最強チームを結成せよ! 第十話

大会一週間前の日曜日。今日は最後の調整を目的として、いつもとは違う場所で練習をし
ようということになっていた。バスで移動するので、バス停で待ち合わせということにな
っていたのだが、待ち合わせの時間になっても来ないメンバーがいる。
「あと一人か。何してやがるんだ?・・・バスが来ちまったじゃねぇか。」
しばらく待っていたのだが、乗ろうと思っていたバスが来てしまった。一人を残したまま
乗るわけにはいかないので、そのバスは見送ることにした。時間通りに行動出来なかった
ことに跡部がイラついていると、遅れていたメンバーがやっと到着する。
「すいません、遅れました。」
遅れてきたのは鳳だ。鳳が遅れてくるなど珍しいことなのだが、朝から家の中がバタバタ
していてどうしても時間通りに来ることが出来なかったのだ。
「まあ、遅れちゃったのは仕方ないよ。今日は別のところに行こう?」
今日行こうと思っていた場所は、かなり遠いところなので、今のバスに乗れなければ、練
習予定として厳しいことになる。
「ちっ・・・二度目はねぇぞ、分かってるだろうな。」
「はい・・・」
イライラしている跡部はついキツイことろ言ってしまう。跡部にそんなことを言われ、少
しヘコみ気味の鳳を滝と宍戸の二人がかばった。
「もういいじゃん跡部。長太郎も反省してるんだしさ。」
「そうだぜ。テメェだってこの前一時間も遅れてきたじゃねぇか。」
「うっ・・・」
そういえばそうだったと跡部は自分の失態を思い出す。確かにそのことを考えれば、そん
なにキツイことは言えない。
「悪かったな鳳。少し言い過ぎた。」
「いえ、遅れてきた俺が悪いんですから。」
「よっし、仲直りもしたことだし、早く移動しよう。」
「そうだな。今日もいつもの練習場でいいんじゃねぇ?使えるよな、跡部?」
「ああ。でも、今日は休日だから混んでるはずだぜ。そこに行くんだったら、俺んちのコ
ートで練習した方がまだ効率がいい。」
「じゃあ、跡部の家のコートでいいね。」
「おう!よーっし、大会前最後の日曜日だし、頑張るぜ!」
最後の休日の練習だと、宍戸を始め、他の三人もやる気満々だ。予定は変わってしまった
がすることは変わりないので、頑張ってやろうと四人は跡部の家に向かって歩き出した。
「おー、やっぱ、跡部んちのコートって何か豪華だよな。」
「アーン?他のコートとそんなに変わんねぇと思うぜ。」
「いや、やっぱ手入れのされ方とかコートの質とか全然違うよ。ここでなら、イイ練習出
来そうだね。」
「はい。ところで、今日はどんな練習するんですか?」
跡部の家の豪華なテニスコートを前に、三人は早く練習がしたいとうずうずしている。本
当にそこにいるメンバーはテニスが好きなんだなあと跡部は、何となく嬉しくなる。
「今日は、総当たりでシングルスの練習をするぜ。おそらくここにいる全員がシングルス
をやらなきゃならなくなると思うんだよな。」
「あー、確かにそうだな。試合によって、俺と跡部がダブルスだったり、滝と長太郎がダ
ブルスだったりするわけだから、そうじゃない方は必然的にシングルスになるもんな。」
試合はダブルス1、シングルス2、シングルス1という形で行われるので、ダブルスを組
まない方のペアは必然的にシングルスをしなければいけないことになる。ダブルスの練習
は試合形式で実践的な練習をしたが、シングルスの方は個々で苦手なところを鍛えること
はあっても、実践的な練習はまだしていない。ならば、ここでしておこうと跡部はそんな
練習方法を提案したわけだ。
「そうだな・・・まずは、宍戸と鳳、お前らからだ。」
「了解!本気で行くからな、長太郎。」
「俺だって負けませんよ。」
どちらも本気モードでコートに入る。軽く体を慣らすと、二人はさっそく試合を始めた。
鳳のサービスからのスタートだったので、主導権はまず鳳に握られた。
「一球・・・入魂っ!」
「ちっ・・・ここに来てまた威力が上がってるぜ、長太郎の奴。」
後輩が成長している嬉しさと上手い具合に打ち返せないもどかしさが宍戸の中で交差する。
だが、その程度のことで心を乱される宍戸ではない。自分のサービスゲームになると、今
まで失点した分をまきかえし始めた。
「おらあっ!!」
「わっ・・・さすがですね、宍戸さん。」
「フン、当然だろ。次、行くぜ!」
どちらも一歩も譲らなかったが、やはりパワーの差とスタミナの差で、鳳がこのゲームを
制した。次の試合は滝と跡部。滝もだいぶ応戦したが、跡部の異常な強さには敵わない。
結局6−3で跡部の勝利となった。
「はあー、やっぱり跡部強い。」
「当然だろ?俺様が負けるわけがねぇ。」
「まあ、跡部だしね。でも、俺も結構喰らいついた方だと思わない?」
「まあな。まさかテメェ相手に3ゲームも落とすとは思わなかったぜ。」
結果としては負けてしまったが、滝は全然悔しそうな顔をしていなかった。跡部が強いの
は周知の通りなので、勝つというよりはどれだけ喰らいついていけるのかが問題なのだ。
跡部から3ゲームも取れたということで、滝としてはこれまでの特訓の成果を実感出来る
結果だった。
「よし、次は俺と鳳。滝と宍戸。同時にやるぜ。いいな。」
「うん。跡部との試合がいいウォーミングアップになったからね。この調子で宍戸には勝
つよ。」
「俺だって負けるつもりはねぇよ。また圧勝してやるぜ!」
宍戸と滝は因縁の対決である。関東大会前に戦って以来、直接戦うのは久しぶりだったの
でどちらもわくわくしていた。
「行くぜ!おらっ!!」
「よっと。こっちからも攻めてくよ。」
関東大会前は宍戸がガンガン攻める形で、滝は太刀打ち出来なかったが、今回は違う。ど
ちらも攻めの姿勢で互角の勝負をしている。結局、このペアの試合はタイブレークまでも
つれ込み、隙を上手く突いた宍戸の勝利となった。
「よっしゃあ!」
「くそっ、もう少しだったのに!!」
「そっちも勝負ついたみてぇだな。」
「おっ、跡部。そっちの結果は?」
「もちろん跡部さんの圧勝です。俺じゃまだ太刀打ち出来ませんよ。」
ボロ負けしてしまった鳳は苦笑しながら、宍戸の質問に答える。まあ、そうだろうなと宍
戸も苦笑いをする。
「だけど、鳳。テメェ確実に強くなってるぜ。サーブのコントロールも悪くねぇし、持久
力もだいぶついてるみてぇだからな。この調子なら、かなりいい感じにいけると思うぜ。」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
跡部に褒められ、鳳はパアッと明るい笑顔になる。素直に嬉しがる鳳を見て、滝や宍戸も
つられて笑顔になった。
「よし、それじゃあ少し休憩して、その後、俺と宍戸、滝と鳳の試合をするぜ。」
『了解!』
さすがに3試合続けてはキツイので、跡部はここで休憩を入れた。休憩の間、四人は大会
についての話をする。
「今回の大会、どんなチームが出るんだろうな?」
「さあな。でも、学校の枠を取り払ってチームを作れるっつーんだから、意外な組み合わ
せで来るんじゃねーの?」
「そうだよねー。俺らはみんな氷帝でチーム作っちゃったけど、本当は他の学校のメンバ
ーとチーム作ってもいいんだもんね。」
「予想出来ないとちょっと不安ですけど、それ以上にわくわくしますよね。きっとすごい
チームがいっぱいなんですよ。」
「そうだな。あー、本当来週が楽しみだー!」
大会前となると普通は緊張したりするのだろうが、このチームのメンバーは違うようだ。
どんなチームが出るのかとわくわくドキドキしている。それは、今までの練習の成果を今
してる試合を通して実感しているからなのであろう。それが自信となって、大会前のこの
時をこんな気分で過ごせるのだ。
「よし、そろそろ試合再開するか。」
「うん。よろしくね、長太郎。俺、本気で行くよ。」
「俺も負けないように頑張ります!」
「宍戸、今日までの練習の成果、見せてもらうぜ。」
「おう!ド肝抜いてやるよ!!」
今回のダブルスのパートナーとの試合ということで、先程とはちょっと違った雰囲気で、
四人はコートに入る。お互いに拳をつけ合わせると、それぞれあるべき位置に移動し、試
合を開始した。
「行くぜ、宍戸。ハッ!」
「フン、止まって見えるぜ!おらっ!!」
「一球・・・入魂っ!!」
「よし、見えたっ!」
他の人では打ち返せないようなサーブを、宍戸も滝もいとも簡単に打ち返す。さすがだな
あと思いつつ、サーブを打った二人はラリーを続ける。どちらのペアもいい勝負で、自分
の出せる技はとにかく出しまくった。さすがに技を出されると宍戸は返しようがなくなっ
てしまうのだが、それでも必死で跡部に喰らいつく。
「俺様の美技に酔いな!」
「ちっ・・・どらあっ!」
「返しやがった。ほらよっ!」
美技A、美技Bは何とか返すが、スイッチブレードや破滅への輪舞曲を打たれると返せな
い。それでも離されまいと本気で挑んだ結果、宍戸は跡部から4ゲームも奪うことが出来
た。
「ハア・・・ハァ・・・」
「やるじゃねーの、宍戸。俺の技、随分返してたぜ。」
「うるせー!あー、くやしいーっ!!」
「その意気だぜ。俺に負けてくやしがれるんだったら、もっと伸びる。」
「まあ、褒め言葉として受け取っといてやるよ。あいつらは?まだ勝負ついてねぇのか?」
白熱した試合に息を切らしながら、宍戸は隣のコートに目を移す。隣のコートでは、まだ
滝と鳳が真剣試合を繰り広げていた。
「行くよ、長太郎。」
「えっ・・・」
パンッ・・・・
「綺麗に決まったねー。だいぶこの技も確実に決まるようになってきたよ。」
「ずるいですよ。今の球、全然見えませんでした。」
「ほら、長太郎も反撃してこないとこのまま引き離しちゃうよ。」
「負けません!」
今のところ滝の方が2ゲームリードしていた。滝の挑発に鳳はしっかり乗って、今まで以
上のパワーを見せる。しかし、結局1ゲーム差で滝の勝ちとなった。
「よし。俺の勝ち。」
「あー、もう少しだったのに。滝さん、やっぱり強いですね。」
テクニック型の滝にパワー型の鳳はかなり翻弄される部分があった。そこが滝の主な勝因
であるようだ。
「へぇ、なかなかやるな、滝の奴。」
「俺以外は全員一勝二敗ってわけか。」
「本当だね。つまりみんな力は互角ってことか。」
「きっと戦う相手のスタイルとの相性とかがあるんですよ。だから、こういう結果になっ
たんですよね、跡部さん。」
「そうだな。間違っちゃいねぇ。まあ、残りの一週間は、その苦手なスタイルの相手と戦
っても勝てるように特訓するのが一番だな。」
「おう。俺はパワー系ってことだな。」
「俺はフットワーク系か。」
「俺はテクニック系ですね。」
「ああ。そうだ。よし、今日の練習はこれで終わり。テメェら明日の練習に響かねぇよう
にしっかり休めよ。」
『はーい。』
今日の練習で残りの一週間どこを重点的に練習したらよいかが分かり、跡部以外の三人は
かなり満足した様子で帰る用意を始めた。跡部自身も三人と試合をしたことで、自分の中
で甘くなっているポイントをバッチリつかんだ。総当たりのシングルス練習は、どのメン
バーのとっても充実したものになったようだ。

片付けの終わった四人は、門のところまで跡部に送ってもらう。それぞれの家に帰り始め
る前に四人は軽く雑談をした。
「今日はなかなか充実した練習になったね。」
「ああ。久々にシングルスやって楽しかったし。」
「大会、本当に楽しみですね!」
「そうだな。そろそろ日も暮れる。お前らは早く帰れ。」
「うん。じゃあ、また明日ね。」
「お疲れ様でした。」
滝と鳳は、跡部の言葉に促され、笑顔で手を振り帰ってゆく。宍戸も二人を追うように帰
ろうとしたが、跡部に引きとめられた。
「テメェは残れ。」
「へ?何で?」
「少しテメェと二人きりで話したくてな。」
「ふーん。別にいいぜ。ここで話すのか?それとも中に入って?」
宍戸としてももう少し跡部と一緒にいたいと思っていたので、断るということはしなかっ
た。門の前で話すのも何だということで、跡部は宍戸を家の中へと連れてゆく。せっかく
家の中へ招くのだから、シャワーくらいは浴びさせてやろうと、跡部は着替えとタオルを
用意し、宍戸にシャワーを浴びさせた。
「サンキュー、跡部。さっぱりしたぜ。」
「俺も軽く浴びちまうからよ、テメェは俺の部屋で待ってろ。」
「おう。じゃ、先行ってるな。」
「ああ。」
跡部がシャワーを浴び終わるのを宍戸は部屋で待つ。跡部の家に泊まりに来たりするとよ
くあることなので、宍戸は跡部の部屋にあるもので適当に時間を潰していた。
「待たせたな。」
「おかえり。」
濡れた髪をタオルで拭きながら、跡部は宍戸の隣に腰かける。跡部が隣に座ると、宍戸は
やっていたゲームを止め、しっかりとソファに座り直した。
「で、俺と二人きりで話したいことって何?」
「別にこれってもんはねぇけど、ただテメェと何か話しをしてぇなと思っただけだ。」
「そっか。んじゃ、来週の大会についてでも話すか?」
「別にいいぜ。」
特に話したい話題があるというわけではなかったので、二人は一週間後に控えた関東ジュ
ニアオープンについて話をすることにした。
「宍戸は、今回の大会どう思う?」
「どう思うって?」
「この試合は公式大会じゃねぇから、チームの構成も練習の方法も、今までとは全然違う。
実際この時期、俺らは引退してるわけだしな。それでもやるこの大会の意義ってテメェは
何だと思ってる?」
随分難しいことを聞いてくるなあと宍戸は困惑した表情を見せる。どういう答えを跡部が
欲しいと思っているかは分からないが、自分の思っていることを宍戸は素直に口に出した。
「うーん、意義とかそういう難しいことは分かんねぇけどよ、俺はすごくいい大会だと思
うぜ。全国大会が終わったのに、こんなに夢中になって練習したり、休みになったらみん
なで遊びに行ったり、普通だったら出来ないようなことがいっぱい出来たしさ。それに、
公式戦じゃねぇから、テメェとダブルス組めたりもするしな!」
「そうか。この10週間、楽しかったか?」
「おう!すっげぇ楽しかった。来週で終わっちゃうのが残念なくらい充実した時間だった
と思うぜ。」
素直な宍戸の言葉を聞き、跡部はホッとする。リーダーになることに全く抵抗はなく、も
ちろん自信を持って今までやってきた。しかし、本当にこれでいいのか、宍戸や滝や鳳は
他のチームでなくてよかったのかと思うことがしばしばあった。そんな心のどこかで感じ
ていた不安を宍戸は少しも残らず取り去った。
「やっぱ、テメェと話してよかった。」
「えっ?何で?」
「別に。サンキュー、宍戸・・・」
感謝の気持ちを存分に込め、跡部は宍戸の体をぎゅっと抱き締める。何故感謝されてるの
か分からないが、宍戸は跡部の背中に腕を回した。
「どうしたんだよ?いつもの跡部と違うぜ。」
「そんなことねぇよ。宍戸、来週の大会絶対優勝しような。」
いったん抱き締めるのをやめ、宍戸の頭を撫でると跡部は軽くキスをする。やっぱりいつ
もと違うなあと思いつつも、宍戸はそれが心地よくてたまらなかった。跡部の言葉に頷き
今度は宍戸の方から抱きつく。
「おう。跡部がリーダーなんだから、必ず優勝出来るぜ。」
「そうだな。」
どこまでも自分の心を満たしてくれる宍戸の言葉に、跡部は絶対的な自信を取り戻す。一
週間後の関東ジュニアオープン。必ず優勝するという誓いを胸に、二人は言葉を交わさな
いまま、顔を見合わせ笑い合った。

                     to be continued

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