コンビニやスーパー、いろいろな店で多く見られるようになったものがある。高いものに
安いもの、オマケ付きにキャラクターもの・・・。そう、もうすぐバレンタイン。好きな
人に思いを伝えるには絶好のチャンスだ。
「はあー、今日の練習も疲れたあー。ねー、樺地。」
「ウス。」
鳳はレギュラー専用の部室に入り、着替えを始めた。もちろん樺地も一緒だ。3年のメン
バーはもう大分前に引退してしまったので、遊びに来ることはあっても練習に来ることは
ほとんどない。少し寂しいなあと思いながらも二人とも練習を頑張っていた。
「そういえばさ、もうそろそろバレンタイン・デーだよね。」
「ウス。」
「樺地は誰かにあげるの?」
「・・・・・。」
「あっ、ゴメン。言いたくなかったらいいよ。俺はね、滝さんにあげるつもりなんだ。」
少し照れながら鳳は樺地に言う。樺地ももちろんあげたいと思っているのだが、あえてそ
れは言わない。まあ、鳳は樺地が誰にあげるのかなどお見通しなのだが。
「それで、ちょっと相談があるんだけどいいかな?」
「?」
「どうせあげるんだったら、手作りにしたいんだ。樺地も一緒に作ってくれない?一人じ
ゃ心細いし・・・。」
「・・・ウス。」
樺地はネクタイを締めながら頷いた。
「あっ、どうせだったら宍戸さんや忍足先輩も誘おうよ。多分あの二人もバレンタインに
は何かあげるハズだからさ。」
というわけで、鳳は宍戸と忍足を誘いバレンタイン・デーの前日にチョコレート作りをす
ることに決めた。
バレンタイン・デー前日。4人はそれぞれ自分が作りたいもの材料を持って、鳳の家へや
ってきた。
「鳳の家、広いなあ。」
「ホント、ホント。跡部の家もデカイけど、長太郎の家もなかなか広いよな。」
「そんなことないですよ。じゃあ、キッチン行って作る用意しましょう。」
「ああ。」
「せやな。」
「ウス。」
キッチンへ向かい、持ってきたものをテーブルの上に出す。その材料を見るとどうやらた
だのチョコレートを作るという人はいないようだ。
「みんな、なんか材料すごいっスね。」
「忍足は何作るんだ?」
「俺は普通にチョコレート。だけど、ただ溶かして固めるだけやとおもろないから、いろ
んな飾りも持ってきたんや。」
「へぇ。長太郎は?」
「俺はトリュフです。簡単そうだけど、ちゃんと作れたら結構豪華になるんで。」
「そっか。」
他の人の作るものを聞いて宍戸は妙に感心する。樺地はなにやら面白い型を持ってきてい
てどうやらその型に合わせ、チョコレートを固めるようだ。
「そういう宍戸は何作るん?」
「俺はクッキーにするつもり。跡部さあ、甘いの苦手なんだよ。だから、味を調節できる
クッキーの方がいいかなあと思って。」
「へぇー、跡部さんの好みよく知ってるんですね。さすが、宍戸さん。」
話はこんなところで止めにして、4人は自分の作りたいものを個々に作り始める。チョコ
レートを湯せんで溶かしたり、小麦粉をボールに入れて、卵と混ぜたりとなかなか手際は
いいようだ。ところが、それは初めの方だけだった。
「うわあっ、チョコに水が入ってもうた。」
「う〜、うまく丸くならないー。」
「砂糖ってどれくらい入れりゃいいんだ?」
簡単そうに見えるチョコ作りもなかなか難しく、3人は失敗ばかり。湯せんの水を入れて
しまったり、うまく丸められなかったり、砂糖の分量が分からなかったりで四苦八苦して
いる。だが、樺地だけは淡々となんの問題もなしに調理を進めていった。しばらく、チョ
コレートと格闘し、鳳と忍足はなんとか固めるあたりまで作ることが出来た。宍戸もやっ
とのことで焼くところまできた。
「はあー、なんとか形にはなりそうですね。」
「俺もなんとかなりそうや。宍戸はどうや?」
「一応、焼けたけど・・・・。」
「一つ味見してみてもいいですか?」
「ああ・・・。」
宍戸は鳳に味見をさせる。もちろんそれより前に自分も味見をしていた。
「これ、おいしいですよ。宍戸さんうまいっスね。」
「ホンマか?俺も一つええか?」
宍戸は黙って頷く。だが、その表情はいまいちうかない。
「おいしーやん。これ成功やろ?」
「そんなにうまいと思うんだったら、お前ら食っていいぞ。・・・これじゃダメだ。」
宍戸はクッキーの出来に納得がいかないらしい。鳳と忍足は顔を見合わせて、首を傾げた。
「本当においしいですよ?」
「だから、食っていいって言ってんだろうが。」
「何がそんなに気に入らんの?」
「甘すぎんだよ。これじゃあ。俺達にはちょうどよくてもあいつには甘すぎだ。もう一回
作り直す。」
ムッとした表情で宍戸はもう一度ボールに薄力粉を入れ、初めから作り直し始めた。
「じゃあ、これは俺達で食べてまおう。」
「そうですね。樺地も食べなよ。」
「ウス。」
宍戸以外の3人は宍戸の作ったクッキーをパクパク食べる。食べ終わると自分達の作りか
けのものの仕上げにかかった。鳳は半分くらい固まった丸いチョコの塊にココアパウダー
をまぶし、忍足は星やハート型のチョコの上にアーモンドやアラザンを乗せ派手にでコレ
ーションする。樺地は型から丁寧にチョコを外した。
「くそっ・・・。」
「どないしたん宍戸?」
「また失敗だ。今度は味がなさすぎる。」
鳳と忍足の二人は再び宍戸の作ったクッキーを口に運ぶ。確かにさっきのほど甘くはなく
なったが、今度は味が薄すぎて、おいしいと言えるものではなくなってしまった。
「さっきの方がおいしいですね。」
「確かに。でも、これなら砂糖の量はそのまんまでココアの量を増やしたらええんとちゃ
う?」
「そっか。ココアを増やせば風味は強くなるもんな。」
宍戸は忍足のアドバイスに納得した。純ココアなら砂糖は入っていないので、甘くはなら
ずにコクだけが増す。それなら、少しはおいしくなるはずだと宍戸はもう一度作り直そう
とした。
「長太郎、もう一回だけ作り直していいか?」
だが、ここは鳳の家。オーブンもボールも全て鳳の家のものだ。さすがにこれ以上作り直
そうとするのは少し悪いと思い、念のため鳳に了解をとった。
「いいですよ。宍戸さん、本当跡部さんのこと好きなんですね。納得いくまでやってくだ
さい。」
あまりにも宍戸が頑張っているので、鳳は笑顔でそのことを了承した。忍足や樺地も自分
のものが作り終わったので宍戸を手伝うことにした。材料の分量を量ったり、使い終わっ
た道具を洗って片付けたりと一生懸命手伝った。
チンッ
焼き上がりを知らせる音が鳴ると宍戸は扉を開け、クッキーを取り出す。その中の一つを
恐る恐る口に運んだ。
カリッ
さっきのような甘味はほとんどない。だが、苦味が強くコクがあって味は迷わずおいしい
と言えるものだった。
「どや?宍戸。」
「うん。これならオッケーだと思う。甘さ控えめだし、コクはあるし、これならきっと跡
部も気に入ってくれると思うぜ。」
やっと、宍戸に笑顔が戻った。他の3人もホッとしてふっと笑顔になる。
「よし、これで全員完成しましたよね?」
「ああ。ゴメンな。時間かかっちゃって。」
「ええよ。こういうのはとことん時間かけた方が愛がこもってるやろ?」
からかうように忍足は言う。宍戸は真っ赤になってうつむいた。
「忍足先輩。あんまり宍戸さん苛めちゃ可哀想ですよ。」
「だって、本当のことやんか。」
「それより、ラッピングしましょうよ。綺麗なラッピングした方が相手も喜んでくれるは
ずです。」
「そうだな。」
ラッピングのための包装紙や箱やリボンは鳳が全て用意していた。いろいろな種類があっ
たのでそれぞれ自分の気に入ったもので、作ったお菓子を丁寧にラッピングする。
「俺はこれにしよう。」
宍戸は淡い水色の柔らかい紙でクッキーを包み、赤いリボンで上の方を結んだ。
「俺はこれにします。」
鳳は長方形の箱に色とりどりの銀紙に入れられたトリュフを並べ、小さなハート柄の包装
紙で箱を包む。それにピンクの花の飾りをつける。
「俺はこれやな。」
忍足はハート型の箱にさまざまな形のチョコを入れて、ふたをしたあとリボンでぐるっと
飾った。
「・・・・・。」
樺地は小さなビニール袋に羊型のチョコを個々に入れて、紙でできたオレンジ色の袋にそ
れを入れて、ハートのシールで口を閉じた。
「みんな、なかなかセンスええやん。」
「これなら明日、バッチリですね。」
「でもさあ、よく考えてみりゃ、バレンタインって女から男にプレゼントあげる日だろ?」
「それがどうしたんです?」
「だから、跡部や岳人はもちろん俺達だってもらうことになるじゃん。いつ渡すよコレ。
学校にいる間はたぶん無理だぜ。」
『あっ・・・。』
4人は大変なことに気がついた。確かにバレンタインというのは普通は女の子から男の子
にチョコをあげる日だ。テニス部レギュラーメンバーはその容姿からもちろんモテモテな
ので女の子からチョコをもらわないという人は一人もいないだろう。となると、自分も呼
び出されるし、相手も呼び出されることは安易に想像できる。なので、いざ自分の作った
プレゼントを渡そうと考えても二人きりになれる時間などほとんどないのだ。
「どうしましょう・・・。」
「せやなあ。なんとか帰りとか二人きりになって渡すとか。そうじゃなかったら、相手の
家に泊まるとかして渡したらどうや?」
「それしかないよなあ。まあ、明日は金曜だし俺は多分跡部んちに泊まると思うけど。」
「じゃあ、俺も滝さんの家に泊まれるように頼んでみます。」
「俺もそうしなきゃアカンな。岳人なら大丈夫だろうし。」
「ウス。」
というわけで、4人はチョコを渡す時間は下校時か相手の家に泊まり、その時渡すという
ことに決めた。明日のバレンタイン・デー。果たしてどんなことが起こるのやら・・・。
to be continued