「現代パラレル(放課後編)」の段

授業が終わり、帰りのHRも終わり、放課後と言われる時間。生物委員会の竹谷と孫兵は、
朝と同じく生物室にいた。
「よっし、水槽の水かえ終了!」
「冬眠してる動物達の土の温度確認も終わりました。」
「だいたいやること終わったし、ちょっと休むか。」
「はい。」
生物室にいる動物達の世話を一通り終えると、竹谷と孫兵は大きな机に向かい合わせに座
る。そして、理科系教科の教室らしい四人がけの大きな机に、竹谷はぐだーっと突っ伏し
た。
「竹谷先輩。」
「ん?何だ?孫兵。」
「竹谷先輩は、どうしてこんなにいつもこの子達の世話を手伝ってくれるんですか?」
生物室にいる動物はそのほとんどが孫兵個人のペットである。寮内では飼えないので、こ
こで飼っているのだが、他の生物委員とは違い、竹谷はいつでもここにいる生物達の世話
を孫兵と共に行っていた。
「んー、俺、動物好きだし、こいつらの世話するのも結構好きだからな。」
そんな言葉を返した後、竹谷は逆に孫兵に問いかける。
「どうしてそんなこと聞くんだ?」
「少し・・・疲れているようでしたので・・・」
ペットの世話が終わって、即行で机の上に突っ伏す竹谷を見て、孫兵はそう思っていた。
そんな孫兵の言葉を聞いて、竹谷は突っ伏していた体を起こし、頬杖をつきながら、目の
前にいる孫兵をじっと見つめた。
「動物は好きだけど、俺はそんな動物達を大事にする奴はもっと好きだぞ。」
意味ありげな笑みを浮かべて、竹谷はそう口にする。そんな言葉を聞き、孫兵は首を傾げ
た。
「それ、竹谷先輩のことじゃないですか。」
「何でだよ!」
孫兵の意外な返しに、竹谷は思わずつっこむ。全然分からないと頭にハテナを浮かべてい
る孫兵にはもっとハッキリ言ってやらないとダメかと、竹谷はガタっと立ち上がる。
「全く鈍い奴だなあ。」
そう言いながら、竹谷は孫兵のすぐ側まで移動し、くしゃっと孫兵の頭を撫でた。
「さっきの動物を大事にするって奴は、お前のことだぞ?孫兵。俺はお前のことが好きだ
から一緒にいたくて、毎日毎日こいつらの世話をしに来てやるんだ。」
始めはその言葉の意味がすぐには理解出来ず、ぼーっとしている孫兵であったが、竹谷が
言ったことの意味をしっかり理解すると、ぼっと顔を真っ赤に染めた。
「なっ・・・!!」
「はは、顔がジュンコみたいな色になってるぞ。」
「そ、そんなこと言われたら、誰だってこうなります!!」
「ふーん。」
孫兵の態度が可愛くて仕方がないと、竹谷はニヤニヤしながら孫兵の真っ赤になっている
顔を眺める。頭に手を置いたまま、竹谷は言葉を続けた。
「で、お前的にはどう思うんだ?俺に好きって言われて。」
反応からすれば、何とも思わないという答えが返ってくることはないと思う竹谷であった
が、どんな答えが返ってくるかは分からない。さらっと言ってしまったが、これはかなり
危険な問いではないかと竹谷は気づく。
(てか、俺、何聞いてるんだろう?これで嫌だとかキモイとか言われたら、立ち直れねぇ
じゃん!)
言ってから、そんなことを考えてしまい、竹谷の心臓はより速くなる。しばらく黙ってい
た孫兵であったが、何か答えないとというような表情で、竹谷の制服の裾をぎゅっと握り、
言葉を紡ぐ。
「・・・・嬉しくないわけないじゃないですか。」
恥ずかしさからか、孫兵の瞳は若干潤んでいた。そんな瞳で見つめられ、予想以上に嬉し
い言葉を返され、竹谷の胸は嬉しさとときめきで埋め尽くされる。
「孫兵っ!」
「わわっ・・・!!」
あまりの孫兵の可愛さに堪え切れず、竹谷は自分より一回りか二回りほど小さな体を思い
きり抱きしめる。制服越しでもハッキリと分かるくらい二人の心臓は大きな音を立ててい
た。
「孫兵の心臓、すっげぇドキドキしてる。」
「た、竹谷先輩だって・・・そうじゃないですか。」
お互いの心臓の音の大きさを指摘し合い、竹谷と孫兵はクスッと笑う。その胸の鼓動がお
互いに好き合っていることをハッキリと示していた。それが嬉しくて、同時に少し恥ずか
しくて、二人はわざとお互いの顔を見ないようにする。
「あー、今の俺の顔、絶対緩みまくってる。」
「ぼくも見せられないくらい真っ赤になっていると思います。」
「けど・・・」
「何ですか?」
「俺的にはもうちょっとだけこのままでいたいなあなんて思うんだけど。」
「・・・賛成です。」
抱き合ったままの状態で竹谷はそんな提案をする。そうしたいと思うのは、孫兵も同じで
あった。たくさんの生き物達に囲まれながら、竹谷と孫兵はしばらくの間、お互いの鼓動
の音を聞いていた。

ところ変わってここは体育倉庫。冬の空気ですっかり冷えたその場所で、体育委員の小平
太と滝夜叉丸は備品のチェックと整理をしていた。本来なら小等部のメンバーも参加する
はずだったのだが、それぞれ用事があるということで、今日は中等部の二人で委員会の仕
事をすることになった。
「う〜、寒い。さっさとこんな仕事終わらせて、寮に帰って温まりたい。」
ガチガチとその身を震わせながら、滝夜叉丸は体育倉庫にある備品のチェックを行う。そ
んな滝夜叉丸の横で、小平太はバレーボールを使って遊んでいた。普段から無駄に元気な
小平太は全く寒いという素振りを見せず、かなりの薄着で滝夜叉丸の周りを駆け回る。
「七松先輩!!」
「んー、どうした?滝夜叉丸。」
「遊んでないで、ちゃんと仕事して下さい!!」
「してるぞ。」
「してないじゃないですか!バレーボールで遊んで・・・」
あまりの寒さに若干イライラしてしまっている滝夜叉丸は、怒るような口調で小平太にそ
んなことを言う。そんな滝夜叉丸をなだめるように、小平太は後ろからぎゅっと抱きつく。
「そんなにイライラするなよー。」
「な、七松先輩が・・・」
文句を言おうと思ったが、小平太の体温の高さに言葉が詰まる。この寒い体育倉庫の中で
は、ちょっとした温かさでも心地いいもの以外の何物でもなくなってしまう。
(七松先輩、この寒いのにどーしてこんな体温高いんだ?ヤバイ、温かくてはがせない。)
「滝夜叉丸の手は冷たいなあ。」
そんなことを考えているときに急に手を握られ、滝夜叉丸はドキッとしてしまう。体温に
付随して、小平太の手はかなり温かく、滝夜叉丸の冷えた手に温もりをしみ込ませた。し
かし、このままではいつまで経っても仕事は終わらない。そう考えた滝夜叉丸は、寒くな
るのを覚悟で、小平太に離れるように言う。
「も、もう少しで終わりますからっ、邪魔しないで下さい!!」
もう少しくっついてたかったんだけどなーとぼやきながらも、小平太は素直に滝夜叉丸か
ら離れる。そして、またバレーボールで遊び始めた。
(よし、これで終わりだな。)
「七松先輩、終わりました。」
「おっ、そーか。お疲れー。」
ガチャンっ!
『えっ??』
滝夜叉丸が終わったことを小平太に伝えた瞬間、体育倉庫の扉の方から何か聞こえてはい
けない音が聞こえた。嫌な予感を感じながら、二人は体育倉庫の扉のところまで行く。
ガチャガチャっ
「あ、開きませんよ。七松先輩・・・」
「あー、外から鍵かけられちゃったみたいだな。」
「どうしましょう・・・」
扉が開かないことに青ざめる滝夜叉丸だが、小平太はあーあといった反応しか見せない。
どうしたものかと考えていると、小平太はハッと何かに気づいたような素振りを見せる。
「体育倉庫に閉じ込められるなんて、すっごい王道シチュだな!!」
「何のんきなこと言ってるんですか!?このままじゃ凍死しちゃいますよ!!」
あまりに事の自体を軽く見ている小平太に、滝夜叉丸は思わず怒鳴る。滝夜叉丸に怒られ、
うーんと腕組みをしながら小平太は対策を考える。ハァと真っ白な息を吐きながら、滝夜
叉丸もどうすればいいかを考えた。
「そうだ!!だったら、あったまることをしよう!!」
そんなことを言いながら、小平太は滝夜叉丸の肩をがしっと掴む。小平太の言う温まるこ
となど一つしかない。こんな状況でそんなことを言われても、何の解決にもならない。寒
さと不安で、どうしようもなくなった滝夜叉丸はふるふると震えながら、今にも泣きそう
な顔で小平太を見た。
(あっ、ヤバイ・・・)
さすがにヤバイと思った小平太は、ぎゅうっと滝夜叉丸を抱きしめ、素直に謝る。
「私が悪かった。だから、泣くな。」
「でも・・・どうやってここから出るんですか?」
「大丈夫だ。私に任せておけ。危ないからちょっと下がってろよ?」
「?」
そう言うと小平太は体育倉庫の中にあった砲丸投げの球を手に取る。そして、野球選手の
ピッチャーがボールを投げるように、重いその球を体育倉庫の扉に向かって投げた。
ドゴンっ!!
小平太の手から離れた球は、ありえない音を立て、体育倉庫の扉を突き抜ける。突き抜け
た球は外側の鍵を壊し、ドスンと地面へ転がり落ちた。
「ほら、開いたぞ。」
体育倉庫の扉を開き、笑いながら小平太はそんなことを言う。ありえない小平太の行動に
滝夜叉丸はただただ唖然とするしかなかった。しかし、そんな小平太をちょっとカッコイ
イと滝夜叉丸は思ってしまう。
「・・・また、潮江先輩に怒られちゃいますよ。」
「今回のは仕方ないだろ。」
「まあ・・・そうですよね。」
扉が開いたので、二人はとりあえず外に出る。若干穴の開いた扉を閉めると、二人は寮へ
と向かって歩き出した。外も体育倉庫の中と変わらずかなり寒い。どこもかしこも寒いな
あと滝夜叉丸が思っていると、すっかり冷えてしまった手を小平太がぎゅうっと握った。
「な、何ですか?七松先輩。」
「滝夜叉丸、だいぶ寒そうだから。私の手であっためてやろうと思ってな!」
「別にそんなことされなくても・・・」
「それに、今日は滝夜叉丸すごい頑張ったからな!!私が何か奢ってやろう。」
奢ってやるという言葉を聞いて、滝夜叉丸はピクっと反応する。
「いいんですか?」
「ああ、もちろんだ!!」
そんな小平太の言葉を聞いて、先程まではかなり不満顔だった滝夜叉丸の顔は笑顔になる。
やっと滝夜叉丸の笑顔が見れたと、小平太は嬉しくなる。
「よーし、じゃあ寮の近くのコンビニまで走るぞ!!」
「え、ええーっ!?」
「いけいけどんどーん!!」
手を握ったまま小平太は走り出す。全く本当に自分勝手な人だと思いつつ、滝夜叉丸は苦
笑し、引っ張られながら走り出した。

もう少しで下校時間になるという頃、中等部の二年二組の教室では、雷蔵が机の突っ伏し
眠っていた。そんな雷蔵の横で鉢屋が二本の缶ジュースを持って雷蔵の寝顔を眺めている。
「ホーントよく眠ってるなあ。」
五時間目の終わり頃から雷蔵は眠ってしまっていた。チャイムが鳴ったら起きるだろうと
思っていたのだが、帰りのHRが終わっても全く目を覚ます気配はない。結局下校時間ギ
リギリのこんな時間になってしまったのだ。
「さすがにそろそろ起こさないと。」
そんなことを口にしながら、鉢屋は熱い缶を雷蔵のホッペにペタっと当てた。冷たい空気
の中で熱い缶を当てられ、雷蔵はやっと目を覚ます。
「ん・・・」
「雷蔵、授業中に寝るのはよくないぞ。」
「ふえっ!?」
冗談っぽく笑いながらそう言う鉢屋の言葉を聞いて、雷蔵はガバっと起きる。しかし、教
室の中には鉢屋と自分以外誰もいない。
「あ、あれ・・・?」
「どうした?」
「何で三郎しかいないの?」
「もう下校時間だからな。」
「嘘!?」
そんなに寝ていたとは思えないと雷蔵は教室の前にかかっている時計を見る。鉢屋の言う
通り時計の針は下校の時間数分前を指していた。
「うわー、本当に下校時間だ。何でもっと早く起こしてくれなかったんだよ、三郎。」
「いやー、チャイムが鳴ったら起きるかなあと思ってたんだけどな。」
「全然気づかなかった。」
「あとはまあ、雷蔵が可愛い寝顔で気持ちよさそうに寝てたから。」
そんな鉢屋の言葉に雷蔵はカァっと顔を染める。何言ってんだよと言いながら、雷蔵は帰
り支度をし始める。
「暖かい飲み物買ってきたんだけど、雷蔵はどっち飲む?」
鉢屋自身はとっくに帰り支度など終わっているので、暇な時間を使って飲み物を買ってき
ていた。鉢屋の手に握られているのは、ホットココアとおしるこドリンクだ。差し出され
たその飲み物を見て、雷蔵は迷わずホットココアを選ぶ。
「こっちをもらうよ。」
「雷蔵にしては、珍しく迷わずに決めたな。」
意外だという表情で鉢屋はココアを雷蔵に渡す。コートを着て、もらったココアのプルタ
ブをカシっと開けながら雷蔵は鉢屋の方を見てにこっと笑う。
「だって、三郎はそっちの方が好きでしょ?」
自分が好きな方を知っていて迷わず選んでくれたという事実に、鉢屋はキュンとしてしま
う。
(あー、ヤバイ。何か超嬉しい・・・)
「はあー、温まる〜。ありがとう三郎。」
「そ、そろそろ帰るか。」
「うん。」
既に下校時間を回っているので、二人は温かい飲み物を飲みながら教室を出る。昇降口へ
向かって廊下を歩いていると、鉢屋はふと立ち止まった。
「どうしたの?三郎。」
「雷蔵の飲んでるのも美味しそうだなあと思ってさ。ちょっと味見させてくれよ。」
「いいよ。」
鉢屋の言葉に雷蔵は快く飲みかけのココアを差し出す。差し出されたココアの缶を取らず
に鉢屋は雷蔵にうちゅっとキスをし、ココアの味がする唇を舐めた。
「〜〜〜〜〜っ!?」
「ココアもなかなかいけるな。」
「なっ・・・な・・・」
鉢屋ならやりそうなことではあるが、実際やられるとドギマギしてしまう。キョロキョロ
と辺りを見回した後、誰もいないことを確認すると、雷蔵ははあっと大きく息を吐き、真
っ赤な顔で鉢屋を見る。
「学校でそういうことするなよ!!」
「そういうことって?私はただココアの味見をしただけだぞ?」
「味見するんだったら、普通にしてよ!普通に!!」
「普通にってどういうふうにだ?」
「だから、普通に缶からこうやって・・・・」
鉢屋の持っていたおしるこドリンクを取り上げ、雷蔵はそれを飲む。それを見て、鉢屋は
ニヤっと笑った。
「何だよ雷蔵。そんなに私と間接チュウがしたかったのか?」
「ち、違っ・・・!!」
「あはは、雷蔵の顔さっきよりも赤くなってるぞ。本当面白いよなあ雷蔵は。」
「三郎っ!!」
「冗談だって。そんなにプリプリ怒るなよ。ま、怒ってる顔も可愛いけど。」
「もぉ・・・」
怒っているのに可愛いと言われ、何て返したらよいのか分からなくなった雷蔵は顔を赤く
染めたまま黙り込んでしまう。ただ黙り込むのも気まずいので、雷蔵はまだ半分以上残っ
ているココアをぐびぐびと飲んだ。
(別に学校じゃなきゃこんなに恥ずかしくないのになあ。)
そんなことを思いながら、ちらっと鉢屋の方を見ると、鉢屋もこちらを見ていて目が合っ
てしまう。思わず目をそらすと隣からクスクスと笑う声が聞こえる。
(本当雷蔵は見てて飽きないよなあ。寮に帰ったら何してやろう?)
寮に帰っても鉢屋と雷蔵は同じ部屋なので、まだまだ一緒にいられる。今度はどんなふう
にからかってやろうかと考えながら、鉢屋は顔を緩ませるのであった。

ところ変わって兵庫水産大学付属高校。二年A組の教室では、帰り支度をしながら重と航
が話をしていた。
「早く行かないとミヨ達待たせちゃうね。」
「うん。やま兄ももう昇降口にいるって。」
二年生ズの二人は、舳丸と東南風と一緒に帰る約束をしていた。航の携帯には東南風から
既に昇降口にいるというメールが入っている。舳丸もマリン技術準備室が昇降口のすぐ近
くなので、この二人よりは明らかに早く昇降口に着く予定であった。
「よっし、帰る用意終わったし、行くか。」
「うん。」
舳丸と東南風を待たせてはいけないと、重と航は教室を出ると少し早足で昇降口へと向か
った。一方昇降口では、一足早く到着している舳丸と東南風が二人が来るのを待っていた。
「東南風、今日はどうする?」
「ミヨさんはどっちの方が都合がいいですか?」
「今日は家の方が都合がいいな。」
「そうですか。なら、今日は俺があいつらの部屋に泊まります。」
「了解。」
二人がそんな話をしているところに、重と航がやってくる。舳丸と東南風の姿を見つける
と重と航はパタパタと駆け出した。
「舳丸ー!!」
「こらこら、廊下を走るな。」
「ゴメンね、待たせちゃって。」
「そんなに待っていないから大丈夫だ。」
重は舳丸に、航は東南風に話しかける。四人そろったということで、四人は昇降口から外
へ出た。外は夕方ということもあり、校舎内より気温が低く、四人の顔の周りの空気は白
く染まっていた。
「やっぱ、外は寒いな。」
「そうだねー。」
「そうだ、航。今日はお前の部屋に泊まろうかと思うんだが。」
「別に問題はないと思うけど。なあ、重。」
「重は今日は私の家に泊まるんだ。」
「へっ?いいの!?」
「ああ。さっき東南風と話してそう決めたんだ。」
「それなら、全然問題ないね。」
先程交わした会話を後から来た二人に伝えると、どちらも嬉しそうな顔になる。重も航も
舳丸や東南風と夜も一緒にいられることが嬉しかった。比較的頻繁にこのようなお泊まり
会はするのだが、本当は毎日でも夜まで一緒にいたいと思っている。しかし、そう毎日は
出来ない。だからこそ、こんなちょっとしたことが嬉しくて仕方ないのだ。
「今日は舳丸の家にお泊まりかー。家でのお泊まりは久しぶりだよな?」
「そうだな。」
「楽しみだー。」
うきうきとした様子で重は舳丸の隣を歩く。重ほど顔には表していないが、航も心の中で
はかなりわくわくしていた。
「今日海で拾ってきた奴で何か作るのって、俺の部屋でやるの?」
「ああ、そうだな。道具は基本的に持ち歩いてるし。」
「へぇ、そうなんだ。どんなふうになるか楽しみだ。」
海に落ちていたものでアクセサリーを作ると昼間約束したので、航はそんな話題を振る。
材料も道具も鞄の中に入っているので、どこでも作れる状態であった。自分と重の部屋で
それを作るという東南風の言葉を聞いて、航の胸は期待感でいっぱいになる。そんな航の
顔を見て、東南風もふっと微笑んだ。
「さてと、私達の家はこっちだから、ここでお別れだな。寮は向こうだろ?」
「はい。じゃあ、舳丸先生、さようなら。」
「ああ、また明日な。東南風は明日は大学の授業だよな?」
「はい。でも、午後はないので、高校には行きますよ。」
「航に会いにか?」
「・・・・ま、間違ってはないですけど、一応ティーチングアシストとしてです。」
「はは、そっか。それじゃあな、お前ら。」
ちょこっと東南風をからかいつつ、舳丸はひらひらと手を振り、自分の家に向かって歩き
出す。重は舳丸と一緒に、東南風と航は舳丸達とは逆の方向に向かって歩き出した。

東南風や航達と別れると、重はぎゅうっと舳丸の腕に抱きつく。いきなりくっついてくる
重に少し驚いたような表情を見せながらも、舳丸は落ち着き払った態度を崩さない。
「どうした?重。」
「んー、寒いから?」
「何で疑問形なんだよ?まあ、お前は体温高いからそうされてると温かくて好都合だけど
な。」
「だろー?」
腕を組んでも舳丸が嫌がったりしないので、重は嬉しそうに笑いながらぺったりと自分の
体を舳丸の腕にくっつける。重の体温が心地いいなあと思っていると、重がじっとこちら
の方を見ていることに気がついた。
「なあ、ミヨ。」
「何だ?」
「今日、一緒に寝ていい?」
上目遣いで舳丸の顔を見上げながら、重はそう口にする。あまりに可愛らしいおねだりに
舳丸の鼓動は一気に速くなる。
「うちにはベッドが一つしかないからな。必然的に一緒に寝ることにはなるだろ。」
内心は嬉しくてドキドキしまくっているが、そんな素振りは少しも見せず、舳丸はそう返
す。舳丸と一緒に寝られることが分かり、重はにぱぁっと花が咲いたような笑顔を見せる。
「へへへ、やったー!今日は舳丸と一緒に寝られるぜ。」
「そんなに嬉しいか?」
「当ったり前じゃん!だって俺、ミヨのことすげぇ好きだもん。」
満面の笑みでそう言われ、さすがの舳丸もクールな雰囲気を保ってはいられなかった。重
の行動、言葉、仕草の一つ一つが舳丸をときめかせる。蕾が開くように顔をほころばせな
がら、舳丸は重の頭を撫で言葉を紡いだ。
「重はまだまだ甘えん坊だからな。ちゃんと一緒に寝てやるよ。」
「甘えん坊ではないもん。」
「本当かぁ?」
「本当だよ!!」
兄弟のような恋人のようなどちらとも取れない雰囲気を醸し出しつつ、二人はそんなやり
とりを交わす。笑顔の溢れる二人の周り空気は、まるでそこだけ春になったような温かさ
を含んでいた。

舳丸と重と別れた東南風と航はゆっくりしたペースで兵庫水産高校の寮へ向かう。他愛も
ない話をしながら家路を辿っていると、突然航のお腹がぐぅ〜と鳴った。
「あっ・・・」
「腹減ったのか?」
「うん。」
お腹が鳴ってしまったのだから、東南風の問いに首を振ることは出来ない。航が素直に頷
くと東南風はちょっと間を置いて口を開く。
「俺も腹減ってるし、寮に行く前に何か食べてくか。」
「いいの!?」
「ああ。」
「やま兄の奢り?」
冗談じみた口調で航がそう問うと、東南風は頷く。
「別に構わないぞ。」
「本当!?」
「たまにはな。」
「やったー!!」
夕飯を奢ってもらえるということを聞いて航は素直に喜ぶ。奢ると言ってもまだ大学生な
東南風のこと。そんなに高いものは奢れない。とりあえず何が食べたいかを聞いてみよう
と東南風は航に尋ねた。
「何か食べたいものあるか?」
「んー、出来ればボリュームがあるのがいいけど、何でもいいよ。やま兄と一緒に食べれ
るなら。」
「何でもいいと言われてもなあ。なら、牛丼とかはどうだ?」
「賛成!!」
安くてボリュームがあるものを考え、東南風はそう提案してみた。予想外に航がいい反応
をしてくれるので、東南風は少し驚く。
「なら、ちょっと街の方出て、食いに行くか。」
「うん!!」
「そんなに牛丼好きか?」
あまりにも嬉しそうに航が頷くので、東南風はそんなことを聞いてみた。
「牛丼が好きっていうか、これからやま兄とご飯一緒に食べて、夜も一緒にいられるんだ
と思ったら嬉しくて。」
「そうか。」
恥ずかしげもなく航がそんなことを言ってくるので、東南風は少々照れてしまう。本当に
嬉しそうにニコニコしている航を見て、東南風はボソっと呟いた。
「牛丼、大盛りでも特盛りでもいいからな。」
「本当に!?やったー!!」
「その代わり、ちゃんと全部食べるんだぞ?」
「分かってるって。お腹ペコペコだから大丈夫!」
大盛りにしてもいいと言っただけで大喜びする航を、東南風は可愛いなあと思う。そんな
こと考えながら、東南風はふっと微笑みポンポンと航の頭を撫でた。
「何?」
「なんとなくだ。」
「なんとなく?」
「ああ。なんとなく。」
「ふーん。」
なんとなくで頭を撫でられた航は、変なのと思いつつも東南風が自分に触れてきてくれる
ことが嬉しくて仕方なかった。自然に顔が緩んでくるのを抑えられず、溢れんばかりの笑
みをこぼす。夕闇に染まる道の上。寮ではなく街に向かおうと、二人は足並みをそろえて
歩き始めた。
                     to be continued

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