街並が夜でも色とりどりに輝き始める季節が今年もやってきた。ピカピカと点滅を繰り返
すイルミネーションに大きなモミの木。大きな包みやキレイにラッピングされた箱を抱え
る人々が街の中を行き交う。そんな中、跡部は閉店間際の花屋に駆け込んだ。
「花束を作って欲しいんだが、まだ間に合うか?」
「はい。大丈夫ですよ。」
半分シャッターは閉まっていたものの何とか間にあったようだ。跡部は店内を見回し、花
束を作る花を選ぶ。
「これとこれ、全部を使って花束を作れ。いくらかかっても構わねぇ。」
「これ・・・全部ですか?」
「ああ。ありったけの赤と紫全部を使ってだ。」
「・・・はい。」
店員は困惑した。跡部はそばにあった赤と紫色のバラを指差し、これを全部使って花束を
作れと注文したのだ。普通に考えたらかなり常識外れなプレゼントであろう。だが、跡部
はそれを簡単にやってのける。全部を使って花束を作るのだから少々時間がかかったが、
出来としてはなかなかももので、その出来に跡部は大満足だった。
「お会計、三万五千円になります。」
跡部は財布の中からピッタリの金額を出し、その大きな花束を抱え店を出る。そう今日は
クリスマス・イブ。跡部はこの花束を家で待つ宍戸にプレゼントするつもりなのだ。
「意外と安いもんだな。さてと、早く帰ってやんないとな。」
この花束の他に跡部はもう一つのプレゼントを用意していた。それはおそらく宍戸にとっ
ては意外なものになるだろう。宍戸の喜ぶ顔を想像しながら跡部は気持ちを弾ませ、家路
を辿った。
「ただいま。」
「あっ、おかえりー。もうちょっとで夕飯用意出来るからちょっと待ってろよな。」
「ああ。」
跡部が家に帰ると宍戸は夕飯の準備をしていた。跡部はスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを
緩め、自分の部屋に着替えに向かった。ラフだがそれなりにデザインのよい私服に着替え
ると跡部はさっき買ったバラの花束を抱え、リビングに足を運んだ。そこでは宍戸がすっ
かり夕食の準備を整え、イスに座って跡部のことを待っていた。
「準備万端だぜ。・・・って、お前何だよその花束は?」
ありえないくらい大きな花束を跡部が抱えているのを見て、宍戸は唖然としながらつっこ
んだ。
「ああ、これか。これはお前へのプレゼントだ。今日はクリスマス・イブだからな。」
「プレゼントにしてもそりゃちょっと多すぎだろ・・・。でも、ま、プレゼントっつーん
なら素直に受け取っておいてやるか。」
にっと笑って宍戸はその花束を受け取る。すぐには飾れる量ではないのでいったん余って
いるイスの上に置き、後で少しずつ分けて家のいろいろなところに飾ることにした。
「じゃあ、景吾。クリスマスパーティー始めようぜ。」
たくさんのご馳走を前にして宍戸は楽しそうにそう言う。今日の夕食はいつにも増して豪
華だ。跡部の好きなローストビーフ・ヨークシャープティング添えに宍戸の好きなチーズ
サンド。跡部の家から送られてきた何種類もあるケーキに最高級の赤ワイン。その他にも
テーブルにはたくさんの品が並んでいる。半分くらいは宍戸の手作り料理だ。
「乾杯しようぜ。乾杯。」
「そうだな。」
二人はグラスに真っ赤なワインを注ぎ、チンッとグラス同士を触れさせた。その後、軽く
一口それを口に運ぶ。かなり高価な品だけあり、その味は舌をとろけさせるものだった。
「このワイン、最高にうまいな。」
「当然だろ?一番いいもの送らせたんだぜ。」
「サンキューな。それより早く飯食おうぜ。俺、作ってばっかで腹減っちまった。」
もうすっかり食べる気満々で宍戸はフォークやナイフを両手に持っている。それを見て跡
部は少々呆れるが、宍戸は宍戸で頑張っていたんだなあと思い、自分も同じようにフォー
クを持ち、食べる準備をした。
「それじゃあ、食べるとするか。」
「おう。いただきまーす!!」
相当お腹が空いていたのか宍戸はいただきますをするとがつがつを目の前のご馳走を食べ
出す。やっぱりこういうところは、まだまだガキっぽいというかなんというか・・・。そ
んな宍戸を跡部は親しみいっぱいの目で見つめる。頬にパンのカスがついているのを見る
と当然のようにそれを指で拭い、自分の口に運ぶ。さすがにこういうことをされると宍戸
も恥ずかしいのかほのかに頬を赤く染めて食べるのをやめた。
「お前・・・ナチュラルにそういう恥ずかしいことするなよ。」
「別にいいじゃねぇか。俺達は夫婦だぜ。これくらいのことで照れててどうすんだよ?」
「でも・・・やっぱさあ。」
「ほら、早く食べねぇと俺が食っちまうぞ。」
「何でだよ!?やだ!!これは俺のー。」
自分の皿を抱え、宍戸はフォークを口にくわえる。その仕草の可愛さに跡部はメロメロだ。
だが、それを顔に出さないのが跡部のポリシーだ。楽しい夕食をゆっくり堪能すると二人
は場所をソファに移し、それぞれが用意をしたプレゼントを交換することにした。暖炉の
前にあるソファに座ると今が冬ということを忘れてしまいそうなほどの暖かさを感じる。
「あれ?景吾のプレゼントってさっきのバラの花束じゃねぇのか。」
「あれはオマケだ。本当のプレゼントはこっちだぜ。」
さっきあれだけ豪華な花束を渡しておいて、それがオマケだとは何事だ!?と宍戸はちょ
っとビックリ。だが、跡部のこと次はどんな高価なものを渡されるのかと少し気持ちを落
ち着けてその時を待った。
「ほらよ、メリークリスマス亮。」
宍戸が渡されたのは8cm四方の小さな箱だった。指輪でも入っているのかと思い、丁寧
にその包みを開ける。だが、中から出てきたのは指輪ではなかった。確かに指輪とは同系
等のものではあるが、それよりは大きいものだが材質が宍戸が想像したものとはかけ離れ
ていた。
「ブレスレット?」
「ああ。どうだキレイだろ?」
「おう。でも・・・これビーズだよな。お前にしては珍しくねぇ?俺、もっと高価なもの
でも入ってるのかと思ってた。」
「高価なものの方がよかったのかよ?」
ちょっとムッとした表情で跡部は問う。宍戸は慌てて首を振って否定した。
「いや、そんなことねぇ!!でも・・・何か景吾らしくないなあって思ってさ。」
「・・・作るの結構大変だったんだぜ。」
宍戸は耳を疑った。跡部があまりにも意外な言葉を発したからだ。
「これ・・・景吾が作ったのか!?」
「まあな。色もデザインも全部俺が選んで考えて、自分で作ったもんだ。世界に一つしか
ない激レアもんだぜ?」
そう言われて宍戸はもう一度そのブレスレットに目を落とす。雪にモチーフにしたと思わ
れる真っ白なブレスレットは確かに既製のものと変わらないくらいしっかりしたものだが
どこか暖かさを感じる。跡部が自分のために作ってくれたということがあまりにも嬉しす
ぎて宍戸は言葉を失った。
「どうだ?宍戸。やっぱり、他に何か買った方がよかったか?・・・っ!?」
もう何といったらいいか分からないので宍戸は思いきり跡部に抱きつき、しばらく黙って
いた。少し落ち着いてくると宍戸は途切れ途切れに跡部にその嬉しさを伝える。
「やべぇよ・・・景吾。俺、嬉しすぎなんだけど・・・。どうしよ・・・?」
「どうしようって言われてもなあ。でも、喜んでもらえたならそれでいい。」
しばらく離れないでいる宍戸だが、自分もプレゼントを用意していることを思い出し、い
ったん跡部から体を離した。
「俺もなお前にちゃんとプレゼント用意したんだぜ。」
「何だよ?期待してもいいものか?」
「ま、まあ、それなりには・・・。」
あんまり期待されすぎても困るなあと思いながらも宍戸は用意していた紙包みに包まれ、
赤いリボンのついているプレゼントを跡部に手渡した。その包みの中からは黒い何かがい
くつか出てきた。広げるとそれは明らかに手編みと思われるセーターと手袋だった。
「これ、お前が編んだのか?」
「・・・い、一応。」
「へぇ、サイズもピッタリじゃねぇか。色もなかなかいい感じだし。」
軽く腕を通したり、手にはめてみたりして嬉しそうにそう言う。こんなものをあげていい
のかといまだに微妙な気分の宍戸は赤くなりうつむいたままだ。だが、そんな宍戸の体を
跡部はぎゅっと抱き寄せた。その瞬間、宍戸の胸が高鳴る。
「サンキューな亮。マジ、嬉しいぜ。」
「おう・・・。」
ありえないくらいの幸福感を感じて、宍戸は逆に不安になってしまった。この幸せはいつ
か終わってしまうことがあるのではないか?この幸せはすぐに消えてしまうのではないか
と・・・。
「なあ、景吾。俺、今幸せすぎて怖いかも・・・。こういう感じってずっと続かないんじ
ゃないかなあとか終わっちゃったらどうしようとか・・・。」
「何言ってんだバーカ!!」
思ったより強い口調で返され、宍戸はドキっとする。
「そんなもんはな、そういうふうに考えてるから本当にそうなっちまうんだ。たとえお前
がそう思っていようとも俺はそうは思わねぇ。お前が死ぬまで次から次へと飽きるくらい
たくさんの幸せを与えてやる。俺様に出来ねぇことはねぇからな。」
自信満々に跡部がそんなことを言うので宍戸は笑ってしまった。やっぱり跡部は跡部だと
思わざるをえない。こいつと一緒に居れば自分はいつでも幸せなんだという気持ちが宍戸
の心をいっぱいにした。それが行動になって現れる。
「そうだよな・・・。」
宍戸は跡部の背中に腕を回して、甘えるような仕草を見せながらふと呟いた。
「でも今は、とにかくお前が側に居てくれりゃ幸せだ。」
「そりゃ嬉しいな。・・・俺もだぜ。」
耳元でくすぐるように跡部は囁く。宍戸はそのくすぐったさに笑いながらこれ以上ないぬ
くもりを感じて、自ら跡部の唇に口づけを施す。それに応えるように跡部もその接吻をも
っと深いものにしていった。そして、二人はこの甘い雰囲気のまま軽くシャワーを浴び、
ベッドルームに向かうのであった。
仕事を終え、家路を辿る鳳は今日は少し早足だった。クリスマス・イブという特別な日。
こんな日に早く帰らないわけにはいかないのだ。
「ただいま。」
玄関を開けるとキッチンの方から、何やらいい匂いがしてくる。今日のクリスマス・パー
ティーのために滝が腕によりをかけてたくさんのご馳走を作っているのだ。鳳は靴を脱い
で家に上がると着替える前にまず滝のところに向かった。
「ただいま、滝さん。」
「おかえり、長太郎。今日は早かったね。」
「今日はクリスマス・イブですから。」
にっこり笑って鳳は答える。さすが長太郎、こういうところは本当に真面目だよなあと滝
は感心しながらオーブンで焼いていた七面鳥を取り出し、テーブルの上に運ぶ作業を行っ
た。
「何か手伝いましょうか?」
「ううん。大丈夫。それより早く着替えてきな。ここはもうほとんど準備出来てるから。」
「はい。」
この七面鳥が最後のメニューだったようで、テーブルの上にはすでに全てのメニューがそ
ろっている。鳳は滝に言われた通り着替えをしにいったん部屋へと向かった。
「あっ、長太郎。用意出来た?」
「はい。それにしてもすごいご馳走ですねー。」
「長太郎のために頑張ったよ。それじゃ、二人だけのクリスマスパーティー、始めようか。」
「はい。」
そう言うと滝はテーブルの中心に置いてある色とりどりのキャンドルに火を灯し、部屋の
明かりを全て消した。クリスマスツリーの電気とキャンドルの灯だけが部屋の中を照らす。
その幻想的な雰囲気の中二人は豪華なディナーを食べ始める。
『乾杯。』
声をそろえてそう言い、グラスとグラスを軽くぶつける。澄んだ音が部屋に響くと滝が白
ワインの入ったグラスを見ながらふと呟いた。
「乾杯ってさ、何かキスに似てるよね?」
突然の滝の問いかけに鳳は少し戸惑う。だが、滝の言っていることはあながち間違っては
いない。
「確かに・・・そうですね。今まで気がつきませんでした。」
「俺も今気づいたんだけどねー。」
素直に頷く鳳が可愛いと滝は笑いながらこう答えた。ロマンティックな雰囲気の中、仲睦
まじくディナーを取り終えると二人はテーブルの上を片付け、それぞれ用意したプレゼン
トを取って戻ってきた。もうキャンドルの蝋は半分くらいなくなっている。
「どっちから渡そうか?」
「いっせいのーせで同時に渡しません?」
「いいよ。じゃあ・・・」
『いっせーのせ。』
鳳の提案通り二人は同時にプレゼントを交換し合う。そして、手にしたプレゼントの包み
を丁寧に開け始めた。滝の受け取ったプレゼントの箱からは紫色の石のついた指輪が、鳳
の受け取ったプレゼントの箱からはシルバーの懐中時計がそれぞれ姿を現した。
「うわあ、キレイ!!これ、アメジスト?」
「はい。その指輪、すごく滝さんに似合いそうだなあと思って・・・。」
早速その指輪を右手の薬指にはめてみる。サイズもピッタリで、色もデザインも滝の細い
指にはとてもよく似合っていた。
「似合うかな?」
「はい!!すごく似合います。やっぱりそれにして正解でした。」
嬉しそうにしている鳳を見て、滝も嬉しくなる。その指輪を見ていて滝はふとあることに
気がついた。
「そういえばさ・・・・」
「何ですか?」
「アメジストって二月の誕生石だよね?ってことは、長太郎、これ自分の代わりとか思っ
て買ったの?」
確かに鳳は二月生まれで誕生石はアメジストである。だが、鳳としてはアメジストの色や
この指輪に形状が滝に似合うだろうと思って買ったものであり、自分の誕生石だというこ
となど全く気にしてはいなかった。
「えっ!?えっと・・・あの・・・そういうつもりじゃ・・・・」
「俺、この指輪、うちに居るときは長太郎だと思っていつも身につけるようにするよ。」
「・・・・あ、ありがとうございます。」
そこまで考えてはいなかったが、滝がそういうのならと鳳は真っ赤になってお礼を言った。
こんな形で喜ばれるとは思ってもみなかったので、ちょっと恥ずかしくなってしまったの
だ。指輪の話ばかりしていて、滝があげた懐中時計の話題になかなかならないので鳳はそ
っちの方へと話をふった。
「えっと・・・滝さん、この懐中時計すごくカッコイイしキレイです。」
「ホント?よかった。これ金色もあったんだけどね、長太郎のイメージって金より銀だっ
たからさ、こっちにしてみたんだけど気に入ってもらえた?」
「はい。俺、金より銀の方が好きなんっスよ。だから、すごく気に入りました。」
「よかった。俺、長太郎が喜んでくれるのが一番嬉しいからさ。気に入ってもらえて本当
嬉しいよ。」
笑いながらそんなことを言う滝に鳳はトキメキまくっていた。すると、ふっと周りが暗く
なる。どうやらキャンドルがなくなり灯が消えてしまったようだ。
「キャンドル、全部燃えきっちゃったみたいですね。」
「うん。でも、あのツリーの明かりだけってのもなかなかロマンティックじゃない?」
「そうですね。」
それからしばらく会話が途切れた。穏やかな沈黙が二人を包む。何となく二人は目を合わ
せた。言葉を交わさなくとも心が通じ合うような気がして、しばらく見つめ合い続ける。
そして、自然と顔が近づき二人の唇は触れ合い、それはだんだんと深いものになっていっ
た。
「ふ・・・ぅん・・・・」
しばらくキスを交わしていると、だんだんと体が熱くなってくるのを感じる。冬なのに暖
房もそれほど強くないのにこんなにも空気が暖かく感じるのはまさにこの雰囲気の所為で
あろう。
「ハァ・・・滝・・・さん・・・」
「長太郎・・・」
名前を呼ぶだけで全てが伝わるような気がした。自分の思っていること全部がこの一言に
込められる。
「俺、もう滝さんしか見えないっスよ・・・。」
「俺も。長太郎しか見えない。長太郎しかいらない。」
そんなことを言い、また唇を重ねる。しばらくそのラブラブな雰囲気の中、二人はこの甘
い雰囲気を楽しむ。そんなふわふわとした感覚が抜け切らないまま、滝は鳳にある提案を
した。
「続きはさ、風呂に入ってからにしよう。」
「えっ・・・続きって。」
「今日はクリスマス・イブだよ長太郎。」
ニコッと笑いながら滝は言った。この言葉の意図がすぐに分かってしまい鳳は赤くなる。
だが、それは鳳にとっても楽しいこと。二人は一緒にお風呂に入ることにし、続きは部屋
でということにした。ドキドキ感が消えないまま二人はバスルームへと向かっていった。
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