林の中でも花がたくさん生えているところで、蜂モードの忍足は花の蜜集めをしていた。
腕に抱えた壺にはたくさんの蜜が入っており、蜂蜜独特の甘い匂いを放っていた。
「今日は結構とれたなあ。これだけあれば、三日は持つかな?」
虫族の忍足は基本的に花の蜜が食料である。忍足は蜂モードとコオロギモードを持ってい
るが、蜂モードの状態では、蜂蜜を集めることが日課なのだ。
「花の蜜は好きやけど、ベタベタになってまうのがちょっとアレやなあ。」
たくさんの蜜を集められたのはいいが、忍足の顔も手も蜂蜜でベタベタになっていた。と
りあえずはそのままで、後で泉に行って洗おうと思っていると、目の前に何かがすごい勢
いで落ちてきた。
ヒュンッ・・・・
「っ!!」
「やっほー、侑士♪」
忍足の目の前に現れたのは、ヒバリモードの岳人であった。
「何や岳人か。驚かすなや。」
「別に驚かすつもりなんて全然なかったんだけどな。」
「いきなり、目の前に落ちてこられたらビックリするわ。」
「普通に下りてきたつもりだけど?落ちてなんかねぇよ。」
ヒバリモードの岳人は、飛び立ったり、地面に下り立ったりするスピードが半端ではない
ので、一見落ちてくるように見えるのだ。しかし、岳人自身はそんなことを全く気にして
いなかった。
「それにしても、なんかこのあたりすげぇイイ匂いするな。甘くて美味そうな匂い。」
忍足の集めた蜂蜜の匂いを嗅ぎつけ、岳人は鼻をくんくんさせる。こういうことにはよく
気がつくなあと、忍足は苦笑する。
「今さっきまで、蜂蜜集めてたんや。その匂いやろ?」
「なるほど、蜂蜜かぁ。」
「ちょっと味見するか?」
「おう!するする!!」
今日はたくさん集められたので、少しくらい岳人にあげても問題はないと、忍足は岳人の
目の前に、蜂蜜の入った壺を差し出した。黄金色の液体が満たされている壺の中を覗き、
岳人はキラキラと目を輝かせる。
「おー、うっまそー!!」
「今日はたくさんとれたからな。少しくらいいっぱい食べてもええで。」
「んじゃ、お言葉に甘えて・・・いっただきまーす!!」
その壺の中に手を突っ込み、蜂蜜をすくい出すと岳人はそれを口に運んだ。花の香りにも
似た甘い匂いととりたての新鮮な味。そんな蜂蜜の味に岳人は舌鼓を打つ。
「超うめー!!すっげぇうめぇよ、侑士!!」
「そうか?そりゃよかったな。」
「もうちょっと食べてぇ気もするけど、これは侑士の飯だもんな。」
「そんなん気にせんでもええって。また、とればいいだけやし。」
「だって、ここまで集めんの大変だったんだろ?だから、今日は我慢する!」
珍しく岳人がまともなことを言っているので、忍足は意外だなあと驚く。ちょっと拍子抜
けしてしまうなあと思っていると、急に岳人の顔が近付いた。
「うっわ・・・」
「侑士からもすげぇイイ匂いしてる。」
「ま、まあ、さっきまで蜜集めしとったからな。」
「よく見たら、顔も手も蜂蜜でベトベトじゃん。そうだ!今から俺が綺麗にしてやるよ!」
「ええっ!?」
忍足が驚くような声を上げているにも関わらず、岳人はペロペロと忍足の顔についた蜂蜜
を舐め始める。
「が、岳人っ、くすぐったい!」
「んー、甘くて美味ーい!!壺に入ってるのはもういらねぇけど、侑士についてるのは食
べるー!!」
「何でやねん!食うんやったら、こっちに入ってるのを食えばええやろ!!」
「やだ。俺はこっちのがいいの!!」
忍足が制止するのも聞かず、岳人は忍足についている蜂蜜をじっくりと味わう。初めは嫌
がっていた忍足であったが、何を言っても無駄だと分かると抵抗するのをやめる。
「ったく、ホンマに岳人は自分勝手やなあ・・・」
「食べていいって言ったのは、侑士だぜ。」
「せやから、食べるんやったら壺にいっぱい入ってる方から食べればええやろ。」
「俺、侑士食うのも好きだから、侑士についてる蜂蜜の方が美味く感じるんだよ。」
「なっ・・・な、何言うとんねん!!」
自分の唇についた蜂蜜を指で拭うと、岳人はニヤリと笑ってそんなことを言う。それを聞
いて、忍足は動揺し、顔を赤く染める。
「だって、本当のことだもん。侑士の頭のてっぺんから指先まで、俺は全部好きだぜ。」
そう言いながら、岳人は忍足の手を取り、指についた蜂蜜を舐め取る。指に舌を這わせな
がら、岳人はじっと忍足の顔を見ていた。そんな岳人の言動に、忍足はドキドキと胸を高
鳴らせる。恥ずかしさとときめきで、顔が熱くなっていくのを感じながら、忍足は小さく
溜め息を吐いた。
「はあ・・・全く・・・」
「何だよ?侑士。」
「そないなこと言われたら・・・ちょっとキュンとしてまうやん。」
頬を染めて、目を逸らしながらそんなことを言う忍足に、岳人の胸はドキンと高鳴る。ま
さかこんなに可愛らしい反応を見れるとは思っていなかったので、岳人の理性は半分切れ
かけていた。
「侑士、超可愛いし。今、すっげぇキスしたいんだけど、していい?」
「どうせダメって言うてもするんやろ?」
「あはは、まあ、そのつもりだけどー。」
「聞く意味ないやん。ま、別にええけどな。」
「マジ!?じゃ、遠慮なく・・・・」
もともと無理矢理するつもりであったが、意外にも忍足の許しがもらえたので、岳人は遠
慮することなく、忍足の唇に口づける。花の香りと蜂蜜の味。そんな甘いキスが二人の気
分をより盛り上がらせるのであった。
岳人と忍足が居る場所から少し離れた場所の木の上では、フクロウモードの柳生が本を読
んでいた。柳生はフクロウモードと孔雀モードを持っているが、フクロウモードの柳生は
非常に冷静で、知的で紳士的なのである。
「今日は非常にいい天気で、気持ちがいいですね。」
真っ青な空を見上げながら、柳生はそんなことを呟く。再び本に目を移そうとすると、木
の下から聞き覚えのある声が聞こえた。
「おーい、柳生ー!!」
「ん?あの声は・・・」
木の下を見てみると、仁王が大きく手を振っていた。
「仁王くん。」
「ちょっとお前さんに用がある。下りてきてくれんかのぅ。」
「はい、分かりました。今、行きます。」
本を閉じて、ポケットにしまうと、柳生は鳥族らしくバサッと大きな羽を広げて、仁王の
居る場所の目の前に下り立つ。仲のよい仁王を前にして、柳生は嬉しそうな微笑を見せる。
「こんにちは、仁王くん。私に御用とはなんですか?」
「んー、大した用じゃないんだがな・・・・」
そう言いながら、一歩柳生に近付くと、仁王はがばっと柳生の体を抱きしめた。いきなり
抱きしめられ、紳士な柳生もさすがに困惑するような態度を見せる。
「わっ・・・ちょ、仁王くんっ!!いきなり何ですか!?」
「あー、やっぱりイイ抱き心地じゃ。」
「だ、抱き心地って・・・・」
「急に柳生に触りたくなってな。だから、こうして抱きしめに来たんじゃ。」
冗談っぽくも聞こえるが、取りようによっては真面目に言っているようにも聞こえる。ど
う捉えたらよいのか分からず、反応に困っていると、背中のあたりがきゅうにくすぐった
くなる。
「ひゃあっ!!」
「面白い反応するのぅ。」
柳生が普段は上げないような声を上げるので、仁王はニヤニヤと笑う。何が起こったかと
いえば、仁王が抱きしめるために柳生の背中に回した手で、背中に生えている羽を思いき
り掴んだのだ。もちろん羽は偽物などではなく、完璧に体の一部なので、いきなり掴まれ
たら嫌でも反応してしまう。
「ちょ、ちょっと、何してるんですか!?」
「んー、柳生の羽に触ってるだけじゃよ?」
「や、やめてくださいっ!その羽にだって、神経が通ってるんですから、くすぐったいん
ですよ!」
「ああ、柳生はくすぐったがりじゃもんな。なら、もっと優しく触るように気をつけるぜ
よ。」
「触らないって選択肢はないんですか!?」
「ない。」
キッパリと言い切る仁王に、柳生は怒るというより呆れてしまう。自分で言っていた通り、
先程より羽に触れる手の感じは優しくなったが、それがよりくすぐったさを助長させる。
「に、仁王くん。本当に・・・羽に触れるのは勘弁してください・・・」
「何で?」
「くすぐったいんですってば。さっきから、言ってるでしょう。」
「でも、こんなに触り心地がいいと、なかなかやめられないぜよ。」
フクロウモードの柳生の羽は、見かけよりもかなり柔らかく、ふわふわしていた。そんな
手触りが仁王は大好きだった。両手でさわさわと羽を弄られ、柳生は体がむずむずしてく
る感じを必死で堪えていた。しかし、一番くすぐったく感じるところに仁王の手が当たる
とピクンと体が震えてしまう。
「んんっ・・・!」
「何か柳生の反応、エロいな。もしかして、羽触られて感じちゃってる?」
冗談じみた口調で、ニヤニヤしながら仁王は尋ねる。ある意味半分図星であるため、柳生
は真っ赤になって、怒鳴るように答えた。
「そ、そんなことありません!!」
「本当かのう?」
柳生の反応が可愛いので、もっとからかってやろうと、仁王は羽の生えている根本の部分
を思いきり引っ張った。何本かの羽根が抜けてしまいそうな感覚に、先程よりもあからさ
まな声を柳生は上げてしまう。
「ああっ!!」
「イイ声。やっぱり羽、弱いんじゃな。」
自分の意に反して示してしまう反応に、柳生は恥ずかしくなり、次第に涙目になってくる。
「も、もうやめてください、仁王くんっ・・・」
そう紡ぐ声はもう完全に涙声であった。さすがにその声を聞いて、仁王は悪戯をやめる気
になる。
「柳生?」
「・・・・・・」
仁王の問いかけにも答えられないほど、柳生は半泣き状態であった。まさか、泣いてしま
うとは思わなかったので、仁王は困ったように謝罪の言葉を述べる。
「あー、悪かった。まさかそんなに嫌だとは思わんくて・・・」
「・・・・・。」
「もうしないから。ゴメンな、柳生。」
本当に反省してるというような仁王の言葉を聞き、柳生は仁王の肩に埋めていた顔を上げ
る。そして、ふっと悪戯に微笑むと、仁王の唇にちゅっとキスをした。
「っ!!??」
「この程度のことで私が泣くわけないでしょう。反省したなら、もう嫌がるようなことは
しないでくださいよ。今のキスは、仁王くんを騙してしまったお詫びです。」
「や、柳生〜〜。」
完璧に騙されたという悔しさはあったが、それ以上に柳生の方からキスをしてきたことが
嬉しくて、仁王は柄にもなくドキドキしまくっていた。完全に柳生にしてやられたと思い
つつ、やはり柳生も自分のことを好いていてくれているということが分かり、仁王はご機
嫌な様子で、より強い力で柳生のことを抱きしめるのであった。
ところ変わって、ここは野原の中心に生えているリンゴの木の下だ。この木になっている
リンゴを食べようと、鳥族の黒羽と獣族の天根がやってきていた。
「結構高いとこになってんな。」
「この高さを登るのは、ちょっと無理かも。」
「心配すんなって。俺は鳥族だぜ?この程度の高さ、どうってことないぜ。」
自信満々にそういうと、黒羽はカラスモードの真っ黒な羽をバサッと開いた。なるほど、
飛んでいけばこの程度の高さの木なら余裕であると、天根は納得する。
「よっし、それじゃあ、行くぜダビデ!!」
「ええっ!?」
バサッと羽を広げると、黒羽は天根を腕に抱えて、木の上に向かって飛び立った。突然の
ことに、天根は頭が真っ白になってしまう。
「えっ、えっ・・・!?何!?」
「ちょっと大人しくしてろ。暴れると落ちるぞ。」
「うぃ。」
落ちたら困るので、天根は黒羽の腕の中で大人しくなる。天根を抱えたまま、黒羽はリン
ゴの木の中ほどあたりまで移動する。そして、一本の少し太い枝を見つけると、そこに天
根を座らせ、その隣に自分も座る。
「ほら、これでちょっと手を伸ばせばリンゴがとれるぞ。」
「・・・バネさん、無茶しすぎ。超ビックリした。」
「こんなことでビビってんなよ。ほれ、リンゴだ。」
すぐ近くにあった真っ赤なリンゴを一つとると、それを天根に渡す。リンゴをもらい、天
根はふさふさの尻尾をゆっくり振る。今の天根は犬モードのため、嬉しいなどの感情は言
葉よりも態度に表れるのだ。
「バネさん、このリンゴ半分こしよう。」
黒羽からもらった真っ赤なリンゴを見ながら、天根はそう呟いた。
「はあ?こんなにたくさんあるのに、何でわざわざ半分こにしなきゃいけねぇんだよ。」
「・・・二人で食べた方が美味いかなあって思って。」
黒羽の言葉があまりいいものではなかったので、天根はしゅんとしながら答えた。そんな
態度を取る天根を黒羽は可愛いと思ってしまう。わしゃわしゃと頭を撫でると、黒羽は天
根の持っていたリンゴを取り上げ、シャリっと一口食べた。
「ま、確かに二人で食べるのも悪くねぇな。」
ニッと笑って、黒羽は一口食べたリンゴを天根に手渡す。そんな些細な黒羽の行動が嬉し
くて、天根の顔はパアッと明るくなった。
「本当、お前分かりやすいな。」
「へっ?何が??」
「別にー。それよりほら、お前も食ってみろよ。このリンゴ超美味いぜ?」
「うぃ。」
黒羽に促され、天根もそのリンゴを口にする。みずみずしいさわやかさとフルーツらしい
甘さが口いっぱいに広がった。
「ホントだ。美味い。」
「だろ?俺にももう一口くれよ。」
「うん。はい、バネさん。」
二人で食べられるのが嬉しくて、天根は素直にリンゴを渡す。一口ずつ交互にリンゴを食
べ、二人は一つのリンゴを半分に分けて食べた。しかし、やはり一つでは足りなかったの
で、近くになっているいくつかのリンゴをとって食べる。
「ふー、満足。腹いっぱいだな。」
「美味かった。」
「少し休んだら、散歩にでも行こうぜ。」
「うん。俺、海の方行きたい。」
「あー、いいんじゃねぇか?たまにはそっちの方行っても。」
お腹いっぱいリンゴを食べると、二人はそのまま木の上で食休みをする。しばらく黙って
いると、あたたかさもあいまって眠くなってしまったのか、天根がふねをこぎ出す。
「ダビデ、こんなとこで寝たらバランス崩して落ちるぞ。」
「んー、分かってる・・・」
と次の瞬間、天根の体がぐらっと傾く。さすがに危険を感じとったのか、天根は完全に目
を覚ました。しかし、時すでに遅し。天根の体はその枝からゆっくりと離れていった。
「う・・わっ・・・・」
「ダビデっ!!」
すぐに手を伸ばしたが、天根が木から落ちることは防げなかった。しかし、黒羽は諦めず、
トンビモードで落ちてゆく天根を追いかける。木の半分くらいまで落ちたところで、黒羽
は天根の体を捉えた。そして、一際大きく翼を羽ばたかせ、体のバランスを整える。
「ふぅ、間一髪・・・」
「バ、バネさん・・・?」
「ったく、だから注意しただろうが!本当、テメェは世話が焼けるな。」
「ごめんなさい。」
黒羽に抱えながら、天根は耳と尻尾をしゅんとさせる。しかし、何故か胸はドキドキと高
鳴っていた。
(バネさん、超カッコイイ・・・)
「下に下りるからな。ちゃんと、つかまっとけよ。」
「・・・うぃ。」
心臓がドキドキと高鳴ったまま、天根は黒羽の首にぎゅっと腕を回す。木の下に下りても
天根はなかなか黒羽から離れようとしなかった。
「おい、もう地面着いたぞ。」
「もうちょっと・・・」
「何がもうちょっとだよ?」
「まだ、バネさんと離れたくないー。」
「ったく、本当しょうがねぇ奴だな。この甘えん坊の犬っころは。」
「犬っころでいいもん。バネさん、好き好きー。」
「はいはい、俺も好きだぜ、ダビデ。」
呆れたような口調で言われても、その言葉は天根にとってとても嬉しいものであった。尻
尾をぶんぶんと振っている天根の頭を撫でながら、黒羽はその顔にふっと笑みを浮かべる。
散歩に行くのはもう少し後になるなあと思いつつ、黒羽はこの甘えん坊のワンコと居る時
間を心から楽しむのであった。
to be continued