放課後になり、宍戸は約束通り社会科準備室に向かう。ドアの前にかかっている札には、
『不在』と書かれていた。
「あれ?まだ跡部職員室なのかな?」
コンコンとドアをノックするが、返事はない。やはりまだ職員室から帰ってきてないのだ
ろうと思い、宍戸はその場で待ってようとドアに寄りかかって座った。すると、突然携帯
電話がブルブルと震えだした。
「わっ・・・誰だ?」
ポケットから携帯電話を取り出すと、宍戸はパカッとそれを開く。画面を見ると、一通の
メールが届いていた。
「メールか。」
早速その内容を確認してみると、送り主は跡部であった。内容としては、もう少し時間が
かかりそうだから中に入って待ってろとのこと。それならと、宍戸は廊下で待つのをやめ、
社会科準備室の中に入った。
「うーん、何度来ても、準備室って感じしねぇよなあ、ここ。」
跡部が使っている社会科準備室は、完全に跡部仕様になっており、とても教科の準備室と
は思えないような様相である。それほど広くはないのだが、ソファが置かれていたり、最
新型のパソコンが置かれていたりし、本棚には社会科に関する本がぎっしり並んでいる。
パッと見ただけでは、個人の部屋と見分けがつかないほどである。
「とりあえず、座って待ってるか。」
特にすることもないので、宍戸は準備室の真ん中あたりに置かれているソファに腰かけた。
跡部のものということもあり、そのソファの座り心地は最高で非常にリラックス出来る。
あまりの気持ちよさに宍戸は思わずそのソファに横になってしまった。
「ふあ〜、何か・・・眠くなってきちまった。」
そんな座り心地のよいソファで横になれば、眠気が襲ってくるのは当然のことである。ま
だ跡部は来ないだろうと、宍戸はほんの少しの間だけと目を閉じる。しかし、目を閉じた
ら最後、宍戸はそのまま夢の中に落ちていった。
「随分待たせちまったな。」
職員室での仕事を終えた跡部は、慌てた様子で社会科準備室へと向かう。時計を見てみる
と、既に宍戸にメールを送ってから30分は経っている。もう待ちくたびれているだろう
と思いながら、跡部は社会科準備室のドアを開けた。
「悪い。待たせたな。」
入ってそうそう宍戸に声をかけるが返事はない。あまりにも遅くなりすぎたから帰ってし
まったのかと、溜め息をついて歩みを進めると、ソファのところに誰かがいるのが目に入
る。
「ん?」
宍戸であろうかと近づきそのことを確認する。見ると、宍戸が気持ちよさそうな寝息を立
て、ぐっすりと眠り込んでいた。
「フッ、ジローみてぇだな。」
宍戸が待っていてくれたことに安心した跡部は思わず笑みをこぼす。足音を立てないよう
に静かに近づいて行って、眠っている宍戸の頬に優しく手を触れる。
「んん・・・」
「宍戸。」
一つ声をかけるが、宍戸は起きない。
「宍戸。」
もう一度声をかけるが、やはり起きる気配はない。ここはお決まりのやり方で起こしてや
らないとということで、跡部は眠っている宍戸の唇にゆっくりキスをした。
「んー・・・」
ちゅっと音を立てて唇を離すと、何かを感じ取ったのか宍戸は目を開ける。目の前には、
跡部の顔。すぐには状況が掴めず、しばらくぼーっとしていた宍戸だったが、今自分がど
こに居て、何をしていたかを思い出すと、がばっと体を起こした。
「あ、跡部っ!」
「よく眠ってたな。でも、よかったぜ。だいぶ待たせちまったからな。」
「い、今・・・俺にキス、したよな?」
「ああ、したぜ。眠り姫みたいにぐっすり眠り込んで、なかなか起きなかったからな。」
それを聞いて、宍戸の顔はゆでだこのように真っ赤に染まる。今更そこまで照れることも
ないだろうと思いつつ、そんな反応を見せる宍戸が可愛いと、跡部は顔を緩ませる。
「なーに、そんなに赤くなってんだよ?」
「だって・・・」
「本当、テメェは可愛いよな。」
「う〜。」
こんなことで何も言えなくなるところは、やはりまだまだ子供っぽいなあと跡部は思う。
もっとからかってやりたいが、あまりからかいすぎると機嫌を損ねてしまう。それは困る
ので、跡部はすくっと立ち上がり、お茶を淹れに行く。
「待たせちまったお詫びだ。昼の残りだが、ケーキ食うか?」
ケーキと聞いて、宍戸はピクッと反応する。
「何ケーキ?」
「チーズケーキとイチゴタルトがあるぜ。」
「じゃあ、チーズケーキ。」
宍戸は素直に自分が食べたい方のケーキを答えた。準備室内にある小さな食器棚から皿と
フォークを出し、冷蔵庫に入っていたケーキを皿の上に乗せ、跡部は宍戸にそれを差し出
した。
「今、茶も淹れてやるからちょっと待ってろ。」
「おう。ありがと。」
テキパキとポットやカップを用意し、跡部は紅茶を淹れる。二つのカップをソファの前に
あるテーブルに置くと、自分も宍戸の隣に座った。
「跡部はケーキ食わねぇの?」
チーズケーキを口に運びながら宍戸は尋ねる。
「俺は昼にデザートとして食ったからな。今は別にいらねぇ。」
「ふーん。そっか。」
「何だったら、イチゴタルトも食っていいぜ。」
「マジで!?」
二つもケーキが食べれるとは何てラッキーなんだと思いながら、宍戸はイチゴタルトもも
らう。そこまで顔にも口にも出していないが、跡部からもらったケーキは普段食べるよう
なケーキとは比べ物にならないほど美味しく、宍戸の舌を非常に満足させていた。
「はー、美味かった。」
「満足か?」
「おう!」
「そりゃよかったな。」
「これがテストのご褒美か?」
口を拭きながら宍戸は首を傾げて、跡部にそんなことを尋ねる。こんなに美味しいケーキ
を二つも食べれたということは、宍戸にとっては十分すぎるほどのご褒美だった。
「いや、ケーキは待たせちまったお詫びだ。さっきも言っただろ?」
「そうだっけ?んじゃ、テストのご褒美は他にあるってことか?」
「そういうことだ。」
まだ何かをもらえるのかと、宍戸は期待に胸を躍らせ、目をキラキラさせる。
「ちょっと待ってろよな。」
そう言って、跡部は作業机の方へと歩いてゆく。机の引き出しを開け、何かをその中から
取り出した。どんなものがもらえるのか、宍戸はわくわくしながら跡部が戻ってくるのを
待つ。
「ほらよ。この間、ヨーロッパ行った時になかなかいい雑貨屋があってな。そこで買った
もんだ。」
「何々?」
興味津々とばかりに手を伸ばしながら、宍戸は跡部からそれを受け取る。
「なかなか綺麗だろ。テメェに似合いそうだと思って一応買っといたんだ。」
「うわあ・・・」
手のひらに置かれたそれを見て、宍戸は目を輝かせながら感嘆の声を上げる。宍戸の手の
上に置かれているもの。それは、赤と紫の加工されたガラス玉で出来たブレスレットであ
った。宝石とも違い、ただのガラス玉とも違う。他に例えられるものがないような光沢を
放ったそれは、宍戸の心を鷲掴みにした。
「すげぇ・・・激綺麗。」
「そうそう手に入るもんじゃないぜ。土産としてパッと渡してもよかったんだけどよ、何
かの褒美としてあげるのもありかと思ってしまっておいたんだ。」
「マジでこんな綺麗なもん、もらっちまっていいの?」
「いいに決まってんだろ。テメェのために買ったようなもんだし、俺様の社会のテストで
あんなにイイ点取ったんだ。もらっちゃいけねぇ要素なんて何もないぜ。」
もらったブレスレットに目を奪われながら、宍戸は嬉しそうに笑う。そんな宍戸の顔を見
て、跡部も満足気に微笑んだ。
「なあなあ、コレ、つけてみてもいいか?」
「ああ、もちろんだぜ。何だったらつけてやろうか?」
「おう!」
ブレスレットを跡部に渡し、宍戸は手首を跡部の前に差し出す。カチャっと金具をはめる
と、跡部は軽く宍戸の手にキスをして笑って見せた。
「なっ・・・」
「似合ってるぜ。やっぱ、俺の目に狂いはなかったな。」
「何でそういうことすんだよ・・・」
「何がだ?」
「キスとか・・・そういうことだよ。」
「嫌なのか?」
「べ、別に嫌じゃねぇけど・・・照れるっつーか、恥ずかしい・・・」
手にキスをされただけでも、宍戸は真っ赤になって恥ずかしがるような反応を見せる。跡
部にとっては、ブレスレットのガラス玉よりも宍戸の顔の赤さの方がよっぽど心惹かれる
ものであった。ブレスレットのついている手首を掴み、跡部は空いている方の腕で宍戸の
身体を抱き寄せる。
「わっ・・・!」
跡部の腕に包まれ、宍戸はあまりのドキドキ感に固まってしまう。しばらく何も言えずに
黙っていると、跡部の唇が耳に触れた。
「・・・っ!」
「宍戸。」
「あ、跡部・・・そんなに耳元で喋んな。」
跡部が喋るたびにその吐息が耳に触れ、くすぐったいような何とも言えない感覚が走る。
その感覚から何とか逃れようと、宍戸は身をよじろうとするが、跡部が思ったより強い力
で抱き締めてきているので、それは叶わない。
「宍戸、今日はこの後、何か用あるのか?」
「べ、別にねぇけど・・・」
「だったら家に電話して、俺と一緒にいるから帰るの少し遅くなるって連絡しとけ。それ
なら下校時間過ぎちまっても問題ねぇだろ?」
「えっ・・・それって・・・」
耳元で囁かれるような形でそんなことを言われ、宍戸の鼓動はだんだんと速くなってゆく。
跡部が何をしたがっているのか、ハッキリとではないが何となく分かる。ふと気づくとい
つの間にか跡部は宍戸の携帯電話を手に持っており、カチャカチャと何か操作をしていた。
「あっ、何してんだよ!」
「かかってるぜ。テメェの家に。」
「えっ!」
無理やり携帯電話を耳に押し当てられ、電話をさせられる。何を言えばいいのか、ドギマ
ギしながら呼び出し音を聞いていると、カチャと電話を取る音がして、母親の声が聞こえ
た。
『はい、宍戸です。』
「も、もしもし、母ちゃん?」
『あら、亮。どうしたの?』
「今な、跡部先生に勉強教えてもらってて、帰るのちょっと遅くなりそうなんだ。」
『そうなの?まあ、勉強教えてもらってるなら仕方ないわね。あんまり迷惑かけちゃダメ
よ。』
「分かってる。じゃ、そういうことだから。遅くなっても心配とかすんなよ。」
『分かったわ。それじゃ、しっかり勉強してきなさいね。』
「お、おう。じゃあな。」
宍戸が電話を終えたのを確認すると、跡部は電話を切る。緊張が解けたのか、宍戸は大き
く息を吐いて、跡部の肩に頭を押し付ける。
「テメェにしては、よく考えた理由だな。」
「だって、そう言うしかねぇじゃん。」
「でも、これで、問題なく勉強出来るな。」
「えっ?本当に勉強すんの?」
「ああ。まあ、社会科ではねぇけどな。」
「どういう意・・・・」
宍戸が顔を上げたのを見計らって、跡部は言葉を紡ごうとする唇にキスをする。しかも、
それは先程したような軽いキスではなく、恋人同士がするような深くお互いの味をじっく
り味わうようなキスである。
「ふぁっ・・・ぅん・・・」
そんなキスを突然され、宍戸は抵抗するのも忘れてしまう。しばらくされるがままになっ
ていると、次第に身体が熱くなり胸の奥がきゅんとしてくる。
「ん・・・はぁ・・・」
「あえて教科にするんだったら、黒羽が教室で教えてるような教科だろうな。」
唇を離すと跡部はそんなことを言う。
「黒羽先生が・・・?」
黒羽は体育の教師である。そんな黒羽が教室で教える教科。少し考えると、それが何か、
宍戸はすぐに気づいた。
「保健体育・・・?」
「正解だ。教室では教えてくれないようなこと、俺様がここで存分に教えてやるよ。」
ここまで言われれば、自分が跡部に何をされるかは完璧に想像がつく。もちろんある程度
の恐怖はあったが、宍戸はそれ以上に好奇心と期待感に支配されていた。
「他の奴らにバレたりしねぇ・・・?ここ、学校だし。」
「それなら問題ねぇ。ドアは鍵閉めちまったし、この学校、どこの教室でも防音壁になっ
てるからな。」
「へぇ、そうなんだ。ならきっとバレねぇよな?」
「ああ、そこは大丈夫だと思うぜ。」
「だったら・・・・」
教えてもらってもいいと、宍戸は肯定的な反応を見せる。ここまで同意してもらえるとは
思っていなかったので、跡部は多少驚いたが、それなら何の問題もない。
「じゃあ、特別授業を始めるぜ、宍戸。」
「お、おう。」
ニヤリと妖しげな笑みを浮かべながら、跡部はそんなことを言う。その言葉を合図に教室
よりはいくらか狭い教室で、特別授業が始まった。
to be continued
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