「遅くなってすいません!!」
すっかり遅くなってしまったと鳳は慌てた様子で、図書室に飛び込む。カウンターでは、
滝が鳳の代わりに貸し出し・返却作業を行っていた。
「ああ、長太郎。こんにちは。」
「こんにちは、滝さん。」
「今日はそれほど人が多くないから、そんなに慌てて来なくても大丈夫だったのに。」
「いえ、当番ですから。そこらへんはきっちりしないと。」
そう言いながらカウンター内に入ってくる鳳を見て、滝は真面目だなあとクスクス笑う。
そんな鳳の腕に何冊かの本が抱えられているのに滝は気づいた。
「その本どうしたの?」
「ああ、これは日吉に返しといてくれって頼まれたものです。さっきここに来る前にたま
たま会って。」
「なるほど、それでちょっと遅くなったってわけか。」
「その後に仁王先生に話しかけられて、そこでもまた時間取られちゃったんです。」
「仁王が?どうして?」
「うちのクラスの担任が柳生先生なんで、もうHRは終わったかって聞かれて。」
「あー、そういうことか。そういえば、今日職員室で買い物行くとか言ってたな。」
「そうなんですよ。仁王先生って、ちょっと変わってるけど面白いですよね。」
「そうだね。おっと、それより、その本ちゃんと返却の印押さないと。」
「あっ、そうでした。」
日吉に渡された本の返却作業をしないとということで、鳳は日吉の図書カードを出し、返
却の印を押した。日吉のカードにはびっしりと怪談系の本の名前が並んでいる。
「さすが、日吉だねー。借りる本がホラーばっか。」
「本当ですよね。俺、こういう感じの本は苦手です。」
「あはは、確かに長太郎は苦手そう。こういう映画とかもダメでしょ?」
「はい。わざわざお金払ってまで怖い思いはしたくないですよ。」
「確かに。でも、怖いものみたさってのもあるからなあ。俺は結構好きだけどね。」
「じゃあ、もしこういう映画見るときは滝さんと一緒に見ますよ。怖がりな人と行くと余
計怖くなっちゃうんで。」
「俺は大歓迎だよ。長太郎が怖がって抱きついてきたりするかもしれないしね。」
からかうようにそう言うと、鳳は顔を真っ赤にして、首を横に振った。
「さ、さすがにそんなことはしませんよー。」
「じゃあ、今度一緒に見に行く?」
「うっ・・・どうせ、滝さんと見に行くんだったら、もっと他のがいいです。」
「あー、そうやって逃げようとして。本当、長太郎は怖がりだね。」
「そんなことないですよ。いいですよ、じゃあ、今度一緒に行きましょうよ。」
滝に怖がりと言われ、悔しくなった鳳は少し強がってそんなことを言ってしまった。
「ふーん、じゃあとびっきり怖そうな奴選んどこう。」
ああは言ったもののやはり怖いのは見たくない。ニヤニヤと楽しそうに笑っている滝を見
て、鳳は困ったような顔になる。
「う〜、滝さんの意地悪。」
「冗談だって。でも、まあ、ホラーじゃなくてもいいから今度本当に一緒に映画でも見に
行こうよ。」
本当にからかい甲斐があるなあと思いながら、滝はそんなことを言う。ホラーじゃないな
らと、鳳はその提案に頷いた。しばらくそんな他愛もない話をしていると、カウンターに
誰かがやってくる。
「すまないが、これをお願い出来るか?」
「あっ、手塚先生。」
カウンターにやってきたのは国語の教師の手塚であった。手塚の手には古典文学とも思わ
れる本が何冊か抱えられている。
「ふーん、手塚らしい本だね。さすが、国語の先生って感じ。」
教師用の貸し出しカードを出すと、滝はテキパキと貸し出し処理をする。
「はい、どうぞ。」
「ああ、ありがとう。」
「あっ、そうだ。」
手塚に本を渡しながら、滝は何かを思い出したような声を上げる。
「どうした?」
「そう言えば、今日、教頭が書庫に入りたいって言ってたな。」
「教頭?不二か?」
「うん。確か5時くらいに来るって言ってたから、今日はちょっと早く閉館しないとな。」
「どうしてその必要があるんだ?」
「書庫には貴重な本がいっぱいあるからね。危機管理上の問題で、そうすることになって
るんだ。」
「じゃあ、俺、少し閉館時間が早くなるってこと、図書室にいる人達に伝えてきますね。」
「うん。ありがとう長太郎。」
滝の話を聞き、鳳はカウンターの外へ出て、そのことを図書室内にいる人に伝えに行った。
手塚もそろそろ職員室に帰ろうと動き出す。廊下に出る直前に滝は手塚を呼び止める。
「手塚。」
「何だ?」
「不二がね、今日は一緒に帰ろうって言ってたよ。だから、書庫から帰ってくるまで待っ
ててだってさ。」
「分かった。待っていると伝えておいてくれ。」
「了解。」
不二から承っていた伝言を滝は手塚に伝える。いつものクールな表情で、手塚は滝の言葉
に答えた。手塚が図書室を出るのと同時に、鳳がカウンターに戻ってくる。
「言ってきました、滝さん。」
「ありがとう。じゃあ、4時45分くらいになったら閉めようか。」
「はい。」
今の時間は4時20分。あと25分ほどで閉館になるので、鳳は貸し出し・返却のチェッ
クをし始めた。
図書室を閉めてしまってからしばらくすると、図書準備室の方へ不二がやってくる。
「こんにちは。入っても大丈夫かな?」
「ああ、大丈夫だよ。入ってきて。」
図書準備室の鍵は開けてあるので、不二はガラッと扉を開けて中へ入ってきた。不二が入
ってくると、滝は引き出しの中から書庫の鍵を出す。
「こんにちは、教頭先生。」
「ああ、こんにちは。今日は鳳くんが図書当番なの?」
「はい。今日は教頭先生が書庫利用するって聞いたんで、早めに図書室を閉めたんですよ。」
「へぇ。そうなんだ。図書室使ってる子達にはちょっと悪いことしちゃったかな?」
「大丈夫ですよ。よくあることなんで。跡部先生とか仁王先生とか・・・あと幸村先生と
かも結構来ますよ。まあ、もっと遅い時間にですけどね。」
「なるほど。いかにもって感じなメンバーだ。」
書庫をよく利用するメンバーの名前を聞いて、不二はふっと笑う。二人がそんなやりとり
をしている間に、滝は書庫に入るためのドアの鍵を開けた。
「不二、開けたよ。」
「ああ、ありがとう。今行く。」
「長太郎はここで少し待っててね。」
「はい。」
鳳を図書準備室に残し、滝と不二は書庫の中に入る。この書庫はただの書庫ではなく、発
禁になった本や図書室に置くにはあまり好ましくない類の本が山ほどある。そのため生徒
は入ることが出来ず、教師の中でも入れるのはほんの一握りだ。そんな書庫の管理を滝は
一人で行っている。
「今日はどんな本をお探し?」
「うーん、この前借りた本の類でもう少し詳しいのがあるといいんだけど。」
「ああ、それならこのあたりかな。」
不二の探している本を滝は的確に把握し、何冊か取り出す。滝に渡される本をパラパラっ
とめくり、不二はその内容を確かめた。
「うん、なかなかいいね。このあたり借りていってもいいかな?」
「もちろん。ただし、いつも言ってるように、なくしたり生徒に見られたりはしないでよ。
あと実践するのは結構だけど、あんまり人に危害は加えないようにね。」
「分かってる。そのへんはちゃんと注意してるから安心して。」
「なら問題ないね。」
不二が借りていく本はグロい系か魔術系かのどちらかで、どちらにしても扱いには注意が
必要な類だ。今回は魔術系の本を3、4冊借りていくようだ。
「はい、どうぞ。」
「ありがとう滝。返却期限は一ヵ月後だっけ?」
「うん、基本的にはね。」
「そっか。それだけあれば十分覚えられるよ。」
「あはは・・・まあ、あんまり変なことには使わないようにね。あっ、そういえば、手塚
待ってるって言ってたよ。早く行ってあげた方がいいんじゃない?」
「本当かい?なら、僕はそろそろ帰るよ。また使わせてもらうから。」
「うん。」
本の貸し出し手続きを済ませると、二人は書庫から出る。滝は書庫に鍵をかけず、不二を
廊下まで見送った。
「じゃあ、また。鳳くんもさよなら。」
「さよなら、教頭先生。」
「じゃあね、不二。」
不二が帰っていくのを見送ると、滝は図書準備室の鍵も閉めてしまう。
「あれ?鍵閉めちゃうんですか?」
「うん。もうこの後、誰かが来る予定とかないからね。」
「まだ帰らないんですか?」
「長太郎はこの後、何か用があるの?」
「別にないですけど。」
「そっか。そしたら、今日は特別。書庫の中に入れてあげる。」
滝のその言葉を聞いて、鳳はひどく驚いたような顔を見せる。書庫は基本的には生徒は絶
対に入ってはいけないことになっているのだ。そんなところに入れてくれると言われれば、
驚かないわけにはいかないだろう。
「えっ!?いいんですか!?」
「うん。長太郎はいつも俺の手伝いをたくさんしてくれてるし、何より俺の特別だからね。」
「そんな・・・特別だなんて・・・」
「本当だよ。俺、長太郎のことすっごく好きだから。それに長太郎も俺のこと好きでしょ?」
「・・・・はい。」
告白されて、告白させられ、鳳は顔を赤く染めてうつむいてしまう。こういう反応は本当
に初々しくて可愛いなあと、滝は口元を緩ませる。
「それに書庫って、俺の許可がないと入れないことになってるんだよね。つまり、書庫の
中なら完璧に誰にも邪魔されることなく二人っきりになれるってコト。」
「えっ?それってどういう・・・」
「とにかく、入ろう長太郎。話の続きは書庫の中で。」
鳳の言葉を遮り、滝は書庫へ続く扉の前で手招きをする。ドキドキしながら、鳳は書庫の
前までやってきた。
「うわあ、何かすごくドキドキしちゃいます。」
「生徒を入れるのは初めてだからね。長太郎が第一号だよ。」
「本当にいいんですか?」
「もちろん。俺がいいって言ったら何の問題もないよ。」
入ってはいけない場所に入るということで、鳳は緊張した面持ちで書庫の中へ足を踏み入
れる。一歩一歩ゆっくり中へ入ると、その独特の雰囲気に緊張感はより高まってゆく。
パタンっ
鳳がしっかりと中に入ったのを確認すると、滝は書庫と図書準備室を繋ぐドアを閉め、鍵
をかけてしまう。その音に鳳はドキっとする。
「ドア、閉めちゃうんですか?」
「うん。他の人が入ってきたら困るからね。」
「でも、図書準備室の鍵も閉めてたじゃないですか。誰も入って来れませんよ。」
「二重に鍵をかけておけばより安心だろ?それに完璧に外から隔離された場所に二人きり
ってすごくドキドキしない?」
妖艶な笑みを浮かべて、滝はそんなことを言う。そんな滝の表情に鳳はすっかり落ちてし
まう。
「滝さん・・・」
「おいで、長太郎。もっと奥に案内してあげる。」
まるで催眠術でもかけられているかのように、鳳の足は自然に滝の方へと向かう。書庫の
奥は少し広めの読書スペースになっており、不思議な模様の描かれた真っ赤な絨毯が敷か
れている。
「こんなスペースがあるんですね。」
「うん。跡部や不二はもっぱら借りるのが目的だからここまでは案内しないんだけどね。
一応、書庫にも本が読めるスペースはあった方がいいと思って。」
「そうなんですか。」
ドアまではだいぶ距離がある。こんなに奥まで入ってしまったら、もう一人では抜け出せ
ないと、鳳の心臓は緊張と興奮から速いリズムで鼓動を刻んでいた。
「少し座ってもいいですか?」
あまりの緊張感に立っていられないと、鳳は滝にそんなことを尋ねる。滝はニッコリ笑っ
て答えた。
「いいよ。どうせだったら、真ん中あたりに座りなよ。」
「はい。」
滝に言われた通り、鳳は真っ赤な絨毯の中心あたりに座る。座った状態で、滝の様子をう
かがっていると、滝はすぐ近くにあった本棚から一冊の本を取り出し、その中に書いてあ
る何かを確認している。
「何してるんですか?滝さん。」
「ん?ちょっとね。」
「すごく気になるんですけど・・・」
「これから面白いことをしようと思って。大丈夫、とっても楽しいことだから。」
その本を持ったまま、滝は鳳のもとまで歩いてくる。そして、軽く頭を撫でると、満面の
笑みで笑ってみせた。その笑顔を見て、鳳は何かこれからすごいことが起こると直感的に
感じる。しかし、何故かその場から逃げ出したいとは思わなかった。
「それは・・・俺にとっても楽しいことなんですか?」
「うん。もちろん。」
「・・・・怖いことじゃないですよね?」
「大丈夫だよ。そんなに心配しなくても。ちょっとビックリするかもしれないけどね。」
「ビックリする?」
「そう。それじゃ始めようか。」
本をパタンと閉じ、滝は笑顔でそう言う。何が起こるか分からない不安感とこれから起こ
ることへの期待感。相反する気持ちを胸に抱きつつ、鳳は滝のすることをそのまま受け入
れることにした。
to be continued
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