「いやー、もう皆そのまま進学やから暇でええなあ、この時期は。」
卒業を一ヶ月程先に控えた忍足や宍戸は、暇だということで氷帝学園高等部のテニス部部
室にやってきていた。元氷帝学園中テニス部レギュラーメンバーは全員内部進学というこ
とで、普通の高校生なら受験ラッシュのこの時期に暇を持て余しているのだ。
「そういやそろそろ長太郎の誕生日だよな?」
「せやな。あっ、ということはそろそろバレンタイン・デーやん。」
「そっか。バレンタイン・デーか。今年はどうすっかなあ・・・」
跡部仕様のレギュラー部室にあるふわふわのソファに腰かけながら、宍戸と忍足がそんな
ことを話していると、部活を終えた鳳や樺地、日吉が戻ってきた。
「今日の練習もハードだったね。」
「ウス。」
「あっ、宍戸さんに忍足さん。何やってるんですか?こんなところで。」
「よお、お疲れ。」
「お疲れさん。」
「本当にどうしたんですか?二人とも。」
「いやあ、暇だったからさ、ちょっと遊びに来たって感じ?」
二年生メンバーの質問に宍戸はのんびりつくろぎながら答える。日吉は少し呆れつつも、
他の二人はどこか嬉しそうだ。
「そろそろバレンタインですね。」
「その会話、さっき宍戸としたわー。」
「そうなんっスか?先輩達は今年はどうするんです?」
「それはまだ考え中。なあ、忍足。」
「ああ。今年はどないなプレゼントがええんやろ?」
男同士でバレンタインをどうするかという話で盛り上がるのもおかしな話だなあと思いつ
つ、日吉はそこにいるメンバーの話に耳を傾ける。
「なあ、樺地もジローさんにあげたりするのか?」
「ウ、ウスっ・・・」
まさか日吉にそんなことを尋ねられるとは思っていなかったので、樺地はドキンとしなが
ら頷く。
「へぇ、そっか。」
自分には関係ない話だなあと思いつつも、何となく仲間外れになるのは嫌なので、日吉は
冗談まじりでとある提案をしてみる。もちろんそれが受け入れられるなんてことはさらさ
ら思っていなかった。
「先輩達も鳳も樺地もまるで女の子みたいですよね。この際だから女装してチョコ渡すっ
てのはどうです?」
『・・・・・・・』
意外なことを言う日吉の言葉に他のメンバーは黙ってしまう。スルーされるだろうと思い
ながら、ネクタイを締めていると、突然忍足が立ち上がり気がついたように叫ぶ。
「それやっ!!」
「な、何だよいきなり?」
「女装してチョコ渡すんは今までにやったことないことやん。日吉、なかなかええアイデ
ィア持ってるやんか。」
「そ、そうですか・・・・」
「でも、宍戸さんや忍足さんはもともと綺麗系なんで似合うと思いますけど、俺とか樺地
とか無理じゃないですか?」
「そんなことないって。樺地メイクとか雑誌とか見たら完璧に出来そうやし、似合う服着
たら何とかなるやろ。なあ、今年のバレンタインはそれでいこうや。」
かなりノリ気になっている忍足に少々困惑しつつも、宍戸もそれはありだなあと思ってし
まう。
「んー、ちょっとどうかなあと思うけど、悪くはねぇかも。跡部の奴、きっとビックリす
るだろうなあ。」
「えっ、マジで俺もするんですか!?」
「当たり前やろ。なあ、樺地?」
「ウ・・・ウス。」
条件反射のように頷いてしまうのだが、樺地はいろいろな意味でドキドキしていた。メイ
クを任せられるのは全く構わないが、女装をするのはかなり無理がある。どこまで本気か
は分からないが、ここまで話が進んでしまったのならそうするということはまず間違いな
いだろう。
「よし、じゃあ、明日の放課後、早速服とメイク道具買いに行くで。やるんだったらとこ
とんやろうや。」
「よし、俺も乗った!あとバレンタイン用のプレゼントもついでに買おうぜ。うわあ、何
か急にバレンタイン・デーが楽しみになってきたぜ!」
「樺地、どうする・・・?」
「やるしか・・・ないと思う・・・」
「だよねー。日吉!日吉も明日の買い物付き合ってもらうからね!」
「はぁ?何で俺が?」
「日吉が提案したんだろー。自分の言ったことには責任持ってよね!」
「ちっ、あんなこと言うんじゃなかった・・・・」
ノリノリになってる忍足と宍戸に振り回され、二年生メンバーは困惑状態。あんなことを
言わなければよかったと日吉はひどく後悔した。一週間後のバレンタイン。日吉のちょっ
とした一言からそれは大波乱の一日になりそうだ。
そして、バレンタイン当日。女装してビックリさせようメンバーは朝早くから忍足の家に
集まり、着替えやメイクを始めていた。
「本当にするんですかぁ?」
「ここまできて何言ってんだよ?せっかくこんなにいろいろ用意したんだからするに決ま
ってんだろ!」
まだぶーぶーと文句を言っている鳳に宍戸は喝を入れる。しかし、そんな鳳よりももっと
不機嫌そうな様子でいるのは、何故かこんなところまで手伝わされるはめになった日吉で
あった。
「というか、どうして俺までこんなことに付き合わなきゃいけないんですか?」
「別にいいじゃん。日吉はこういう格好しないんだから。」
「だったら、尚更だ。全く俺、関係ないじゃねぇか。」
「発案者やしなあ。メイクとかちょっと手伝ってくれればええねん。樺地だけにやらせて
たら大変やろ?」
「ったく、これが終わったら俺は帰りますからね!」
こんなことに最後まで付き合ってられないと、日吉はそう言い放つ。しかし、四人の女装
がしっかり出来上がるまでは、一応付き合うつもりらしい。
「じゃあ、まずは服だけ着替えちまうか。」
「せやな。化粧は後にやった方がええやろうし。」
というわけで、日吉以外のメンバーはこの間買ってきた服に着替え始めた。もともと女っ
ぽい様相の宍戸と忍足は、メイクをしなくとも全く違和感がないほど女物の服を着こなし
ている。一方、鳳と樺地はその身長から多少の違和感はあるものの、似合うような服を選
んだので、それほどおかしくはない。メイクをすればしっかり女の子に見える。
「やっぱ似合うなあ宍戸。その髪の長さは使えるよな。」
「跡部が伸ばせ伸ばせうるせぇからよ、また伸ばしたんだよな。でも、結構気に入ってる
んだぜ、この髪型。」
いつもより少し高めのポニーテールは宍戸をより女の子らしく見せている。ちなみに宍戸
が着ている服は、白いコットンキャミソールに水色のスポーティーなチビパーカーを羽織
り、ピンク系のツイード調ミニスカートを穿いているという感じだ。
「忍足さんも似合ってますよ。何か綺麗なお姉さん系になりますよね。」
「ホンマか?おおきにな。」
鳳が似合っているという忍足の服は、黒のフレンチスリーブワンピースにオフホワイトの
ボレロカーディンガンを羽織るという格好だ。シックでありながらも、どこかキュートさ
を含んでいるその服は忍足のイメージにピッタリであった。
「長太郎と樺地だって悪くねぇと思うぜ。二人とも似合ってるよなあ?忍足。」
「ああ。正直初めは似合わんちゃうんかなあ思てたけど、意外と似合うもんやな。」
「そ、そうですか?」
鳳の着ている服は、ブルーのプルオーバーにモカのティアードスカートという組み合わせ
にアウターとしてカーキのカジュアルブルゾンを着ているという格好だ。一方樺地は、ピ
ンク系のチュニックワンピースにベージュのデザインカーディガンを羽織り、ワンピース
の下にデニムパンツを穿いて、メリハリあるコーディネートとなっている。
「さてと、着替えも終わったことやし、メイクといきますか。樺地、お願い出来るか?」
「ウス。」
着替えの次はメイクだと、忍足は姉から借りた雑誌を渡しつつ、樺地にそんなことを頼む。
樺地も樺地で一応妹の雑誌を借りて、メイクの勉強はしてきていた。短い時間で自分も含
め四人のメイクをするのは大変なので、宍戸と忍足のメイクは樺地がし、鳳と樺地自身の
メイクは日吉がすることになった。
「うわあ、化粧なんてするの滅多にねぇから結構ドキドキしねぇ?」
「せやな。どんな顔になるんやろ?」
ドキドキしながら、宍戸と忍足は樺地にメイクを施してもらう。普段から無口な樺地はど
ういうふうにしたいかを二人に聞くことなく、たんたんとメイクを進めてゆく。それと同
時進行で日吉も鳳にメイクを施していった。
「鳳、メチャクチャな顔にしていいか?」
「やめてよ、そういうことすんの。確かに日吉にまでこんなことに付き合わせちゃったの
は悪かったと思うけどさ。」
日吉の冗談チックな言葉に鳳はドキドキする。日吉なら本当にやりかねないと不安になり
ながら、メイクが終わるのを待った。
「ウス。」
「よし、終わった。」
ほとんど同時に樺地と日吉は最後に塗ったリップの筆を置く。どんな顔になったのか、わ
くわく感と不安な気持ちを抱えながら、三人は鏡を見た。
『うわあ・・・』
鏡の中の自分を見て、三人は驚きの声を上げる。パッチリした目と潤んだ桜色の唇、チー
クでほのかに赤くなった頬は女の子らしさ満点、宍戸のメイクはそんな感じであった。一
方忍足はというと、切れ長の目を強調させるようなアイラインに、宍戸よりかはいくらか
濃い紅色の口紅。大人っぽくみせるようなそのメイクは忍足の着ている服にバッチリマッ
チしていた。また、おかしな顔にされるかもしれないと不安がっていた鳳も、マスカラや
アイラインの効果で目元はかなり女の子らしくなり、ナチュラルな色の口紅とグロスで実
年齢より少し幼く見えるような可愛らしいメイクがちゃんと施されていた。
「すっげぇ、超女みてぇな顔になってる!」
「あの短時間で、こないなメイクが出来るなんてさすが樺地やな。」
「日吉、すごいね。見直しちゃった。」
「別に樺地に負けたくなかっただけだ。下手なメイクして、文句言われるのもしゃくだし
な。」
「へぇ、日吉の意外な才能やな。で、樺地はどうなっとるん?」
「後はリップとかつらかぶせて終わりです。どうです?なかなかのもんでしょう。」
樺地へのメイクがよっぽどうまくいったようで、日吉は得意気な口調で、そんなことを言
う。より女らしく見せるためのかつらをかぶせて、その髪を綺麗にセットする。もとの樺
地の顔はどんなものであったかを忘れてしまいそうなほど、その顔は完璧に女の人らしく
なっていた。
「日吉、マジで天才なんじゃねぇ!?樺地、別人だな。」
「ホンマにビックリやわ。べっぴんさんやなあ。」
「そう・・・ですか・・・?」
まだ自分の顔を鏡で見ていないので、樺地は首を傾げながらそう尋ねる。
「自分で見てみなよ。」
「ウス。」
鳳に鏡を渡され、その中をのぞいてみるとそこには自分とは思えないような顔が映ってい
る。あまりの驚きに樺地は言葉を失った。
「・・・・・。」
「これで、俺のしなきゃいけないことは全部終わりましたからね。帰りますよ。」
「ああ。サンキューな日吉。」
「助かったで。ほな、また部室に遊びに行くからそん時はよろしくな。」
ひらひらと手を振る宍戸や忍足が本当に女の人に見えて、日吉は少々困惑してしまう。ま
さか自分が冗談で言ったことがこんなことになるとは思っていなかった。本当に変わった
メンバーの集まりだなあと思いながら、日吉は忍足の家をあとにした。
「忍足さん、俺、髪の毛どうしましょう?」
「せやなあ・・・宍戸、どないしたらええと思う?」
「俺に聞くのかよ!?えっ、えっとぉ・・・」
短い鳳の髪をどうすればよいか考えていると、樺地がポツリと一言呟いた。
「帽子・・・かぶるのはどうですか・・・?」
「それええな!ちょっと待っててな。姉貴からええ感じの帽子借りてくるわ。」
樺地の提案に頷き、忍足は自分の部屋を飛び出してゆく。どれだけノリノリなんだという
感じで、残った三人はくすくす笑う。
「忍足って、変なとこで気合入れるよな。」
「ですね。」
「ウス。」
しばらくすると、忍足は女物の帽子を持って帰ってくる。それを鳳の頭にかぶせ、鏡を渡
す。
「これで、どないや?」
「あー、いいと思います。これなら、ちゃんと女の子に見えますね。」
「それじゃあ、そろそろアイツらに電話するか?」
「せやな。」
準備は整ったということで、四人はそれぞれのパートナーに電話をかけて呼び出す。もち
ろん待ち合わせ場所は皆同じ場所。自分のパートナーはもちろん他のメンバーのリアクシ
ョンも見てみたいとそうしたのだ。
「あっ、もしもし跡部か?俺だけどよ。あー、そう。今日バレンタインじゃんか。だから、
跡部にチョコ渡したいなあなんて思ってさ。」
「もしもし、岳人?そう、俺や。今日バレンタインやろ?俺、岳人にプレゼント用意して
ん。だからな。うん、そう。」
「もしもし、滝さんですか?はい。ありがとうございます。今日って、確かに俺の誕生日
でもありますけど、バレンタインじゃないっスか。だから、俺からも滝さんに何かあげた
いなあと思って。」
「もしもし・・・?ウス。今日・・・バレンタイン・デーなんで。」
それぞれ思い思いの方法で、パートナーを呼び出す。もちろんここにいるメンバー以外の
メンバーは、こんな呼び出しに応じないわけがない。近くの公園で会うことを約束すると
四人は電話はプチッと切った。
「さてと、これからがお楽しみやで。」
「絶対アイツら驚くだろうな。」
「何か楽しみになってきました。」
「ウス。」
ここまでくるともう恥ずかしさよりも、楽しみの方が上回る。うきうきしながら、四人は
バレンタインのプレゼントを持って部屋を出た。
いつもとは一味違うバレンタイン。果たして跡部や岳人、滝やジローはどんな反応を示す
のであろうか?
to be continued