Private Lesson 〜前編〜

「ふう、あともう少し。」
ここは保健室の前の廊下。2年A組の鳳長太郎はほうきで廊下を掃いている。そこへ白衣
を着た一人の先生がやってきた。
「あれ?」
「あっ、こんにちは。」
鳳にとっては初めて見る先生であった。しかし、あいさつはキチンとしなければならない
と、頭を下げてあいさつをする。
「えっと、掃除当番の子?」
「いえ、ちょっと汚れてたんで。あの・・・先生は?」
「僕は今日からこの学校に勤務することになった滝萩之介。この前保健室の先生が結婚し
て退職しちゃったでしょう?その代わりに来たんだ。」
「保健室の先生ってことですか?」
「うん。」
前の先生よりも全然若く、美人な先生なので鳳は思わず見とれてしまう。
「君は?」
「えっ?」
「君の名前は?」
「俺は、鳳長太郎です。2年A組の。」
「ふーん、鳳君か。ところで、何で君はここを掃除してるの?」
「俺、風紀委員なんです。だから・・・」
「風紀委員か。君のイメージにピッタリだね。見るからに真面目そうだもん。」
「そ、そんなことないですよ。」
滝にそう言われ、鳳は照れたような素振りを見せる。そんな鳳を可愛い子だなあと思いな
がら、滝は自分よりいくらか上にある顔を見上げる。
「じゃあ、僕は保健室の中の整理をするから。掃除頑張ってね。」
滝が保健室の中に入ろうとすると、鳳はほうきをぎゅっと握りながら滝を止める。
「あ、あのっ!!」
「どうしたの?」
「よかったら、手伝いましょうか?」
嬉しい鳳の言葉に滝はニッコリと笑う。女の人のようなその綺麗な笑顔に鳳はドキドキし
てしまった。
「ありがとう。それじゃあ、お願い出来る?」
「はい!」
滝が保健室の中に入るのに続くようにして、鳳も保健室の中に入っていった。

それから数日が経ち、鳳は放課後になると保健室に行くようになった。新しく保健室の先
生なった滝は、生徒の中ではかなりよい評判だ。優しくて、若くて、美人な先生。女の子
にも男の子にも大人気であった。
「今日もお手伝いありがとう、鳳君。まだ慣れてないからすごく助かるよ。」
「いえ、俺に出来ることがあれば何でも言ってください。」
本棚の整理をしながら、鳳は笑顔で言う。本当にいい子だなあと思いながら、滝は椅子へ
腰掛けた。保健室に来る生徒の話によると、鳳はクラスでもかなり真面目で、責任感があ
る優等生らしい。その話は本当だなあと今の鳳を見て、滝は思う。
「ねぇ、クッキーあるからよかったら食べる?」
「いいんですか?」
「うん。お手伝いしてくれるお礼。こっちにおいで。」
「はい!ありがとうございます。ちょうどお腹空いちゃってたんですよね。」
出していた本をガラスの扉のついている本棚にキチンとしまうと、鳳は滝の隣に座った。
クッキーだけでは食べにくいだろうと思い、滝はお茶を入れようと席を立つ。
「ダージリンとアールグレイがあるけど、どっちがいい?」
「えっと、じゃあダージリンで。」
普通の生徒だったら、そんなことを言われてもどっちがどっちだか分からないとすぐには
答えられないのだが、鳳はある程度お金持ちの家庭に育っている。ダージリンとアールグ
レイの違いくらいはバッチリついているのだ。
「このクッキーおいしいですね。」
「本当に?それ、僕が作ったんだ。」
「本当ですか!?すごいですね!!」
とてもおいしいこのクッキーが手作りだと聞いて、鳳はすごいすごいとはしゃぐ。お茶を
入れて、机のところに戻ってきた滝はふとあることに気がついた。
「鳳君、口の横クッキーついてるよ。」
特に何の考えもなしに滝は自らの口で、そのクッキーを取った。唇に触れたわけではない
が、そのすぐ横にキス同然のことをされ、鳳は激しく動揺する。
ガタ、ガターンっ!!
あまりに激しく驚いたために鳳は椅子から落ちてしまう。そんな鳳の様子に滝は唖然。し
かし、真っ赤になって頬を押さえている姿が可愛いと思わずくすくす笑ってしまう。
「ゴメンね。ついくせでさ。そんなに驚くとは思わなくて。」
「あっ・・・すいません!!本当にちょっと驚いちゃっただけなんで。別に嫌だったとか
そういうわけじゃ・・・」
言い訳をするように鳳は椅子をもとに戻し、そこに座り直す。そして、顔が赤くなってい
るのを誤魔化すかのように紅茶を口に含む。
「熱っ・・・」
「大丈夫?淹れたてだからまだ熱いよ。気をつけて。」
「はい・・・」
さっきからドジばかりで恥ずかしいと鳳は、頬を赤く染めながらうつむいた。紅茶を飲み
ながら、滝はニコニコ笑ってそんな鳳を眺める。
「ねぇ。」
「はい。」
「やっぱり、鳳君の年くらいだとキスとかは未経験なの?」
さっきの反応があまりにも初々しかったので、滝はそんなことを尋ねる。そんなことを聞
かれ、鳳は思いきりむせた。
「ゲホ、ゲホッ・・・」
「ゴメン、ゴメン。また、驚かせちゃったね。」
「そ、そんなの、まだに決まってるじゃないないですか!」
「そうだよね。鳳君、真面目そうだし。」
そう言う滝の目はいつもの優しい目と違い、どこか妖しい光を帯びている。
「でも、そういうことに少しは興味あるんでしょ?」
「そ、それは・・・」
「だったら、先生が教えてあげようか?」
すっかり固まってしまった鳳の頬に手を添えながら、滝は妖しく囁く。いつもとは違う滝
の様子に鳳は困惑しながらも、完璧に魅せられていた。思わず頷きそうになるところで、
バタバタと誰かが走ってくる音が廊下から聞こえてくる。
バタンっ!!
「滝先生ー、また足擦り剥いちまったー!!」
「だから言ったやろ、あないなところ登ったら危ないて。」
「また怪我したの?岳人。今度は何して?」
「木に登ってたらさー、そこに棘みたなのがあって、そこに引っかけちまった。」
「全くしょうがないなあ。ほら、こっちおいで。」
いつもの滝に戻り、足を擦り剥いた岳人の手当てをテキパキと済ます。岳人や忍足にさっ
きあったことを悟られまいと、鳳はそそくさとカーテンのあるベッドに隠れた。
「おっ、クッキーじゃん。先生、一つくれよ。」
「だーめ。これは僕のおやつなんだから。」
「何だよケチー。まあ、いいや。侑士、そろそろ帰ろうぜ。サンキューな、先生。」
「いつも悪いなあ先生。じゃあ、またな。」
「うん。じゃあね。」
忍足と岳人が保健室から出て行くのを見送ると、滝は外に出ている札を裏返してしまう。
外側に見えている札には、『本日は帰宅』の文字。つまり、もうこれ以上は誰も入ってこ
ないということにしてしまったのだ。
「ゴメンね、鳳君。」
「い、いえ。」
「さっきの話、どう?」
「え、えっと・・・興味はなくはないですけど、そんなことしたらダメだと思います。」
「やっぱり、鳳君は真面目だね。」
思った通りの答えだと滝はそう言う。しかし、そこまで真面目に振る舞っているからこそ
それを崩したくなってしまう。滝はそっと鳳をベッドに倒し、ニッコリ笑う。
「た、滝先生・・・?」
「まずはこれだけ、教えてあげる。」
ただ唇が触れるだけのキス。まるで小鳥が嘴をつつきあうような、そんな軽いキスであっ
たが、鳳にとっては心臓が止まってしまうくらいドキドキするものだった。薄いレンズの
眼鏡の下にある瞳が潤む。
「ファースト・キスだったかな?」
「・・・・・」
鳳は黙って頷く。今にも泣きそうになっている表情が滝にはたまらなかった。もっといろ
いろなことを教えたい。そんな欲求が滝の中で次第に強くなってゆく。しかし、いきなり
次から次へとしてしまっては、それこそ鳳に嫌われてしまう。ここはぐっと我慢だと滝は
いつもの笑顔で鳳の頭を撫でた。
「ゴメンね。いきなりこんなことされたら嫌だったよね。」
「いえ・・・別に嫌じゃないです。」
「本当に?」
「はい。・・・・あの、滝先生。」
「何?」
やはり文句を言われるのではないかとある程度覚悟していた滝だったが、鳳の口から出た
のは意外な言葉であった。
「さっき、向日先輩のこと名前で呼んでましたよね?」
「向日っていうと、岳人のこと?」
「はい・・・だから、あの・・・」
なかなか重要なことが言えないと鳳は、途切れ途切れに言葉を発する。滝は何を言いたい
のだろうと不思議がるような表情で鳳の顔を眺めた。
「俺のことも・・・名前で・・・呼んでください。」
恥ずかしそうに、けれどもしっかりと鳳はそう言った。本当にどこまでも夢中にさせてく
れるなあと、滝はドキドキしながらも顔を緩ませる。
「いいよ、長太郎。」
下の名前で呼ばれ、鳳は今まで以上に鼓動が速くなるのを感じる。
「でも、名前で呼ぶのはこういうふうに二人きりの時だけね。いままで名字で呼んでたの
に、いきなり名前で呼ぶようになったら他の子にあやしまれちゃうでしょ?」
「はい。」
「それじゃあ、今日はそろそろ帰ろうか。この続きは明日の放課後。」
「続きって・・・?」
「さっきのキスよりも、もっといいこと、長太郎だけに特別に教えてあげるよ。」
蟲惑的な笑みを浮かべ、白衣を翻しながら滝は言う。そんな滝に鳳は完全に魅せられてい
た。学校でそんなことをしてはいけない。しかも自分は風紀委員という身だ。それは百も
承知だった。しかし、それ以上に滝が教えてくれるという何かへの好奇心の方が鳳の心を
しっかりと捉えているのであった。

次の日は職員会議ということで、部活もなくほとんどの生徒は午前の授業を終えると帰っ
てしまった。そんな中、鳳だけは保健室で滝が職員会議から帰ってくるのを待っていた。
真っ白なベッドの上で、昨日のことを思い出し、ドキドキと胸を高鳴らせる。今日はどん
なことを教えてもらえるのか、他の先生や生徒にバレやしないか、そんなことがぐるぐる
と頭の中を駆け巡る。
ガラガラ
ドアが開く音がし、鳳の心臓はドキンと鳴る。
「待たせてゴメンね、長太郎。」
「だ、大丈夫です。そんなに待ってませんから。」
「そっか。今日はもう先生達も帰るらしいから、戸締りの鍵預かってきちゃった。」
いくつも鍵がついた輪っかを鳳の目の前で滝は揺らす。ということは、もうこの学校に残
っているのは自分達二人だけということになる。
「えっ、それって・・・」
「そ。ここの鍵もどうせ閉めちゃうし、何しててもバレないってコト。」
優しい笑顔の中に昨日のような妖しさを含み、白いカーテンをパサッと閉める。真っ白な
カーテンに、真っ白なシーツ、そして、真っ白な白衣。あたり全てを白で囲まれ、鳳は不
思議な気分でいっぱいになる。
「今日は、もっと気持ちイイキスを教えてあげる。」
「気持ちいいキス・・・ですか?」
「そう。そんなに緊張しないで、リラックスして。」
不安気な表情をしている鳳を安心させるように、滝は優しく囁く。そして、縁のない眼鏡
を外すとそれを枕の横に置いた。
「あれ?この眼鏡、度入ってないの?」
「あ・・・はい。つけてると落ち着くんで。別に目が悪いわけじゃないんです。」
「ふーん。何か忍足も似たようなこと言ってたなあ。でも、俺は素顔のままの長太郎の方
が可愛いと思うよ。」
あごをくいっとあげるようにして滝は言う。強い光を含んだ瞳でじっと見つめられ、鳳は
目をそらすことも出来ず、ただその強い視線に射抜かれるだけだ。
「あ、あの・・・」
「怖がらなくても大丈夫。初めは優しくしてあげるから。」
近づいてくる顔を直視出来ず、鳳はぎゅっと目を閉じた。唇が触れ、いったん離れる。そ
して、小さく囁く声。
「少し口を開けて。」
その声に導かれるまま、鳳はほんの少し口を開く。その瞬間、再び唇が触れた。
「・・・ぁ・・んっ!?」
少し開いた唇の隙間から、熱い舌が入り込んでくる。口の中を舌で探られる何ともいえな
い感覚に鳳は思わず後ずさりしようとする。しかし、保健室のベッドはそれほど大きくは
ない。すぐに壁にぶつかってしまい、身動きが取れなくなった。
「んぅ・・・ん・・ん・・・」
しばらくは戸惑うような素振りをしていた鳳だったが、次第にとろけるような表情を見せ
る。そんな表情変化をじっと観察しながら、滝はさらに深いキスを施し始めた。混ざり合
う唾液が飲み込みきれず、塞がれきれていない鳳の口元から溢れる。
「ふ・・・ぅ・・・」
さすがに苦しそうになってくる鳳を見て、滝はいったん唇を離した。半分酸欠状態になっ
た鳳は肩で息をし、涙が溢れんばかりに瞳は潤んでいる。
「大丈夫?」
「は・・い。」
「こんなキスもあるんだよ。面白いでしょ?」
「面白いっていうか・・・その・・・」
「何?」
「えっと・・・すごくドキドキして・・・あの・・・気持ち・・よかったです。」
「そっか。よかった。」
ふっと笑って、滝はある部分に視線を落とす。それはさっきの行為が鳳にとって気持ちよ
かったものだということを顕著に表している部分だ。そこに軽く手で触れながら、さらに
一歩進んだことを教えてあげようと滝は鳳の顔を見上げる。
「ここもこんなになってる。さっきのキスで感じててくれたんだね。」
「あっ・・・えっ、そこは・・・」
「別に恥ずかしがることないよ。どうせだからこっちのやり方も教えてあげようか?」
「えっ!?そんな・・・ダメですよ。さすがにそれは・・・」
「自分でしたことくらいあるでしょ?」
「・・・・ほんの少しだけはありますけど、ちゃんとしたことは・・・ないです。」
「じゃあ、なおさらだよ。絶対よくしてあげるから。」
そう言いながら、滝は鳳の後ろにまわり、ベルトに手を伸ばす。そして、そのままカチャ
カチャと器用にそれを外した。
「た、滝先生っ、やっ・・・!!」
「大丈夫。ほら、自分でここをこう持って。」
あらわになったそれに自分の手を添わせる。そのまま正しいやり方を導くかのように滝は
鳳の手の上に自らの手を重ね、ゆっくりとそれを擦る。自分だけでやったときには得られ
ない快感を感じて、鳳はぶるぶると身体を震わせる。
「やっ・・ぁん・・・滝・・せんせぇ・・・」
「いいよ。その調子。ほらここもやってごらん。」
「あっ・・・あぁ・・あ・・・あっ!!」
あまりの快感に声を抑えるのも忘れ、鳳は滝の言うまま自ら手を動かす。次第に高まって
いく熱は、もう抑えることは出来なくなっていた。もうこれ以上は感じられないというと
ころまでくると、その手の中にたっぷりと真っ白な熱を放つ。
「ひぁっ・・・あぁんっ!!」
トクンっ
「たくさん出たね。気持ちよかったでしょ?」
「ふっ・・ハァ・・・あっ、滝先生、ゴメンナサイ!!」
「どうして謝るの?」
「だって、滝先生の手、汚しちゃって・・・」
「そんなこと気にしないで。今の長太郎すごく可愛かったよ。俺まで興奮してきちゃった。」
普段は僕という一人称を使う滝が、俺という一人称を使い、耳元で囁いてくる。ドキドキ
して、気持ちのよさの余韻が残り、もうここが学校であるということも忘れてしまう。ぐ
ったりとしたまま滝に抱き締められ、鳳はその何ともいえない感覚に浸る。
「ねぇ、長太郎。眼鏡を外すの俺の前だけにしてくれないかな?」
「えっ?」
「俺、本気で長太郎のこと好きになっちゃった。これからもっともっといろんなこと教え
てあげるから、そういう顔を見せるのは俺の前だけにして。」
「そんなの・・・当たり前じゃないですか。こんなこと本当はしちゃいけないと思います
けど、俺、滝先生とならいいです。もっともっといろんなこと・・・教えてください。」
滝の気持ちとドキドキすること。そんなものをいっぺんにもらい、鳳はすっかり滝のペー
スにハマってしまった。先生と生徒、自分が風紀委員であることなどもうどうでもいい。
本当は持ってはいけない気持ち。しかし、それだからこそさらにその気持ちは燃え上がる
ことになった。

                     to be continued

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