三日目の朝。今日は練習がないので、昨日よりもゆっくりと眠れた。夜更かしをしまくっ
ていたメンバーにとってはうれしい限りだ。540号室のメンバーは6時半には全員起き
ていた。
「おはよう、侑士。」
「おはようさん、岳人。」
「う〜、跡部ぇ、腰痛ぇー。」
「そんなに激しかったんかい?昨日の夜は。」
忍足がニヤニヤして宍戸に問うと、跡部が答えた。
「昨日はそうでもないぜ。まあ、宍戸の可愛さはいつもと変わらなかったけどな。」
「な、何言ってんだよ跡部!?・・・っつぅ。」
「あーあ、全くラブラブオーラ出しまくりだねー、二人とも。」
朝食が7時からなので、あと三十分は時間がある。隣の539号室では、未だに起きない
者が一人。そのために樺地は動けないでいた。滝と鳳は目を覚ましてはいるものの、まだ
布団から出ていない。鳳は目を覚ましたと同時に滝の顔が目の前にあったので、メチャメ
チャ驚いた。思わず声を上げたので、その声で滝も目を覚ました。
「それにしても、朝起きて初めに見た長太郎の顔、傑作〜。」
「いや、だって・・・昨日のことすっかり忘れてたから・・・ちょっと、ビックリしちゃ
って。」
「よく寝れた?」
「はい。おかげさまで。昨日、寝る前に思ったんですけど、滝さんってスゴクいい匂いが
しますね。」
「そんなことないよ。でも、長太郎にそう言ってもらえるとうれしいな。」
照れ笑いをする滝を見て、鳳はちょっとドキドキしてしまった。
うわあ、どうしよう。昨日のことがあってから、滝さんのちょっとした仕草にドキドキし
ちゃう。これじゃあ、俺、ムチャクチャ軽すぎだよ〜。
こんなことを思いつつもやはり鳳は鳳。好きになったと気づいたら猛アタックを開始する。
猛アタックと言っても滝はもとから鳳が好きだったので、気づいた瞬間、両思いだ。
「もう、そろそろ7時だね。さてと、着替えて朝食食べに行く用意しないと。」
「その前にジロー先輩を起こさないと。」
「そうだった。樺地、ジローのこと起こしてくれよ。」
「ウス。」
樺地は体を揺すってジローを起こそうとした。だが、その程度のことでジローが起きるは
ずがない。しょうがないので洋服に着替えさせ、いつも通り担いで下まで運ぶことにした。
今日の朝食はバイキングだ。それぞれ、好きな物を好きなだけ取って、丸いテーブルに座
る。ここで、部屋の違うメンバーが顔を合わせた。
「滝さん、何か飲み物持ってきますよ。何がいいですか?」
「ミルクがいいかな。」
「どないしたんや、鳳。急に滝に優しくしおって。」
「別に何でもないですよ。」
「うっそだー。ははーん、さては昨日の夜何かあったな。」
岳人がこう言うと、滝は宍戸と跡部の方に目をやった。宍戸は隣に座っていたので、昨日
のことをそっと耳打ちする。
「宍戸、ヤるんだったら窓くらい閉めた方がいいと思うよ。」
「なっ!?」
「俺達の部屋に丸聞こえ。する時だけ名前呼びなんて、やるねー。」
「これ以上何も・・・言うな・・滝。」
「ヤダね。よすぎて変になるだの愛してる景吾だの、よくもまあ、そんな恥ずかしいこと
言えるよなー。」
「いい加減にしろ!!」
顔から火が出るとはまさにこのこと。宍戸は恥ずかしさのあまり思わず滝を怒鳴った。そ
の声で今まで眠っていたジローが目を覚ます。
「どうしたのー、宍戸。何、怒ってんの?」
「何でもねーよ。」
怒りは静まるものの羞恥はなかなか抜けない。宍戸は顔の火照りを必死で静めようと氷の
たくさん入ったオレンジジュースを一気に飲み干した。
長太郎を泣かしたお返しだ。これくらいの意地悪は許されるだろう。
「そういえば、昨日の夜監督が言ってたけど、今日は何か文化体験みたいなのをやるらし
いぜ。」
「はあ!?何で合宿に来て、文化体験なんてやんだよ。」
全くその通りだ。ここまでくると、もう何が目的の旅行だか分からなくなってしまう。ま
るで、学校の修学旅行である。
「内容は三線と紅型らしい。4:4に分けなきゃいけないんだが、どうする?」
「俺、三線がいい!!」
「じゃあ、俺もそれにするわ。」
「俺もそれがいいな。」
「俺もじゃあ三線で。」
「それじゃあ、俺達は必然的に紅型だな。いいよな、宍戸、樺地、ジロー。」
「ああ。俺はかまわねーよ。」
「ウス。」
「俺もそれでいいー。」
岳人、忍足、滝、鳳が三線で、跡部、宍戸、ジロー、樺地が紅型をやることになった。朝
食を食べ終えるとそれを行う施設に向かう。本当にいろんなことをやる合宿だ。
恩納村のとある施設に到着すると、それぞれの組に分かれて体験を行う部屋に入っていく。
三線をする四人は部屋に入って、すでに用意されている三線セットに感激の声を上げた。
「わあ、すっげぇー!!」
「ホンマにヘビの皮なんやな。」
「結構、大きいですね。」
「でも、おもしろそう。」
しばらく、三線に触って遊んでいると講師のおじさんが三線を弾きながら入って来た。そ
の三線独特の音色に四人は心を奪われる。講師のおじさんはとても気さくで分かりやすく、
親切に三線を教えた。基礎からだんだんとレベルを上げていくという方法で四人が全員弾
けるようになるまでたくさん練習をさせてくれる。そのおかげで、しばらくすると全員が
一番簡単な曲は完璧に弾けるようになっていた。
「みんな、上手だね。じゃあ、次はこれ弾いてみようか。」
おじさんは島唄の譜面を四人に渡す。これはなかなか難易度が高い。一回、お手本として
おじさんが弾くのを聞いた後、それぞれで練習を始める。
「難しいですね。滝さん。」
「うん。意外と大変かも。」
「でも、滝さんはもうほとんど弾けてるじゃないですか。」
「そんなことないよ。あっ、長太郎。そこはね、人差し指じゃなくて中指を使うんだよ。」
滝は鳳の手を取って、指の使い方を教える。キレイで自分より幾分小さい手のひらが重ね
られると、鳳の心臓は動きを速めた。
「そうそう。いいなあ、長太郎は手が大きくて。俺、結構小さい方だからさ、押さえるの
大変なんだよね。」
そう言いながらもこのメンバーの中で、一番上達が早く、すっかり三線の引き方を習得し
ている。滝のアドバイスで鳳もそれなりに曲が出来上がってきた。岳人と忍足も夢中にな
って、島唄の練習をしている。
「うーん、うまく指が動かないよ。」
「岳人は焦りすぎやって。もっと、ゆっくり落ち着いて弾いてみぃ。」
「えっと、でいごーの花が咲き・・・風をよび嵐がきたー・・・」
「ほら、ちゃんと弾けてるやん。」
「本当だ。慌てちゃダメなんだな。よし、もう一回。」
岳人はとにかく歌に合わせて練習をする。忍足も滝ほどではないが、だいぶ弾けるように
なってきた。十分くらいの練習が終わると今度は全員で合わせてみようと、おじさんが声
をかけた。
「じゃあ、みんなで弾いてみようね。歌も大きな声で歌ってよ。」
『はい。』
おじさんの合図とともに沖縄独特の三線の音色と四人の歌声があたりに響き渡る。
紅型の方は若いお姉さんが講師だった。紅型は絵のかかれた布にちょっと特殊な筆を使っ
て色を付けていくというもの。柄は何種類かあって好きなものを選ぶことができた。見本
もあるが、色は自分の好きな色を使ってもよいということなので、それぞれ自分らしい、
オリジナルのものが出来る。跡部と宍戸は蝶と花の柄のものを、ジローと樺地はシーサー
とハイビスカスのものを選んだ。
「はみだしてもいいから、元気いっぱいに塗ってね。」
お姉さんがそう言うと、四人は思うままに布に色を塗り始めた。跡部は自分の好きな色を
うまく組み合わせ、バランスよく塗っている。宍戸は手本に近い色にしようとするが、微
妙に変わっている。ジローはこれはもう芸術的というか何というか・・・。樺地はお手本、
そっくりそのまんま写すような色合いで塗っている。
「跡部のやつ、何かいいなー。」
「何だよ、宍戸。」
「手本と全然違うのに、すげーキレイなんだもん。」
「当然だろ?俺、こういうのも得意だぜ。」
「じゃあさ、出来上がったら俺のとお前のと交換しようぜ。」
「はあ!?どうして俺がお前にコレをあげなきゃいけないわけ?」
「別にいいじゃんか!なあ、跡部ー。お願いー。」
「しょうがねーなあ。じゃあ、ちゃんとそれ、まともなやつ作れよ。」
「おう。よっしゃ、頑張ろ!!」
跡部と交換っこをするということで、宍戸は気合いを入れて色を塗る。跡部ももくもくと
作業を進めていった。
「なあなあ、樺地。俺のスゴイだろ?」
「・・・・・ウス。」
ジローのは違う意味で本当にすごい。樺地も返事に困るくらいの色の使いっぷりだ。それ
に比べて、樺地はといえば、まさに天才。もうどちらがお手本だか分からないくらい、そ
のままに塗っている。さすが、一度見ただけで他の人の技をコピーするという能力を持っ
ているだけのことはある。ぼかしに入っても、四人の真剣さは変わらない。だんだんと完
成に近づき、色合いもかなりキレイになってきている。
「よしっ、こんなもんかな。どうだ?跡部。」
「あーん?まあ、いいんじゃねーの。俺様のに比べたらまだまだだけどな。」
「また、そういうこと言ってー。たまには素直に褒めろっつーの。」
宍戸はちょっと不満そうな表情をしながら、跡部に言った。だが、心の中ではまあ、いい
んじゃないのかと言われて、結構うれしいと思っているのだ。
「樺地ぃ、俺もう疲れたあ。眠いー!」
ジローがおねむモードに突入しつつある。樺地はジローの分の紅型も自分のものと一緒に
最後の仕上げ(アイロンがけ)をやった。今回の合宿で、樺地はジローに振り回されっぱ
なしだ。だが、それが嫌だとは全く持って思ってはいないのだ。さすが樺地。三線よりも
紅型の方が遥かに早く終わってしまったので、紅型の四人は部屋の外へ出て、自由にくつ
ろぎ始めた。この建物のすぐ近くに海があるので、跡部と宍戸はそこへ向かう。ジローは
もう眠りたくてしょうがないので、自動販売機の前にあるベンチに横になった。樺地は跡
部につくかジローにつくか迷ったが結局ジュースを買って、ジローといることにした。
「じゃあ、樺地。ジローの面倒よろしくな。」
「ウス。」
「行くぞ、宍戸。」
「ああ。」
跡部達が向かった浜辺は砂がキレイというよりは、珊瑚の欠片や貝殻がたくさん落ちてい
るタイプのものだ。宍戸は見たこともない貝がいっぱいなので、気に入ったものは自分の
ポケットにつっこんでいった。
「何か、見たことがない貝がいっぱいあるぜ。スッゲー!」
「宍戸、これなんかキレイじゃねーか?」
跡部が拾ったのは、欠片は多いがちゃんとした形が少ないピンク色の貝殻だ。珍しく完全
な形で見つかったので、貝殻を夢中で集めている宍戸に手渡した。
「ホントだー。これ、何貝なんだろうな?跡部、これもらっちゃダメか?」
「いいぜ。やるよ。お前にピッタリだぜ、その貝殻。」
「サンキュー。うわあ、マジキレイ。沖縄ってこういうのあるからいいよなあ。」
ピンクの貝殻を受け取ると、宍戸は満面の笑みで跡部にお礼を言う。こういう部分は子供
っぽいというか乙女チックというか、跡部を夢中にさせる要因の一つなのだろう。
「お前、本当に女みてぇだな。」
「は!?何でだよ!!」
「でも、そこらの女より全然可愛いけどな。」
「だから、何言って・・・んん。」
顔を赤くして、必死で否定しようとしている宍戸に跡部はキスをする。やっぱり、宍戸は
跡部のキスに弱い。あっという間に力が抜けてしまって、メロメロになってしまった。
「ふぅ・・・んっ・・・んん・・・・はぁ。」
「こういうとこが可愛いっつってんだよ。あんなに威勢よく文句言ってたのに俺がキスす
りゃあ、こんなに大人しくなっちまうんだもんな。」
「何すんだよ!?こんなところで!」
「いいじゃねーか。誰も見てねーよ。」
はたしてそれは本当だろうか。跡部達は気づいていないが、この浜辺のちょっと高くなっ
た場所で現地の人々がダイビングをしている。その人達は視界がかなり開けているので、
嫌でも目に入ってしまう。ようするに見られていたということだ。
「あそこのカップル、ラブラブだねぇ。いいなあ。」
「ホント、ホント。うらやましい。」
遠くから見ているので、顔は見えないし、声も聞こえない。なので、このダイバー達は宍
戸が女の子だと信じて疑わなかった。だから、傍から見ればただの仲睦まじいカップルな
のだ。
「おーい、跡部ー、宍戸ー。もうそろそろ帰る時間だぜー。」
「おう。分かった。今行く。」
岳人に呼ばれ、跡部と宍戸は建物の方に戻って行く。三線も終わったようで岳人と忍足以
外はすでにタクシーに乗り込んでいた。今日も昨日と同じホテルに泊まることになってい
るので、そこに戻る。お昼を食べるために途中で食堂のようなところに寄ったが、その他
はどこにも寄らず、真っすぐホテルに向かった。
ホテルに戻ると8人は一度部屋に戻ってから、側にあるプライベートビーチで遊ぶことに
した。まだ、昼過ぎなので気温的にも充分泳げる。一応、全員水着を着て、浜辺に出た。
「侑士ー、早く行こうぜ!」
「ちょっと待ちや岳人。」
「俺達も行きましょう滝さん。」
「ああ。でも、ちょっと待って。日焼け止め塗るから。」
「あっ、じゃあ、俺が塗ってあげますよ。」
三線組の四人はもう泳ぐ気満々ではしゃぎまくっている。だが、紅型組の四人は泳ぐ気が
ないのかあまり日の当たらない場所で座っているだけだ。
「あれ?宍戸は泳がないの?」
「何で俺だけに聞くんだよ。跡部だって、ジローだって、樺地だって海に入ろうとしてね
ーじゃんか。」
「えー、だって、跡部は日焼けしたくないからだろうし、ジローは寝てんじゃん。樺地は
結構入る気満々だぜ。」
「え、えっと・・・」
宍戸が何とか入らない理由を言わなければと悩んでいると、跡部がふと口を挟んだ。
「ああ、今日、宍戸生理なんだよ。」
「そうそう、生理・・・って、んなわけあるか!!アホ!!」
「別に理由ないんだったら入ろうぜ。一緒に遊ぼう。」
「行ってくりゃいいじゃねーか。俺は日焼けするの嫌だから行かねぇけど。」
「俺も行かない!」
「何でだよぉ。ほら、行こうぜ。」
岳人は無理やり宍戸を立たせて、海に向かわせようとする。上着(上から羽織るタイプの
チャックがついてる感じの)を脱がせようとチャックを下げると、急に宍戸は大声を出し
た。
「うわあっ、やめろ!岳人!!」
その声に驚いた岳人だったが、その声以上に驚いたことがもう一つ。チャックを下げたこ
とであらわになった宍戸の上半身にたくさんのキスマークが付いていたのだ。これがバレ
てはいけないと、宍戸は海に入ろうとしなかった。上着で必死にそれを隠そうと宍戸は、
しゃがみ込んで上半身を隠す。
「ソレ、昨日、跡部につけられたの?」
「んなことどうでもいいだろ!!さっさとあっち行けよ。」
「はーい。」
何となくすごいものを見てしまったと、岳人はニヤニヤしながら海の方へ走って行く。忍
足達がビーチボールで遊んでいるところまで行くと、さっき見たことをベラベラと話し始
める。
「聞いてくれよ。宍戸ってば、体中キスマークだらけなんだぜ。」
「ホンマか?ああ、それで海に入ろうとしないんやな。」
「やっぱ、やるねー、あの二人。」
「昨日、すごかったですもんね。」
「えっ、何で長太郎知ってんのさ。」
「昨日の夜、ちょっとね。ね、長太郎。」
「はい。」
「何だよー、教えろー。」
「内緒♪」
「滝ー、言わないとこうだぞ。」
バシャンッ
「何すんだよ!!岳人!」
「お前が言わないからいけないんだもんねー。」
バシャッ
「何で俺にかけるんや。間違っとるで滝〜。」
ここから水のかけ合いが開始された。岳人&忍足ペア、滝&鳳ペアに分かれてお互いにバ
シャバシャと水をかけ合う。こういうことをするところはやはり中学生らしい。そんな四
人を遠目に見ながら、跡部と宍戸は二人で話している。
「跡部のせいだからな。」
「何でだよ。別にそんなの気にしなきゃいいじゃねーか。」
「気にするっつーの!!まあ、跡つけんなって昨日は言ってなかったから、俺にも責任は
あるけど。」
「でも、俺にとっては都合がいいな。」
「何がだよ?」
「お前の肌、他の奴らに見せたくねぇもん。岳人に見られたのはちょっと誤算だったけど
な。」
「なっ!?お前、わざと・・・」
「冗談だよ。あー、ここにいても暇だし、ホテル戻るか宍戸。」
「そうだな。泳げないんだったら別にここにいても意味ないし。」
跡部と宍戸は他のメンバーを置いて、さっさとホテルに帰ってしまった。岳人や忍足、滝
やジローは日が暮れるまで海で遊んでいた。樺地も砂で何かを作ったり、貝をなんとなく拾
ったりしてそれなりに海を楽しんだ。ジローはとにかく眠っているだけであった。
to be continued