシ!!」
そんな思ってもみない返事に東南風は思わず吹いてしまう。
「フナムシってお前、もうちょっとカッコイイとか可愛い動物がいるだろ。」
「えーだって、イルカとかクジラとかじゃよくあるモチーフって感じじゃん。どうせだっ
たら、誰も持ってないようなものがいいなあと思ってさ。」
「まあ、お前がそれがいいって言うなら、作ってやるけどな。」
「ありがと、やま兄!!」
フナムシにツボった東南風はしばらく笑い続けていた。普段あまり笑わない東南風がそこ
まで楽しそうに笑っているのを見て、鬼蜘蛛丸と義丸は感心してしまう。
「普段は無表情な東南風がすごい笑ってるぞ、鬼蜘蛛丸。」
「本当だな。東南風、航といると結構表情豊かだよな。」
「そうかもしれないな。そうか、航と一緒だからあーいう表情見せるのか。」
「航が一年の時から、東南風はいろいろ教えてやってるみたいだしな。仲もいいみたいだ
し。」
「うちの生徒はみんな仲がよくていいねぇ。俺達の教育がいいからだぞ、きっと。」
「それは同意しがたいけど、仲のいいことは悪いことではないな。」
自分達の影響で、生徒達がそうなっているというのは、認めたくないと思いつつも、仲が
よいことはいいことだと鬼蜘蛛丸は笑う。寒空の下、焚き火と焼き芋で温まった空気の中、
兵庫水産高校の面々は、楽しげな笑い声を浜辺に響かせるのであった。

                     to be continued

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