Snug Days ― 美術室+プール ―

樺地に抱えられたまま、美術室までやってきたジローはドアの前で下に下ろしてもらう。
「到着ー。サンキューな樺地。」
「ウス。」
まだ部活には誰も来ていないようで、美術室の中は空っぽだった。しかし、鍵は開いてい
るようなので、二人は中へ入る。
「俺達一番乗りじゃん!」
「ウス。」
「今日は何しよっか?」
「何でも・・・いいです・・・」
「そう?んー、そしたら・・・お互いの似顔絵を描くってのは?」
「いいです・・・」
「よーし、決まり!!じゃあ、早速用意しようぜ!!」
やることが決まると、ジローは紙や鉛筆、絵の具や色鉛筆などの画材を出してくる。それ
を使いやすいように机の上に並べていった。
「はい、樺地の分。」
「ウス。」
ジローから画板と画用紙を受け取ると、樺地は少し濃い目の鉛筆を手に取り、椅子に座っ
た。ジローも同じように鉛筆を手に取ると樺地と向かい合わせに座る。
「じゃあ、描き上がったら見せ合いっこしような!」
「ウス。」
そんな言葉を合図に二人はお互いの顔を描き始める。美術室には鉛筆を走らせる音だけが
響き、その間そこは二人だけの空間になっていた。初めに鉛筆を置いたのは、ジローの方
で、色を塗るために絵の具を用意し始めた。
「樺地、ちょっと絵の具準備しちゃうから待ってて。」
「ウス。」
テキパキと絵の具を使う準備をすると、ジローは再び樺地の前に座る。そして、今度は何
本かの筆を使って、下書きの絵に色をつけ始めた。ジローが色塗りを半分ほど進めた頃、
樺地も鉛筆を置く。樺地は絵の具ではなく、色鉛筆で色を塗り始めた。
「よーし、出来た!!」
樺地よりだいぶ早くジローは似顔絵を描き上げる。出来上がった似顔絵を見て、ジローは
自画自賛する。
「結構上手く描けたと思うぜ!」
「自分も・・・もう少しで出来ます・・・・」
樺地も仕上げに入っていた。器用に色鉛筆を動かし、細かな部分にまで色をつけてゆく。
ジローが出来上がってから5分ほどして、樺地も色鉛筆を置いた。
「出来ました・・・」
そう言いながら顔を上げ、ジローの方に顔を向けるとジローは机の上に突っ伏し、爆睡し
ていた。せっかく出来たのにと少し残念に思いながらも、樺地は気分を切り替えて、新し
い画用紙を画板に乗せた。そして、再び鉛筆を手に取り、紙の上を走らせる。この際だか
らジローの寝顔も描いておこうと思ってそうしたのだ。
「ふぅ・・・」
それから30分ほどして、もう一枚の似顔絵が出来上がる。ちょうど最後に使った色鉛筆
を置いた瞬間、眠っていたジローが目を覚ました。
「んあ?」
「起きましたか・・・?ジロー先輩。」
「はれ?もしかして、俺、また寝てた!?」
「ウス。」
「わあー、ゴメンな樺地!!もうとっくに描き終わってるよな?」
今終わったばかりだということを伝えると、ジローはほっとしたような顔になる。描き上
がっているのならと、ジローは自分の描いた絵が乗った画板を抱える。
「それじゃあ、せーので見せ合いっこしようぜ!」
「ウス。」
「せーの・・・」
どちらもお互いがしっかり見られるように、自分が描いた似顔絵を差し出した。どちらの
似顔絵もプロが描いたのではないかと思えるほどの出来で、とてもよく似ていた。
「うっわー、樺地マジ上手いし!!マジマジすっげー!!」
「ジローさんも・・・上手ですよ・・・」
「あれ?しかも、樺地の2枚じゃねぇ?」
「ジローさんが寝てる間に・・・もう1枚、描きました。」
2枚目の画用紙に描かれていたのは、机に突っ伏し、気持ちよさそうに眠っているジロー
の似顔絵だった。色鉛筆で塗られたその絵はほんわかとした柔らかい雰囲気を醸し出して
いる。
「うわー、俺、こんな顔して寝てんだ。」
「ウス。」
「すっげぇな樺地。さすがだぜ。」
二人がお互いの似顔絵を見て話していると、美術準備室から幸村が顔を出す。楽しそうな
話し声を聞いて、自分もその輪に入りたくなったのだ。
「随分、にぎやかだね。」
「あっ、幸村先生。こんにちはー。」
「ウス。」
「あれ?今日は君達二人だけなのかい?」
「うーん、どうなんだろう?とりあえず、まだみんな来てないみたいだけどー。」
「そっか。二人ともさっきまで何をしてたの?」
「似顔絵を描いていたんです・・・」
「へぇ、似顔絵か。見せて見せて。」
二人がどんな似顔絵を描いたか見てみたいと、幸村は二人から似顔絵の描かれた画用紙を
見せてもらう。その絵を見て、幸村は感嘆の声を上げた。
「うわあ、すごいね二人とも。」
「へへへー、今回のは結構上手く描けたと思ってるぜ。な、樺地。」
「ウス。」
「何か俺も描きたくなってきちゃったな。二人にモデルになってもらおうかな?」
「先生も描くの?モデル大歓迎だC〜!」
「ウス。」
二人の描いた似顔絵を見て、幸村も無性に絵が描きたくなる。どうせだったら、この仲の
よい二人を描いてあげようと、準備室から自分専用の画材を持ってきた。
「モデルと言っても、イメージをもらうだけだから普通にしてていいよ。固定したポーズ
とかこだわらないし、動いてても問題ないから。」
「はーい。」
「ウス。」
それだったら普通に話していようと、ジローと樺地はジローの持ってきたお菓子を食べな
がら雑談をする。そんな様子を楽しそうに眺めながら、幸村は画用紙に筆を走らせた。
「でさ、お弁当の時間も寝ちゃってて、食い逃しちゃったから、5時間目の授業の時にこ
っそり食ってたら、跡部に見つかっちまって、超怒られた。」
ムースポッキーを口に運びながら、ジローはそんな話をする。それを聞いて、あまり笑わ
ない樺地もほのかに微笑んでいる。樺地はいつでも無表情でいるイメージがあったので、
幸村は意外だなあと思いつつ、何となく微笑ましい気分になる。そんな雰囲気を表したら
よりよくなるだろうと、仕上げとして幸村は二人を中心にして描いた絵の背景を淡い暖色
系の色で塗った。
「よし、出来た。」
出来たの声を聞き、ジローと樺地は幸村の方を向く。どんな絵になったのか、早く見せて
欲しいとジローはお菓子を食べるのをやめ、幸村の近くに移動した。それを追うように樺
地も移動する。
「どんな感じになった?見せて見せて!!」
「こんな感じだよ。二人の仲のいい雰囲気を出してみたんだけどどうかな?」
幸村の描いた絵は、絵本の挿絵のような柔らかな雰囲気でありながらも、とても細かいと
ころまで描写されている。画用紙の中の二人は、どちらも実に楽しそうな表情で、ジロー
に関してはとびきりとも言えるほどの笑顔であった。樺地の表情もいつもの無表情な感じ
ではなく、穏やかな微笑みが浮かんでいる。
「今の時間だけで、こんなに描いたんだ。やっぱ、幸村先生すっげー!!」
「ウス。」
「俺、この絵すっごい好きかも。何か樺地といるときの俺の気分が超表れているっていう
か・・・んー、何かよく分かんないけどそんな感じ!!」
「自分も・・・そう思います・・・・」
「ふふ、気に入ってもらえてよかったよ。そしたら、今度の美術展にこれも出そうかな?」
幸村はある程度有名な美術家でもあるので、地元で美術展なども開いている。自分達が描
かれた絵が他の人に見られるというのは少し気恥ずかしい気もするが、この絵なら全然オ
ッケーだとジローは素直に嬉しがる。
「マジマジ!?」
「ダメかな?こういうのはモデルの許可が必要だからね。二人が嫌だったら出さないよ。」
「ううん、全然オッケー!!な、樺地。」
「ウス。」
「そっか。よかった。じゃあ、今度の美術展にはしっかり出展するよ。だから、二人とも
是非見に来てね。」
「うんうん!!絶対行く!!」
「ウス。」
自分達が非常に仲良くしてる絵を美術展に出されるということを聞いて、ジローはおおは
しゃぎだ。樺地もジローまでハッキリとは表していないが、どこか嬉しそうである。そん
な二人を見て、何だか和むなあと思いながら幸村は穏やかな微笑みをその顔に浮かべた。

ところ変わってここは職員室前。プールの更衣室をチェックしようと、木手が体育担当の
教師である黒羽に会いに来たのだ。廊下から職員室の中に黒羽がいるかを確かめる木手だ
が、いくら探してもその姿は見当たらない。
「おかしいですね。いないはずないんですが・・・」
不思議に思いながら、職員室の中を覗いているとちょうど榊が職員室から出てきた。
「どうした?誰かに用か?」
「榊先生。黒羽先生に用があるんですが、見当たらなくて。」
「黒羽なら、たぶんプールだと思うぞ。来週から水泳の授業が始まるそうだからな。その
確認をしに行くと言っていた。」
「分かりました。ありがとうございます。」
榊から黒羽の居場所を聞くと、木手は早速プールへ向かう。そのまま更衣室のチェックも
してしまえと、急ぎ足で歩く。プールへ到着すると、プールサイドに黒羽の姿が見える。
「榊先生の言う通りですね。」
さっさと用事を済まそうと、木手は鍵の開いているプールへ続く扉をくぐる。何段かの階
段を上ると黒羽が誰かと話しているように聞こえた。
「ん?誰かいるんですかね?」
まさか独り言ではないだろうと思いながら、木手は黒羽に近づく。そして、プールサイド
に入ると後ろから声をかけた。
「黒羽先生。」
突然声をかけられ、黒羽は心臓が止まるかと思うほど驚いた。それもそのはず、本当は水
泳が始まるまではプールに人を入れてはいけないという決まりがあるにも関わらず、とあ
る生徒を特別に入れてしまっていたのだ。
「うわっ!!」
「そ、そんなに驚くじゃないと思いますけど・・・」
「あー、何だ木手か。誰か他の先生かと思ったぜ。」
「更衣室のチェック頼まれてたんで、来たんですけど。」
「おー、そうだったな。鍵がちゃんと閉まるかとか、ロッカーで壊れてるところがないか
とか確認して、大丈夫だったら帰っていいぞ。」
「分かりました。・・・先生、水泳の授業は来週の月曜日からですよね?今、プールに入っ
ているのは水泳部の誰かですか?」
もちろん木手も例の決まりを知っていたので、プールに誰かが入っているのはおかしいと
考えた。しかし、水泳部の生徒ならこんなこともありえるだろうとそんなことを尋ねたの
だ。
「バネさん、誰?」
「あっ、ダビデ、こっち来るな!!」
「おや、君は2年の天根くんじゃないですか。君は水泳部ではないですよね?」
「あー、えっと・・・木手先輩?でしたっけ?」
「そうです。」
プールに入っているのは、黒羽のクラスの天根であった。木手と天根はそれほど大きな関
わりはないものの、どちらも目立つ風貌をしているので、名前くらいは知っていた。
「君はどうしてまだ始まってないプールに入ってるんです?」
「今日すっごい暑いじゃないっスか。で、プール入りたいーってバネさんに言ったら、入
れてくれた。」
「ダビデっ、余計なことを!!」
「なるほど。そういうことですか。黒羽先生、ダメですよ、贔屓しては。」
「あー、木手、今回のことは見逃してくれ。明日の水泳の授業は全時間自由にしてやるか
らさ。」
「まあ、別に誰かに言いつけるつもりはないですけどね。俺もそんなに時間がないんで、
さっさと更衣室チェックして帰らせてもらいますよ。」
「あ、ああ。」
別に誰かが水泳が始まる前にプールに入ろうが入るまいが自分には関係ないと、木手は興
味がないという素振りで更衣室へ向かう。そんな木手を見送り、黒羽は大きな溜め息をつ
いた。
「はー、ビックリした・・・」
「バネさん、本当はプール、入っちゃいけないの?」
「まあな。だからダビ、他の奴らにはこのこと話たらダメだからな!」
「うぃ。」
特別に入れてもらえてるんだということを知り、天根は何だか嬉しくなる。何となく気分
がよくなった天根は、ぐいぐいと黒羽の服の裾を引っ張った。
「何だ?ダビデ。」
「バネさんも一緒に入ろう。」
「はあ?俺、水着持ってきてねぇし、無理だって。」
「ぶーぶー。」
「仕方ねぇだろ。って、おい、ダビデっ・・・・!!」
バッシャーンっ!!
どうしても黒羽とプールに入りたかった天根は思いきり黒羽の腕を引っ張り、プールの中
に引き入れた。派手な水飛沫を上げ、黒羽は水の中に落ちる。
「ダビデ!!何すんだ!!」
水から顔を出すと、黒羽は天根を怒鳴りつける。
「うー、だって、バネさんとプール入りたかったんだもん。」
「入りたかったんだもんじゃねぇ!ったく、どうしてくれんだよ。服、ビショビショじゃ
ねぇか。」
「ゴメン。」
「全くホントお前は手のかかる奴だぜ。ま、そこが可愛いんだけどな。」
プールの中に落とされたのは腑に落ちないが、天根の態度があまりにも可愛くて黒羽は笑
ってしまう。濡れてしまったのなら、しょうがない。そのまま泳いでしまえと、黒羽はそ
の状況を楽しむことにした。
「まあ、今日は暑いし、涼むのにはちょうどいいかもな。」
「バネさん。」
「せっかく二人で入ってんだ。水泳で競争でもするか?」
「うん、する。」
黒羽の言葉にちょっとばかり落ち込んでいた天根の顔も笑顔になる。遊んでしまえモード
になった二人は、日が暮れるまで今年初のプールを楽しんだ。

                     to be continued

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