「一球入魂!!」
今日も学校が終わると跡部のチームのメンバーはそれぞれ苦手な部分を練習している。そ
んな中サーブの練習をしていた鳳はうっかり足を滑らせてしまう。
「うわっ・・・」
ズベッ
鳳が派手に転ぶ音を聞き、他のメンバーは思わず手を止める。すぐ横でスマッシュの練習
をしていた滝はすぐに鳳に駆け寄った。
「ちょっと、大丈夫?長太郎。」
「はい。」
大丈夫だと思って立ち上がろうと思った鳳だが、その瞬間足首に激痛が走る。
「あ、痛!・・・しまった、足痛めちゃったみたいです。」
「本当?大丈夫?」
「この様子だと今週は練習無理そうですよ。すいません。」
「ううん。無理しちゃってもよくないからね。跡部ー、俺、ちょっと長太郎の足の手当て
してくるねー。」
「ああ。あんまり時間かけんじゃねーぞ。」
「うん。」
跡部に声をかけると、滝は鳳に肩を貸し立たせる。そして、そのままベンチがあるところ
までつれていった。鳳をベンチに座らせると、すぐ横にある救急箱からシップとテーピン
グを出して、テキパキと手当てをしてゆく。
「よっし、完了。どう?テーピングきつすぎたりとかしない?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます、滝さん。」
「それじゃあ、少しここで休んでてて。俺らの練習ももうすぐ終わるからさ、帰り、送っ
てくよ。」
「えっ、でも、悪いですよ。」
「いいの、いいの。それじゃあ俺、練習に戻るね。」
「あっ・・・」
言葉を続ける暇を与えずに滝はコートの方へ戻っていった。仕方がないので、鳳はベンチ
に座ったまま、他の三人が練習をしているのを眺める。滝の言った通り、他のメンバーの
練習も30分も経たないうちに終わった。
「はあー、今日もいい感じに練習出来たぜ。」
「だいぶよくなってきてるぜ。だが、まだよくなるな。」
「本当か?じゃあ、明日も頑張るぜ。」
練習が終わらせた三人がベンチのところまで戻ってくると、鳳はドリンクやタオルを手渡
す。秋も深まる季節になっても、ある程度の運動をすればやはり汗をかくのだ。
「お疲れ様です。」
「お待たせ、長太郎。それじゃあ、帰ろうか。」
「長太郎、足大丈夫かよ?」
「はい。でも、今週の練習は休んだ方がよさそうです。」
「さっさと直せよ。テメェだって、大事な戦力なんだからよ。」
「はい。すいません、俺の不注意で。」
「いいよ、いいよ。気にしないで。」
自分のミスを気にしすぎる鳳の気分を少しでも軽くしてあげようと、滝はニッコリ笑いな
がらそんなことを言う。あまりこの話題を引きずっても可哀想なので、滝はポンと違う話
題に話を変えた。
「跡部とかももう帰るんでしょ?」
「いや、俺達はちょっと寄っていきたいところがあってよ、そこ行ってから帰る。」
「ふーん、そっか。じゃあ、俺らは先に帰るね。」
「ああ。気をつけて帰れよ。」
「うん。じゃあね。」
「お疲れ様でした。」
跡部と宍戸を残し、滝と鳳は一足先に帰る。鳳が足を引きずっているため、ゆっくり歩き
ながらバス停へと向かった。
バスから降りると二人はすっかり日の暮れた夜道を歩く。今日は薄曇で、月明かりなどの
明かりは全くない。
「真っ暗ですね。」
「うん。気をつけてね、長太郎。」
「はい。」
鳳の家に向かって歩いていると、一つの外灯がふっと消える。
「あれ?どうしたんだろう?」
「本当、何にも明かりがなくなっちゃいましたね。」
全く明かりのなくなってしまった闇の中で、滝と鳳はピタッと立ち止まる。耳を澄ませば、
コオロギや鈴虫の澄んだ歌が聞こえてくる。
「なかなかこういう雰囲気も悪くないねー。」
「そうですね。・・・少しこのまま虫の声を聞いていませんか?」
控えめに鳳はそんなことを提案する。滝としても、こんな雰囲気はなかなか味わえないの
で、もう少し鳳と一緒に居たいと思っている。黙って頷きながら滝は鳳の手を握った。
「た、滝さんっ?」
「こうしてちゃダメかな?」
「・・・いえ、構いません。」
恥ずかしそうに頷く鳳を見て、滝は嬉しそうに笑う。お互いの手の平から感じる温もりが
頬に感じる秋の風を心地よいものにする。しばらく黙ったまま秋の虫の合唱を聞いていた
が、ふとしたきっかけでその歌声が途切れる。風もやみ、辺りは本当の静寂に包まれた。
「真っ暗な上にすごい静か・・・。何か心臓の音が聞こえちゃいそうだね。」
「・・・ですね。」
「ねぇ、長太郎・・・」
「何ですか?滝さ・・・っ」
ビロードのような闇ととても住宅街とは思えないような静寂の中、滝は鳳の首に腕を絡め、
背伸びをしながら口づけを施す。自分達の姿を映す光はなく、幸い人影もない。もっと確
かな繋がりが欲しいと滝を熱くなった舌で鳳の唇をこじ開けた。
「ふっ・・・ぅ・・・」
その瞬間、ピチャっと濡れた音が暗闇の中に響く。
ドクンッ
鼓動が一気に速くなるのを感じる。戸惑いながらも鳳は滝のキスに応えた。十分にお互い
の蜜を味わい、雫が混ざり合う音を奏でる。そんな心地よさにどちらも浸っていたが、再
び虫達が歌い始めると同時に、滝は唇を離した。
「あっ・・・ゴメン、長太郎。」
「い、いえっ、別に嫌じゃなかったんで・・・」
無意識も同然にしてしまった行動に、滝は激しく照れる。つられて鳳も顔を真っ赤に染め
た。しばらくの間何も言えない二人であったが、その沈黙を破るかのように鳳がポツリと
呟いた。
「あの・・・滝さん。」
「な、何?」
「俺、今すごいドキドキしてます。ホント信じられないくらい・・・」
「俺も。さっきからもうドキドキしっぱなし。周りはこんなに静かなのにね。」
高鳴る鼓動を抑えられないまま、滝と鳳はそんなことを言う。そして、少し躊躇うように
鳳は言葉を続けた。
「・・・やっぱり、俺、滝さんのこと好きみたいです。何だか、滝さんとダブルス組める
のすごく楽しみになってきました。」
「本当?・・・嬉しいなあ。俺も長太郎とダブルス組めるの楽しみにしてるよ。跡部と宍
戸に負けないくらい強くなろうね!」
「はい!あっ、でも、俺、怪我してるんだったっけ。」
「怪我が治ってからでいいよ。俺らだからこそ出来る何かを作ろう。」
「そうですね。俺、それを練習休む代わりにしっかり考えます。俺達なりのテニスを作り
ましょうよ。」
「何か宍戸が言ってるみたいなことだね。でも、本当その通りだと思うよ。人真似じゃな
くて俺ららしいテニスか。うん、何か俄然やる気が出てきたかも。」
「俺も頑張って怪我を早く治します。治ったら、たくさん練習しましょうね、滝さん。」
「そうだね。よっし、それじゃあ、帰ろうか。」
「はい!」
お互いの気持ちを確認し合うと、再び二人は夜道を歩き出す。いつの間にか、空を覆って
いた薄雲は風に流され、空には綺麗な三日月が輝いていた。
その週末、跡部達はネットカフェでお茶を飲みながら、ネットをしていた。
「インターネットカフェねぇ。何か面白いモン見せてくれんのか?」
ストローでジュースを飲みながら、宍戸はカチカチっとマウスをクリックする。特に調べ
たいと思うものもないので、適当な言葉で検索をかけ、どんなものが出るかを試しに見て
いた。
「最近は、何でもネットで一発だよね。味気ないもんだと思わない?」
「でも、便利だと思いますよ。」
「便利だけどさぁ、何ていうか調べる楽しさってのがなくなるよね。本を一生懸命読んで
みたりとかしなくなっちゃうし。」
「滝さんは読書が趣味ですもんね。ん?こんな事が載ってますよ。」
「へぇ、何々?」
興味のある記事を見つけ、一つのパソコンの画面を滝と鳳は覗き込む。味気ないと言いつ
つも、滝もある程度は興味があるらしい。二人がそんなことをしている間、跡部はアルフ
ァベットがびっしりと並んだ画面で、何かを調べていた。
「跡部ー、お前、何調べてんの?って、うおっ!?何だよ、その画面。」
見たこともない単語が羅列された画面を見て、宍戸は驚きの声を上げる。
「アーン?電子ブックってヤツだ。取り寄せるより便利だし、字がデカくてよみやすいか
らよ。」
「へ、へぇ・・・。で、今は何読んでんだ?」
聞いたところで分からないかもしれないが、宍戸は一応尋ねる。
「ファウストだ。今、半分くらい読み終わった。ちょうど、マルガレーテが死んだあたり
だな。」
「・・・マルガレーテって、お前んとこのあの黒い犬?」
「違ぇーよ。ファウストの恋人だった女だ。何でうちのマルガレーテがそこで出てくんだ
よ?」
外国文学はさっぱりな上、跡部は原文で読んでいるため、宍戸はパソコンの画面を見ても
跡部がどんな話を読んでいるのか全く見当がつかない。やっぱり跡部は変なヤツだなあと
思いつつ、宍戸は跡部が見ているパソコンから視線を外した。すると、視界の端に見慣れ
た長身が映る。
「あれ?」
宍戸の目に入ったのは樺地だ。どうしてこんなところにいるのだろうと思って、声をかけ
ようとすると、腕に爆睡中のジローが抱えられていることに気づいた。
「ジローのヤツ、また寝てやがる。樺地もえらいよなあ。」
もう特に調べるものもなくなってしまったので、宍戸はパソコンを離れ、樺地のもとへ行
ってみる。樺地は二人がけのソファにジローを下ろすと自分もその隣に腰かけた。
「よお、樺地。」
「宍戸さん・・・」
「どうしたんだ?お前がこんなとこに来るなんて珍しくねぇ?」
「買い物に来てたら・・・ジローさんが道の真ん中で寝てて、人だかりが出来てたから、
ここへ連れてきました・・・」
「ったく、ジローのヤツ。お前も大変だな。せっかく跡部がこっちに夢中で、暇が出来て
るってのに。」
「別に嫌じゃないです・・・今日は一人で暇でしたし。」
「そっか。お前もいろいろ頑張れよ。俺達も大会頑張るからよ。」
「ウス。」
少し話をすると宍戸は自分のいた場所へと戻っていった。樺地はペコリと頭を下げると、
飲み物でも頼みに行こうと立ち上がろうとする。すると、服の裾をぎゅっと掴まれた。
「っ!」
「ん〜、行っちゃやだぁ・・・ムニャムニャ・・・」
「飲み物頼んでくるだけです。ジローさんは何がいいですか?」
「俺はぁ・・・いちごみるく〜・・・・」
「ウス。」
寝言なのか寝ぼけてしゃべっているのかは分からないが、樺地はジローの言葉を聞いて返
事をし、服を離してもらう。そして、ジローの分の飲み物を買いにカウンターの方へ注文
をしに行った。
「どこ行ってたんだ?宍戸。」
跡部や滝、鳳がいるところに戻ると宍戸はまずそう尋ねられる。
「いや、あっちの方に樺地がいてよ、ちょっと声かけてきた。」
「樺地が?樺地、あんまりこういうお店とか一人で来なさそうなのに。」
「何かジローが道の真ん中で寝てたから連れてきたとか言ってたぜ。まあ、ここなら寝て
てもそんな問題はねぇからな。」
「本当に?全くジローも困ったヤツだねー。」
「今度何か奢ってやらねぇとな。最近、樺地には何にも買ってやってねぇし。」
「そうだぜ。跡部もジローも樺地に迷惑かけすぎなんだよ。」
「俺はジローほどは迷惑かけてねぇ。まあ、全くかけてねぇっつったら、嘘になるけどよ。」
「へぇ、跡部もそういうこと自覚してんだ。えらいじゃん。」
「アーン?当然だろ。」
バカにしたように言われ、少しカチンとくる跡部だったが、この程度のことで怒るのも癪
なので、軽くそんなふうに返す。岳人と忍足と日吉以外の氷帝学園テニス部レギュラーメ
ンバーが集まるという不思議な状態になり、このネットカフェはいつもより少々騒がしく
なるのであった。
to be continued