Summer Vacation 〜前編〜

夏休みに入ってから一週間が経つ。宍戸は夏休み前に跡部と一緒に宿題をする約束をして
いたので、今日はいつもより早めに起きて跡部の家に行く用意をしている。
「母ちゃん、行ってくる。」
「もう行くの?ちょっと早いんじゃない。」
「いいんだよ。あっ、それから今日は跡部んちに泊まる予定だから。」
「あんまり迷惑かけちゃだめよ。」
「分かってるよ。いってきます。」
泊まるための洋服や勉強道具が入ったカバンを肩にかけ、宍戸は楽しそうな表情で家を出
た。
(久々に跡部に会える。夏休みに入ってからあんまり会ってねえもんな。)
心を躍らせながら、早歩きで跡部の家に向かう。宍戸の家から跡部の家まではそんなに離
れていないので、すぐにそこに到着した。
「やっぱ、跡部の家っていつ見てもでかいよなあ。」
宍戸は門の横にあるインターホンを押した。しばらくすると玄関のドアが開く。
「ずいぶんと早いな宍戸。」
「久しぶり跡部。」
二人はうれしそうに顔をあわせる。跡部は早く家の中に入れと宍戸の手を引いた。
「やっぱ、お前んち広いよなあ。」
「そんなことねえよ。それより宍戸。今日は自由研究からやろうと思うんだけど。いいよ
な?」
「ああ。でも自由研究って何やるんだ?俺何にも考えてないんだけど・・・。」
「そうだと思ってな。俺がちゃんと考えてあるから、二人でやって共同研究ってことにし
ようぜ。」
「分かった。で何やるんだよ。」
「シャボン玉について。」
跡部の言葉に宍戸は一瞬言葉を失った。
「・・・・シャボン玉?」
「そうだ。俺は事前にいろいろ調べたんだけど結構すごいぜシャボン玉。」
「何でシャボン玉についてなんだよ。」
「だって、お前とやるんだからあんまり複雑で難しいのは出来ないと思ってよ。それに楽
しいほうがいいだろ。」
「そっか。俺のことちゃんと考えてくれてんだな跡部。サンキューな。」
素直に笑う宍戸に跡部はなんとなく赤くなった。シャボン玉の実験は外でなければ行えな
いので二人は窓から庭へ出た。
「うわ、もうこんなに用意してあんのか。すげえな。」
「まあな。手始めに宍戸、これでシャボン玉作ってみな。」
「そんなの出来るに決まってんだろ。」
シャボン液のついた輪を渡された宍戸は、輪っかに息を吹きかけてシャボン玉をふくらま
させようとした。シャボン玉は出来ずに膜は簡単に破れた。
「あれ、おっかしいなー。何で出来ねーんだ?」
「そうやんじゃねえよ。これはな、こういうふうにやるんだ。」
跡部は輪っかを押し出すように動かし、途中で一端止め、今度は手前に引く。すると、直
径が15cmくらいのシャボン玉が出来た。
「すっげえ、何で何で?俺も作りたい!」
宍戸はまるで小さな子供のようにシャボン玉に興味を持ち始める。跡部はふっと笑ってい
ろいろな大きさや形の輪を宍戸の前に差し出した。
「いろいろあるから試してみろよ。それで、どんな大きさ、どんな形のが出来るかをメモ
するんだ。それを後で表にまとめる。分かったか?」
「おう。それにしてもいろんなの作ったんだな。これ全部お前が作ったの?」
「そうだけど。」
「ふっ・・あははは。」
「何でそこで笑うんだよ。」
宍戸は針金で作られたたくさんの輪っかを跡部が一生懸命作っているのを想像して笑った。
確かにこんな子供じみたものを跡部が作るのは、少し違和感があるだろう。
「いや、こういうのお前のがらじゃないなって思って。」
「俺だって、一応普通の中学生だぜ。」
「お前は普通の中学生には見えねえよ。それより、これおもしれー。一回つけただけで何
回もシャボン玉作れるぜ。」
「それはスポンジがついてるから。これなんかも結構すごいぜ。」
跡部は八つに区切られた少し大きめの輪でシャボン玉を作った。それは、直径が1m以上
のものになり宍戸の目を疑わせた。
「すっげえ!!何でこんなにデカイのが出来んの!?手品みてえ!!」
「お前って、本当ガキっぽい反応するな。おもしれえ。」
「だって、こんなの初めて見たぜ!何かもう自由研究っていうより遊びだよな。」
「じゃあ、少しそれっぽいことするか。」
跡部は家の中に入り、ストローを持ってきた。それにシャボン玉液をつけ、宍戸にポイン
トを説明しながらふくらます。
「よく見てろよ宍戸。こういうふうに中途半端にふくらました後、指で押さえる。そうす
ると液が重力で下へ行って下のほうの膜が厚くなるんだ。模様どうなってる?」
「何かしましまっぽく見えるけど・・・。」
「このしましまには濃度が厚さが関係していて、膜がうすくなると青→赤→黄色って順番
に色が変わる。なっ、結構理科っぽくなってきただろ?」
「はあー、シャボン玉って意外と深いんだな。」
宍戸が関心していると、跡部は自分がふいていたストローを宍戸に渡した。
「お前もふいてみな。」
「えっ・・・。でも・・・。」
「今更、間接キスになるから嫌だとかいうんじゃねえよな。ほら、早くやってみろ。」
「分かった。」
宍戸は跡部から受け取ったストローに息を吹き込んだ。普通の大きさのシャボン玉が空中
に舞う。その時、宍戸があることに気づく。
「シャボン玉に映ってる景色、左側だけ逆さまになってる。」
「気づいたか。それはなシャボン玉内が凹面鏡になってるから。底の丸いワイングラスと
かでも同じ現象が見られるぜ。」
跡部の解説はとても分かりやすく宍戸でも容易に理解ができる。この後、お昼まで水と石
鹸水の表面張力の実験やいろいろな種類のシャボン玉液の実験をして自由研究を終わらせ
た。

「はあー、疲れたー。跡部ー、腹減ったあ。」
「もうそろそろ昼飯食うか。何がいい?俺が作ってやるよ。」
「跡部、料理出来んの?」
「当然だろ?ほら、何にするんだ?」
「じゃあ、チーズサンド!」
「おっまえ、ホント単純だよな。OK。作ってやるよ。」
跡部はエプロンを着て、キッチンに立った。宍戸が簡単なものを頼んだのであっという間
に出来上がる。テーブルで待っている宍戸のところへ持って行くとエプロンを脱いで向か
い合わせに座った。
『いただきます。』
「うまい。跡部、料理上手だな。市販で売ってるのより全然いいぜ。」
「そうか。そりゃよかった。あっ、ついてるぜ。」
うれしそうに食べる宍戸のほっぺにパンがついていたので、跡部は手を伸ばしそれを取り、
自分の口に運んだ。
「何でそういう恥ずかしいこと普通にするかな、お前は。」
宍戸は赤くなって、チーズサンドをくわえたままうつむいた。
「いいじゃねえか別に。そんなに照れることないだろ。」
「そういえば、今日跡部の親っていないのか?」
自分達以外に人の気配がしないので宍戸は尋ねる。
「いや、夕方には帰って来るはずだけど。何だよ宍戸。俺の親がいちゃいけないようなこ
としたいのか?それなら心配いらないぜ。俺の部屋、防音壁だからさ。」
「ち、違ーよ!!何言ってんだ跡部!」
「冗談だよ。さて、食べ終わったことだしレポートさっさと書いちまおうぜ。」
食べ終わったお皿を片付けると、ガラスのテーブルに移り、さっき行った自由研究の結果
をレポートにまとめる。一時間くらいで終わらせることが出来たので、少しゆったりとリ
ラックスする時間が出来た。
「おい!!跡部!!何だよこの感想は!!」
「何だよ、本当のこと書いただけじゃねえか。」
「こんなのそのまま出したら俺が先生に笑われるだろ!?」
跡部がレポートに書いた感想は『宍戸の反応が小さい子供みたいで可愛かった。』である。
「大丈夫だよ。別に他の奴に見られるわけでもねーし。」
「でも・・・」
「ほら、休憩はもう終わり。次は国語やるぞ。」
(他の奴らには見られなくてもやっぱ恥ずかしいのに・・・。跡部の奴、何でこんなに自
己中なんだよ。)
跡部が自己中なのはよくわかっている。だが、やっぱり少しはむかついてしまう。その時、
跡部が国語の宿題の短歌を声に出して読んだ。
「朝月夜 寝覚めし君の 笑み顔は 常に我が身の 幸せとなり。」
「・・・・?」
本当に昔の人が読んだような歌だったので、意味を理解するのにしばらく時間がかかった。
「なっ!!」
意味を理解して宍戸は赤面した。だいたいの意味としては『夜が明けるころに目を覚まし
た時の自分に向けられる君の笑顔は、いつでも私の幸せになるのである。』という感じだ。
こんな歌をさらっと言われたら、いくらさっきまでむかつくと感じていても、そんなのは
どうでもよくなってしまうだろう。
「なかなかいいだろ?この歌。もちろんお前に向けてだけど。」
「ふっ、なかなかやるじゃねえか。でも、俺のほうが国語は得意だからな。俺だって・・・。」
宍戸は跡部に対抗出来るような短歌を考える。しばらくの沈黙があった後、宍戸が口を開
いた。
「夜もすがら 手枕の中 君の声 我の心を 飽かすものなり。」
「ふーん。ずいぶんとうれしいこと言ってくれるじゃねえか。『一晩中腕枕の中で聞く君の
声は、私の心を満足させるものである。』ねぇ。お前だって結構恥ずかしいこと言ってるぜ
?」
「いいんだよ!!つーか、何でそんなすぐに現代語訳できんだよ。結構がんばって考えた
のにー。」
宍戸はむうっとほっぺをふくらませた。
「俺に勝とうなんて十年早ーんだよ。でも、これ出したら国語の先生驚くぜ。いろんな意
味でな。」
「確かに。それよりさ、数学教えてくれよ。お前、数学得意だよな?」
「ああ。俺、勉強で苦手なものねえよ。」
「むかつくー。お前マジで苦手なものねえのかよ。」
「うーん、一つだけあるかな。」
「えっ、マジ!?何?何?」
「言うわけねーだろ、バーカ。」
跡部が苦手なもの。それは宍戸のコロコロ変わる表情や態度だ。いつも冷静で自信満々な
自分を動揺させ、振り回す。そんな宍戸が跡部の中では唯一の苦手なものだ。苦手といっ
ても嫌いという部類ではなくどちらかといえば、自分を自分じゃなくしてしまうものとい
う感じである。
「何だよー、何か俺ばっかりお前に弱み握られてるみたいじゃん。」
「別にいいだろ、それでも。それより、数学の宿題やんだろ。俺はもうとっくに終わって
るから、早くやっちまえよ。」
「もう終わってんの!?じゃあ、お前の写させろ。」
「ダメに決まってんだろ。ほら、分かんねーとこ教えてやるから。」
(うー、何で跡部はいつもこう余裕なんだよぉ。テニスでも勉強でも俺がこいつに勝てる
のってないんじゃねえか?あーあ、何かこうこいつを驚かすっつーか、動揺させるっつー
かそういうことしてみてえな。)
宍戸は頭の中で跡部のあの余裕をどうやったら崩せるかを考えている。宿題を終わらせる
ことも大事だが、宍戸にとってはこれもかなり重要なことなのだ。
「何ぼーっとしてんだよ。早く解け。」
「あ、ああ。」
(まずは、これを終わらせなきゃな。ったく、何でこんなに数学のプリントたくさんある
んだよ。)
跡部に教えてもらいながら、何とかプリントを終わらせることができた。
「やっと終わったーー!!」
「お前、時間かかり過ぎ。もう五時過ぎてんじゃん。」
「でも、もう夏休みの宿題半分以上終わったぜ。」
「で、この後何する?ここでヤる?」
「なっ、するわけねーだろ!!アホ!」
跡部がとんでもない提案をしたので、宍戸は怒鳴った。
「そんなに嫌がることねーだろ。そんなこと言う口は塞がなきゃな。」
「う・・・」
跡部は宍戸の口を自分の口で塞ぐ。突然のことで宍戸は抵抗する暇もなかった。
「ふ・・はぁ・・・跡部・・・んっ・・・」
息をつく暇もなく跡部は何度も深く口づける。跡部が完全に離れた時には、宍戸は肩で息
をしていた。
「ハア・・・いきなり何すんだよ!!」
「そんな顔して言われてもなー。お前、俺にキスされんの好きだろ。」
「うーー・・・」
跡部の言ったことが図星だったので、宍戸は何も言い返せなかった。
「じゃあ・・・」
「何だよ、宍戸?」
「もう一回・・・。」
「もう一回?何が?」
跡部は分かっていてもわざと聞き返した。宍戸は上目づかいで跡部を睨む。
「もう一回、キスしろっつってんだよ。」
「やっぱ、好きなんじゃねえか。」
宍戸は跡部の首に腕を回す。そして、もう一度唇を重ねた。
(あんなキスされたら、くせになっちまうじゃねえか・・・。)
しばらくお互いの味を味わっていると、突然、玄関のドアが開く音がした。
「ただいまー、景吾ちゃん。」
ドッキーンっ
二人は慌てて離れ、平静を装った。しばらくして、跡部の母が二人のいるリビングに入っ
て来た。
「おかえり。」
「ただいま。あら、お友達?」
「おじゃましてます。」
「珍しいわね。景吾ちゃんがお友達を家に連れてくるなんて。」
「宍戸亮といいます。初めまして。」
「初めまして。礼儀正しくていい子ね。それに可愛いし。」
可愛いと言われて宍戸は赤くなった。普通の人はかっこいいとは言うが可愛いとは言わな
い。この形容詞は跡部以外には言われたことが無かった。
「すぐに夕ごはんの用意するからちょっと待ってね。景吾ちゃん、その子、今日うちに泊
まるんでしょ。」
「えっ、俺、何にも言ってないのに何で知ってんだよ。」
「だって、そこに荷物が置いてあるし、景吾ちゃん何か今日うれしそうだったから。」
跡部は呆然としている宍戸の顔を見て、その後、目をそらした。宍戸は跡部の顔がほのか
に赤くなっているのに気づく。
「し、宍戸。早く荷物俺の部屋に置いて来いよ。ここに置いとくと邪魔だろ。」
「ああ。」
宍戸は驚いた。あの跡部がわずかではあるが動揺している。自分が来るということでうれ
しそうにしていたなんて話を聞いたら、自然と顔が緩んでしまう。宍戸は跡部の部屋に荷
物を置きに行き、またリビングに戻って来た。

豪華な夕食を食べた後、二人はシャワーを浴びることにした。先に宍戸が入ることになっ
た。
(やっぱ、跡部んちの部屋とか風呂場とか普通の人のものに比べてデカイよな。この浴槽
だってゆうに二人は入れるよなあ。)
シャワーを浴びながら、宍戸はつくづく跡部の家の広さに感心していた。その時、浴室の
扉が突然開いた。
「うわあっ、何で跡部入ってくんだよ!!」
「別にいいじゃねえか。何、今更照れてんだよ。お前もう洗ったのか?」
「洗ってるわけねえだろ。俺が入ってからまだ三分くらいしか経ってないぜ。」
「じゃあ、俺が洗ってやるよ。ほら、ここに座れ。」
「何でお前に洗ってもらわなきゃいけねえんだよ。いいよ、自分で洗うから。」
「遠慮すんな。俺が人を洗ってやるなんて滅多にないんだぜ?心配すんな。ここじゃ別に
何もしねーから。」
「本当か?」
「ホントだって。そういうことは後で俺の部屋でするつもりだし。」
「それじゃ同じじゃねーか!でも、まあここで本当に何もしないっつーんなら、別に洗わ
せてやってもいいぜ。」
宍戸はいやいやながらも跡部の言う通りにイスに座った。跡部はシャンプーを手に取り、
宍戸の髪の毛をそっと洗い始める。
(こいつ洗うのもすげえうまいな。何か同じ学年の奴に洗ってもらうなんて変な感じ。)
「あーあ、一度長い時に洗っておくべきだったな。」
跡部がぼそっと呟いた。
「長い時って・・・。髪なんてほっときゃ勝手に伸びんだから、もう少し待ってりゃいい
じゃん。」
「何だよ?髪が伸びたらまたこんなふうに洗わせてくれんのか?」
「えっ・・・髪洗わせるくらいだったら別に嫌がらないけど・・・。」
「ふーん、じゃあこの髪はもう俺のな。他の奴に触らせんじゃねーぞ。」
「何でそうなるんだよ!?ったく、もう髪の毛はいーよ。体洗うから流せよ。」
宍戸に言われて跡部は髪についている泡を綺麗に流した。
「体も洗ってやるよ。」
「体は自分で洗う!跡部もさっさと洗っちまえ。」
「分かったよ。」
(宍戸の奴。洗うぐらいいいじゃねえか。でも、まあ風呂から出たらいろいろできるんだ
し、今はこれくらいで我慢しとくか。)
二人はさっさと髪の毛や体を洗って、一度お湯につかった。浴槽には入浴剤が入れてあり
お湯の色は乳白色でとてもいい香りがしている。
「これいい匂いだな。」
「俺もこの入浴剤は気に入ってるんだ。いろいろ効果があるらしいけど忘れちまった。」
「へえ。いいよなー。こんなに大きいバスタブで。俺んちはこれの半分くらいだぜ。」
「入りたくなったらいつでも来ていいぜ。ただし、俺がいる時に限るけど。」
「じゃあ、たまに来ようかな。つーか、あっちぃ。もうそろそろ出ようぜ。」
「そうだな。」
始めはあんなに跡部が入って来たことを嫌がっていた宍戸だったが、最後はもうどうでも
よくなってしまったようだ。二人はパジャマに着替えると、そのまま跡部の部屋に向かっ
た。

                     to be continued

戻る