最強チームを結成せよ! 第四話

関東ジュニアオープンに出場する跡部率いるメンバーは、平日は日々練習に励み、最近の
休日はみんなで遊びに行っていれる。今日は日曜日で、アクアランドに来ていた。アクア
ランドは夏には野外のプールも解放されるが、シーズンオフになると、室内プールで遊ぶ
ことが出来るようになるのだ。
「こんな時期にプールってのも微妙だと思ったけど、いざ来てみると悪くないねぇ。」
「プールってのは全身の筋肉を使うからな。遊びと言えどもまともに泳げば、侮れないぜ。」
「なあなあ、あの『絶叫スライダー』って激面白そうじゃねぇ?みんなで滑りに行こうぜ。」
少しは筋力トレーニングも含めた遊びをしたいと思っていた跡部だったが、宍戸はもう遊
びたくて仕方ないモードだ。まあ、あんなものから始めるのも悪くはないだろと、跡部は
宍戸の提案を呑んだ。
「じゃあ、まずあれから行くか。その後は自分の好きなところで好きに遊べばいいんじゃ
ねぇ?」
「ふーん、まあ、いいんじゃない。」
「でも、あれ・・・本当に怖そうですね。」
ものすごいスピードで水の上を滑っている人を見て、鳳は苦笑する。絶叫系のものが苦手
というわけではないが、何か乗り物に乗るわけでもなく、自分の体自体をあのスピードで
滑らせるのが少し怖いのだ。
「ほらほら、さっさと行こうぜ!」
「はしゃぎまくりだねー、宍戸。」
「アイツらしいっつったら、アイツらしいんじゃねぇ?」
「そうですね。」
はしゃぎまくる宍戸に他のメンバーはクスクス笑う。宍戸に連れられて、『絶叫スライダ
ー』のスタート地点まで行くと、滝や鳳は予想以上のその高さに驚いた。
「へぇ、結構高い場所から下るんだね。」
「本当にこんなとこから下まで滑るんですか・・・?」
そんな二人を差し置いて、宍戸はスタート地点に座って滑る用意をする。そして、すぐ側
にいる監視員の人が滑ってもいいという合図を出すと何のためらいもなしに滑り出した。
「アイツ、早ぇーな。さて、俺も行くか。」
宍戸に続いて、跡部も滑る。仕方なく滝と鳳もそれに続いて、スタート地点に座った。
「あー、これ結構緊張しますね・・・」
「でも、ここまで来たら滑るしかないっしょ。行こう、長太郎。」
「・・・はい。」
気乗りはしないが、滝に促され、鳳も思い切って滑り始めた。だんだんと速くなるスピー
ドに思わず鳳は目をつぶる。それとは対照的に、滝はそのスピード感を素直に楽しんでい
た。
バシャーンッ・・・バシャーンッ・・・
先に滑り始めた宍戸と跡部が、スライダーから水の中へ飛び込む。水から顔を出すと、宍
戸は満面の笑顔でその感想を述べる。
「ぷはっ、激おもしれー!!」
「確かに悪くねぇな。あのスピードがどんどん上がってくスリルがたまんねぇ。」
ザバーンッ・・・・ザバーンッ・・・・
宍戸と跡部に続いて、滝と鳳も水の中に落ちる。二人も水から顔を出すとそれぞれ素直な
感想を口にした。
「はぁ、なかなか気持ちいいね、これ。」
「俺はもう絶対やりたくないです。スピードが上がりすぎますよ。」
鳳は怖がっているようだが、他のメンバーは楽しめたようだ。
『絶叫スライダー』をやって満足した宍戸は、またスリリングな何かをしたいとプールか
ら上がって、パンフレットを見ていた。
「うーん、次はどこ行こうかなあ?」
「まだ迷ってんのかよ?滝と鳳は、流れるプールの方に行っちまったぜ。」
「もっとスリリングなので遊びたいんだよなあ。あっ、ここ、飛び込み台あるじゃねぇか。」
パンフレットの右端あたりに宍戸は、飛び込み台を見つける。これは楽しそうだと、宍戸
はそこに行くことを決めた。
「よーし、決ーめた!跡部、俺、飛び込み台のとこ行ってくるな。」
「あーん?飛び込み台?」
「ああ。あっ、何だったら跡部も一緒に行くか?」
「ああ。付き合ってやるよ。」
飛び込みをするつもりはなかったが、特に一人で行きたいという場所もないので、跡部は
宍戸に付き合うことにした。飛び込み台のところにくると、宍戸は迷わず一番上まで上っ
ていく。一番上から飛び込むという者はあまり多くはないので、自然とギャラリーが集ま
ってきた。
「おいおい、大丈夫かよ、アイツ。」
まさか一番上から飛び込むとは思っていなかったので、跡部はヒヤヒヤしている。そんな
跡部の心配とは裏腹に宍戸はその状況を心から楽しんでいた。
「うわあ、高っけー!!おっ、跡部発見!おーい、跡部ー!!」
飛び込み台の上から跡部を見つけ、宍戸は御機嫌な様子で跡部に手を振り、Vサインをし
て見せる。
「テメェ、そんなとこから飛び込んで大丈夫なのかよ!?」
「大丈夫に決まってんだろ。いくぜっ!!」
「あっ!!おい、宍戸っ!!」
跡部の心配をよそに宍戸は思いきって飛び込み台を蹴る。もちろんギャラリーはざわめき
まくり。そんな中で、驚いたように自分の名前を呼ぶ跡部の声を聞いて、宍戸は何だか嬉
しくなった。
ザッバーンッ!!
しばらく浮き上がってこない宍戸に跡部はドキドキしまくり。しかし、しばらくして、水
の底から充実感に満ちた表情の宍戸が浮かび上がってくる。
「ぷはあっ、すっげぇ気持ちイイー!!」
水から顔を出すと、宍戸はそのまま跡部のいるプールサイドまで泳いでいった。
「へへー、ちょっとビックリしてただろ、跡部。」
「べ、別にそんなことねぇよ!」
「テメェが心配そうに俺の名前呼ぶのしっかり聞こえたぜ。」
「うるせー!ほら、さっさと上がらねぇと置いて行くぜ。」
「ちょっと待てよ!!」
宍戸が言ってくることが全てあっているので、跡部はそれを誤魔化すかのようにくるっと
背を向け、全然違う方向へと歩いてゆく。そんな態度の跡部をちょっと可愛いなあと思い
ながら、宍戸は慌ててプールから上がり、跡部を追いかけた。
「ったく、どこ行くんだよ?跡部。」
「少し喉が渇いたからな。何か飲もうと思ってよ。」
「へぇ、だったら俺も付き合うぜ。」
飛び込み台の一番上から飛び込むことが出来て満足した宍戸は、跡部にてこてことついて
ゆく。売店までやってきた跡部はとある飲み物に興味を持つ。
「なあ、宍戸。」
「何だよ?」
「『ドーナツフロート』ってどんな飲み物だ?」
「はあ?何だよそれ?フロートって、アイスが浮かんでるアレだろ?コーヒーフロートと
か、ソーダフロートとかは聞いたことあるけど、『ドーナツフロート』なんて聞いたこと
ねぇぞ。」
「そうか。ちょっと、興味あるしな、俺はそれにするぜ。」
「お前、チャレンジャーだな・・・。えーと、じゃあ俺は、このトロピカルソーダっての
にするぜ。」
どちらも普段は見ないような名前の飲み物を選ぶ。空いている席にそれを運ぶと、トイレ
に行ってくると、跡部は席を外した。
「ドーナツフロートって、こんなの何だ。ちょっとだけ味見しちゃえ。」
跡部がいないのをいいことに宍戸は好き勝手なことをする。
「うわ、結構甘いな・・・。あっ、そうだ。少し悪戯してやれ。」
少し甘すぎるドーナツフロートを飲んで、宍戸はあることを思いつく。跡部がまだ帰って
来ないことを確認すると、ケッチャップやマスタードなどが置いてある調味料入れの中か
ら、タバスコを持ってきてドーナツフロートの中にたっぷり入れた。
「これ飲んだら、跡部ビックリするだろうな。ふっ、楽しみだぜ。」
タバスコをもとに戻し、宍戸は何事もなかったかのように椅子に座って跡部が帰ってくる
のを待つ。
「待たせたな。」
「別にそんなに待ってねぇぜ。それよりさっさとジュース飲もうぜ。俺も喉渇いちまった。」
「そうだな。これ、どんな味なんだ?見かけはかなり甘そうだけど・・・・」
タバスコが入ってるなどとは思わない跡部は、何の疑いもなしにドーナツに噛りついた後、
中の液体を飲む。それを見て、宍戸は必死で笑いを堪えていた。
「ぐっ・・・ゲホっ・・・ゴホっ!!」
「あははは、やーい引っかかったー。」
「テ、テメェ・・・何入れやがった・・・?」
甘いものを想像して、飲んだものが激辛であれば、誰でもむせる。それは跡部でも例外で
はなかった。あまりの辛さにむせまくり、跡部はもう涙目になっている。それを見て、宍
戸は大笑い。
「マジで引っかかってくれるとは思わなかったー。激ダサー。」
「アーン!?テメェ、ふざけんなよ!!・・・つーか、水だ水!口が痛くてしかたねぇ。」
「悪ぃ悪ぃ。ほら、俺のジュース飲んでいいぜ。」
宍戸が差し出したトロピカルソーダを跡部はゴクリと飲む。トロピカルな風味で辛さがだ
いぶやわらぎ、跡部はホッとした表情になった。
「はあー、宍戸、あとで覚えとけよ。」
「だから、悪かったって謝ってるじゃねぇか。」
「謝ってすむんだったら、警察はいらねぇよ。まあ、そのトロピカルソーダ、なかなか美
味かったからな。それにストローを二本さして、俺様と一緒に飲むっつーんなら、許して
やらねぇこともないぜ。」
「はあ!?そんな恥ずかしいこと・・・」
「ほぅ・・・テメェはそんなにお仕置きを望んでるんだな。」
「・・・喜んでやらせて頂きます。」
本気で怒っている目でそんなことを言われ、宍戸はさすがにやりすぎたと感じる。こんな
ことを言われてしまったら、従わないわけにはいかない。恥ずかしいのは山々だが、何を
されるか分からないお仕置きをされるよりかはマシだと、自分の飲み物にもう一本ストロ
ーを差した。
「これでいいだろ?」
「ああ。ほら、テメェはそっちのを咥えろ。俺はこっちの方を咥える。」
「・・・何かテメェがそういうこと言うと、エロい。」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで、さっさとしろ。」
「へーい。」
全く恥ずかしいヤツだなあと思いつつ、宍戸は跡部の言葉に従う。二人で一つのグラスの
飲み物を飲もうとすると意外に顔が近くなることに宍戸は気づいた。
(ヤッベェ、なんかすげぇドキドキしてきちまった・・・)
状況も状況であるので、宍戸の鼓動はだんだんと速くなってくる。次第に赤く染まってゆ
く宍戸の顔を、跡部は満足気な笑みを浮かべ、かなりの近距離からじっくりと眺めた。

跡部や宍戸がカップルがするようなことをしているとき、滝と鳳は温水ジャグジープール
でまったりとくつろいでいた。
「休むにはちょうどいいプールだね。」
「はい。結構いろんなプールに入って疲れちゃいましたからね。」
ここにくるまでに、滝と鳳は流れるプールに波のプール、中心の大プールなど様々なプー
ルに入って遊んだ。
「何か楽しいよね。こういうの。今は別行動になっちゃってるけどさ、こんなふうにみん
なで遊びにくることって、公式の大会の前には出来なかったからねー。」
「そうですね。こういうのは、チームの雰囲気をよくするためにはすごく必要だと思いま
すよ。」
「だよね。あっ、そういえばさ、この間跡部が言ってたんだけどね、跡部いくつかの試合
で宍戸とダブルス組みたいんだって。」
思ってみない滝の言葉に鳳は驚く。
「えっ、そうなんですか!?跡部さんって、見たまんまシングルスプレイヤーですし、絶
対今回の試合でも、シングルス1しかやらないのかと思ってました。」
「俺もそう思ってたんだけどねー。でも、最近の跡部の態度を見てると、まあ、分かるか
なあって。宍戸のこと好きオーラ出しまくってんじゃん。」
「確かにそうですね。でも、そしたら俺、どうすればいいんだろう?あんまりシングルス
の試合って自信ないんだよなあ・・・」
「それなんだけど、跡部が俺とまたダブルスを組みなおせばいいんじゃないかって。もし、
長太郎がよければ俺はそうしたいなあと思うんだけど・・・」
宍戸とのダブルスが誰が見ても強いということを知っている滝は、控えめにそんなことを
言う。しばらく考えて、鳳はニッコリ笑って頷いた。
「宍戸さんと組めなくなっちゃうのは少し残念ですけど、滝さんとダブルス組んでみるの
も面白そうです。こちらからもお願いします。」
「ありがとう、長太郎。俺、頑張るから!」
「俺も頑張ります!一緒に優勝目指しましょうね!!」
「うん。さてと、そろそろ体も休まったことだし、また遊びに行く?」
「はい!!」
この前の跡部と宍戸に続き、滝と鳳も大会でダブルスを組む約束をする。そんな約束をし
た後で、二人は再び遊びに行こうと立ち上がった。

「今日行ったアクアランドのプール、結構面白かったな。」
「あの絶叫スライダーっていうのには二度と乗りたくないないですけど。」
「確かに長太郎、激怖がってたもんなあ。」
「俺はあれはあれで、気持ちいいと思ったけど。」
「そうだな。よし、じゃあ、今日の疲れを残さねぇようにテメェらしっかり休んどけよ。」
『はーい。』
跡部の言葉に返事をして、四人は街で別れる。しかし、宍戸が自分の家の方へ帰ろうとす
るのを跡部は腕を掴んで止めた。
「何だよ?」
「今日プールでしたこと、俺、まだ怒ってんだけど。」
「はあ?アレはもういいだろ!ちゃ、ちゃんと二人でトロピカルジュース飲んだわけだし。」
「いーや、あんなんじゃ足りねぇ。だが、そこまで根に持つってのも俺様の美学に反する
しな。今日はこれで勘弁してやるよ。」
そんなことを言いながら、跡部は繁華街のど真ん中で宍戸にちゅっとキスをした。驚く宍
戸の顔を見て、ニヤっと笑いすぐに離れる。
「な、なっ・・・!」
「これだけで済ませてやったんだ。ありがたく思うんだな。じゃあな、宍戸。」
そして、ひらひらと手を振ると自分の家の方向へと帰ってゆく。残された宍戸には、通り
すがりの人の視線が集まっていた。
「あの野郎ぉ・・・」
顔を真っ赤に染めながら宍戸は跡部の後ろ姿を睨む。しかし、もとはと言えば、自分のし
た悪戯が元凶なのだ。やり場のない怒りと恥ずかしさに頭に血を上らせながら、宍戸はそ
の場所から自分の家に向かって駆け出した。

                     to be continued

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