南蛮の貿易船と滝と鳳を襲った城に、氷帝城の忍者である岳人と忍足は忍び込み、敵方の
戦力を調査していた。滝と鳳が知らせる前に、この城が戦をけしかけてこようとしている
ということは、跡部は既に把握していた。
(さてと、まずはどこに行ったらええかな?)
城内の屋根裏で、忍足は宍戸が手に入れてきた城の見取り図を見ながら城内の様子を探っ
ていた。忍足の気配を消す能力はずば抜けており、どんな場所に移動しても敵に見つかる
ということはほとんどありえない。そんな能力を存分に駆使して、忍足は重要な話を聞け
そうな場所へと移動する。
「今度の戦に使う武器はそろったか?」
「はい。鉄砲、石火矢、火薬・・・全てそろっております。」
「作戦はどうなった?」
「今回の作戦ですが・・・・」
この城の城主の部屋の側まで来ると、忍足はかなり重要な情報を話しているのを耳にする。
氷帝城を襲うための作戦と武器の種類、兵士の数、どれだけの戦力を予定しているか等々、
忍足は持っていたメモに全て書き込んでいった。
(この程度の戦力で、うちの城に敵うわけないわ。それにしても、稚拙な作戦やなあ。う
ちも甘く見られたもんやな。)
今回の戦の情報を一通り収集し終えると、忍足は城の外へ出るために移動を始める。もう
少しで外に出れるというところまで来ると、城内が急に慌ただしくなっていることに気が
ついた。
「曲者だ!!曲者が出たぞ!!」
「どこだ!?」
「武器庫のあたりだ!!人集めて探し出せ!!」
曲者が出たという言葉を聞いて、まさか自分が忍び込んでいることに気づかれたかと思っ
た忍足であったが、そうではなかった。
(岳人の奴やな。)
忍足が城内で情報を集めている間、岳人は武器庫と火薬庫で物理的な戦力を調査していた。
そこで何かヘマをやらかし、見つかってしまったのだろうと、忍足は小さく溜め息をつく。
(全くしゃあないなあ。こっちは完璧にやったっていうのに。)
とりあえず岳人の様子を見に行こうと、忍足は気配を消したまま、城の外へと出る。城の
外ではバタバタと慌てた様子で、護衛の兵士や忍者が走り回っていた。
「ヤッベェ、見つかっちまった!」
火薬庫の前で、岳人は少し焦った様子で立ち往生していた。武器庫の調査は完璧にやりこ
なしたのだが、火薬庫を調べ、外へ出ようとした時に、たまたま近くにいた兵士に見つか
ってしまったのだ。
「いたぞ!!」
「逃がすな!!」
結局何人もの兵士や忍者に見つかってしまい、岳人は取り囲まれる寸前であった。
「さーてと、どうしたもんかな。この状況で侑士が出てきてくれるわけねーし。てか、ま
た怒られるんだろうなー。」
かなりピンチな状態ではあるが、比較的岳人は落ち着いていた。忍者が投げてくる手裏剣
や苦無を素早い動きで華麗に避けつつ、この状況をどうやって切り抜けるかに意識を集中
させていた。
「んー、一か八かになっちまうけど、やっちまうか。とりあえず、逃げれはするだろ。」
そんなことを口にしながら、岳人は懐からいくつかの焙烙火矢を出し、導火線に火をつけ
る。
「おーっと、それ以上近づいたら、これ投げるぜ。」
「その程度の脅しで、怯むとでも思ったのか?」
「さあな。あっ、手が滑っちまった。」
焙烙火矢を落とすふりをして、岳人は火薬庫の方へと一つの焙烙火矢を転がす。焙烙火矢
一つ二つでは、全く怯まなかった兵士や忍者ではあるが、転がっていく焙烙火矢が火薬庫
の中へと入るのを見て、一気にその顔は青ざめた。
「お、おい・・・今、火薬庫に転がっていかなかったか?」
「あー、一個は入っちまったみてぇだな。」
飄々とした顔で岳人はそう答える。それを聞いて、敵城の面々の顔は引きつった。
「戦の準備で火薬の量増えたよな・・・?確か・・・」
「あ、ああ。」
「もし、あの中で・・・あの焙烙火矢が爆発したら・・・・」
大量の火薬が貯蔵してある倉庫で火のついた焙烙火矢が爆発したらどうなるかは想像に難
くない。じじじじ・・・と導火線が燃えていく音を聞き、そこにいた全員が大爆発の恐怖
に怯え、その場から一斉に逃げ出した。
「逃げろ!!」
「爆発するぞ!!」
半パニック状態になっている兵士達を横目に、岳人もピョンっと跳ね、その場から逃げ出
す。次の瞬間、焙烙火矢が爆発する音が、火薬庫内で響いた。
『うわああぁぁ!!』
兵士達の叫び声を聞きながら、ピョンピョンと塀を乗り越え、岳人は城の敷地から逃げ出
す。そんな様子をずっと見ていた忍足も、岳人の後を追うように城内から外へと出た。
「あそこの火薬は爆発しねぇのに、あんなにビビってバッカみてぇ。」
「ったく、ヒヤヒヤさせんなや。」
岳人の言う通り、火のついた焙烙火矢自体は爆発したが、大量の火薬を貯蔵している火薬
庫は爆発しなかった。それもそのはず、火薬庫内にあった火薬は、岳人が全て湿らせ、使
えなくしていたのだ。
「悪いな、侑士。今日も失敗しちまって。」
「ホンマやで。で、火薬は使えなくしたんは分かったけど、武器庫の方はどないしたん?」
「そっちの方もちゃんと処理してきたぜ。完全に使い物にならなくしてきた。」
「あの短時間でそこまで出来たんやったら、上出来やで。とりあえず、追いかけられんう
ちに逃げるで。」
「おう。」
城内はまだまだ混乱している状態なので、城の外に出た二人は変わり衣の術で、忍者姿と
は全く違う格好をし、そそくさとその場を後にする。とりあえず、今回の目的は果たした
と岳人と忍足は、氷帝城へと向かうことにした。
氷帝城へと帰るまでの道中で、岳人と忍足は他の城同士が戦をしているのに出くわす。大
変だなあと少し離れたところから眺めていると、とんでもない光景が目に飛び込んでくる。
「な、なあ、侑士。あそこの木の下で寝てるのってさあ・・・」
「・・・ジローやな。」
矢や鉄砲の弾が飛び交っている野原のすぐ横にある木の下で、いつも通りジローがぐっす
りと昼寝をしていた。あまりに危なすぎるその状況に、岳人と忍足は気が気ではなかった。
「ありえねぇだろ。何であんなとこで寝れるんだよ?」
「同感やで。あないなところで寝てたら、流れ弾とか矢が当たってもおかしくないで。」
「どうする?」
「どうするって言われてもなあ・・・」
危険極まりないことをしているジローの様子を見ながらそんな会話をしていると、戦をし
ている中で放たれた矢が、ジローの方へ向かって飛んでいく。
『危ないっ!!』
二人がそう口にするのと同時に、眠っていたはずのジローは鞘から刀を抜き、自分へ向か
って飛んできた矢を弾いた。眠っていても自分に迫る危険は察知出来るようで、ジローは
軽々とそんなことをやってのける。
「すげぇ・・・寝てんだよな?ジローの奴。」
「そう見えるけどな・・・」
ジローの行動に驚きまくりの二人はただただ唖然とするばかり。すると、どこからともな
く樺地が現れる。そして、ひょいっとジローを抱えると、戦の影響を受けない場所へと移
動させた。
「あれ?樺地やん。」
「何でこんなところにいるんだ?」
「とりあえず、追いかけてみるか。」
「そうだな。」
ジローを抱えた樺地を見失わないようにしながら、二人は樺地を追いかけた。戦をしてい
た場所からだいぶ離れた森まで来たところで、樺地はジローを一本の木の下へと下ろす。
「やっと追いついたぜ。」
「ご苦労さん、樺地。」
岳人と忍足に気づき、樺地は黙ってぺこりと頭を下げる。樺地に運ばれ、全く違う場所へ
と移されても、起きる気配のないジローに、岳人と忍足は声をかける。
「おい、ジロー!!起きろ!!」
「んー・・・何ぃ・・・?」
「何やないで。自分どんだけ危ないとこで寝てんねん。」
「あれぇ?岳人に・・・忍足・・・?」
まだまだ寝ぼけ眼ではあるが、ジローは何とか目を覚ます。目の前に岳人と忍足がいると
いうことは認識出来ているが、二人の注意は全く耳に入っていなかった。
「おやすみ〜・・・」
「いやいや、おやすみじゃなくて!!」
「あないに危ないとこで寝たらアカンて言うてんねん!!」
完全に寝ぼけているジローに対し、岳人と忍足は盛大につっこむ。しかし、ジローはうと
うととしながら樺地の胸に寄りかかり、再び睡眠モードに入ってしまった。
「全くジローの奴。」
「樺地も大変やな。」
「ウス。」
忍足の言葉に樺地は素直に頷いてしまう。ジローを探したり、移動させたりするのはそれ
ほど大変ではないのだが、やはりあのような危ない場所で寝られるのは、心配で心配でた
まらないのだ。
「ところでさあ・・・」
「何や?」
「樺地って、いつもジローがあーいう危ない場所で寝てたら、危なくない場所に移動させ
てるじゃん?門番やってるお前が、どうしてジローが寝てる場所が分かるんだ?」
「あー、確かにそれは気になるなあ。何でなん?樺地。」
GPSも発信機もないこの時代に、遠く離れた場所で位置を把握することはほぼ不可能に
近い。しかし、樺地は何故かそれをやってのけているのだ。それが不思議でたまらず、岳
人と忍足は樺地にそんなことを尋ねた。どう答えようか考え、しばらく黙っていた樺地で
あったが、ゆっくりと口を開き、二人のその質問に答える。
「・・・・それは秘密です。」
『へっ・・・?』
珍しく樺地の口から『ウス』以外の言葉が聞けたと思ったら、まさかの秘密宣言で、岳人
と忍足はポカンとしてしまう。
「秘密て、そりゃまた気になる答えやな。」
「本当本当。超気になるぜ。」
「秘密です・・・」
気になるとその理由をさらに聞き出そうとする二人であったが、樺地はその秘密の内容は
答えてはくれなかった。
「秘密かぁ。ジローに聞いても分からないかなあ?」
「どやろなあ。起きてるときにでも聞いてみたらええんちゃう?」
「だな。」
樺地が教えてくれないならば、ジローに聞いてみようと岳人と忍足の二人はそんなことを
話す。
(秘密というか、自分でもよく分かってないんだよなぁ。ジローさんが寝てる場所は何と
なく分かるし、危ないところでだったら、胸がざわざわするし・・・。ジローさんに聞い
て分かるのかなあ・・・)
そんなことを考えながら、樺地は自分の胸に寄りかかって眠っているジローを見る。本当
に気持ちよさそうに寝ているなあと思いつつ、樺地は再びジローを抱え上げた。そして、
黙って氷帝城のある方へ向かって歩き出す。
「樺地も帰るみたいやし、俺らも帰らんとな。」
「そうだな。今回の任務はほぼ終わったし、帰ったら遊びに行こうぜ。」
「せやな。」
樺地の後を追うようにして、岳人と忍足も歩き始める。敵城の調査と戦を中止させるよう
に仕向ける任務は一応完了したということで、岳人と忍足は早速遊びに行く計画を立てる
のであった。
to be continued