全国大会を終えて、しばらくして跡部は榊に呼び出された。何やら関東圏の学校で、「関
東ジュニアオープンテニス」なる大会を行うらしい。跡部は氷帝学園でのリーダーに直々
に選ばれたというわけだ。
「・・・というわけだ。分かったな。」
「はい。」
「ならば、行ってよし!」
「失礼します。」
話を一通り理解すると、跡部は音楽室から出て行き、廊下を歩きながら軽く溜め息をつい
た。この大会は全学校混合のチーム戦になるらしいが、チームの人数は4人か5人だ。跡
部としては、そんな少ない人数を他校のメンバーから選ぶというのは気がひけた。
「やれやれ。監督直々に俺様をリーダーにご指名とはね。ま、実力からいって当然だがな。
しかし、全学校混合でチーム戦ねぇ・・・。この俺様についてこられる奴が、氷帝以外で
そうそういるとは思えねぇが。さて、どうしたもんかな・・・・」
そんなことをぶつぶつ言いながら、歩いていると角にさしかかったところで、勢いよく走
ってきた誰かにぶつかった。
『うわっ!』
「痛ぇな!どこ見てやがるんだ!!」
「わ、悪ぃ・・・って、跡部かよ!」
「宍戸か。廊下は走るもんじゃねぇって小学生の時習わなかったか?アーン?」
「ちょ、ちょっと急いでたんだよっ!早く行かねぇとチーズサンドがなくなっちまう。」
どうしようもない理由で急いでいるんだなあと跡部が呆れていると、ふとさっきの話が頭
をよぎる。大会までは後2ヶ月半程度あるので、鍛えてやれば宍戸も十分な戦力だ。
「なあ、宍戸。チーズサンドは後で食わしてやるからよ、少し俺の話を聞け。」
「はあ?跡部が超珍しいこと言ってる。怖ぇー。」
「ケンカ売ってんのか?テメーは。」
「いや、冗談だって。チーズサンド、マジで後で食わしてくれよ。で、何だよ?」
「さっき監督からこんな話があってな・・・」
先程、榊から聞いた話を跡部は宍戸にしてやる。それは面白そうな大会だと宍戸はかなり
ノリノリだ。
「というわけでだ。宍戸、テメーを俺様のチームに入れてやってもいいぜ。」
「フーン・・・。ま、いいぜ。とりあえず入っといてやるよ。」
「何だよ?不満そうだな。」
「別にそんなことないぜ。ただ全学校混合なのに、俺なんか誘っていいのかなあと思って
よ。」
「俺様が誘ってやってんだ。光栄に思え。」
「はいはい。」
跡部の俺様セリフをあしらうように頷くと、宍戸はさっき走ってきた道を引き返し始めた。
「おい、テメーどこかに行く途中じゃなかったのか?」
「だから、チーズサンド買いに行こうと思ったんだけどよ、テメーが食わせてくれるんだ
ろ?だったら、今、慌てて買いに行く必要ねぇじゃん。何だったら一緒に教室戻るか?」
「ふん、そうだな。付き合ってやるよ。」
チーズサンドもおごってもらえるし、跡部がリーダーのチームに入れてもらえたというこ
とで宍戸はかなりご機嫌だった。そんなご機嫌な宍戸を不思議に思いながら、跡部は宍戸
と並んで教室まで戻った。
次の日は土曜日で学校が休みだった。何もしないのも暇なので、跡部は練習にでも行こう
かと立ち上がる。一人でトレーニングをするのもいいが、せっかく昨日チームメイトとし
て宍戸を誘ったのだ。二人で練習するのも悪くないだろうと、跡部は宍戸を誘うことにし
た。
「大会で足引っ張ってもらっちゃ困るしな。あいつの今のレベルでも見ておくか。」
そんなことを考えながら、跡部は宍戸に電話をかける。
「もしもし、宍戸か?」
『もしもし、跡部?どうしたんだよ?』
「これからテニスしに行かねぇか?俺様が直々に鍛えてやるぜ?」
『いいのか!?』
「ああ。俺様の足引っ張るなんてことがあったら困るからな。」
『行く行く!!どこ行けばいい?』
「まずは駅で待ち合わせでいいんじゃねぇか?その後で、どこかのテニスコートに行こう
ぜ。」
『おう!すぐに出るからちょっと待ってろよな。』
ピッ・・・
あまりにはしゃぎまくっている宍戸に苦笑しながら、跡部は自分も出かける用意をする。
宍戸より早く着かなければいけないと、宍戸は駅までは車で送ってもらうことにした。
駅に到着してしばらくすると、宍戸が走ってやってくる。
「はあー、跡部早ぇな。かなり急いで来たつもりなんだけどよ。」
「俺も今さっき到着したとこだぜ。さてと、準備運動は十分出来てるみてぇだし、早速行
くか?」
「おう!」
宍戸はもうやる気満々らしいので、跡部は駅のすぐ近くにあるテニスコートに連れて行っ
てやった。軽く柔軟運動をすると、早速練習を始める。
「テメェのストローク、フォームがいまいちだな。チェックしてやるぜ。」
「ああ、悪くねぇな。頼むぜ。」
宍戸の悪い部分を跡部はしっかりと見抜き、それに合わせた練習を施してやる。
「踏み込みが甘ぇーんだよ!オラ、次行くぞ!!」
「ハァ、ハァ・・・・」
跡部の厳しい特訓に宍戸は必死に喰らいついた。一時間ほど経つと、どちらもかなり疲労
モードだ。
「なかなかよくなったんじゃねぇの?」
「そうか?」
「悪くないと思うぜ。」
「へへ、よかった。」
しばらくベンチで休みながら、そんな会話を交わしていると突然宍戸が立ち上がる。そし
て、ラケットを持ち、跡部の方をくるっと振り返った。
「悪ぃが、もうちょっと練習手伝ってもらえねぇか?」
「いいぜ。今日はとことんテメェを鍛えてやるよ。」
やる気を出した二人は誰にも止められない。結局この日、二人は日が暮れる直前まで練習
をし続けた。
「ハァ・・・疲れたー!」
「ここまで俺様の特訓に耐えられるなんて、やるじゃねぇの。」
「どうよ?ちゃんとフォーム直ったか?」
「ああ。バッチリだぜ。さてと、そろそろ日も暮れてきたし帰るか。」
「あっ、その前に俺、激腹減っちまったんだけど。」
「あー、そうだな。じゃあ、帰りに何か食って帰るか?」
「おう!」
たくさん動いてちょうどよくお腹も減ったということで、二人は軽く何かを食べて行こう
と喫茶店に寄っていくことにした。
チリンチリン・・・・
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「二人だ。」
「かしこまりました。こちらへどうぞ。」
窓際の席に案内されると、二人は椅子に座って一息つく。メニューを見ながら、宍戸はあ
ることを思い出す。
「あっ、そうだ!跡部、昨日の約束忘れてねーよな。」
「昨日の約束?何だ?」
「チーズサンド食べさせてくれるって言ってたじゃねぇか。この喫茶店、チーズサンドあ
るみてぇだからよ、おごれ。」
「あーん?チーズサンドなんかでいいのかよ?」
「当然だろ。昨日は結局食べれなかったんだからよ。あっ、すいませーん。」
「あっ、おい、俺はまだ決めてね・・・ったく。」
メニューを決めかねているうちに宍戸がウェイトレスを呼んでしまったので、跡部はもう
メニューを見るのを放棄した。
「お待たせしました。ご注文はお決まりですか?」
「はい。えっと、チーズサンド一つとアイスレモンティー一つ。跡部はどうすんだ?」
「俺もチーズサンドと・・・あとはオレンジジュースで。」
「かしこまりました。チーズサンドがお二つ、アイスレモンティーがお一つ、オレンジジ
ュースがお一つですね。ご注文は以上でよろしいですか?」
「はい。」
ウェイトレスが行ってしまうと、宍戸は不思議そうな顔で跡部を見る。
「テメェがチーズサンドなんて頼むの珍しいじゃねぇか。」
「テメェが俺が何を食べるか決める前に店員を呼ぶからだろうが。」
「あっ、悪ぃ。てっきりもう決まってるものかと・・・・」
「嘘をつけ。自分が早く注文したかっただけだろーが。」
「はは、バレた?」
「ったく、次からは気をつけろよ。」
「へーい。」
適当な返事をしながら、宍戸はお冷を口にする。コップを持つ宍戸の手を見て、跡部はあ
ることに気づいた。
「宍戸、手の甲擦り剥けてるぞ。」
「へ?マジで?あー、さっきの練習で転んだからな。そん時やっちまったんだろ。」
「ちょっと見せてみろ。」
「こんなの舐めときゃ治るって。」
「いいから。」
跡部があまりにも強い口調で言うので宍戸はしぶしぶ跡部に手を差し出した。その差し出
された手を掴みながら、跡部は宍戸の顔を見てニッと笑う。そして、その傷口を何のため
らいもなしに舐め始めた。
「お、おいっ、何してんだよ!?」
「舐めたら治るんだろ?」
「いや、あれは言葉のアヤで・・・って、マジでやめろって!!」
それほど痛いというわけではないのだが、その行為自体が恥ずかしいと宍戸は必死で抵抗
する。しかし、跡部はその手をなかなか離そうとしない。
「あ、あの・・・・」
そんな二人に二つの皿と飲み物が入ったグラスを持ったウェイトレスが話しかける。
「えっ?」
「ご、ご注文の品をお持ちしました。」
「そこに置いておけ。」
「し、失礼しますっ!!」
顔を赤くして、気まずそうな表情で、ウェイトレスはその場から逃げるように去った。こ
んな場面を見られて恥ずかしいと宍戸は真っ赤になって、跡部を怒鳴った。
「テ、テメーの所為で何か誤解されただろうが!!」
「俺はテメェの傷の手当をしてやってただけだぜ。」
「うるせーっ!!何が傷の手当だ!あんなの・・・」
「そんなにカリカリしてねぇで、ほら、チーズサンド食おうぜ。腹減ってるからイラつい
てんだろ?」
「違ぇーよ!!テメェの所為だ!!」
そんなふうに怒りながらも、やはりお腹は空いている。目の前に置かれたチーズサンドに
宍戸はパクッと噛りついた。もぐもぐと口を動かしていると、先程までの怒り顔は消え、
嬉しさを含んだ驚きの表情になる。
「このチーズサンド激うま!」
「確かに美味いな。俺もこの味は好きだ。」
「こんなに超うまいチーズサンド食ったの久しぶりかも〜。へへへ、何かさっきのことな
んてどうでもよくなってきちまった。」
あまりのチーズサンドの美味しさに宍戸の怒りはすっかり静まり、その顔は笑顔になる。
そんな宍戸の顔を見ながら、跡部はフッと口元を緩ませた。
(ホーント、単純な奴。)
「なあ、なんなら俺のヤツ、一つ食っていいぜ。」
「マジで!?サンキュー、跡部!」
すっかり機嫌のよくなった宍戸は、跡部に対しても満面の笑みを向ける。大好物のチーズ
サンドをほおばっている宍戸を見つつ、跡部はオレンジジュースを口に含んだ。あまりに
も幸せそうな顔で食べているので、跡部も思わず笑顔になる。
「何そんなにニヤついてんだ?」
「別にそんなことねぇぜ。」
「いや、絶対ニヤけてる!どうせ、またどうしようもねぇこと考えてんだろ。」
「んなことねぇよ。あまりにもテメェが嬉しそうに食ってるからよ、つられてこんな顔に
なっちまったんだ。」
「へ、へぇ、そうかよ。」
自分につられたと言うことを聞いて、宍戸は少々照れる。ただチーズサンドを食べている
だけなのに、そんなに嬉しそうな顔をしているのかなあと自分の頬を宍戸は触った。そん
な仕草が本当に可愛いなあと跡部はじっと宍戸の顔を眺めた。
「な、何だよ・・・?」
「別に。」
「何なんだよ・・・ったく。」
「なあ、宍戸。」
「ん?」
「来週からの部活、テメェは特別メニューだ。俺様のチームに入ってんだから文句は言
わせねぇぜ。分かったな。」
「お、おう。頑張るぜ!」
「期待してるぜ。」
跡部があまりにもいつもとは違うことを言ってくるので、宍戸は何となく戸惑ってしまう。
しかし、自分専用に特訓のメニューを跡部に組んでもらえるのは嬉しいこと。顔には出さ
ないが宍戸は心の中ではかなりウキウキしていた。
to be continued