Sweet Valentine 〜その1〜

「今年もそろそろだな。」
「そうですね。宍戸さんはどうするんですか?」
「そうだなあ・・・いつもと同じじゃつまんねぇし・・・」
「何の話しとるん?」
部活がオフの放課後、宍戸と鳳は交友棟で話をしていた。そこにたまたま忍足が通りかか
る。
「あっ、忍足先輩。」
「随分、楽しそうに話しとるやん。何がもうそろそろやって?」
「バレンタインだよ、バレンタイン。」
「あー、そういえばそうやな。」
「忍足先輩も向日先輩にあげるんでしょう?」
「当然やろ?何にするかは今考え中やけどな。」
空いているイスに腰かけ、忍足は二人の話に参加する。今年もこの三人はそれぞれのパー
トナーに何かプレゼントをあげるようだ。
「跡部も滝も女子から結構な数もらえるだろ?だからこう、目立つようなものをあげたい
なあと思って二人で考えてたトコ。」
「確かになあ。うちのレギュラー陣は数十個は当たり前やもん。」
「たくさんもらえると嬉しいですけど、あげる方となるといろいろ考えちゃいますよね。」
なかなか良い案が思い浮かばなくて困ってしまうというような顔で鳳は笑う。あげるのだ
ったら、やはり相手にとって一番がいい。とにかくただのチョコレートではダメなのだ。
「なあ、何だったらこの三人で勝負せぇへん?」
「勝負?何のだよ?チョコレートの数か?」
「チョコレートの数で勝負するのもおもろいけど、それじゃあオリジナリティがないやん。
それぞれの相手に何かをあげて、誰が一番喜ばれるかを勝負するんや。」
「おもしろそうですけど、それって勝ち負け決めるの難しくないっスか?」
誰が一番喜んでいるかなど、外から見て判断するのは難しい。しかし、忍足は何にも難し
いことはないと言わんばかりに、笑いながら勝ち負け判定の方法を二人に提案する。
「確かにはたから見て、相手がどのくらい喜んでるかは分からんけど、自分らなら分かる
やろ?」
「まあな。」
「せやから、五段階くらいに喜んだらする態度をお互いに教え合っといて、それを見て判
断するんや。」
「なるほど。それならどのくらい喜んでるのか他の人から見ても分かりますもんね。」
忍足の案に二人は納得。自分の相手が喜んだ時、どんな態度をするかを思い返してみる。
「うーん、五段階って難しすぎじゃねぇ?せめて、三段階くらいにしようぜ。」
「そうですね。五段階に分けるってのはちょっと難しいです。」
「ほなら三段階でええんちゃう?それじゃ、まず宍戸から。」
「えっ、いきなり俺かよ!?えっと、そうだなあ・・・・」
跡部の喜び方を三段階に分けるとどうなるのだろうか、宍戸は真剣に考えてみる。あまり
ハードルを高くしすぎても不利になってしまうので、自分が想像出来る範囲でその喜び方
を考えてみた。
「まず第一段階は普通にさらっとお礼を言うだろ。第二段階は抱きしめるとかキスすると
かじゃねぇ?」
「第二段階でそれですか。」
「で、第三段階は?」
「第三段階は・・・お前らの見たことのないような笑顔でお礼を言って、俺のこと好きだ
って言ってくれる。」
言ったあとで何だか自分の希望を言っているようだなあと感じ、宍戸は何となく恥ずかし
くなってしまう。照れくささから熱くなった顔を冷やそうと飲みかけていたジュースをゴ
クゴクと飲んだ。
「まあ、妥当やな。」
「俺達の見たことのない跡部さんの笑顔ってどんな感じなんでしょうね?」
「それはかなり気になるなあ。」
「も、もう、俺のはいいだろ!!はい、次、長太郎!!」
「俺っスか!?え、えっと・・・・」
これはなかなか言うのが恥ずかしいなあと鳳は感じる。ちょっと間を置いて、滝の喜ぶ様
子を一つ目から説明する。
「まず一段階目は笑顔でありがとうだと思います。二段階目は頬っぺたとか口以外のとこ
ろにキスですかね?」
「口以外のところねぇ。」
「まあ、滝らしいな。」
「三段階目は、やっぱり口にキスで抱きしめてくれるとか、頭を撫でてくれるとかだと思
います。二人きりのときは普通にしてくれるんですけど、人前だと俺のこと気づかってあ
んまりしないんですよ。」
「跡部とは大違いやな。」
「うるせー。」
跡部と滝の普段の態度の違いを思い出し、忍足は宍戸をからかうように笑う。からかわれ
ても否定出来ないところが宍戸にとっては悔しいところだ。
「俺はこんな感じっスね。最後は忍足先輩ですよ。」
話題を変えてあげようと、鳳は話をもとに戻した。忍足はコホンと一度咳払いをし、岳人
の喜び方を三段階に分ける。
「岳人は・・・まず一段階目は飛びついてくるやろな。」
「あー、確かに。」
「そんな感じっスね。」
「二段階目は、せやな・・・やっぱ宍戸と同じでキスしてくるとかだと思うで。」
「じゃあ、第三段階は何だよ?」
「三段階目は、今、世界で一番幸せだみたいなことを言ってくれるってことかな?これ、
言われたら結構嬉しいで。」
「向日先輩なら言いそうですよね。」
「跡部は人前じゃそんなこと絶対言わねぇけどな。」
「これでみんなそれぞれの喜び方のレベルが分かったよな?」
「はい。」
「おう。バッチリだぜ。」
「それじゃ、バレンタイン同じ場所で自分の考えてきたまたは持ってきたプレゼントを贈
る。それで、みんなの喜び方をチェックしようや。」
そう言いながら、忍足は席を離れようとする。
「あれ?忍足、もう帰んの?」
「岳人、もうそろそろ委員会の仕事終わってるはずやからな。」
「バレンタイン、お互い頑張りましょうね。」
「負けへんで。」
「俺だって負けねぇ!!」
「ま、宍戸も鳳も頑張りや。ほな、バレンタインに。」
ひらひらと手を振りながら、忍足は交友棟を出て行った。残された二人はしばらく黙った
まま忍足を見送る。
「さてと、マジでどうするか考えなくちゃな。う〜、悩むぜ。」
「そうですね。でも、俺、こういうこと考えるの結構好きですよ。滝さんに喜んでもらえ
るのはやっぱり嬉しいですもん。」
「まあな。ま、続きは家で考えるとするか。そろそろ帰ろうぜ、長太郎。」
「はい。」
もうそろそろ日も暮れてしまうので、二人は家に帰ってから続きを考えることにした。数
日後のバレンタイン。今年はいつもとは一味違うことが起こりそうだ。

宍戸や鳳が交友棟で話をしているちょうどその時、跡部や滝は図書室に来ていた。読書が
趣味のこの二人、部活がオフの時間を使って本を借りにでも来たのだろう。
「随分、いっぱい借りるんだね。」
「ここの図書室は絶版された本とかも結構あるからな。手に入らないものはここで借りる。」
「さっすが、跡部。」
「なあなあ、跡部。」
「あーん?誰だよ?」
カウンターに本を持っていこうとすると制服の端を誰かに引っ張られる。不機嫌な声を出
し、振り返ってみると、そこには岳人が困った顔で跡部の顔を見上げていた。
「あれ?岳人じゃん。図書館にいるなんて珍しいね。」
「好きで来てんじゃねぇよ。委員会の先生にこの本返すように言われたんだけど、滅多に
図書室なんて来ねぇから分っかんねぇんだよ。」
「返却ならそこのカウンターに出せばいいだけだよ。」
カウンターを指差しながら滝は言う。
「サンキュー滝。じゃあ、返してくるな。」
ピョンっと跳ねるように岳人は、カウンターへと向かう。そのあとを追うように跡部と滝
もカウンターの方へ歩いていった。
「返却は一ヵ月後になります。」
借りた本を受け取ると跡部は図書室を出ようとドアに向かった。滝も続いて同じ方へと歩
き出す。ドアの前には岳人が立っていた。
「さっきはサンキューな。助かったぜ。」
「どういたしまして。」
「ったく、世話の焼ける奴だぜ。」
「跡部は何にもしてねーだろ!」
「あーん?誰に口きいてんだ。」
「こらこら、二人ともこんなとこで喧嘩しない。ドアの前で止まってたら他の人の迷惑に
なるだろ。」
滝の言うことはもっともだと、二人はしぶしぶ図書室を出る。そして、さっきの口論の続
きをしようとした瞬間・・・・
「あっ!!」
突然、滝が何かを見て声をあげる。跡部と岳人は言葉を発するタイミングを逃してしまっ
た。
「どうしたんだよ、滝?」
「いきなり意味不明な声出すんじゃねぇ。」
「あー、ゴメンゴメン。ちょっと手帳見てたらもうすぐ長太郎の誕生日だなあと思って。」
「鳳の誕生日?」
「鳳の誕生日っていうと、確かバレンタインデーだったよな?」
「そうそう。そっか、バレンタインデーでもあるんだよね。跡部と岳人も宍戸や忍足から
もらえるんじゃないの?」
バレンタインの話になり、二人はさっきの言い争いなどどうでもよくなってしまった。毎
年バレンタインにはクラスや他学年の女子から抱えきれないほどのチョコレートをもらえ
る。しかし、何よりも嬉しいのは自分の恋人である宍戸や忍足からもらうプレゼントなの
だ。
「そうか、もうそろそろバレンタインなのか。」
「今年は侑士、何くれるんだろうなあ。」
「二人とももらってばっかじゃなくて、たまにはあげてみたら?俺は長太郎が誕生日だか
ら、もちろんプレゼントはあげるけど、バレンタインに彼氏の方がプレゼント贈っちゃダ
メなんてことはないと思うよ。」
ふとした滝の提案に二人は黙り込む。それはおもしろい考えだと妙に納得してしまったの
だ。自分達からプレゼントをあげたら、宍戸や忍足はどんな顔をするのだろう?そんなこ
とを頭の中で考えてみる。
「そりゃ、おもしろそうだな。」
「確かに俺達ばっかもらってるってのも悪いよな。」
「他の女子に比べて、宍戸や忍足の好みとかして欲しいこととか分かってるんでしょ?だ
ったら、喜んでもらうのは簡単じゃない。」
「そうだよな。よーし、今年のバレンタインは侑士にプレゼントをあげて喜ばすぞー!!」
素直にやる気を外に表している岳人とは対照的に、跡部は真剣な表情で何かを考えている。
そんな様子を見て滝は、何だか微笑ましいなあと笑った。
「とにかく二人とも喜んでもらえるように頑張ってね。俺、帰りにちょっと寄って行きた
いところがあるからもう帰らなくちゃ。」
「おう!!滝も鳳といい感じになれるように頑張れよな。」
「うん。ありがと、岳人。」
「たまにはお前もいいこと思いつくじゃねぇか。」
「たまにはは余計!!じゃあな。」
跡部の言葉に少し怒ったよう様子で返すがその顔は楽しそうに笑っている。普段はもらっ
てばかりの自分達がプレゼントをあげる。今年はいつもとは少し違うバレンタインになり
そうだと跡部も岳人も口元を緩ませた。
「俺からプレゼントか。宍戸には何がいいんだろうなあ。」
「侑士はモテるからなあ。他の奴らに絶対負けないようなものあげてやろう。」
どちらもプレゼントのことで頭がいっぱいになる。あげる方となると誰でも相手のことを
思って喜んでもらえるよう様々な考えを巡らせるようだ。

珍しく跡部と一緒に帰らなかった樺地は、既に家にいて自分の部屋でせっせと手を動かし
ていた。手には細い木の棒が握られ、夕日のオレンジに近い色の毛糸がだんだんと何かの
形になっていっている。
「お兄ちゃん。」
黙々と作業を進めていると妹が部屋へと入ってくる。
「今年のバレンタイン、どんなチョコが食べたい?・・・何作ってるの?」
お兄ちゃんっこの妹がバレンタインチョコのリクエストを聞きにきたのだ。しかし、樺地
はあまりにも作業に夢中になっていたためにそうすぐには気づけなかった。ひょこっと目
の前に顔を出し、何をしているのか尋ねられ、やっと妹の存在に気がつく。
「編み物?この大きさだとセーターだよね。」
「っ!?」
「あー、分かった。これ、バレンタインのプレゼントだー。」
「ち、違っ・・・」
「相手は、そうだなあ、こんなオレンジ色のセーターを跡部さんにあげるわけないし、分
かった!!ジローさんでしょ?」
妹は何でもお見通しらしい。樺地の話を聞いて、テニス部レギュラーメンバーの顔と名前
は全て知っている。樺地が誰と親しいかもだいたい分かっているため、相手の見当がすぐ
についてしまった。ここまで図星をさされ、樺地は恥ずかしくて何も言えなくなってしま
う。
「なーに恥ずかしがってるのお兄ちゃん。別に私、誰にも言うつもりないから大丈夫だよ。」
にこにこしながら樺地妹はそんなことを言う。もう当初の目的などどうでもいいらしい。
「私が可愛いラッピング袋とかリボンとか買ってきてあげる。お兄ちゃん、自分で買いに
いくの恥ずかしいでしょ?」
「えっ・・・?」
「バレンタインに間に合うように頑張ってね。そのセーター、すごくジローさんに似合い
そうだもん。じゃ、お邪魔しましたー。」
「えっ、ちょっ・・・・・行っちゃった・・・」
樺地のバレンタインに協力する気満々で、妹は部屋を出て行った。何も言えないまま、樺
地は編み棒を持ったまま呆然とする。
「まあ、協力してくれるって言うならいっか・・・・」
妹の言っていた通り、自分でラッピング用品を買いにいくのは少々恥ずかしいものがあっ
た。しかし、それを自らしてくれると言うのだ。断る理由など全くない。というか、断る
隙を与えず、妹はこの場から立ち去ってしまった。いい妹だなあと思いつつ、樺地は再び
手を動かし、セーターを編み始めた。

                     to be continued

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