幸いにも滝が心配していた道中で襲われるということはなく、滝と鳳は無事氷帝城に到着
する。今は樺地はジローを探しに外出中なので、代わりの門番の人に事情を説明すると、
二人はそのまま跡部のいる部屋まで通された。襖を開け、部屋の中へと入ると上座に跡部
と宍戸が座っていた。
「よぉ、久しぶりだな。南蛮のいい品でも入ったか?」
この二人がそろって氷帝城に来るときは、大抵は輸入品を持ってくるときなので、跡部は
そんなことを口にする。
「それもまあないこともないけど、港でちょっと気になる話を聞いてさ。」
「どこの城かは分からないんですけど、近々氷帝城に戦をしかけようとしている城がある
そうです。」
港で聞いた話を滝と鳳は真面目な顔で跡部に話す。しかし、跡部は驚いたような素振りも
見せず、落ち着き払った様子で言葉を返した。
「ああ、その件については知ってるぜ。今、忍足と向日が詳しい調査に行ってる。」
「少し前から怪しいと思う城は、俺が調べてたからな。」
跡部の言葉に宍戸も言葉を続ける。さすが跡部と宍戸と感心しながら、滝は緊張の糸を緩
めた。
「なんだ知ってたのか。」
「俺様が情報で遅れをとるなんてありえねぇからな。」
「さすが跡部さんですね。」
「ま、その情報を取ってきたのは俺だけど。」
跡部の護衛をしている宍戸は、その実力もなかなかのもので、岳人や忍足よりも情報を集
めてくることにかけては長けていた。変装して街中で話を聞いたり、時にはわざとその城
に捕まって情報を入手することもある。時と場合に応じて、効果的な方法で情報を集める
ことを宍戸は得意としていた。
「俺らは忍者じゃないから、宍戸の情報収集能力には敵わないもんなー。まあ、知ってて
対策打ってるならいいや。今日はそれを知らせに来ただけだから。」
「せっかく来たんだから、茶でも飲んでけよ。時間はあるんだろ?」
もう伝えることはないというニュアンスのことを口にする滝に、跡部はそんな誘いを持ち
かける。
「あ、それだったら、今日届いた南蛮のお菓子があるんでそれをお茶受けにどうですか?」
「お、いいな!!和菓子も好きだけど、南蛮のお菓子もうまいよな。」
「なら、他の部屋で食うか。せっかく南蛮の菓子を食べるんだ。南蛮っぽい雰囲気の部屋
で食べた方がいいだろ?」
「本当跡部の城って何でもあるよねー。」
港で聞いたことを知らせに来た二人であったが、手ぶらで行くのも何だということで、お
土産として鳳は今日の船で届いたお菓子を持ってきていた。お茶を飲むのと一緒にそれも
食べようと、四人は西洋風な部屋へと移動することになった。
西洋風な雰囲気に溢れた部屋へ移動すると、跡部は城の者に紅茶を入れさせる。レースの
テーブルクロスがかけられたテーブルに、装飾の施された椅子。お菓子を乗せる皿も紅茶
の入ったカップも全てが日本にはないようなものであった。
「本当南蛮っぽい部屋だね。」
「まあ、そういうふうに作らせたからな。」
「このお皿とかも持って来たお菓子を乗せるにはピッタリですもんね。」
洋風な皿の上には、鳳が持って来たチョコレートケーキが乗っていた。そんな鳳のお土産
に一番興味を持っていたのは宍戸であった。
「なあなあ、これもう食べていいのか?何かすっげぇうまそうなんだけど。」
「ああ、いいぜ。それじゃ食べるか。」
「そうだね。」
早く食べたいという宍戸の言葉を受けて、四人はお茶を飲み、ケーキを食べ始める。物を
食べるときは、手袋を外さないとということで、宍戸は黒い手袋を外して、テーブルに置
いた。今まで手袋で隠れていたため気づかなかったが、宍戸の手首には無数の縄の跡がつ
いていた。
「宍戸さん、その手首どうしたんですか?」
「へっ?手首?」
「敵の城に捕まった時にでもついたの?」
鳳と滝にそうつっこまれ、宍戸は自分の手首に目を落とす。そこには確かにくっきりと縄
の跡がついていた。
「ああ、これは違うぜ。他の城の奴が縛ったくらいじゃこんな跡つかねぇよ。すぐ解ける
しな。」
「それじゃあ、何で?」
それならば何故そんなにくっきりと跡が残っているのかと、滝と鳳は顔を見合わせ、首を
傾げる。そんな二人の疑問に、フォークでケーキを突き刺し、それを口に運びながら、宍
戸はさらっと答えた。
「縄抜けの練習の時についたんだと思うぜ。」
『縄抜けの練習??』
「ああ。やっぱ、敵城に捕まったら、縛られるだろ?けど、縄抜けが出来りゃ簡単に逃げ
られるからな。」
「それにしてもすごい跡じゃない?そんなにきつく縛ってるの?」
「きつくっつーか、複雑にって感じだと思うぜ。な、跡部。」
「そうだな。」
宍戸が跡部に話を振るので、滝はこんな跡がつくほどきつく縛っているのは跡部だという
ことに気づく。
「その跡つけたのは、跡部ってこと?」
「おう。跡部の縛り方は普通とは違うから、縄抜けのすげぇいい練習になるんだよな。」
「それって、跡部の趣味じゃない。」
ただの縄抜けの練習をさせるだけであれば、そこまで複雑に普通とは違う縛り方で縛る必
要はない。跡部ならそういう趣味を持っていても全然おかしくはないと、滝はそうつっこ
んだ。
「そりゃ聞き捨てならねぇな。」
滝にそう言われ、跡部は反論するような言葉を口にする。そして、どこからともなく縄を
取り出し、実践してやると言い出した。
「ちゃんと縄抜けの練習をさせてるんだってこと、証明してやるよ。」
「今、ここでやって見せてくれるってこと?」
「ああ。」
そう頷くと跡部は、宍戸の手首をあっと言う間に縛り上げる。わざと緩く結んでないかを
滝と鳳は確かめてみたが、どう考えても縛られている宍戸自身が外せるとは思えないほど、
きつく結ばれていた。
「跡部、やっていいか?」
「ああ、こいつらに見せてやれ。」
「よっと。」
パサ・・・
『!!??』
絶対に無理だと思った縄を宍戸はいとも簡単に外してしまう。まるで手品のようなその光
景に滝と鳳は言葉を失う。
「すごいです!!どうやったんですか!?」
「それは秘密だぜ。」
「ありえない!タネとかがあるんじゃないの?」
「だったら試しに同じように縛ってやろうか?」
滝が疑っているので、跡部は宍戸を縛ったのと同じように滝の手首も結んでやる。少し動
かそうとするだけでも、縄が擦れて痛みが走る。こんな状況から縄抜けをするなんて本当
にありえないと滝はただただ驚くしかなかった。
「こんなの無理だよ。痛い。解いて。」
「ちゃんと縄抜けの練習してるっての、信じる気になったか?」
「信じる信じる。ホンットありえないけどね!!」
しゅるりと縄を解いてやると、跡部は嘘じゃなかっただろと笑う。これなら、宍戸の手首
にあれだけの跡がつくのも分かると滝は身を持って知った。何事もなかったかのようにチ
ョコレートケーキを食べている宍戸を眺めながら、跡部は何気なく呟く。
「でも、まあ、縄で拘束されてる宍戸に萌えるってのも確かだけどな。」
「ぶっ・・・」
いきなり無茶苦茶なことを言い出す跡部に、宍戸は思わずむせてしまう。ゲホゲホと咳き
込んだ後、宍戸は真っ赤になって跡部を怒鳴る。
「な、何言ってんだよ!!」
「そんなに顔真っ赤にして。忍者は思ってることを素直に顔に出すのはマズイんじゃねぇ
の?」
「ウルセー!!」
思った以上に宍戸が大きな反応を示してくれるので、跡部はからかうような口調でそんな
ことを言う。滝や鳳もいるのにそういうことを言うなと宍戸はぎゃあぎゃあ跡部に文句を
言った。
「跡部やっぱりそうなんじゃん。」
「ですね。」
そんなやりとりをする二人を見ながら、滝と鳳は苦笑する。言い争いをしているようにも
見えるが、傍から見るとそれ以上にイチャイチャしているようにも見えていた。と、騒い
でいる宍戸の体がテーブルにぶつかり、鳳の前にあるカップが倒れた。
『あっ!!』
「熱っ・・・」
そのカップの中には、まだ熱々の紅茶が入っていた。運悪く鳳が座っている側に倒れてし
まったので、こぼれた紅茶が鳳の袴にかかってしまった。反射的に立ち上がった鳳だが、
そんな鳳を押し倒すくらいの勢いで、滝は鳳を座らせる。
「早く脱がないと火傷しちゃうよ。」
触れそうなほど顔を近づけ、滝は鳳の袴の紐に手をかける。そんな状況に、熱い紅茶がか
かっているのを忘れてしまうくらい、鳳の胸はひどく高鳴る。
「あ、あの・・・滝さんっ・・・・」
「ほら、早く脱いで。」
ドギマギして自分で脱ぐことが出来なくなっている鳳の代わりに、滝は紅茶で濡れた袴を
脱がす。そんな素早い滝の行動のおかげで、鳳は特に火傷などはしていなかった。
「大丈夫?長太郎。火傷とかしてない?」
「は、はい。大丈夫です。」
「そっか。それならよかった。」
特にケガがなくてよかったと、滝はニコっと笑いながらそんなことを言う。いきなり滝に
袴を脱がされるという状況と、下には褌しかつけていないという状況に、鳳は顔を真っ赤
に染めていた。
「跡部、長太郎が穿けるような袴ある?」
「ああ、あると思うぜ。今、持ってこさせるからちょっと待ってろ。」
そのままでいさせるのはさすがに可哀想だろうと、滝は跡部に頼み、代わりの袴を持って
きてもらう。城の者の持って来た袴を穿くと、鳳はもともと座っていた場所に座り直した。
「わ、悪い、長太郎。」
「いえ、本当に大丈夫なんで気にしないで下さい。」
すまなそうに謝る宍戸に、鳳は笑顔で返す。反省モードの宍戸に滝は冗談じみた口調で、
言葉をかけた。
「もう、跡部とイチャイチャするのは勝手だけど、人に迷惑かけないでよね。」
「べ、別にイチャイチャなんかしてねぇ!!」
「とにかく鳳や滝に迷惑かけたことには変わりねぇんだから、今日はお仕置きだな。」
「うぅ・・・」
滝や跡部に文句を言いたいのは山々だが、鳳に迷惑をかけたのは確かなので、そんなに大
きく反論は出来ない。お仕置きと言われて若干へこむ宍戸だが、自分が招いたことなので、
仕方ないと諦めた。
(口ではああ言っちゃったけど、正直宍戸には感謝だな。あんなに可愛い長太郎が見れた
んだから。)
鳳の褌姿と恥ずかしがって顔を赤く染めている様子が見られたのはかなりおいしかったと、
滝は心の中で宍戸グッジョブと思っていた。あむあむと自分の皿に残っているケーキを食
べながら溜め息をついている宍戸とは対照的に、滝はニヤニヤと顔を緩ませる。
「随分と機嫌よさそうじゃねぇか、滝。」
「そう?跡部だって、何かご機嫌じゃない。」
「そんなことねぇよ。」
「お仕置きが楽しみなんでしょ?隠してるつもりでも顔に出てるよ。」
思考が似ている跡部と滝は、楽しげな様子でそんなことを話す。それぞれ好きな相手の可
愛らしい姿が見れるということでかなり機嫌がよくなっているのだ。さすがに宍戸や鳳に
そんな話は聞かせられないので、お互いに聞こえるくらいの小声で二人は話をした。そん
ななかなかに楽しい雰囲気のお茶会が終わると、滝と鳳は帰る準備をする。
「南蛮の菓子うまかったぜ。な、宍戸。」
「おう!すっげぇうまかった!!」
「それはよかったです。また、何かよさげな物があったら持ってきますね。」
「さてと、そろそろ帰ろうか長太郎。」
「はい。それじゃあまた。」
「また、いつでも遊びに来いよ。」
「うん、それじゃあね。」
「じゃあな。」
帰ろうとする滝と鳳を跡部と宍戸は笑顔で見送る。ちょっとしたゴタゴタはあったが、お
腹いっぱいになり、四人の気分はかなりいい感じであった。滝と鳳の二人を見送った後、
跡部は宍戸の肩にポンと手を置く。
「忍足達が帰ってきたら、ちょっと出かけるか。」
「へ?」
「久しぶりに外出するのも悪くねぇだろ?」
「お、おう。」
いきなりの誘いに少々戸惑う宍戸であったが、外出すること自体は全く嫌ではない。たま
には跡部と外出デートも悪くはないと、宍戸は誘いに乗った後、小さく口元を緩ませた。
to be continued