Snug Days ― 化学室� 棆板躄兵� ―

放課後になると、岳人は忍足と一緒に化学室へと向かう。今日もやりたい実験が出来ると
うきうきした様子で、岳人は廊下を歩いていた。
「今日は部活ないんか?」
「うん。今日は休み。まあ、たとえ部活があったとしても今日はこっちに来てたけどな。」
「ダメやで。部活サボったら。」
「だって、すっげぇ面白いもんの作り方見つけちまったんだもん。これは試してみないと
損だぜ。」
どんなものの作り方を見つけたのか、ちょっとばかり不安になりながら忍足は苦笑する。
化学室の前まで来ると、忍足は鍵を開け、岳人と一緒に中に入った。
「あっ、侑士。実験してる間は鍵かけといてな。邪魔されたくないから。」
「はいはい。」
こんなことを言われるのは日常茶飯事なので、忍足は岳人に言われた通り、内側から鍵を
かける。これでこの教室には岳人と忍足の二人だけがいることになり、後から誰かが入っ
てくるということはなくなった。
「実験器具は使ったらちゃんと洗って戻しとくんやで。」
「分かってるって。」
「あと、薬品使うんやったら、注意事項は守ってな。」
「そこは侑士より詳しいから大丈夫。それに今日はそんな危ない薬品は使わねぇし。」
そんな会話をしながら、岳人は実験に使う器具や薬品(持参)を用意し、忍足は準備室か
らたくさんのプリントが入った封筒と筆記用具を持ってきた。
「ん?何それ、侑士。」
「あー、まだC組のテストの採点が終わってなくてな。岳人が実験してる間にちゃっちゃ
と採点してまおうと思て。」
「C組っつーと、ジローのクラスだよな。」
「せやな。おっ、早速ジローのテストやで。まあ、出席番号が1番やから当然やけど。」
ジローのテストを採点し始めると、忍足はしばらくそっちに集中する。岳人も実験の用意
が終わったようで、早速実験を開始する。用意してきたものの分量を確認しながら、試験
管の中に移し、熱しなければならないものはガスバーナーなどを使って熱した。その表情
は真剣そのものだ。赤ペンを走らせる合間に、忍足はそんな岳人の様子をチラっと見る。
(いつもは子供っぽいことばっか言っとるけど、実験してるときだけは、妙に大人っぽく
見えるんだよなぁ。普通の授業やったら、あんな顔せぇへんのに。)
思わず岳人の顔に見入ってしまい、忍足はペンを動かすのを止める。そんなことにも気づ
かないほど、岳人は実験に集中していた。
「次はこれをこっちに移して・・・おっ、色が変わった。よし、で、次が・・・」
そんな実験をしているのか分からないが、あまりに岳人が夢中になってしているので、忍
足も何だかわくわくしてくる。早く実験結果が聞きたいなあと思いつつ、忍足は再びテス
トの採点に意識を向けた。

それから、20分ほどして岳人の実験は終わった。忍足もちょうどテストの採点を終えた
ところであった。
「よっし、完成!!」
「俺もちょうど採点終わったとこやで。」
「今日の実験、超完璧!大成功!!」
「へぇ、どんな実験してたん?」
「へへへ、それはまだ秘密だぜ。もう少し経ったら教えてやるよ。この後は侑士にも協力
してもらわなきゃだしな。」
「協力?どういう意味やねん。」
「とりあえず、少し冷まさなきゃなんねぇからそれはもう少し後で。」
「気になるなあ。」
まだ何か試さなくてはならないことがあるらしいが、今は出来ないらしい。それが何かを
気にしつつ、忍足は岳人が使った実験器具の片付けを手伝う。片付けが終わり、一息つこ
うと思ったところで、どこからかよい香りがしてくる。
「何かいい匂いするぜ、侑士。」
「ホンマやな。・・・カレーの匂いか?」
「あー、確かにそうかも。でも、何でこんな時間にカレーの匂いがすんだ?調理実習とか
もないだろうし。」
「ちょっと確認しに行ってみるか?」
「おう!」
どこから匂ってくるのだろうと、二人は化学室から出る。匂いのもとを辿りながら歩いて
行くと、辿り着いたのは同じ階にある家庭科室であった。
「ここで作ってるみたいやな。」
「まあ、妥当じゃねぇ?家庭科室以外でカレーは作れねぇだろ。」
誰が作っているのだろうと、家庭科室の中を覗いてみると、そこにいたのは観月と赤澤で
あった。
「観月先生と赤澤先生だ。」
「観月が家庭科室にいるのは分かるけど、何で赤澤までいるん?」
どうしてこの二人が家庭科室にいるのだろうと、不思議に思って見ていると、赤澤が二人
に気づいた。つかつかと歩いて来て、ガラッとドアを開ける。
『うわっ!』
「忍足と向日じゃないか。どうしたんだ?こんなところで。」
「いやー、どっからかカレーのええ匂いがするなあ思て。」
「気になったから来てみたんだ。」
「なるほどな。少し腹が減ったから、カレーが食べたくなってな。今、観月に作ってもら
ってるところなんだ。」
「赤澤先生、そんなところで話してないで中に入ってもらったらどうです?」
「ああ、そうだな。ここで喋ってるのもなんだし、中に入れよ。」
「ええの?」
「もちろんだ。結構たくさん作ってるみたいだから、お前らも食わせてもらえ。」
家庭科室に入ると美味しそうなカレーの匂いはさらに強くなる。それほどお腹は空いては
いないが、こんな匂い嗅げば、食欲をそそられる。
「うわあ、うまそう。」
「あなた達も食べますか?食べるんだったら用意しますよ。」
「そんなら、少しもらおうかな。」
「俺も俺も!」
「俺の分は大盛りでな、観月。」
「分かってますよ。」
三人分のカレーを観月は丁寧に盛りつける。野菜がたくさん入っているためか彩りも鮮や
かで、見た目は申し分ないほど素晴らしいものである。
『いただきます。』
そろってそう言うと、三人は用意されたカレーを食べ始める。辛口なのか、忍足や岳人に
とっては少し辛いと感じられたが、そんなことが気にならないほど、そのカレーの味は美
味であった。
「ちょっと辛いけど超うまい!!」
「ホンマやな。専門店の味って感じや。」
「辛さは赤澤先生の好みに合わせて作ってしまったので、お二人には少し辛すぎるかもし
れませんね。でも、食べれないことはないはずですよ。」
「おう!観月先生、さっすが家庭科の先生だな!!」
「観月の作るカレーは世界一だと思うぜ。俺の好みを完全に把握した上で作ってるからな。」
「こんなに頻繁に作らされたら、嫌でも覚えますよ。」
「そんなにしょっちゅう作るん?」
「ええ。カレーは赤澤先生の大好物ですからね。食べたくなるとすぐに僕のところへ来て、
作ってくれと頼むんです。材料も買ってあったりするので、断れないんですよ。」
呆れたように、しかし、笑いながら観月はそんなことを話す。今まで気づかなかったが、
実はこの二人とても仲がよいのではないかということに、岳人と忍足は気づいた。
「赤澤先生、もうちょっと綺麗に食べなさい。口の周り、べたべたじゃないですか。」
「あ、ああ。うまいからつい夢中になって食べちまって・・・」
「全くしょうがないですね。」
そう言いながら、観月は自分のハンカチで赤澤の口の周りを拭う。ごく自然にしているが、
傍から見れば、ある程度長い期間付き合っているカップルと何ら変わりはない。
「悪いな。」
「そう思うんだったら、もっと綺麗に食べてください。」
そんな二人のやりとりを見て、岳人と忍足は観月と赤澤には聞こえないような声でこそこ
そと話す。
「侑士、観月先生と赤澤先生ってラブラブなのか?」
「さあ、分からん。俺も二人がこないに仲ええなんて初めて知ったし。」
「どうしたんですか?二人とも。」
「い、いや、このカレー、本当にうまいなって!!」
「せ、せやな。赤澤先生はいつもこないなカレー食べれて羨ましいなあって話してたんや。」
「そうですか。ありがとうございます。」
カレーを褒められ、観月は嬉しそうに笑う。赤澤も観月のカレーのよさが分かってくれた
と嬉しそうだ。何だかこの二人の空間をこれ以上邪魔しちゃ悪いなあという気分になり、
岳人と忍足は早々とカレーを平らげ、家庭科室から出て行こうとする。
「はあー、うまかった!観月先生、サンキュー!!」
「おおきに。また機会があったら食べさせてな。」
「はい。赤澤先生に作るように頼まれたら、また呼びますよ。」
「観月、おかわり。」
「はいはい。」
「じゃあ、またな。先生。」
「俺らは化学室へ戻るわ。」
赤澤と観月に手を振ると、岳人と忍足は家庭科室を後にした。何だか意外な光景を見たな
あと思いながら、二人はちらっとドアの窓から中を確認する。家庭科室の中では、相変わ
らず観月と赤澤が楽しそうに談笑している。
「うーん、なんかカレーの味よりもあの二人の関係の方が気になってしゃあないわ。」
「確かにー。あっ、それより侑士、さっき作ったやつそろそろ冷めてると思うんだよな。
もしちゃんと冷めてたら、これからやる実験付き合ってくれるか?」
「んー、どんな実験か分からんけど、ええよ。そんなに危ない実験やないやろ?」
「おう!全然危なくはないぜ。」
「なら全然構へんで。実験成功するとええな。」
そう言ってもらえるなら、実験のしがいがあると、岳人はニッと笑った。薬を作っている
時より、何倍も楽しい実験になる。そんなことを考えながら、岳人は鼻歌を歌いつつ化学
室へ続く廊下を歩いた。

化学室に戻ってくると、岳人は先程作った薬が冷めているかを確認する。
「おっ、もう完璧に冷めてるぜ。」
「それ、どんなふうに使うん?」
「まずはこれをこの容器に移して・・・」
試験管の中に入っている真っ赤な薬を岳人は香水瓶のような容器に移す。そして、それを
自分自身に向かって吹きつけた。
「そんなことして大丈夫なん?」
「うん。平気平気。」
シュッシュと多すぎるのではないかと思うほど、岳人はその赤い液体を吹きつける。十分
に吹きつけると、岳人はニッと意味ありげな笑みを浮かべ、忍足に近づいてゆく。
「侑士、ちょっと椅子に座って。」
「ん?ああ。」
忍足とはだいぶ身長差があるので、岳人は抱きつきやすいように忍足を椅子に座らせる。
忍足が椅子に座ると岳人は自分の体に忍足の顔を押しつけるように抱きしめた。
「っ!?」
その瞬間、忍足は身体の力が抜けるような甘い痺れが走るのを感じる。まるでアルコール
でも飲んだ後のように意識がぼーっとし、何とも言えない気持ちよさが全身を駆け巡る。
「どんな気分?侑士。」
「・・・何やぼーっとして、ふわふわしとるような感じ?」
「気持ちいいだろ?」
「ああ。酒に酔ってるみたいで、ええ気持ちや。」
作った薬の効果は抜群だと、岳人はニヤリと口元を緩ませる。そんな状態になっている忍
足の頭を撫で、岳人は忍足の唇にそっとキスをした。
「ふぅ・・・んん・・・」
唇が重なった瞬間、忍足は鼻にかかった甘い声を上げる。岳人から香ってくるほのかな花
のような香りが気持ちよさを助長させる。岳人が唇を離すと、忍足の顔は赤く染まり、眼
鏡の下の瞳は潤んできていた。
「侑士、可愛い♪」
「さっきの薬何なん?何でこんな気分になるん?」
「簡単に言っちまえば、人間版マタタビみたいなもんかな?猫がマタタビ嗅ぐと気持ちよ
く酔っちまうみてぇに、さっき俺が体に吹きかけたヤツを嗅ぐとそうなっちまうってこと。」
「また、すごいもん作ったなあ・・・」
「なあ、侑士。今の侑士見てたら超したくなっちゃた。ちゃんと鍵かけとくからしてもい
い?」
本当はしてはいけないと分かっているのだが、体に力が入らず、頭がしっかり働かない。
それに酔っているような気持ちよさが加わり、忍足はいつの間にか岳人の言葉に頷いてい
た。
「・・・ああ、ええよ。」
「やった。じゃあ、バレないようにドアに鍵かけて電気消さないとな!」
これはなかなかよい薬だと岳人はうきうきしながら、化学室のドアの鍵を閉める。そして、
電気も消し、薄暗くなった中で忍足のいるところまで戻って行った。

                     to be continued
                     化学室�△�

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