学校が始まり、およそ二週間が経とうとしている頃、氷帝学園テニス部レギュラーメンバ
ーは旅行に来ていた。今回は岳人と宍戸の二人が計画を立てることになった。この二人が
計画を立てたということは泊まるところはそれほど豪華なところではないだろう。とにか
く資金が安く済むようにと計画を練ったのだ。行き先は熱海。近場の旅行地としてはなか
なかメジャーなところである。一日目の簡単な計画としては、熱海市内の観光地を適当に
まわり、夕飯を食べてから宿に向かうという感じだ。
「熱海に到着〜。」
「うーん、何か思ったより普通だな。」
「で、このあとどこに行くんや?」
「特に考えてねぇよ。パンフとか見て行きたいとこに行くみたいな感じ。」
マイペースB型二人の立てた計画などこの程度だ。忍足や跡部は呆れているが、そこが二
人のいいところでもあるとプラスに考えた。駅にあった地図を見ながら、どこに行きたい
かを決める。
「意外と見るとこあんまりねぇな。」
「あっ、でもビーチとかありますよ。行ってみません?」
「水着持ってきてねぇけどな。」
「いいんじゃない?もう9月だし、泳ぐ時期って感じじゃないでしょ。」
地図を見るがなかなかみんなで見れるという場所がない。鳳の提案で『サン・ビーチ』と
いうところに行くことになった。ただ、もう9月も中旬。当然メンバー全員水着など持っ
てきてはいない。海を眺めるだけでもいいかということで、そこへ向かうことになった。
20分ほど歩き、ビーチに到着する。空が曇っているせいかあまり色はキレイではない。
「やっと着いたー。」
思った以上に歩くことになってしまったので、ジローはへとへとになりながらそんなこと
を呟く。他のメンバーも暑さから結構汗をかいていた。
「ビーチに来てもすることねぇよなあ。」
「確かに。今日曇ってるしね。」
全員で砂浜を歩きながら話しをする。水着も持ってきていないし、ビーチボールなども持
ってきていない。何をするでもなく、とにかく砂浜を横切るように歩いた。すると、浜辺
が終わる向こう側に少し開けたテラスがある。『サン・ビーチ』に合わせてなのか『ムー
ン・テラス』というらしい。
「はあ〜、何かここに来るだけで疲れちゃった。」
「ウス。」
「ほな、俺らはここで休むか。」
「おう!」
ジロー・樺地・忍足・岳人は不思議な形の塔が立っている噴水の前で休む。あとのメンバ
ーは下に広がる海を眺めている。
「跡部、見ろよ!!カニがいるぜ、カニ!!」
「あーん?だから、何だよ?」
「何だよその反応はー?」
『うわあっ!!』
跡部と宍戸がテトラポットの上のカニを眺めていると、突然後ろから叫び声が聞こえた。
何があったんだと後ろを振り返ってみると先ほどまで静かだった噴水から突然水が滝のよ
うに流れていた。
「な、何や!?」
「ビビったー。いきなり出るなよ〜。」
「眠かったけど、目覚めちゃったぁ。」
「ウス。」
何だそれだけかと二人はまた海に視線を戻す。しばらくカニを見ていたが、自分達とは違
う場所で海の中を見ている滝と鳳に呼ばれた。
「跡部さーん、宍戸さーん、ここの下すごいですよ!!」
「透明度が高くて結構魚が見えるんだ。」
「マジで!?俺も見たい!!」
「魚?どんなのがいるんだ?」
呼ばれるままに二人はそこまでえ移動する。滝の言う通り、その部分は海水の透明度が高
く海の中が透けて見える。そこには海藻が生えた岩がたくさんあり、その上を数種類の魚
が泳いでいた。
「うわあ、本当だ!!あの青いのとかキレイじゃねぇ?」
「ああ。砂浜はかなり汚かったけど、こっちは水がキレイなんだな。」
「あっ、すごい大きい魚!!」
「本当だ。あっ、あそこにもいっぱいいるよ。」
時折、大きな魚が見えたり、群れている魚が見えたりとなかなか見ていて飽きない。魚を
追いかけてあっちへ行ったり、こっちへ行ったりと四人はとにかく海の中を眺めて時間を
潰していた。
「よーし、だいぶ休めたしもうそろそろ移動しようか。」
「せやな。あー、ジロー。こんなとこで寝たらアカンで。」
「う〜、眠いー。」
ベンチに座り休んでいた四人はもうそろそろ移動をしようかと立ち上がる。ジローは眠そ
うにしているが、こんなところで時間を潰していてもしょうがないので、移動しようと考
えたのだ。
「おーい、もうそろそろ移動しようぜ。」
「ああ、分かった。」
計画組の宍戸は岳人の言葉に反応する。移動する前にまず行き場所を決めなければならな
い。メンバーは再び地図を広げた。
「次はどこ行こうか?」
「せやなあ・・・」
「なあ、この起雲閣ってとこおもしろそうじゃねぇ?」
「どんなとこ?」
「宍戸が熱海行くって言うんで雑誌見て調べたんだが、何でも有名な文豪が執筆活動をし
た宿らしいぜ。」
「ふーん。おもしろそうじゃん。」
「じゃあ、そこで決まり!!」
というわけで、八人は『起雲閣』という見学施設に向かった。
てくてくとまた道を歩く。商店街を通り抜けたあと、そんなに大きくない道に入った。そ
れからしばらくすると、他の建物とは明らかに違う塀が見える。そこが『起雲閣』だ。
「おー、すげぇ。何か昔のお屋敷って感じだ。」
「日本的でいいですね。」
「とにかく入ってみようぜ。」
木で出来た門をくぐると、たくさんの木々に囲まれた建物がある。門をくぐってすぐのと
ころに玄関があり、そこが入り口になっていた。
「いらっしゃいませ。」
「わあ、すげぇ広ーい!!」
「へぇ、なかなかええ雰囲気やん。」
「高校生ですか?」
「いえ、俺達中学生です。」
「学生証はありますか?」
「はい。」
中学生は100円という低価格でこの建物が見学出来る。メンバーは入場料を払い、パン
フをもらって、建物内を見学し始めた。初めは二階に上がり『麒麟』と名づけられた広い
和室を見る。いかにも日本風な部屋に全員感嘆の声を上げた。
「激広い和室。」
「いいなあ、こんな部屋に泊まってみたい。」
「ですよね。」
「こういう雰囲気落ち着くよなあ。」
「ああ。侑士とかすげぇ似合いそうじゃんこういとこ。」
「ここで寝たらきっと気持ちE〜んだろうな。」
とくに制約がないので、それぞれ写真を撮ったり、寝転がってみたりと好き勝手なことを
する。それに満足すると次の部屋へと歩き出した。一階に下りて、少し歩くと今度は洋風
の部屋がある。縦に長いテーブルに計8個のイスが並んでいて、その隣の部屋にはタイル
が敷き詰められた部屋があった。
「今度はだいぶ洋風ですね。」
「てか、この部屋さあ・・・」
「跡部んちみてぇ。」
「同感。跡部んちの別荘もこんな感じだったもんね。」
その部屋の様相は跡部の家のとある部屋にそっくりだった。よく遊びに行く宍戸はそれが
よく分かる。イスやテーブルまでそっくりだと感心した。しかし、この部屋にあるイスは
文化財に指定されているほど、貴重なもの。それと大して変わらないものが置いてあると
いうのだから、流石と言うべきであろう。
「なあ、このソファ超気持ちイイぜ。」
「ふかふか〜Vv」
先に隣の部屋に入っていた岳人とジローは、そこにあった大きなソファに座りながらはし
ゃいでいる。ちょうど八つあったので、それぞれ座ってみた。ソファの後ろには暖炉もあ
る。もとは別荘だったらしいこの建物。相当豪華に作られている。
「俺様はやっぱりここだろ?」
「あー、ずりぃ!!そのソファが一番豪華じゃん!!」
「まあ、ええんやない?他のも大して変わらんもん。」
一番豪華なソファに座ったのはもちろん跡部。しかし、ちょっと大きくふかふか感が多い
だけで、そこまで他のものとは変わらない。そこでまったりとくつろいだあと、また次の
部屋へと向かう。今度は展示室になっている和室だ。ここは以前旅館であったときにゆか
りのある文豪のことについての展示がなされていた。初めの部屋は『初霜』。ここにはい
ろいろな小説家の説明が書かれた板がいくつも置かれていた。
「わあ、ここ庭が超見えるぜ!」
「庭も見たいですよね〜。」
「じゃあさ、ちょっと見に行こうぜ。確か庭も見学オッケーだったはずだから。」
「ほなら、俺も庭の方見に行こうかな。」
宍戸・鳳・忍足の三人は庭の方が見たいと外へ出て行った。残されたメンバーはその部屋
でくつろぎつつ窓の外を眺める。
「元気だねー。」
「あれ?なあ、跡部。その窓何か書いてあるよな?」
「本当だ。何々・・・」
窓にはこの部屋に泊まった文豪の作った詩が書かれていた。題名は『貴族の階段』。この
部屋から見た光景を詩に書いたものらしい。
『あの日、古風な庭園には さくら吹雪の下に 蝶とも花ともたとえてしかるべき うら
わかき淑女が つどいたわむれていた。』
『・・・・・・。』
窓に書いてあるため、必然的に庭に遊びに行った三人が視界に入る。跡部・滝・岳人はこ
の詩を書いた小説家の気持ちがよく分かると感じた。
「俺、何かこの詩書いた小説家の気持ちよく分かるー。」
「ボクも。」
「きっと、こんな感じだったんだろうな。」
庭にいる三人は窓の外を見ている三人に向かって、笑いながら手を振った。当然室内にい
る三人も手を振り返す。数十年前、ここにいた小説家も同じような光景を見たのであろう。
「さてと、次の部屋行くか。」
「そうだね。あれ?ジローと樺地は?」
「いねぇな。先行っちまったんじゃねぇのか?」
「そうかもね。」
移動しようと立ち上がる三人だが、ジローと樺地の姿が見えないので先に行ってしまった
と思い、外にいる三人を呼び戻す。先に行っているというサインを送ると隣の部屋に移動
した。隣の部屋の名称は『春風』。部屋全体が赤い壁になっている。
「庭もすごかったぜ!」
「ああ。部屋から見てた。」
「この部屋もすごいですねー。壁が赤だ。」
「変わってるよねー。」
戻って来た三人と合流し、六人で見学だ。この部屋は庭が一番よく見える部屋で、一番よ
い部屋とされている。だから赤い壁らしい。昔は赤が一番高価なものを表す色で、次は群
青色。そんなことからこの部屋は赤い壁なのだ。一通り展示されているものを見て、次の
部屋に移る。次の部屋も似たような感じだった。そこにはまだジローと樺地の姿はない。
もう少し先の部屋にいるのだろうと思い、さらに進む。三つの和室の隣はまた洋風の部屋
があった。名前は『金剛』。そこにジローと樺地はいた。
「あっ、ジローこんなとこで寝てる。」
「大きなベッドですね。」
「でも、跡部んちのベッドもこれくらいだよな?」
「当然だろ?」
ジローはこの部屋にあるダブルベッドに寝転がり、すっかり眠っていた。みんなが来るま
でちょっとお昼寝という魂胆だったらしい。樺地もそのベッドに座り、かなり眠そうだ。
「ここもなかなかいい部屋やな。」
「隣は風呂らしいぜ。『ローマ風風呂』だって。」
「ジロー、起きろ。移動するぞ。」
「う・・う〜ん、はれ?もうみんな来ちゃったの?」
眠気眼でジローはそんなことを言う。もうちょっと眠っていたかったらしい。しかし、今
は起きていなければならない。眠い目を擦ってジローはベッドから下りた。
「うーん、このベッド気持ちよかったー。」
「ウス。」
「ほら、ぼけっとしてねぇでさっさと行くぞ。」
「あっ、待ってよー。」
他のメンバーが先に行ってしまうので、ジローは慌てて追いかける。二つの大きなお風呂
を見終えると、ちょうど閉館時間を知らせる放送が入った。もう出なくてはならない。
「もう終わりかー。もうちょっと見てたかったな。」
「まあ、しょうがねぇだろ。」
「あとは宿に行くだけ?」
「いや、その前に飯食わなきゃ。今日は夕飯出ねぇからな。」
起雲閣を出ると八人は夕飯を食べる場所を探す。まだ時間的には少し早いが、よいであろ
う。宿に着いたら夜食でも食べればよい。そんなことを考えながら、ゆっくりと歩く。買
い物をパッパと済ませて、八人は良さ気な日本料理のお店に入っていった。
to be continued