Story of Love 〜不安〜

鳳の告白を受けた滝は今日も鳳と跡部の城の庭で楽しい一時を過ごしている。跡部の庭は
半端じゃなく広い。それはもう噴水はあるわ、林はあるわ、オブジェはあるわでまるでど
こかの公園のようだ。
「長太郎、ここの花壇すごいよ。」
「本当だー。いろんな色の花が咲いてる。」
「いい匂いだよね。俺、この花好きだな。」
滝はもう鳳の前で、女言葉を使っていない。もちろん声も男のままだ。だが、格好はいつ
もの通り王女のまま。自分が男だということを知らない人の方が多いのだから当然と言っ
たら当然であろう。
「あっ、あそこに大きな犬がいますよ。行ってみましょう。」
「ああ。」
鳳は道の向こう側にいる大きな白い犬を見つけ、そっちの方へ走り出した。鳳と滝が近づ
くとその犬はしっぽを振り、じゃれついてくる。
「うわっ・・・」
滝はその犬に飛びかかられ倒れてしまった。白い犬は滝の顔をペロペロと舐める。
「あはは、くすぐったいよ。」
「人懐っこいですね。この犬。」
「跡部が子供のころから飼ってる犬だからね。俺もいつも遊んでてやってたから、こうい
うふうに飛びついてくるんだよ。」
「そうなんですか?でも、うらやましいな。」
「へっ?何が?長太郎も犬好きなの?」
「そうじゃなくて・・・・」
滝は仰向けに倒れていた体を起こし、首を傾げて鳳に尋ねる。鳳の顔を少し赤くなってい
た。
「そうなふうに・・・滝さんに何のためらいもなしに抱きつけるのがいいなあって・・・。」
鳳がうらやましいと思っていたのは、犬に好かれている滝ではなく、滝に飛びかかっても
何の抵抗もされない犬の方だった。滝はくすくす笑って、犬とじゃれるのをやめて鳳の頭
をなでる。
「長太郎、可愛いね。」
「な、何ですかいきなり。そんなに笑わないでくださいよ。」
自分はなんて恥ずかしいことを言ってしまったんだろうと、鳳はうつむき、赤面する。滝
はそっと鳳の首に腕を回し、鳳を抱きしめた。
「っ!!」
「長太郎もしてもいいよ。こいつみたいに。俺、長太郎に抱きつかれるの全然嫌じゃない
もん。」
「た、滝さん・・・」
思ってもみない滝の行動に鳳はドキドキしまくり。まるで金縛りにあったかのように動け
なくなってしまった。滝は全く鳳を放そうとしない。
「ねぇ、長太郎。したいこととかあったら何でもしていいよ。俺、長太郎のこと本当に好
きだからさ。今の楽しい時間、無駄にしたくないよ・・・。」
「?」
滝の声がだんだんと切なげになってきている理由が鳳には分からなかった。だが、今、滝
が抱えている不安を心の奥で鳳も感じていた。だから、自然と滝の体を抱きしめることが
出来たのだろう。その不安は親密になればなるほど募るもので滝にはどう対処していいの
か分からなかったのだ。
「どうして・・・そんなこと言うんですか?滝さん。」
「俺・・・すごい不安なんだ。」
「何がです?」
鳳もなんとなくは分かっているがどうしても聞かずにはいられなかった。
「だって、俺、本当は男だろ?うちの両親は俺を女として育ててきたんだから、俺が男と
付き合おうとどうしようとそれはあっちも望んでいるっていうか・・・王女が王と付き合
うのは当然だと思ってるから問題ないと思うんだ。だけど、お前の両親は違うだろ?」
「・・・・・・。」
「確かに他からみれば俺は女だ。でも、もし・・・もし俺が男だって長太郎の両親が知っ
たらどうなる?今の関係が・・・全部崩れるかもしれない・・・。最悪、もう長太郎と会
うことさえ許されないかもしれない・・・。長太郎のこと好きになれば好きになるほどそ
うなることが怖くて、気が狂いそうなほど不安になるんだ・・・。」
「滝さん・・・」
鳳は滝を抱く手に力を込めた。そう言われてしまうとそれは否定出来ないことだと思って
しまう。そうなることが怖い。だから、今の時間を無駄にはしたくない。そう言った滝の
気持ちは痛いほど分かった。
「俺もそうはなりたくないです。でも、大丈夫だと信じていれば絶対何とかなると思いま
す。だから・・・そんな悲しいこと言わないで下さい。」
不安を消したい。そうは思うがそのことは起こる可能性が十分にあることなので、全てが
消えるということはありえなかった。だが、二人は少しでもその不安を減らそうと出来る
だけ触れ合い心を交わすことに努める。
「ねぇ、長太郎。」
「はい。」
「キスしてもいい?」
「・・・いいです。」
「ありがとう・・・。」
滝は鳳の柔らかい唇にそっと口づけを施した。お互いを感じるためそれはしだいに深いも
のへとなってゆく。それは不安を全て消し去ってしまうような感覚にもなりつつあったが、
切なさもそれとともに募る。このまま時が止まってしまえばいいと二人は心の底から思う。
そして、滝の閉じられた瞳から一筋の涙が零れ落ちた。

そのころ、城の中では跡部が大会議室にこもっていた。最近、ある国が他の国を攻めよう
としているとの情報が入り、今後の国の統治と国同士の関係向上を目指すためにどうすれ
ばよいのか話し合っているのだ。そんな跡部を宍戸と樺地は別室で待っている。
「はあ・・・。」
宍戸はさっきから大きな溜め息ばかりついている。宍戸もこの時、様々な不安を胸に抱え
ていたのだ。平民階級の宍戸は情勢が悪くなることで、戦争が起こることを極度に恐れて
いる。戦いが始まってしまえば、嫌でも平民に被害が及んでしまう。たとえ自分達が戦わ
なくとも女性や子供、老人達は力が弱いがゆえに傷つくことは避けられないだろう。それ
が宍戸には耐えられないのだ。その上、跡部は毎日そのことについての会議で忙しく、宍
戸にかまっている暇などないに等しい。そのことが、宍戸の心を沈ませている原因の一つ
でもあった。
「なあ、樺地。」
「ウス。」
宍戸は黙っているのに耐えられなくなり、樺地に声をかけた。
「やっぱり・・・こんなに階級差があるのに付き合うってのは、ダメなのかな・・・?」
今にも泣いてしまいそうな声で宍戸は樺地に問う。樺地はしばらく考えているようだった。
「そんなことは・・・ないと思います・・・。」
樺地は優しい口調で答えた。
「でも・・・お前はいつも景吾と一緒にいられるのに、俺は・・・いれない・・・。」
不安と切なさが最高点に達し、宍戸はついに涙を堪えていられなくなってしまった。それ
は樺地に対する嫉妬も入っているだろうし、跡部が最近全然かまってくれないという不安
と寂しさも入っているだろう。そんな宍戸を慰めるように樺地はしゃべり出した。
「確かに・・・近くにいられるのは自分・・・です。でも・・・跡部さんの心に一番近い
存在なのは・・・宍戸さんだと思います。」
「えっ・・・?」
宍戸は思わず聞き返す。樺地の言っていることの意味がいまいちよく分からないのだ。
「跡部さんは、いつも自分に宍戸さんの話をします・・・。その時の表情は・・・いつも
のような厳しい感じや自信に満ちたものではなく・・・とても優しくて・・・穏やかな表
情・・・です。」
「マジ・・・で?」
樺地は黙って頷く。宍戸は信じられないことだと思ったが、まさか樺地がこんなことでう
そをつくとは思えないので、樺地が言っていることは本当なのだろうと納得した。
「だから・・・そんなに悲しい顔はしないで下さい・・・。跡部さんは・・・宍戸さんの
ことを・・・本当に愛していると・・・思います。」
「サンキュー、樺地。」
宍戸は涙を拭き、樺地に微笑みかけた。その時、会議を終わらせた跡部が部屋に入ってく
る。
「待たせたな、亮。」
「景吾!」
跡部が部屋に入り宍戸に近づくと、宍戸はガタンッと立ち上がり、跡部に駆け寄って、思
いきり抱きついた。
「おいおい。どうしたんだよ?」
「景吾、戦争なんてすんなよ!!俺、お前が傷つくのも他の奴らが傷つくのも見たくない
っ!!それに、一番被害を受けるのって俺達一般国民なんだよ!!誰かが・・・俺達の仲
間が死んだり、けがしたりすんの嫌だ!!」
宍戸は泣きの入った声で必死で跡部に訴えた。跡部は宍戸をなだめるように優しく髪をな
でながら、強い意志を持った声で言った。
「分かってる。戦争なんて絶対起こさせねぇよ。」
「本当か?」
涙で濡れた顔を上げ、宍戸は跡部を見た。跡部はいつものように自信に満ちた表情、声で
もう一度宍戸を納得させるように言う。
「本当だ。俺は皇帝だぜ?自分の治めてる国を統治するのが俺の役目だ。だから、絶対戦
争なんて起こさせねぇ。」
「景吾・・・。」
宍戸は再び跡部の肩に顔をうずめた。そんな光景を見ていた樺地だったが、今、ここにい
ては邪魔だと跡部に軽く頭を下げ、部屋を出て行った。

部屋の外では、ジローが待っていた。ジローはこの城の警護係なので、跡部に宍戸の警護
を頼まれていたのだ。部屋の前にずっといたということはさっきの話を全て聞いていたと
いうわけ。
「樺地さ、やっぱり優しいよね。」
屈託のない笑顔でジローは言う。樺地は表情を変えず、首を振る。
「優しいよ。宍戸、最近だいぶ不安になってたみたいだからねー。樺地がああいうこと言
ってあげてかなり気持ちが落ち着いたと思うよ。」
「言ったことは・・・全部、本当のことですから・・・。」
「本当、樺地は正直だよねー。俺、樺地のそういうとこ好きー。」
「・・・・。」
さすがにこのセリフを聞いて樺地は照れてしまった。くるっと方向転換をし、自分の部屋
に戻ろうとする。
「あっ、ちょっと待ってよ樺地。」
ジローはその後を追いかける。追いつくとつかまえたーとばかりに腕をつかんで、さらに
樺地に話しかける。
「ねぇねぇ、さっきさ、跡部は宍戸を愛してるとかどうとか言ってたじゃん?それさ、俺
にも言ってー!」
「・・・・。」
言ってと言われてそう簡単に言えるものじゃない。樺地は黙ったまんまで、歩き続ける。
「ねぇ、樺地。樺地ってば!!」
いくら声をかけても樺地は答えない。別に無視しているわけではないが、無口な樺地は黙
っていることしか出来なかった。
「もう、樺地!!返事しないとこうしちゃうぞ。」
「っ!!」
ジローは後ろから樺地に飛びついた。普通の人だったらこんなに勢いよく飛び乗られたら
前に倒れてしまうだろうが、樺地は違った。ジローが背中に飛び乗ってもそのままオンブ
をした状態で歩き続ける。
「樺地ってば、ホント照れ屋さんだよね。ま、俺は樺地のこと好きだし、樺地も俺のこと
好きだって分かってるから、別に今更言葉にしなくてもいいけどねー。」
ジローは樺地におぶわれながら、かなり好き勝手なことを言う。だが、それを否定しない
のが樺地のいいところだ。あれだけ騒いでいたジローだったが、突然静かになってしまっ
た。おぶわれているのが気持ちよくて、そのまま眠ってしまったのだ。樺地はそのままジ
ローを自分の部屋に連れて行き、ベッドに寝かせた。
「・・・・・。」
ジローの寝顔を見ながら、樺地は宍戸がさっき言っていたことを思い出す。戦争はして欲
しくない。自分の仲間や大切な人が傷つくのは嫌だ。それは、自分も同じだとこの純粋で
穏やかな寝顔を見て、強くそう思わずにはいられなかった。

樺地が出て行ってしまったあと、残された跡部と宍戸はさっきのままの状態でいろいろと
話をしていた。
「落ち着いたか?亮。」
「・・・ああ。」
「さっきの会議の内容なんだけどよ。」
「それ、俺に話していいのかよ?」
「ああ。ある国が他国を攻めようとしてるって、この前お前に話したよな?」
「うん。それが原因で戦争になりそうなんだろ・・・?」
「その攻められようとしてる国がな・・・・鳳の国なんだ。」
「えっ・・・。」
それを聞いて宍戸の表情は固まった。鳳自体とはパーティーで顔をあわせる程度でそれ程
深い関わりはないが、最近、滝と付き合っているということは聞いていた。せっかく、今
幸せな時なのにそれが崩されようとしている。自分と跡部も今の鳳と滝と同じ状態である
のだから、他人事とは思えないのだ。
「それで、その攻めようとしてる奴らの計画がつかめたんだ。どうやら、明後日の朝、直
接城に乗り込むらしい。王を倒してしまえば、その国を支配出来ると思ってるらしいな。」
「それって、もろに長太郎が狙われてるってことか?」
「そういうことだ。だが、これを放っておいたら確実に鳳の国とその国が戦争になる。そ
れを何とか食い止めなくちゃいけねぇ。」
「どうすりゃいいんだ?」
「鳳が倒される前に、俺達がそいつらを倒す。」
宍戸はこれを聞いてうつむいた。それはようするに、その攻めて来た奴らを全員殺してし
まうことだと思ったからだ。跡部はさらに言葉を続けた。
「でも、倒すって言っても殺しはしないぜ。攻撃が出来ない程度にして、つかまえる。そ
の後は、まあ、それなりな処分はするけどな。」
「でも、それ・・・すげー難しくねぇ?」
「常人だったらな。だが、俺達ならそれが出来る。俺に樺地にジロー、それから、鳳側に
いる岳人と忍足と日吉。お前にも出来れば手伝って欲しいんだが、いいか?」
宍戸はしばらく考えたが、意を決した表情で頷いた。
「分かった。協力する。」
「サンキューな。」
跡部は抱きしめている手に力を込めた。本当は宍戸をそんな危険な目にあわせたくないの
だが、宍戸がいた方が確実さが増すのは確かだったからだ。
「滝には・・・そのこと話さないのか?」
「いや、話す。だけど、その計画に滝が加わるのは無理かもしれねぇ。」
「何で?」
「だって、滝は一応王女として今まで育てられてきたんだ。滝にはそのくらいの力があっ
ても親が許さねぇだろ。」
「そっか。じゃあ、俺達でその計画必ず成功させようぜ。あの二人のためにも。」
「ああ。」
二人はいったん体を離し、窓から庭を眺めた。そこからはその二人の姿は見えなかったが、
絶対あの二人の今を壊させないという気持ちは固まった。明後日の朝、全ての運命を変え
るため、様々な思いが光を放ち始めた。

                     to be continued

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