午前中の授業が終わり、昼休みを告げるチャイムが鳴る。中等部二年生の久々知はお弁当
を持って、一年生の教室へ向かう。中等部一年三組の教室に到着すると、久々知は入口か
らは少し離れた席に座って、教科書を片付けているとある人物の名前を呼んだ。
「タカ丸さん、お弁当一緒に食べましょう。」
「あ、久々知くん。今用意するから、ちょっと待って。」
久々知の姿を見つけると、タカ丸は慌てて片付けを終わらせ、お弁当を持って久々知のも
とへ向かった。
「お待たせ、久々知くん。今日はどこで食べるの?」
「今日は裏庭のベンチで食べようと思ってます。」
久々知の返事に、タカ丸は少し寒そうだなあと思う。とりあえず、何も言わずに久々知に
ついて行ってみようと、タカ丸は久々知と裏庭へと向かった。
「先客は誰もいないみたいですね。」
裏庭に到着すると、久々知はホッとしたような表情でそう呟く。久々知の言っていたベン
チのところはかなり日当たりのいい場所で、思ったほど寒いとは感じなかった。
「裏庭だから、かなり寒そうだと思ってたけどそうでもないんだね。」
「なかなか穴場でしょう?」
「うん。ここならそこまで寒い思いしないで、ゆっくり出来そうだね。」
ずっと日の当たっていたベンチは、腰かけてもそれほど冷たくはなく、柔らかい日差しが
ポカポカと二人を照らした。そんな暖かい場所で二人はお弁当を広げる。
『いただきます。』
声をそろえてそう口にすると、タカ丸と久々知はそれぞれ持ってきたお弁当を食べ始める。
久々知のお弁当には、必ず一品以上豆腐料理が入っており、今日はあんかけ豆腐がメイン
ディッシュとしておかず部分の大部分をしめていた。
「今日はあんかけ豆腐なんだ。」
「はい。美味しいですよ。」
「へぇ、それなら一口食べてみたいなぁ。」
「これは俺のです!と言いたいところですけど、特別に一口あげます。」
大好きな豆腐をあげるのは惜しいが、タカ丸なら一口あげてもいいだろうと、久々知は一
口サイズの豆腐をタカ丸の口へと運んでやる。
「うん、美味しいね。」
「ありがとうございます。食堂のおばちゃんに教えてもらって作ったんで味はいいと思い
ますよ。」
自分の作った豆腐料理を美味しいと言われ、上機嫌になった久々知は嬉しそうに笑いなが
ら、そんなことを言う。そう言えばもう一つ豆腐料理があったと、お弁当の入っていた袋
から水筒を取り出す。そして、その水筒から用意していた紙コップに何かを注ぐと、それ
をタカ丸に手渡した。
「これは一杯全部飲んでいいですよ。」
「これは何?」
「豆腐の味噌汁です。」
そう言いながら、久々知はもう一つの紙コップに自分の分のみそ汁を注ぐ。まさか水筒か
ら豆腐の味噌汁が出て来るとは思っていなかったので、少々驚きつつも、久々知らしいと
タカ丸はクスクス笑った。
「さすが久々知くんだね。」
「そうですか?」
「うん。これはかなりあったまりそー。」
久々知の入れてくれた味噌汁はかなり熱々で、息を吹きかけて冷まさなければ飲めないほ
どであった。白い湯気の立つ味噌汁を口にし、温まりながらお弁当を食べ進めていくと、
久々知はタカ丸のお弁当の中に気になるものを見つける。
「タカ丸さん。」
「ん?何?久々知くん。」
「その白い花みたいなの何ですか?」
タカ丸のお弁当の端には、真っ白な花弁を持った花のようなものが入っていた。本物の花
に見えるそれが何か気になり、久々知はそんなことを尋ねたのだ。
「ああ、これ?これはね、湯葉で作ったお花だよ。」
「へぇ、湯葉で作ってあるんですね。」
湯葉も豆腐を作る過程で作られるものなので、久々知の中ではかなり好きな部類に入る食
べ物であった。そんなことを聞いてしまっては、それを味見したくて仕方なくなってしま
う。
「タカ丸さん、それ一つもらってもいいですか?」
「うん、いいよ。さっきあんかけ豆腐一口もらったしね。」
キラキラと目を輝かせながら、久々知はタカ丸に食べてみたいとねだる。そんな可愛い顔
でねだられては断れないと、タカ丸は湯葉で出来た花を箸でつまんで、久々知の口へと運
んでやった。
「うわあ、超美味しい!!」
「気に入った?」
「はい!!俺、これすごい好きです!!」
「それはよかった。なら、これは全部久々知くんにあげる。」
「本当ですか!?」
「うん。どうぞ。」
「わーい、ありがとうございます!!タカ丸さん!!」
もともと久々知のために作ったようなおかずなので、タカ丸は少しも惜しむことなく、お
弁当箱に入っている湯葉の花を全て久々知にあげる。本当に幸せそうに湯葉の花を食べる
久々知の顔を見て、タカ丸の顔もつられて笑顔になる。
(本当、いい顔見せてくれるなあ。また、何か作ってこよう。)
そんなことを思いながら、タカ丸は久々知にもらった豆腐の味噌汁をずずっとすする。冬
の寒さもふっとぶくらいのほのぼのとした温もりの中、二人のお昼の時間はゆっくりと過
ぎていった。
タカ丸と久々知が裏庭でお弁当を食べているのと同じ頃、伏木蔵は校舎内にある食堂へ来
ていた。本日のランチをトレイに乗せると、どこで食べようかと辺りを見回す。すると、
見知った顔が伏木蔵の目に飛び込んできた。
「あっ!」
トレイに乗ったランチを落とさないように気をつけながら、伏木蔵は早足でその人物の近
くまで移動する。
「左近先輩!」
「おー、伏木蔵。お前も今から昼飯か?」
「はい!」
朝に引き続き左近と偶然会った伏木蔵は、嬉しそうに声をかける。
「よかったら、一緒にご飯食べませんか?」
「別に構わないぞ。」
せっかく会ったのだから、一緒に昼食を食べたいと伏木蔵は左近を誘った。特に断る理由
もないので、左近は快く頷く。一緒にご飯を食べることになった二人は、二人で座れる席
を探す。
「あ、あそこが空いてますよ。」
「本当だ。ちょうど二人席みたいだし、あそこにするか。」
「はい。」
少し奥の方にある二人席が空いているのを見つけ、二人はそこへ向かう。ランチの乗った
トレイをテーブルの上に置くと、向かい合わせに座った。
『いただきます。』
手を合わせてそう言うと、二人は目の前のランチを食べ始めた。せっかく二人で食べるの
だから、無言で食べるのは面白くないと、伏木蔵は左近に話しかける。
「左近先輩、一時間目の授業は体育だったんですね。」
「え?何で知ってるんだ?」
「ぼく、今窓際の席なんですよ。窓から校庭見てたら左近先輩が走ってるのが見えたんで。」
「授業中によそ見してるなよ。先生に怒られるぞ。」
「はい、授業中によそ見はよくないって怒られちゃいました。」
えへへと笑いながら、伏木蔵はそんな話をする。全くしょうがないなあと思いつつ、左近
は伏木蔵が自分のことを気にしてくれていることを嬉しく思っていた。そんな他愛もない
話をしながら、ご飯を食べ、そろそろ食べ終わるというところで伏木蔵はあることに気づ
く。
「左近先輩、そのプリン・・・」
「ああ、今日は運よく一つだけ残ってたからな。」
左近のトレイにはいかにも手作りという感じのプリンが置かれていた。このプリンは食堂
のおばちゃん特製の手作りプリンで、かなり美味しいと評判で、すぐに売り切れてしまう
実に競争率の高い一品であった。
「すごいです!!」
このプリンの競争率の高さを知っているため、伏木蔵は思わずそう口にする。前々から食
べてみたいとは思っていたが、すぐに売り切れてしまうため、伏木蔵はいまだにそれを食
べたことがなかった。
「半分食べるか?」
「えっ・・・?」
思ってもみない左近の言葉に伏木蔵は一瞬自分の耳を疑う。こんなにレアなデザートを半
分も分けてもらうなんて、それはさすがに虫のいい話すぎると伏木蔵は首を横に振った。
「いや、いいですよ!せっかく珍しいデザートが買えたんですから、左近先輩が全部食べ
て下さい!!」
「遠慮すんなって。珍しく不運じゃなかったから、その幸運のおすそ分けだ。」
ニッと笑って、左近はそう言う。そして、じっくり味わいながらそのプリンを半分食べる
と、残りを伏木蔵に渡した。
「本当に本当にいいんですか?」
「ああ。メチャクチャ美味いぞ、これ。」
「ありがとうございます!!」
遠慮はしていたものの、食べてみたいというのが正直な気持ちであった。左近からもらっ
たプリンを伏木蔵は本当に嬉しそうな顔で食べる。
「んー、おいひい〜。」
「だろ?」
「はい!!今日は朝から左近先輩に会えて、お昼ご飯も左近先輩と食べれて、しかも、こ
んなに美味しいプリンも食べれて・・・今日はもういいことがいっぱいです!!」
屈託のない笑顔でそんなことを言ってくる伏木蔵に、左近はドキドキしてしまう。自分と
会えることがそんなにいいことになるのかと思いながらも、左近も伏木蔵と同じ気持ちで
あった。
「ぼくもだけどな。」
伏木蔵に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、左近はボソっと呟く。何かを言っ
たのは聞こえたが、何を言っているのかまでは聞き取れなかったので、伏木蔵はプリンを
頬張りながら聞き返す。
「何ですか?」
「何でもないよ。」
確かに何か言ってたはずなのになあと思いながら、伏木蔵はハテナを頭に浮かべ、首を傾
げる。そんな仕草も可愛らしいなあと思いつつ、左近はクスクスと笑った。
「ごちそうさまでした。ありがとうございます、左近先輩。」
プリンを食べ終えると、伏木蔵は心から左近にお礼を言う。これでデザートも全て食べ終
わったということで、二人は空の食器が乗ったトレイを持って、返却口の方へ向かった。
「あっ・・・」
ガシャーンっ!!
返却口のすぐ手前まで来て、伏木蔵は何かをこぼして濡れた床に足を取られ派手に転んで
しまう。トレイに乗っていた食器は辺りに散らばってしまったが、中身が入っているもの
は一つもなく、割れるような素材のものもなかったので、大事には至らなかった。
「おいおい、大丈夫か?」
「いたたた・・・大丈夫です。」
転ぶのは慣れているので、伏木蔵は恥ずかしそうに笑いながらそう返す。トレイから落ち
てしまった食器を拾ってやりながら、左近は伏木蔵に手を貸した。
「ありがとうございます。」
「気をつけろよ。」
「すいません。」
そんな会話をしていると、左近に誰かがぶつかった。そのはずみにコップに入っていた水
がバシャっと左近にかかる。
「わあぁ、ゴメンね!!ちょっと考え事してて。」
ぶつかったのは雷蔵であった。いつもの通り何かに迷い、考え事をしていたために前をあ
まり見ていなかったようだ。
「大丈夫です。気にしないで下さい。」
「本当ゴメン!!制服濡れちゃったよね?」
「袖のところがちょっと濡れたくらいなんで。全然平気ですよ。」
左近の言葉にホッとしつつも、雷蔵は何度も謝りその場を去った。雷蔵の姿が見えなくな
ると、左近と伏木蔵は顔を見合わせる。
「やっぱりぼく達って不運ですよね。」
「全くだ。」
苦笑しながらそんなことを言う伏木蔵に、左近は濡れた上着を脱ぎながら答える。たとえ
いいことがあっても、不運委員の性からは逃れられないなあと二人はしみじみと思うので
あった。
中等部校舎の屋上では、三年生メンバーが集まって各々自分の持ってきた昼食を広げてい
た。文次郎、伊作、長次は自分で作ったお弁当、仙蔵はコンビニで買ったサンドイッチと
ヨーグルト、小平太はファーストフードで買ったハンバーガーセット、そして、食満は菓
子パンとウィダーインゼリーといったメニューだ。
「やっぱ、ハンバーガーうまいな!!」
「ハンバーガー五個にポテトにナゲット・・・見てるだけでも胸焼けがしそうだ。」
ガツガツといくつものハンバーガーを食べている小平太を見て、仙蔵はゲンナリしながら
そう口にする。
「仙蔵ももっと食べた方がいいぞ。あんまり食べないからそんな細いんだ。」
「お前は食べすぎだ。それに食べ方が汚いぞ。」
口の周りがソースだらけになっている小平太に、仙蔵は呆れたような口調で突っ込む。確
かに食べ方はあんまり綺麗ではないよなあと、仙蔵以外のメンバーも同じことを思ってい
た。
「男だったらそんなことは気にしない!!」
「少しは気にしろ!!そんなんじゃ好きな奴にも嫌われるぞ。」
「それはない!!」
仙蔵の言葉に小平太は即答でそう返す。何故そう言い切れるんだと聞き返したのは、仙蔵
ではなく長次であった。
「どうして・・・そう言える?」
「んー、だって、滝夜叉丸は多少口が汚くたって、ちゃんとしてくださいって言いながら、
拭いてくれるぞ。」
『は・・・?』
小平太の好きな人が滝夜叉丸であることは三年メンバーは皆知っているが、まさかの言葉
に、声をそろえて聞き返してしまう。滝夜叉丸の高飛車な態度は三年生の間でも有名だ。
そんな滝夜叉丸が甲斐甲斐しく汚れた口元を拭うなど想像が出来なかった。
「滝夜叉丸って・・・あの滝夜叉丸だろ?」
「この学園に滝夜叉丸は一人しかいないぞ。」
「そうなんだけどねぇ。何か想像つかないっていうか。」
「同感だ。汚いから近寄らないで下さいとかは言いそうだけどな。」
「確かに・・・」
「おいおい、お前ら本人がいないからって好き勝手言いすぎだろ。滝夜叉丸は結構色々し
てくれるぞ。口が汚れてたら拭いてくれるし、滝夜叉丸が食べてるポテトも食べたいって
言ったら、しょうがないですねって言って食わせてくれるし・・・それから・・・・」
口に物が入ったまま、思いきりノロケを話し始めるので、仙蔵はさっきよりも呆れた様子
でそれを止める。
「あー、分かった分かった。ノロケはもういい。それから、口の中に物が入ってるのに喋
るな。」
「ふぁい。」
もっと話したいとも思ったが、とりあえず今はお昼の時間なので、食べることが優先だと
小平太はハンバーガーにかじり付きながら、仙蔵の言葉に返事をする。まさかあの話の流
れでノロケ話をされるとは思っていなかったので、何だかなあと仙蔵以外のメンバーは黙
ってしまう。そんな微妙な沈黙を破ったのは、食満であった。
「そういや文次郎。その顔の傷はまたケンカでもしたのか?」
「お前には関係ないだろ。」
「また、他校の奴とケンカしたんだろ。生徒会長さんがケンカなんてどうかと思うぞ。」
「何だと!?」
「やるか?」
食満と文次郎が絡むとどうしてもケンカになってしまう。そんな二人を制止したのは、伊
作であった。
「やめなよ、二人とも。もうどうしてそんなケンカばっかするかなあ。」
『だって、こいつが!!』
「はいはい。二人ともそんな偏った栄養の食事ばっかりしてるからイライラしちゃうんだ
よ。」
伊作の言う通り、文次郎のお弁当は圧倒的に肉が多く、野菜など微々たるものであった。
また、食満に関しては菓子パンと栄養ゼリーという現代っ子ならでは分かりやすい偏り方
だ。そんな二人に足りない要素を補ってもらおうと、伊作が出したのはかなりキワドイ色
の飲み物であった。
「はい。これ飲んで。」
人に飲ませるためなのか、紙コップを持参している伊作は、その怪しげな飲み物を注ぎ、
文次郎と食満の二人に渡した。
「また、これか。」
少々嫌そうな顔をしながら文次郎はそう呟く。何かと伊作の世話になることの多い文次郎
は普段からこの飲み物を半強制的に飲まされていた。これはさっさと飲んでしまうに限る
と文次郎はぐいっとそれを一気飲みした。一瞬顔はしかめたものの、そこまで大きなリア
クションは見せなかった。
「ほら、留三郎も飲んで。」
「お、おう。」
見かけ的にはかなりヤバげだが、文次郎が飲めて自分に飲めないはずはないと、ぐいっと
あおる。しかし、それは大きな間違いであった。
「ぐはっ・・・!!」
伊作に渡されたその飲みは見かけもさることながら、味も激マズであった。文次郎は飲み
慣れているから大丈夫なのであって、初めて飲むにはかなりツライ代物だ。あまりのマズ
さに悶えている食満を見て、伊作は一喝する。
「だらしないなあ。二人に足りなそうな栄養は存分に入った飲み物なんだから、ちゃんと
全部飲まなきゃダメだからね。」
「マジ・・・無理・・・・」
「これくらい飲めないで俺にケンカふっかけてくるなんていい度胸だな。」
「くそぉ・・・でも、今はもうそんな気分じゃない・・・・」
あまりに食満がダメージを受けているので、文次郎は自信ありげな笑みを浮かべながらそ
う言い放つ。悔しいのは山々だが、ダメージが大きすぎて食満にはケンカをする余力は残
っていなかった。とりあえず、ケンカになりそうなのは止められたと伊作はホッと胸を撫
で下ろした。
「そんなに・・・マズいのか?」
あの食満がここまでダメージを受けている飲み物とはどんなものであろうと、長次は食満
の飲み残したその飲み物を手に取る。そして、興味本位で一口だけそれを飲んでみた。
「・・・・・・」
いつもの無表情さはそのままに、口にそれを含んだ瞬間、長次は固まる。口に含んでいる
それをゴクンと飲み込むと、ふら〜っと長次は後ろに倒れた。
『長次!?』
さすがに倒れるとは思っていなかったので、そこにいたメンバーは驚き、長次の名を呼ぶ。
そんな呼びかけに長次が全く反応しないので、一番近くにいた仙蔵は長次の顔を覗き込み、
慌てた様子でもう一度声をかける。
「大丈夫か!?長次!!しっかりしろ!!」
「ダメだ・・・天女が見える・・・・」
「何を言ってるんだ!?ちょ、伊作、変な薬でも入ってるんじゃないのか!?」
あまりのマズさに意識が朦朧としている長次は、自分の顔を覗き込んでいる仙蔵が天女に
見えているらしい。完全にそれは長次の仙蔵に対するフィルターが大きくなっているだけ
なのだが、仙蔵にとっては一大事だ。
「大袈裟だなあ。変な薬なんて入ってないよ。現に文次郎は何ともないわけだし。確かに
・・・味はイマイチかもしれないけど、飲めない味ではないよ。」
実際に自分でもその飲み物を口にしながら、伊作はそう口にする。それを見た食満と長次
はありえないという顔をする。
「こいつらがたるんでるだけだ。気にすんな、伊作。」
「だよね。小平太も飲みなよ。ファーストフードばっか食べてないでさ。」
「ん?何だ?くれるのか?んぐんぐんぐ・・・ぐはぁ!!」
「あ、あれ?」
「小平太でもダメなら完全にアウトだろ!!文次郎と伊作、お前らがおかしい!!」
「えー、そんなことないよー。」
小平太にまでそんな反応をされ、伊作はおかしいなあと首を傾げる。体にはすごくいいの
になあとぼやきながら、伊作はもう一口それを飲んだ。昼休みが終わるギリギリの時間ま
でそんなやりとりしつつ、三年生のお昼の時間は過ぎていった。
ところ変わってここは、兵庫水産高校の教室だ。教室と言っても普通の教室ではなく、い
わゆる準備室という場所だ。
「失礼しまーす。」
そう言いながら、元気よくドアをあけたのは重だ。海岸清掃を終え、焚き火と焼き芋を終
えた重は、あの美味しい焼き芋を舳丸にも食べさせてあげたいと思い、一つ食べずに残し
て持って帰って来たのだ。
「重か?」
「あっ、舳丸!!」
「学校では舳丸先生って言えって言ってるだろ?」
マリン技術準備室にいたのは、ダイビング専門の教師である舳丸であった。
「いいじゃん、今は他に誰もいないんだし。」
舳丸の姿を見つけると、重はパタパタと舳丸のもとまで駆けて行く。犬がじゃれるように
舳丸にくっつきながら、重は持って来た焼き芋を差し出した。
「舳丸はもうお昼ご飯食べた?」
「ああ。さっき食べたぞ。」
「これ、海で焚き火した時に焼いたんだ。すっごい美味しかったから舳丸にも食べさせて
あげたいと思って、持って帰ってきた。」
「へぇ、ありがとな。」
重から焼き芋を受け取ると、舳丸は嬉しそうに笑ってお礼を言う。デザートにちょうどい
いと思いながら、まだ温かいそれを半分に割って食べ始める。
「本当だ。美味いな。」
「だろぉ?」
舳丸の口から美味いという言葉を聞いて、重はニコニコ笑う。やっぱり持って帰ってきて
正解だったと思いながら、重は舳丸のすぐ横にあった椅子に腰かけた。
「それにしても、この部屋超あったかいね。」
「今日は寒いからな。」
「俺達は寒い中ゴミ拾いしてたのに、舳丸はこの暖かい部屋でぬくぬくしてたのかぁ。ず
るいなあ。」
「それは仕方ない。この寒いのにダイビングは出来ないだろ?」
一応マリン技術の教師であるので、海岸清掃に参加してもよかったのだが、舳丸は寒いの
が苦手であった。そのため、いつもより少し温度を高くした部屋でゆっくりとくつろいで
いたのだ。そんなことに気づかない重は、ダイビングが出来ないからと理由に納得してし
まう。
「確かに冬にダイビングは無理だなあ。海に潜るの好きなんだけどなあ。」
「まあ、海でなくても室内プールとかだったら泳げるしな。」
「そうなんけどさー、室内プールっていうか市営プールって言うの?あそこだと思いきり
泳げないから、ちょっとつまんないんだよね〜。」
「それはしょうがないだろ。」
「あーあ、思いきり深いとこまで潜ったり、海の沖の方まで遠泳したーい!!」
ダイビング、水泳が大好きな重はそんなことを口にする。真冬の寒い海でしたいとは思わ
ないが、舳丸も同じようなことを思っていた。
「私もそう思うが、今の時期は難しいからな。そんな好きなことが出来なくて困っている
重に朗報だ。」
「へっ?」
重の気持ちが分かる故、他のことで気を紛らわすのが一番だろうと考えた舳丸はあるもの
を用意していた。机の引き出しを開けると、中から二枚のチケットを出す。
「さーて、これは一体なんでしょう?」
「何、それ?えっと・・・・」
舳丸の手にあるチケットに書かれた文字を読んでみる。そこに書かれた名前は最近オープ
ンしたばかりの水族館と遊園地が合わさった大型アミューズメントパークの名前であった。
「これ・・・もしかして、そこの招待券!?」
「ああ。水族館のスタッフに知り合いがいてな。一緒に行きたい奴がいるって言ったらく
れたんだ。」
「うわあ、マジで!?」
「気晴らしに一緒に行くか?」
「行く行く!!」
好きなことが出来ないと嘆いていた重の表情は、舳丸の出したそれによって一気に明るく
なった。海の中が好きなので、重は水族館が大好きであった。そして、高校生という遊び
たい盛り。遊園地というのもかなり魅力的な場所の一つであった。
「そしたら、次の休みにでも出かけるか。」
「うんうん!!よっしゃー、舳丸とデートだー!!」
水族館、遊園地という場所的な魅力もさることながら、最大の魅力は舳丸と一緒に二人き
りで出かけられるということであった。思ってもみない舳丸からのデートのお誘いに、重
のテンションはこの上なく上がっていた。
キーンコーンカーンコーン・・・
と、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「昼休み終わりだな。」
「マジかぁ。もうちょっと舳丸と話してたかったんだけどなあ。」
「次の授業は?」
「えっと、疾風先生の授業だったかな?」
「それじゃ遅刻したらメチャメチャ怒られるな。早く行った方がいいぞ。」
「うん。じゃあ、俺、教室戻るね。また後でね、舳丸。」
「学校では舳丸先生。」
「はーい、舳丸先生。」
まだまだ舳丸といたい気分ではあるが、授業に遅れるわけにはいかない。嬉しさとうきう
き感でいっぱいの気分のまま、午後の授業を受けに、重は教室へと向かって走り出した。
to be continued