ここは忍術学園の書庫。普段はあまり人の入らない場所に、長次と仙蔵は腰を下ろして本
を読んでいた。
「最近、暇なんだよなあ。長次、何か面白いことはないか?」
無茶振りの如く、仙蔵はそんなことを言う。そんな仙蔵の言葉に長次は黙って一冊の本を
差し出した。
「何だこれは?」
「なかなか面白そうなものの・・・作り方が載っている。」
もそもそとそう呟く長次の言葉に、仙蔵はその本をパラパラとめくり、中身を読んでみる。
そこには長次の言葉通り、興味深いものの作り方が載っていた。
「なるほど、確かにこれは面白そうだな。この程度の材料ならすぐに集められるし、応用
的な部分は伊作にでも聞けば分かるだろ。」
「作るのはいいとして・・・誰に試すんだ?まさか・・・自分で試すなんてことはないだ
ろう・・・?」
「そうだな。もし、これの効果がここに書いてある通りだとしたら、自分で試すのはちょ
っと気がひける。学園内で試すのもいろいろ問題がありそうだしなあ・・・。あっ、そう
だ。」
作って試したい気がするが、その効果を見て楽しむためには自分で使うわけにはいかない。
誰か使えそうな人達はいないかと考えていると、仙蔵の頭にとある人々が浮かんだ。
「兵庫水軍の人達に試すってのはどうだ?」
「兵庫水軍?第三協栄丸さんの・・・?」
「第三協栄丸さんに使うのはマズイだろうが、他の人達に試すのはありじゃないかと思う
んだ。噂じゃ精鋭の人達同士の付き合いはかなりあるらしいし。」
「・・・・・」
しばらく黙っていた長次であったが、考えた結果、それはなかなか面白いとニヤリと笑う。
「それは・・・いいかもしれないな。」
「だろう?それじゃ早速、伊作に頼んでこれを作ってもらいつつ、いつ行くかを決めよう。
どうせだったら、六年全員で臨海学校っていう名目にするか。」
「ああ。」
思いついたら即行動と、仙蔵と長次は暇つぶしの準備をし始める。忍者のたまごの六年生
となると暇つぶしの遊びにも全力だ。まずは、この本に載っているものを作ろうと、伊作
のもとへと向かった。
「・・・というわけなんだが。」
「兵庫水軍の人達には悪いけど、それはかなり面白そー。協力するよ。」
「伊作、頼まれた酒買って来たぞ。」
「あ、ありがと、文次郎。よし、これで材料は全部そろったかな。」
仙蔵と長次の話を聞き、伊作はかなり乗り気でその話に乗った。伊作に話すと同時に文次
郎や小平太、食満にも話しているため、準備は着々と進んでいる。
「それにしても、よくそんなことしようなんて思いつくな。」
「最近、刺激のある面白いことがなかったからな。」
「媚薬入りの酒を飲ませて、どんなふうになるかを観察するなんて、そんな面白そうなこ
と普通の実習じゃ出来ないもんな!」
「だろ?まあ、提案したのは私ではなく長次なんだけどな。」
長次が面白そうだと言って渡した本には、媚薬の作り方が載っていたのだ。本当に効くか
どうかは分からないが、やってみる価値はある。ちょっと悪戯にしては行きすぎだと思っ
ていても、好奇心の強いお年頃。誰も反対することなく、やってみようという方向に決ま
った。
「この材料だと、確かにそういう効果はあるかもしれないね。でも、量を間違えると危な
いから気をつけなきゃ。」
「でも、お前なら問題なく作れるだろう?六年間不運委員やってるんだからよ。」
「不運委員じゃないよ!保健委員!!まあ、薬学に関しては一応一通りマスターしてるか
らね。そうだ、せっかくだから滋養強壮の効果のあるのも入れておこーっと。」
本に書いてあるもの以外にも、伊作は様々な効果のある薬草やその他もろもろを加えてい
く。もちろん合わせても毒になったりはしないことを承知の上でだ。実に楽しそうにそれ
を作る伊作を横目に他のメンバーは、実際に海に行ってからどうするかを考える。
「同じ部屋でそういうことをさせるわけにはいかないから、何とかして場所を変えてもら
わなきゃだよな。」
「そうだな。とりあえず、組み合わせはこうなってるらしい。」
兵庫水軍の精鋭メンバーの関係が書かれた紙を仙蔵は床に広げ、他のメンバーに見せる。
「誰がどのペアをレポートするか決めねぇとな。」
「別に誰でも構わないし、アミダとかで決めればいいんじゃないか?」
文次郎の言葉に小平太はそんな提案をする。特に親しい人がいるというわけではないので、
他のメンバーもその決め方で構わないと賛成する。
「じゃあ、適当にアミダを作ってしまうぞ。」
ペアの名前を下に書き、自分達の名前を上に書く形で、仙蔵はアミダくじを作る。適当に
横線を加え、上から下へと辿っていく。
「えっと、私は舵取の蜉蝣さんと手引の疾風さんか。」
「ぼくは水夫の間切さんと網問さんだ。」
「俺は・・・水練の舳丸さんと重さんだな。」
「私と長次は、鬼蜘蛛丸さんと義丸さんか!!」
「ああ。」
「となると、俺は水夫の東南風さんと航さんか。」
アミダくじの結果、仙蔵は蜉蝣・疾風ペア、伊作は間切・網問ペア、文次郎は舳丸・重ペ
ア、小平太と長次は義丸・鬼蜘蛛丸ペア、食満は東南風・航ペアをレポートすることにな
った。
「ここに入ってない兵庫第三協栄丸さんと由良四郎さんはどうするの?」
「そこは抜かりない。私達が臨海学校へ行く当日に、学園長と温泉に行くって約束をして
もらったからな。その二人なら陸酔いすることもないから、喜んで誘いに乗ってくれたそ
うだ。」
「さすが仙蔵だな。」
「当然だろ。さてと、あとはそれぞれどうするかを軽く決めて・・・・」
当日の計画をもっと詳細に練ろうと、六年生の面々は医務室で相談を重ねる。六年生らし
くその表情は真剣でありながらも、楽しいイベントが待っているといった実に楽しそうな
ものであった。
臨海学校当日、忍術学園の六年生の面々は私服に薄青の手拭いをつけて、兵庫水軍の海に
向かう。到着してすぐは、水軍の作法や武器など、普通の臨海学校の内容を教えてもらう。
しかし、この六人にとっては、夜以降がこの臨海学校の本番であった。
「今日はいろいろ教えて下さりありがとうございました。これ、私達からのお土産です。」
丁寧に頭を下げながら、仙蔵は蜉蝣に例の酒を渡す。酒盛りの大好きな兵庫水軍の面々は
そのお土産を見て素直に喜ぶ。
「わざわざありがとう。早速この夕食で飲ませてもらうよ。」
「はい。私達はお酒はまだ飲めませんので、水軍の皆さんでたくさん飲んでください。」
自分達が飲むわけにはいかないと、仙蔵はそんなことを言って、たくさん飲んでもらうこ
とを促す。水軍メンバー全員にその酒が行き渡ると、大きく乾杯と湯呑を掲げ、ゴクゴク
とそれを飲み始める。
「うわあ、美味しい!!」
「本当だ。普通の酒よりだいぶ甘いな。」
「変わった味ではあるが、かなり飲みやすい。」
「俺もこの味好きだぜ!!」
網問や間切のハイティーンメンバーも蜉蝣や疾風の年長メンバーもかなりその酒の味が気
に入ったようだ。これならいくらでも飲めてしまうと、水軍の面々は何杯もその酒を飲ん
だ。
「あんなにいろんなもんを入れてたのに、美味しくなるもんなのか?」
「別に味見しなくても、どんなものを入れればどんな味になるか分かるからね。だいぶ飲
みやすく作ったつもりだよ。あんまり飲んでもらえないってなると意味がないじゃない。」
「さすがだな。」
水軍のメンバーには聞こえないような声で、文次郎と伊作はそんな会話を交わす。文次郎
以外もここまでゴクゴクその酒を飲む水軍の面々を見て、何気に伊作はすごいなあと感心
していた。
「だいぶ夜も更けてきたし、そろそろお開きにするか。」
夕食を食べ終え、忍術学園の六年生からもらった美味しい酒を飲み干し、疾風はホロ酔い
気分でそんなことを口にする。ここからが重要だと、忍術学園の六年生メンバーはお互い
に顔を見合わせ、計画の実行に移る。
「鬼蜘蛛丸さん、ちょっとお願いがあるのですが・・・」
「何ですか?」
そう鬼蜘蛛丸に声かけたのは長次だ。鬼蜘蛛丸と義丸ペアの担当の長次はまずはこの二人
をここから連れ出そうとする。
「夜の海がどんなものかを見ておきたいと思いまして。危険であることは承知ですが、船
に乗せて頂けたらなあと・・・・」
「おー、それは確かに気になるな!!私からもお願いします。」
そんな二人の頼みに答えたのは、義丸であった。
「鬼蜘蛛丸とわたしがついていたら大丈夫なんじゃないか?見張りがてら、船を出すのも
ありだと思うし。」
「確かにそれならそこまで問題ないか。分かった。それじゃあ、これから海に出るか。」
「ありがとうございます・・・」
「よーし、夜の海をしっかり勉強するぞー!!」
さすが六年生、勉強熱心だなあと、義丸と鬼蜘蛛丸は感心する。長次と小平太を連れ、義
丸と鬼蜘蛛丸はその部屋を出て行った。
(とりあえず、長次・小平太ペアはオッケーか。)
「すいません、ちょっと厠を借りたいのですが。」
そう疾風に声をかけたのは仙蔵だ。厠の場所などもとからチェック済みで、一人でも余裕
で行けるのだが、疾風と蜉蝣をこの部屋から連れ出すためにあえてそんなことを言う。
「厠だな。ちょうど俺も行きたかったし、行くか。蜉蝣、厠行くぞ!」
「どうして蜉蝣さんも誘うんですか?」
「ああ、気にするな。コイツ、夜は一人じゃ厠に行けなくてな。どうせ厠へ行ったら、今
日泊まる部屋へ戻るのだろう?途中で一人になるのが嫌だから、こんなこと言ってるんだ。」
「余計なこと言うなよ、蜉蝣!!」
「なるほど、そういうことですか。」
「べ、別に怖いなんてことないんだかな!!誤解すんじゃねーぞ!!」
「はいはい、ほら、行くぞ。」
疾風が怖がりで、厠へ行くときは必ず蜉蝣を誘うということを、もちろん仙蔵は調査済み
であった。厠に行った後、部屋に戻るフリをして二人の様子を探ろうというのが今回の目
的だ。
「舳丸〜、お酒飲んでちょっと暑いから浜辺に散歩に行きたい。」
(おー、これは予想外だが、余計な理由をつけて連れ出す手間が省けたな。)
舳丸と重を外に連れ出すつもりであった文次郎は、重のこの言葉を聞いて、ラッキーだと
思った。そして、その言葉に便乗して、外に出ようとする。
「浜辺で散歩ですか。悪くないですね。」
「おー、じゃあ、文次郎くんも行こうぜ!いいよな、舳丸!!」
「夜の海は危険だが、浜辺を歩くくらいだったら問題ないだろ。」
「やったー!!じゃあ、早く行こうぜ!!」
少々酔っ払い気味の重は、かなりテンションの高い様子で、舳丸の手を引っ張りながら、
外へ出ようとする。そんな二人の後を追いながら、文次郎は部屋を出て行った。
(仙蔵も文次郎もうまくやったなあ。あとはこの二つのペアだけだけど・・・)
「伊作くんも留三郎くんももう部屋に戻って休んだら?ここの片付けは俺達がしておくか
ら。」
「間切、網問、寝室まで案内してやれ。」
(お、これはイイ感じの流れかも。)
「はーい。」
「それじゃあ、案内しますね。」
東南風と航が片付け、間切と網問が部屋への案内役となった状態に、伊作も食満も心の中
でガッツポーズをする。
「あ、俺も片付け手伝います!伊作は先に戻ってろよ。」
「了解。」
あえて片付けを手伝うことで、食満はこの場に残ることにする。間切と網問に連れられ、
部屋を出て行く伊作を食満は見送る。そして、東南風と航にこの場に残ってもらうように
するため、少々時間をかけて片付けをすることにした。
to be continued