ここは、様々な種族が住む世界。人族、獣族、鳥族、魚族、虫族、花族などが共生してい
る。人族以外は、二つのモードを持っており、感情や気分、状況によってモードが変わる。
それぞれの種族が、その種族特有の特徴を持っており、その特徴を生かしながら環境に順
応している。この日は、雲一つない快晴で、林や野原、海や丘でいろいろな種族が、いつ
ものように穏やかな時間を過ごしている。
林のすぐ側にある野原では、花族の鳳がぺたんと地面に座って日光浴をしていた。花族は、
太陽の光を浴びることで、ある程度の栄養を自分で作ることが出来るのだ。
「今日はお日様があったかくて、気持ちいいー。」
ぽかぽかとした日差しを受け、鳳は大きく伸びをする。鳳は、スミレモードと百合モード
を持っているが、気持ちの落ち着いている今はスミレモードだ。そんな鳳のもとへ、花緑
青色の翅を羽ばたかせ、虫族の滝がやってきた。
「やあ、長太郎。」
「あっ、滝さん。こんにちは。」
「日光浴?」
「はい。今日はお日様が明るいんで、日光浴日和なんですよ。」
太陽の方を向いて、柔らかい笑顔を浮かべている鳳の隣に、キラキラ光る花緑青色の蝶の
翅を閉じながら、滝は座った。
「本当、あったかいねー。」
「花族にとって、お日様はある意味でご飯みたいなものですから、こういう天気は大好き
なんですよねー。」
「そっか。花族は光合成出来るもんね。長太郎がお腹いっぱいになったら、俺もご飯食べ
たいな。」
「えっ?」
「虫族のご飯は、花の蜜だよ。ほんの少しでいいから。ね?」
「ま、まあ、少しくらいなら・・・・」
花族の体液は花の蜜であるため、ただキスをするだけでも十分に蜜が得られるのだ。それ
を知っているため、鳳はほのかに頬を赤く染めながら、滝の言葉に頷いた。
「長太郎がお腹いっぱいになるまで、俺も一緒に日光浴してよーっと。」
「結構時間かかるかもしれないですよ?」
「長太郎と一緒だったら、何時間でも付き合うよ。」
ニッコリ笑いながら、滝は言う。その笑顔にやられ、鳳は胸のドキドキが大きくなる。そ
の瞬間、ふわっと辺りに花の香りが漂い始めた。
「すごいイイ匂い・・・。長太郎、ドキドキしてる?」
「えっ・・・あ・・・はい。」
花族は感情が高ぶったり、鼓動が速くなったりすると、花の香りが強くなる。その香りは、
特に虫族の嗅覚には非常に心地よく感じられるのだ。そんな香りに包まれたまま、滝は鳳
の日光浴が終わるまで、その心地よさに浸っていた。
「ふぅ、もうお腹いっぱいです。いっぱい光合成しました。」
「本当?」
「はい。お待たせしちゃってすいません。」
「長太郎の匂い、すごくイイ匂いだから、すごくお腹空いてきちゃった。もう我慢できな
いよ。」
鳳の匂いにやられ、滝はすっかり空腹状態になっていた。鳳の目の前に座り、両肩をしっ
かり掴む。滝の顔が近付いてくるのが直視出来ず、鳳はぎゅっと目をつぶる。唇と唇が重
なると、鳳は小さく口を開く。その小さな隙間から、滝は舌を入れ、鳳の口内に溢れる花
の蜜をじっくりと味わった。
「ん・・・」
(甘い。やっぱ、花族の蜜って最高。)
何度も何度も角度を変え、滝は一滴もこぼすことなく甘い蜜を貪る。蜜を吸われていると
はいえ、していることは恋人同士がするようなキスである。口の中を舐められる感覚と体
が熱くなってくるようなときめきに、鳳の胸は先程よりも激しく高鳴っていた。
「んぅ・・・んっ・・・・」
胸の高鳴りが最高潮に達すると、突然辺りにむせ返るほどの芳香が広がる。それと同時に
滝が味わっている蜜の味も変わった。
「ハァ・・・味が変わった。」
「ふはぁ・・・すいません、ちょっとドキドキしすぎて・・・」
「百合モードの方だね。でも、俺はこっちの匂いも蜜の味も大好き。」
「た、滝さんっ・・・んんっ・・・」
もう充分に蜜を摂取したが、味が変わればまた別である。もっともっと蜜を飲みたいと、
滝は再び鳳の口を塞いだ。スミレモードの時よりも、濃厚で芳しい香りを放つ蜜に、滝は
次第に夢中になってゆく。あまりに夢中になって蜜を摂取していたため、いつの間にか滝
は、鳳のことを押し倒していた。そんな状態で、長く深いキスにくらくらしながら、鳳は
ほんの少しだけ目を開けてみる。すると、太陽の光を受け、眩しい程にキラキラと輝く滝
の蝶の翅が目に入った。
(すごい・・・綺麗・・・・)
この世のものとは思えないほどの優美な色合いの翅に魅せられ、鳳は目を奪われる。甘い
口づけと目に映る翅の美しさが重なり合い、鳳はまるで夢を見ているかのような感覚に囚
われる。脳髄からとろけてしまいそうな心地よさ。そんな感覚に浸りながら、鳳は捕食さ
れる心地よさを、滝の食事が終わるまで存分に味わった。
「はあー、お腹いっぱい。ごちそうさま、長太郎。」
「・・・・はい。」
「ゴメンね。ちょっと食べすぎちゃった。疲れたでしょ?」
「い、いえ・・・その・・・気持ちよかったんで、大丈夫です・・・。」
恥ずかしそうにそう言う鳳に、滝はドキッとしてしまう。しかも、いつの間にか、自分の
下に鳳を組み敷くような体勢になっている。これでは何だか他のことをした後みたいだと
思い、滝も何だか恥ずかしくなってしまった。
「あっ、ゴメンね!!ちょっと夢中になっちゃって!!」
「いえ、別にどうってことないんで、気にしないでください。」
照れ笑いを浮かべる鳳に、滝はさらにやられる。もう何て可愛さなんだと思い、ドキドキ
していると、どこからともなく、怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。
「あれ?あの声は・・・」
「宍戸さんと跡部さんですね。」
「あの二人、またケンカしてるのか。よくやるねー。」
「でも、基本的には仲良いんですよね。」
「そうそう。あの二人にとっちゃ、ケンカも愛情表現の一つだからね。」
「見てる方としては、ハラハラしちゃいますけどね。」
「確かに。さてと、お腹もいっぱいになったことだし、どうしようか?」
「とりあえず俺は、もうちょっと滝さんと一緒に居たいなあと思うんですけど、ダメです
か?」
「いいに決まってるじゃん。じゃあ、もう少しここに居て、話でもしようか。」
「はい!」
跡部と宍戸がケンカをしている声が聞こえるが、そんなことは自分達には関係ないという
がごとく、二人はその場にとどまり、話をし始める。あたたかい日差しを浴び、滝と鳳は
ゆったりと流れる時間を楽しむのであった。
「だから、テメェはダメだっつってんだよ!!」
「んなこと、跡部には関係ねぇだろ!!」
「アーン!?関係なくねぇから言ってんじゃねぇか!!」
「ウルセー!!とにかく俺は俺の好きなようにやる!!口出しすんな!!」
シマシマの入った耳と尻尾を逆立て、宍戸は跡部を怒鳴りつけている。そんな宍戸のテン
ションに引きずられ、跡部もすっかりお怒りモードだ。今回のケンカの原因も大したこと
ではないのだが、一度火がつくともう誰にも止められない。ケンカがヒートアップすると、
宍戸はとどめの一言を跡部に放つ。
「もう跡部なんて、大っキライ!!俺に近寄んな!!」
「なっ!?」
さすがにここまで言われると跡部も若干のダメージを受ける。跡部が怯んでいる間に、宍
戸はその場からの物凄い勢いで走り去ってしまった。宍戸は獣族で、虎モードと兎モード
を持っているが、虎というよりむしろチーターか何かではないかと思うほどの速さで走っ
てゆく。みるみるうちに離れて行く宍戸を見て、跡部は若干の冷静さを取り戻す。
「・・・ったく、これだから世話が焼けるっつってんだよ。」
ボソっとそんなことを呟きながら、跡部も走り出す。もちろん普通に走っていたら追いつ
かないのだが、跡部は宍戸にこの後起こることを予測していた。しばらく走っていって、
宍戸の背中が少し見えたと思った瞬間、その背中が一瞬にして消える。しかし、それは宍
戸が消えたのではなく、林のいたるところにある丸太か木の根に足を引っかけ、それはも
う盛大に転んだのであった。
ズシャア――ッ!!
少し離れたところでも、転んだ瞬間の音が聞こえてきた。これはただごとでは済まないな
あと思いつつ、跡部は宍戸のところまで走って行く。
「・・・・痛ってぇー。」
全力疾走をしていて転んだため、その衝撃は普通では考えられないものであった。獣族は
基本的に体は丈夫ではあるが、さすがにこれだけ派手に転べば、怪我は免れない。腕、肘、
膝、顔などむき出しになっていた箇所には無数の擦り傷が出来、足を引っかけたはずみに
足首を捻ってしまっていた。痛みを堪えて何とか起き上がることは出来たが、これ以上走
ることは不可能であった。
「うう・・・全身が痛ぇ・・・俺ってば、激ダサ。」
「ハァ・・・やっと、追いついたぜ。」
「げっ!跡部!!」
「ったく、どんなコケ方したらそんなになるんだよ?」
いたるところに傷を作り、血を流している宍戸を見て、跡部は呆れたようにそう言う。さ
っきの今で、そんなことを言われ、宍戸のイライラはさらに高まっていた。
「俺に近付くなって言っただろ!!」
「バーカ。そんな傷だらけになってる奴をほっとけるわけねぇだろ。」
「ウルセー!!あっち行け・・・って、わあっ!!」
宍戸の話を聞かず、跡部は傷だらけの宍戸の体をひょいっと持ち上げる。そして、そのま
ま、林の中にある泉に向かった。泉に着くと、跡部は宍戸を下ろし、ハンカチを泉に浸し、
宍戸の傷を拭う。
「えっ・・あ・・・跡部っ・・・?」
「いくらテメェが獣族ったって、傷が膿んだり、細菌が入っちまうのは、俺らと同じなん
だからな。ちゃんと手当てしねぇと・・・」
「お、おう・・・」
先程までケンカをしていたのに、心から自分のことを心配して、優しく手当てをしてくれ
る跡部に、宍戸はキュンとしてしまう。腕や足の手当てが終わると、跡部はハンカチを洗
い直し、擦り傷のある頬を丁寧に拭いた。じっと顔を見られているような感じに、宍戸は
ドキドキしてきてしまう。
「少しは機嫌、直ってきてるみてぇだな。」
「へっ・・・?」
「耳と尻尾、虎じゃなくて兎の方になってるぜ。」
黒いうさ耳に跡部はちゅっとキスをする。怒っていたり、拗ねていたり、攻撃的な気分だ
と虎モードになる宍戸だが、機嫌がよかったり、ドキドキしていたり、甘えるような気分
になると兎モードになるのだ。先程までの虎耳と尻尾はいつの間にか消え、今は可愛らし
いうさ耳ともこもこの丸い尻尾が生えている。
「やっ・・・跡部っ、耳に口つけんな!」
「こっちの耳は感じやすいもんな。」
「ひゃっ!!わ、分かってんならやめろよ!」
「本当可愛い反応すんな。そんな顔見せられたら、余計にいじめたくなっちゃうぜ?」
頭に生えているうさ耳は、人間の耳よりも敏感で、跡部に触れられるたびに宍戸は体をプ
ルプルと震わせる。
「や、やぁ・・・跡部・・・」
頬を赤く染め、大きな瞳は潤んでいる。そんな宍戸の表情に、跡部は撃沈だった。
「そんなに耳に触られたくねぇのかよ?」
「う、うん。」
「仕方ねぇなあ。それじゃ、今はこれで我慢してやるよ。」
「えっ・・・んむっ・・・!?」
耳を弄るのも面白いが、もっとあからさまなことがしたいと、跡部は宍戸の耳から唇を離
し、その唇を今度は宍戸の唇に重ねた。驚いて逃げを打とうとした宍戸だったが、いつの
間にか、跡部の手がしっかりと腰を捉えていたために叶わなかった。
「んんっ・・・ふ・・あ、あとっ・・・んんぅ・・・」
キスとキスとの合間に何とか言葉を紡ごうとする宍戸だったが、その言葉はすぐに跡部の
唇によって遮られてしまう。全身の力が抜けてしまうような甘く激しいキスに、宍戸の思
考回路はすっかりショートしてしまった。
(なんか・・・もうどうでもよくなってきた・・・)
跡部に対する抵抗をやめた宍戸は、もう跡部の為すがままだった。しばらく跡部のキスを
受け続けていると、宍戸の顔は赤く染まり、顔以外の部分も桜色に染まりかけていた。
「ふっ、随分、イイ顔してるじゃねぇの。」
「ハァ・・・もう、終わり・・・?」
「終わりにするかどうかは、テメェ次第だぜ。テメェはどうして欲しい?」
完全に兎モードの宍戸は、ツンデレでいうデレのモードなので、自分のして欲しいと思う
ことは素直に口にする。少しの照れを見せながら、宍戸は首を傾げて思っていることを言
葉にする。
「まだやめて欲しくねぇ。もっとして、跡部。」
兎モードの宍戸の可愛さは尋常ではないと、跡部は口元が緩むのを抑えられない。宍戸が
そう言うのならと、跡部は思う存分自分のしたいことを宍戸に対してするのであった。
跡部と宍戸がイチャイチャし始めている泉から見える丘では、桜モードの手塚が、鳳と同
じように日光浴をしていた。手塚も花族なので、今日のように晴れた日は動き回らず、日
当たりのよい場所でじっとしていることを好むのだ。
「今日は、本当にいい天気だ。まさに光合成日和と言った感じだな。」
「何一人でぶつぶつ言ってるの?手塚。」
だーれだをする要領で、不二は手塚の目を両手で覆い、クスクス笑いながら声をかける。
「何をする?不二。」
「あはは、バレた?散歩してたら、すごくイイ匂いがしてね。その匂いがどこからするの
かを探ってたら、ココに辿り着いたんだ。」
「そうか。」
不二の口説き文句にも似たセリフにも、手塚はいつも通りのクールで落ち着き払った態度
で言葉を返す。手塚らしい反応だなあと思いつつも、やはり不二的にもその態度には少し
物足りなさを感じていた。
「こんなところで何してるの?手塚。」
「光合成だ。」
「ふーん、光合成か。じゃあ、手塚が今吐いてる息には、二酸化炭素よりも酸素が多いっ
てことだね。」
「まあ、そうなるな。」
「じゃあ、確かめてみていい?」
「確かめる?どうやって?」
「こうやって。」
そう言いながら、不二は唇同士が触れてしまいそうなほど顔を近づけ、すぅっと息を吸い
込む。別にキスをされたわけではないが、あまりの顔の近さに手塚はドキドキしてしまう。
「ふ、不二っ・・・!」
「うん、確かに酸素の方が多いね。」
「わ、分かるのか・・・?」
「んー、なんとなくそんな感じがするかなあって。ふふ、どうしたの?手塚。顔が真っ赤
だよ?」
今度の反応はなかなかいい感じだと、不二は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「別に・・・赤くなどなっていない。」
「そうかな?じゃあ、もう一回よく見てみよう。」
手塚が素直に認めないので、不二はいつもは閉じている瞳を開けて、先程のように顔をぐ
っと近づける。鋭い視線に射ぬかれ、手塚の胸の鼓動はドクンと高鳴る。ドキドキすれば、
当然血の巡りがよくなるわけで、手塚の意に反して、その顔はより赤く染まっていった。
「やっぱり、僕には赤くなってるように見えるけど?」
「・・・・ふ、不二が、いきなり顔を近づけるからっ。」
「今度は赤くなってることは否定しないんだね。照れてる顔も可愛いよ、手塚。」
手塚が赤くなっていることを認めるような言葉を口にしたのを聞いて、不二はくすくす笑
う。何だかからかわれているようで納得がいかないと、手塚は少しむすっとした顔になる。
「そんなに拗ねないでよ。」
「別に拗ねてなんかない。」
「もうからかったりしないから。ね、機嫌直して。」
「だから、別に不機嫌ではないと言ってるだろう。」
ほんの少し強い口調で手塚は言う。このままだと本当に期機嫌が悪くなってしまうなあと
思った不二は、これ以上何かを言うのをやめて、手塚の伸ばされた膝の上に頭を乗せた。
「お、おい、不二。」
「僕も手塚と一緒に光合成しようと思って。」
「不二は人族だから、それは無理だろう。」
「そういう気分を味わうのもいいかなあって思って。今日の日差しは日向ぼっこにはちょ
うどいいし。」
「そ、そうか・・・」
別に不二と居ることが嫌ではないので、手塚は特に不二をどけることもせず、そのまま日
光浴を続ける。穏やかな日差しのあたたかさと、不二と一緒に居るドキドキ感。それらが
あいまって、手塚はなんとなくよい気分になる。
「あれ?」
「どうした?不二。」
「なんか・・・桜の匂いが強くなった。」
「そうか?」
「うん。すごくいい匂い・・・。なんかすごく安心する。」
手塚の放つ桜の香りは、不二の気分を非常に穏やかにさせた。しばらくその香りに包まれ
ていると、柔らかな日差しとあいまって、心地よい眠気が襲ってくる。
「気持ちいいね、手塚・・・」
「ああ。」
「なんか・・・眠く・・・なってきちゃった・・・・」
そう言っている間にもまぶたがもう開かなくなる。それから数十秒もしないうちに、穏や
かな寝息が聞こえてきた。
「不二・・・?」
「すー・・・すー・・・」
本当に眠ってしまった不二を意外に思いつつ、手塚は小さく微笑む。
「こんなところで眠ってしまうなんて、不二も意外と子供っぽいところがあるんだな。」
「ん・・・手塚・・・」
「普段はこういうことは出来ないが・・・たまにはな。」
眠っている不二の頬に手塚はそっと触れるだけのキスをする。それだけでも、手塚にとっ
ては、心臓が壊れてしまいそうな程ドキドキすることであった。柔らかい日差しの中、小
さな幸せを感じられるこの瞬間を心地よく思いながら、手塚は太陽に顔を向け、瞳を閉じ
るのであった。
to be continued