戦国乱舞 〜其の一〜

海の見える港町。貿易船が泊まる港で、貿易商の鳳は南蛮からの船を待っていた。
「今日の到着予定は、辰の刻か。もう少しなはずなんだけど・・・・」
到着予定時刻は迫っているのだが、いまだにその船は姿を現さない。すると、かなり沖の
方で大きな船がゆっくりとこちらの方へ向かってくるのが見えた。
「よかった。あれがきっと・・・あれ?」
確かに自分の待っていた貿易船なのだが、そのすぐ側にもう一艘明らかに貿易船とは違う
船が見えた。その船は貿易船に近づいて行き、貿易船よりはいくらか小さなその体をぶつ
けている。そんな様子を見て、鳳は不安気な表情を浮かべる。
「どうしよう・・・」
そう呟くと、ふと後ろから声をかけられる。
「どうしたの?長太郎。」
声の主は鳳の顔見知りで、この町のすぐ近くに住む滝であった。滝は幻術使いで、特に南
蛮渡来の幻術を得意としている。そのため、貿易船がやって来るときは、こうして鳳のも
とを訪ね、南蛮の新しい情報や輸入品を仕入れに来るのだ。
「そろそろ貿易船が到着するはずなんですけど、その船が近くの城の船に襲われちゃって
るみたいで・・・」
鳳にそう言われ、滝は沖の方へ視線を移す。確かに貿易船と思われる船が、他の船に襲わ
れ、海の上で立ち往生しているようであった。
「本当だ。困ったねぇ。でも・・・・」
そこまで言いかけたところで、もう一艘どこからか違う船が現れる。その船は迷わず貿易
船を襲っている船に突っ込んでいった。
「あの船・・・」
「この海を治めてるのはアイツらだからねー。自分達の認めていない侵入者には容赦しな
いでしょ。」
「比嘉水軍ですか?」
「そうそう。このへんでは最強の水軍だよ。海の上の戦いじゃまず敵う城はいないね。」
比嘉水軍の船が突っ込んだおかげで、貿易船を襲った船は貿易船から離れていった。そし
て、貿易船から少しずつ離れながら、二艘の船は海が荒れるのとは違う理由で大きく揺れ
始めた。
「俺達の海で海賊行為働こうなんて、十年早いさー。」
「覚悟は出来てるんだろーな?」
比嘉水軍の舵取である甲斐と手引である平古場は先頭切って敵船の船に飛び乗り、武器を
構える。水軍ならではの武器に戸惑う敵船の乗組員であったが、人数は圧倒的に敵方の方
が優勢であった。
「たった二人で何が出来るって言うんだ!行け!!」
『おーー!!』
敵船の大将と思われる人物がそう口にすると、十人近い軍勢が甲斐と平古場に襲いかかる。
しかし、二人はまるで瞬間移動をするような動きで相手を翻弄し、次々に敵を倒していっ
た。
「ぐあっ・・・」
「ぎゃあっ!!」
「何人来たって同じだぜ。なあ、凛。」
「そーだな。海での戦いで俺達が負けるはずないさー。」
「いくぜ!」
「おう!!」
船を引き寄せるために使ったすまるを自由自在に操り、まるでハブが噛みつくかのように
攻撃をしかける平古場に、裏手で鋭い爪のついた武器を下から上へ振り上げるように使う
甲斐。そんな二人に為すすべもなく、貿易船を襲った船の乗組員は次々に倒れていく。
「楽勝、楽勝。」
余裕たっぷりの様子でそんな言葉を口にした甲斐であったが、その油断がたたり、真後ろ
から攻撃を受けそうになる。
「裕次郎!」
平古場の言葉で敵の存在を感知した甲斐は、一瞬にしてその身を翻し、逆に攻撃をしかけ
る。
「ぎゃああ!!」
「サンキュー、凛。」
「危ないなー、裕次郎。少し油断しすぎだぜ。」
「ごめんちゃい。」
「とにかくさっさと片付けよーぜ。こんな奴らにかまけてる暇ねーし。」
「ああ。早く遊びに行きたいもんな。」
そんな会話を交わしながら、二人はラストスパートと言わんばかりに残りの敵を倒してい
く。程無くして貿易船を襲った船に乗っていた乗組員は、二人の手によって全滅させられ
てしまった。
「よーし、完璧だな!」
「終わった終わった。せっかくだし、軽くこの船探索しよーぜ。」
「おう!」
そこらじゅうに人が倒れている敵船を探索し、甲斐と平古場はその船にあるよさげな物を
物色する。少し奥まったところへ行くと、甲斐は興味深いものを見つけた。
「うわあ、これすっげぇ・・・」
「どうした?裕次郎。」
「これ、見てみろよ。でーじ上等な着物じゃね?」
「おー、本当だ。絶対高いよな?」
「だからよー。なかなかいいお宝発見だな。」
甲斐が見つけたのは、鮮やかな紅色をした着物であった。色といい、形といい、おそらく
女物ではあるが、二人はかなりこの着物を気に入ってしまった。
「この着物、でーじ凛に似合いそうだと思うんだけど。」
「でも、これ女物だろー?」
「凛は可愛いから、絶対似合うって!」
「そんなことないし・・・」
明らかに女物の着物が似合いそうだと言われて、平古場は恥ずかしそうに顔を赤らめつつ、
そう返す。そこまで嫌がっている様子ではない平古場を見て、甲斐はニッと笑って、バサ
っとその着物を腕に抱えた。
「これ持って帰ろーぜ。」
「えっ・・・?」
「そんで凛に着てもらう!!」
「ちょ、ちょっと、何勝手に決めて・・・」
「決まりったら、決まり!!ほら、帰るぞ、凛!!」
「待てってー!」
着物を抱えながら、甲斐は平古場より一足先に走り出す。そんな甲斐を追いかけるように
平古場も自分達の船に向かって走り出した。
「何やってるんですか、二人とも。」
『あっ・・・』
船に戻ろうとすると、比嘉水軍の総大将である木手がかなり不機嫌な様子で立っていた。
「せ、せっかくだから、軽く探索しようかなあと思ってさー・・・」
「そ、そうそう。」
「誰がそんなことまでしろと言いました?」
『ゴメンナサイ。』
素直に謝る二人だが、そんなことで木手の機嫌が直るはずがなかった。
「今日の二人の夕食はゴーヤーのフルコースで決まりですね。あと、浜までは泳いで来て
下さいよ。」
「ゴーヤーだけは勘弁!!」
「せっかくの着物がぁ・・・・」
「自業自得ですよ。それじゃあ、俺達は先に帰ってますからね。」
『そんなあ・・・』
総大将の言うことには逆らえないと、若干へこみつつ、二人は離れていく自分達の船を見
送るしかなかった。

比嘉水軍が貿易船を襲った船を撃退した頃、陸にいる鳳と滝も船を襲った城と同じ城の忍
者に囲まれていた。
「どうしましょう、滝さん・・・」
「大丈夫。俺に任せて。」
鳳を庇うように忍者の前に立ちはだかり、滝は余裕の笑みを浮かべる。
「南蛮渡来のモノを渡せば、お前らには手を出さないでいてやるぜ。」
「渡すわけないだろ。お前らなんて、俺一人で十分。」
「なめやがってっ!!」
苦無を握り襲いかかってくる複数人の忍者の前に滝は一つの煙玉を投げる。辺りを真っ白
に染める煙に一瞬怯む忍者だが、戦い慣れた彼らはそのまま突っ込んできた。しかし、幻
術使いの滝のこと。投げた煙玉はただの煙玉ではなかった。
ぐおおぉぉ―――っ!!
低い呻き声と共に忍者達の前に現れたのは、角の生えた大きな黒い塊だった。見たことも
ない恐ろしい形相の怪物にさすがの忍者も度肝を抜かれ、慌ててその場から逃げ出す。
『うわあああぁぁ―――っ!!』
バタバタと煙を抜けて走り去る忍者を見ながら、滝はクスクスと笑う。
「だらしないねー、この程度のもので逃げ出すなんて。」
悪魔の形をした塊の影からその身を出し、そんなことを呟く。鳳は滝の出したそれの正体
を知っていた。
「それって、そんな使い方が出来るんですね。」
「ふふ、俺にはピッタリの代物だね。」
滝が煙玉から出したものは、南蛮から鳳が輸入した人を驚かせるための面白道具であった。
日本にはないそのような珍しい道具を手に入れられるのも鳳がいるからである。
「とりあえず、海の方は比嘉水軍がやっつけてくれたし、こっちも追っ払ったし、もう安
心だね。」
「はい!ありがとうございます!!」
「別に俺はお礼を言われるようなことはしてないよ。」
「そんなことないですよ。さっきの忍者追い払ってくれましたし。」
「あれは長太郎のおかげでもあるじゃない。」
「滝さんのアイディアのおかげですよ。あっ、さっきの貿易船到着したみたいです。」
「本当だ。俺も荷下ろし手伝うよ。」
「ありがとうございます、滝さん。」
先程海で襲われていた船がやっと港に到着し、滝と鳳はその船へと向かう。荷物を下ろす
人員は鳳以外にも何人かいるので、数人のメンバーがその船に乗り込んだ。
「そういえばさー、さっき忍者みたいなのがいただろ。」
「ああ、いたな。」
「あいつらが話してたんだけど、何か氷帝城に戦しかけるらしいぞ。」
「本当かよ。じゃあ、また色々ゴタゴタが始まるのかねぇ。」
何気なくそんな話をしている他のメンバーの話を聞き、滝と鳳は顔を見合わせる。
「今の話本当かな?」
「分からないですけど、とにかく跡部さん達には伝えた方がいい情報ですよね。」
「そうだね。ここの仕事が終わったら、氷帝城に行こうか。長太郎、時間ある?」
「はい。今日はこの船の積み荷さえ下ろしてしまえば、仕事は終わりなので。最悪他の人
達に任せてもいいですしね。」
「そっか。じゃあ、さっさと終わらせて、知らせに行こう。」
「はい。」
氷帝城が戦をしかけられようとしているという情報を聞き、滝と鳳は仕事の手を速め、氷
帝城へと向かう準備をする。氷帝城の人間ではないが、何かとお世話になる城であり、城
のメンバーともかなり交流が深いので、このような情報を聞いた時には、すぐに城主の跡
部に知らせることにしているのだ。
「よし、荷下ろし完了。」
「あとの仕事は他の人に任せちゃうんで、早く氷帝城に行きましょう。」
「うん。」
船から全ての荷物を下ろし終えると、二人は後のことを他の者に頼み、氷帝城へ向かって
歩き出した。港から氷帝城までは、歩いて半刻ほどかかる。少し遠いが重要な情報を耳に
したならば行かないわけにはいかない。先程のように襲われることも想定して、滝は回避
道具をいくつか懐に忍ばせる。これを使うことがないようにと思いながら、滝は鳳と共に
氷帝城へと伸びる長い一本道を注意深く進むのであった。

                     to be continued

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