そろそろ夏本番に近づくという頃、跡部はついこの間終わったばかりのテストを返してい
た。今回のテストはいつもより若干難しめに作ったつもりだったが、このクラスでただ一
人、他の生徒を引き離し、ダントツでよい点数を取った生徒がいた。
「次、宍戸。」
「はい。」
教壇の前まで宍戸がテストを取りに来ると、跡部はふっと意味ありげな笑みを浮かべる。
「な、何だよ?そんなに悪かったのか?」
馬鹿にして笑われているのだと思い、宍戸は不安気な表情でおずおずと手を伸ばす。テス
ト用紙を貰い、ドキドキしながら点数を確認する。その点数を見て、宍戸の顔は驚きつつ
も嬉しそうな笑顔になった。
「やるじゃねぇか。今回のテストはちょっとひねって作ったつもりだったんだがな。ダン
トツでトップだぜ。」
宍戸のテストに赤ペンで書かれていた数字は『97』。他の者はそれほどよくなく、平均
点は50点強程度であった。そんなテストで、これだけの点数が取れれば、褒められるの
は当然である。嬉しそうに笑う宍戸の頭を跡部はぐりぐりと撫でてやった。
「よくやったな。間違えたとこはちゃんと見直しとけよ?特に最後の方の問題とかな。」
解答用紙の最後の方の問題はほぼ全問正解で、バツなどついていない。何を跡部は言って
いるんだろうと思っていると、最後の問題の下の空白に小さな文字で何かが書かれていた。
(あれ?)
そこには『褒美をやるから、放課後社会科準備室に来い。』の文字。これを伝えたかった
のかと、宍戸は納得した。
「了解!今度は絶対100点取ってやるからな!!」
「ああ、楽しみにしてるぜ。頑張れよ。」
表向きはそんなことを言っているが、本当に伝えたいことはもちろん放課後のことだ。何
ごともなかったかのように宍戸は席に戻り、跡部は他の生徒のテストを返し始めた。
ところ変わってここは、3−Bの教室。この教室では、忍足が理科のテストを返却してい
た。
「はい、次、岳人。」
「はーい!なあなあ、侑士、今回のテストどうだった?」
「侑士先生やろ。まあ、今回は化学分野やったからな。よく出来てたで。」
他の生徒の前では、呼び捨てにするなと注意しつつ、忍足は岳人のテストを返却する。岳
人は化学は他の科目に比べて、際立ってよく出来るので、今回のテストは今までにないほ
どよい点数だった。
「100点じゃん!!さっすが、俺。やるー。」
「メッチャ自画自賛やな。でも、100点なんてそうそう取れるもんでもないし、すごい
で。」
「だよな、だよな!!」
「ほら、他の子のも返さなアカンから早く席に戻り。」
「へーい。」
得意科目であっても、100点などそう滅多に取ることがないので、岳人はご機嫌な様子
で自分の席に戻る。忍足が全てのテストを返し終わるのを見計らって、岳人はノートの切
れ端を丸めて忍足に向かって投げた。忍足にあたりはしなかったものの、それは教壇の上
に乗る。
「こら、岳人。悪戯したらアカンで。」
「悪戯じゃねぇもん。」
「じゃあ、何や?」
「意思伝達?みたいな。」
意味が分からないと、忍足は投げられた紙のボールを広げてみる。そこには、小さな文字
で何かが書かれていた。
(『今日も化学室に実験しに行くからな!』・・・岳人の奴。ホンマにしょうがないなあ。
こんなん授業終わった後に直接言えばええのに。)
「何も書いてないやん。やっぱり悪戯やんか。後できちんと叱ってやるから化学室来ぃ。」
「あはは、怒られちった。ゴメーン、侑士。」
「だから、侑士先生やろ。」
わざと不機嫌な様子で忍足はそんなことを言う。こんなこと言っておけば、岳人が化学室
へやってきたとしても何の不思議もない。傍から見れば、別に普通にありえそうなやりと
りも、二人にとってはお互いの本当の言いたいことを含んだしっかりした意思伝達になっ
ている。
「それじゃ、今日の授業始めるで。」
最後の確認ということで忍足は岳人に目で合図する。もちろん分かっているという意味を
込めて、岳人は忍足に向けてウインクをした。
それからしばらく時間が経って、今は帰りのHRの時間だ。HRと言っても軽く連絡事項
を確認するだけなので、それほど時間はかからない。
「それでは、今日はこれにて終了です。号令。」
「起立、気をつけ、礼!」
2−Cの教室では、ちょうど帰りのHRが終わったところだ。
「さてと、早く図書室に行かないとな。」
今日は図書委員の当番の日なので、鳳はテキパキと準備をして教室を出る。図書館に向か
おうと廊下を歩いていると、教室から出てきた日吉とぶつかりそうになった。
『わっ!』
「何だよ、鳳か。気をつけて歩けよな。」
「ご、ごめん。」
「そうだ。お前、今日図書室の当番だろ?これ、返しておいてくれよ。」
ちょうどよかったと日吉は何冊かの本を鳳に渡す。これから部活なので、わざわざ図書室
にまで返しに行くのは面倒だと思っていたところだった。そんなときにたまたま鳳と会っ
たのだ。これはもう預けるしかない。
「うん、分かった。・・・日吉、相変わらずだね。」
日吉から受け取った本を見て、鳳は苦笑い。渡された本はどれも怪談かホラー小説ばかり
であった。
「どれも面白かったぜ。特に一番上のとかは、描写がなかなかリアルでいい感じに雰囲気
が出てたな。鳳も読んでみろよ。」
「あ、あはは、俺はこういうの苦手だから。遠慮しとくよ。」
「じゃあ、俺、もう部活行かなきゃいけないから。本の返却は任せたぜ。」
「うん。」
鳳がそういう系の話が苦手だということは百も承知だった。そのため、日吉はそれ以上話
を発展させることなく、部活へと急ぐ。そんな日吉を見送った後、ちょっと荷物が増えて
しまったなあと思いつつ、鳳は再び歩き出した。と、その時、2−Aの教室から仁王が出
てくる。
「おっと。」
「わっ・・・」
「スマンのう鳳。鳳のクラスはもうHR終わったんか?」
「はい。終わってますよ。」
「じゃあ、柳生はもう職員室か。今日は一緒に買い物する約束しとるから、早く行かんと
いけんな。」
「へぇ、何買いに行くんですか?」
「知りたいか?」
「はい。」
意味深に仁王が笑うので、鳳はより興味をそそられる。ニヤニヤと笑いながら、仁王はし
ばらく黙っている。
「仁王先生?」
「やっぱり秘密じゃ。鳳にはまだ早い。」
「へ?どういうことですか?」
「それは大人にならんと分からんなあ。ま、そういうことじゃ。」
思ってもみない答えに鳳がドギマギしていると、仁王の頭がペシンと教科書で叩かれる。
いつの間にか仁王の後ろには柳生が立っていた。
「どうしてそういう誤解を与えるような言い方するんですか、仁王くん。」
「痛ったー。教科書で叩くのはよくないぜよ。」
「柳生先生。」
「変な誤解しないでくださいよ、鳳くん。そろそろ夏も本番になるので、新しい夏服を買
いに行こうと思っているだけですよ。」
「そうなんですか?」
「もちろんです。仁王くんの言うことを間に受けちゃダメですからね。ほら、早く職員室
に戻りますよ。」
「分かったって。じゃあな、鳳。」
「はい、さようなら。」
半ば強制的に連れていかれる感じで、仁王は柳生の後を追う。仲がいいなあと微笑ましく
思いながら二人を眺めていると、鳳はふと自分がどこに行かなければならないか思い出す。
「やばっ、早く図書室行かなくちゃ!!」
思ったよりも時間を食ってしまったと、慌てた様子で鳳は図書室に向かって駆け出した。
ちょうど時を同じくして、ここは3−Cの教室。このクラスでももうHRは終わっている
ので、教室内にいる生徒は次々に教室から出て行っている。そんな中、全く帰り支度もせ
ず机の上に突っ伏している者が一人。そうジローである。
「ZZzzz・・・」
「芥川くん、もう帰りのHR終わりましたよ。起きなさい。」
「んんー・・・」
「ほっとけよ、永四郎。そいつ、そっとやちょっとじゃ起きんって。」
「そうだぜ。時間の無駄無駄。」
「君達はそう言いますけどね、俺には委員長の責任が・・・」
木手がそんなことを喋っている途中で、突然樺地がぬっと現れる。あまりにも突然のこと
だったので、甲斐と平古場は思いっきり驚いた。
『うわあっ!!』
「ウス。」
ぺこりと頭を下げると、樺地はジローの帰り支度をし、眠ったままジローをどこかへ連れ
てゆく。その間樺地は一言も喋らないので、そこにいた三人はただ黙ってその光景を眺め
ていることしか出来なかった。樺地がジローを抱えて教室を出ようとしたその時、ジロー
がやっと目を覚ます。
「んー、あれ?って、うわっ!!何か俺、浮いてるし!!」
「起きましたか、ジローさん。」
「あー、樺地!!また、俺寝てた?」
「ウス。」
「いつもゴメンな。あっ、帰りの支度もしてくれたんだ。サンキュー!」
「いえ。これから部活・・・行きますよね?」
「おう!もちろん行く行く!!樺地今日は美術部来てくれんの?」
「ウス。」
「そっかあ、じゃあ、今日は頑張って起きてよーっと。」
起きたにも関わらずジローは樺地の腕から下りようとしない。そして、樺地にもそのこと
に対して何もつっこまない。それを見ていた木手、甲斐、平古場はいろいろつっこみたく
てしょうがなかった。
「何だ・・・あいつら。」
「もうつっこみどころが多すぎて、どこからつっこんでいいのかわっかんねー。」
「とりあえず、俺達も帰る支度しましょうか。」
『そうだな。』
教室から出て行ってしまった二人のことをこれ以上気にかけても仕方がないと、三人はの
んびり帰り支度をする。教科書やノートを鞄にしまい終えると、三人はそろって教室を出
ようとした。
「あっ。」
「どうしたの、永四郎?」
廊下に出た瞬間、木手が何かに気付いて立ち止まる。
「来週の月曜日の体育って、水泳でしたよね?」
「確かそうだったと思うけど。」
「黒羽先生に更衣室のチェックを頼まれてたんですよ。うちのクラスが水泳の授業は一番
始めらしくて。」
「へぇ、じゃあ、今からでも行った方がいーんじゃない?」
「当然行ってきますよ。二人はもう帰るんですよね。」
「まあ、特にすることもないしな。な、凛。」
「ああ。」
「寄り道しないで、まっすぐ帰りなさいよ。」
「わぁーってるって。じゃ、行こうぜ、裕次郎。」
「そうだな。じゃあな、木手。頑張れよー。」
ひらひらと木手に手を振ると、甲斐と平古場は昇降口に向かって歩き出す。木手はとりあ
えず黒羽のところに行かないとということで、職員室へと向かった。ある程度、歩いたと
ころで、甲斐と平古場は再び話し始める。
「永四郎はあー言ってたけど、寄り道はしなきゃだよな。」
「当然。今日はどこ行く?」
「んー、ゲーセンとかは?最近、行ってないし。」
「ゲーセンか。いいんじゃねぇ?」
「じゃ、決まりだな。」
今日はゲームセンターで遊ぼうというようなことを話しながら、二人は外履きに履きかえ
る。学校を出ると、二人は駅の周りの中心街に向かって歩き出した。
to be continued