街が華やぎ始めてから約一ヶ月。今日はそのたくさんの飾りが祝うある聖者の誕生日の前
日だ。そんな誰もが心を躍らせる日に、宍戸は慌てた様子でどこかに向かって走っていた。
「やっべぇ、激遅れちまった!!」
宍戸が向かっている先は跡部の家だ。今日は夕方からデートをする約束をしていた。どこ
に行くかは知らされていないが、とにかく暖かい格好で来いということだったので、手袋
にマフラー、コートに帽子と完全な防寒スタイルで家を出た。しかし、途中まで来たとこ
ろで、用意したクリスマスプレゼントを家に忘れてきたことに気づき、取りに戻ったので、
今こんなに急がなければならない状態に陥っている。
「跡部の奴、怒ってるかなあ。あー、もう、何で出る前にちゃんと確認しとかなかったん
だ、俺!!」
自分に文句を言いつつ、宍戸は全力で走った。本気で走ったので、約束の時間には多少遅
れたものの、何とか許される範囲の遅れまで時間を縮められた。跡部の家に着くと、宍戸
はゼーゼーと息を乱しながらチャイムを押す。
『はい。』
「ハァ・・・跡部?俺だけど・・・」
『宍戸か?』
「ああ。」
『遅ぇーよ。どれだけ俺を待たせるんだ?あーん?』
「悪ぃ。家に忘れ物しちまって、それ取りに行ってたら遅くなっちまった。」
『まあ、いい。入れ。』
そう言うと跡部は内側から門を開ける。大きな門がギーっと音を立てて開くと、宍戸は広
い跡部の家の敷地内に入っていった。走ってきて乱れた呼吸を深呼吸をして整えながら、
宍戸はゆっくりと入り口がある方へと歩いてゆく。玄関の扉に手をかけようとしたその瞬
間、白く大きなドアは宍戸の手が触れることなく勝手に開いた。
「うわっ!」
「遅いじゃねーか。」
「跡部っ!!いきなりドア開けるなよ、ビックリするじゃねーか!」
「あーん?テメェがあんまりにも遅いから、出迎えてやったんじゃねぇか。」
「遅れたってほんの5分か10分じゃねぇか!!」
「それが遅れてきた奴の口の利き方か?」
非常に鋭い視線を跡部は宍戸に向ける。そんな視線で睨まれてしまっては、宍戸もたじろ
いでしまう。
「うっ・・・悪かったよ。」
「よし、反省してるならいい。それに今日はお前なかなか可愛い格好してきてるしな。」
いつもとは一味違う格好の宍戸を見て、跡部はふっと顔を緩ませる。いつもなら真っ青な
キャップで覆われている宍戸の頭は、今日は白い毛糸の帽子で覆われている。それがまた
宍戸の顔に非常によく似合っていた。
「べ、別に可愛い格好なんてしてきてねぇぞ!!」
「その白い帽子、よく似合ってるぜ。その赤いジャケットもサンタクロースみてぇだしな。」
服装を褒められて嫌な気はしないが、そこまで率直に言われるとやはり照れてしまう。顔
を真っ赤にしながら、宍戸は跡部の目から視線を外した。
「さてと、そろそろ準備し始めないとな。あれは夕方から夜に変わるあたりが一番綺麗な
んだぜ。」
「えっ!?マジで連れてってくれるのか!?」
「テメェが行きたいって言ったんだろ?それとも俺様に出来ないとでも思ってたのか?」
「いや、そんなことは思ってねぇけどよ。マジで連れってくれるんだ。激うれしー。」
跡部が準備し始めなければいけないこと、それはヘリコプターの準備だ。クリスマスが近
づいてきたときに、跡部は宍戸にクリスマス・イブとクリスマスをどう過ごしたいかと尋
ねた。そんなことを聞かれ、宍戸は冗談まじりに「サンタクロースみたく、空の散歩がし
てぇ。」と、普通に考えれば不可能そうなことを答えたのだ。しかし、跡部にかかればこ
んなことは不可能でも何でもない。本当に空の散歩に連れていってやろうと、この日のた
めに跡部はヘリコプターをチャーターし、今に至るというわけだ。
「今日はよく晴れてるしな。きっと空から見る景色もいつも以上に綺麗だと思うぜ。」
「うわあ、マジで!?すっげぇ楽しみー。」
本当にそんなことが実現するとは正直思っていなかったので、宍戸は子供のような笑顔を
見せる。やっぱり跡部はすごいなあと思いつつ、跡部に連れられるまま、屋敷の中へと入
っていった。
ヘリコプターに乗る準備をすると、跡部は車に宍戸を乗せ、ヘリポートまで移動する。そ
こには、いかにもクリスマスらしい色をした一機のヘリコプターが止まっていた。
「これに乗るのか?」
「ああ。なかなかいいデザインのヘリだろ?」
「クリスマスって感じの色だよな。いつ出発すんだ?」
「あともう少ししたらだ。まだ少し出発するには早ぇ。」
「ふーん。なあ、俺早くあれに乗りたいんだけど、乗っていいか?」
「別にいいぜ。なら、乗るだけ乗っておくか。」
「おう!」
ヘリコプターを前にしたら、やはり早く乗りたくなってしまう。まだ出発はしないが、二
人はそのクリスマスカラーのヘリコプターに早々と乗り込んだ。しばらく時間が経つと太
陽は西の方に傾き、色も赤みを増してくる。それくらいの時間になって、跡部はヘリコプ
ターの運転手にヘリを出せと合図をした。
バババババ・・・・
跡部が合図を出すと大きな音を立て、ヘリコプターのプロペラが回り出す。そして、二人
を乗せた機体はふわっと地面から浮き上がり、空に向かって高度を上げていった。
「うわあ、すげぇ!!飛んだ飛んだ!!」
「ガキかテメェは。」
「だって、ヘリコプターなんて乗んの初めてだぜ。マジテンション上がるし。」
「こんなもんまだまだだぜ。これからもっとすげぇもん見せてやるよ。」
はしゃぐ宍戸に向かって、自信満々に跡部はそんなことを言う。二人が話をしている間に
ヘリコプターはどんどん高度を上げてゆく。ある程度のところまで来ると、そのヘリコプ
ターは高度を上げるのも、前に進むのもやめ、その場所にとどまった。それに気づいた宍
戸は少し不安そうな顔で、どうしたのかと跡部に尋ねる。
「あれ?動かなくなっちまったけど、どうしたんだ?」
「俺がわざと止めさせたんだ。宍戸こっちの窓から外を見てみろ。」
自分のすぐ横にある窓から、跡部は宍戸に外の景色を見させる。その窓から見える景色に
宍戸は言葉を失った。
「うわあ・・・・」
窓の外に見える景色、それは山の端に沈んでゆくオレンジ色の太陽が染めるグラデーショ
ンのかかった空であった。オレンジがピンクに変わり、ピンクが紫に変わり、さらにその
紫が藍色へと変わっている。そんな空のキャンパスを空に浮きながら眺める。それは地上
から見るのとは全く違う見たこともない景色であった。
「すげぇだろ?」
「激すげぇ・・・空から見るとこんなふうに見えるんだ。」
「ああ。まだ太陽は全部沈んじゃいねぇが、それが沈んだら今度は下を見てみろ。これも
また今のとは違う意味ですげぇぜ。」
宍戸が感動してるのを嬉しく思いながら、跡部はそんなことを言う。跡部の言葉は聞こえ
ているが、あまりの空の綺麗さに宍戸はそこから目が離せなくなっていた。少し時間が経
つと太陽は完全に山の向こうに沈んでしまった。空の全てが藍色になったころ、ヘリコプ
ターは再び動きだす。
「おわっ!動かすんだったら、動かすって言えよ!!」
急に機体が動き始めるので、宍戸はバランスを崩し跡部にもたれかかるような体勢になる。
「悪ぃな。」
「ったく。で、何だっけ?太陽が沈んだら下を見るんだったっけ?」
「ああ。下は扉を開けて見た方が見やすいんだが、開けても大丈夫か?」
「ここで扉開けんのか!?あ、危なくねぇ?」
「心配すんな。注意してりゃ落ちたりはしねぇよ。ただ、ここはかなり高度が高い場所だ
からな。下に比べてだいぶ気温が低いんだよ。それは大丈夫か?」
「別に大丈夫だと思うけど。あー、だから厚着して来いって言ったんだな。」
「そうだ。それじゃ開けるぜ。」
宍戸の了解を得ると跡部はヘリコプターの扉を開けた。その瞬間、上空の冷たい風がヘリ
コプター内に入り込む。
ビュオーー
「うわっ、激寒みぃ!!」
「だから、言っただろ?下はある程度の気温があっても、空は氷点下なんだよ。我慢出来
そうか?」
「お、おう。何とかいけそうだぜ!」
ここで我慢出来ないというのは何となく格好悪いので、宍戸は強がってそんなことを言う。
それに跡部はもちろん気づいているのだが、まずはこれから見れる素晴らしい景色を見せ
てやろうと、あえて扉を閉めることはしなかった。
「宍戸、そこからじゃ見えにくいだろ?もっと俺の方に来て、下の方を覗いてみろ。」
「おう。」
跡部の肩に手を置き、もう片方の手は跡部の足の横につき、宍戸は外の様子を覗いて見る。
まだ薄暗くて何がすごいのかよく分からなかったが、次の瞬間、宍戸は感嘆の声を上げる。
「うっわあ、すげぇ!!」
太陽が沈んでしまったために暗くなった街は、クリスマスにふさわしい色とりどりの明か
りを灯し始める。赤や黄色、緑や青の光が暗闇に生まれゆく様は、とても普段自分達が歩
いている街を見ているとは思えないほど美しいものであった。
「あれって、いつも俺達が買い物にいったりする街だよな?」
「そうだぜ。」
「信じらんねぇ・・・。上から見るとこんなに綺麗なんだ。」
「サンタクロースは世界中のこんな景色を見てるのかもしれねぇな。」
何気なく発せられた跡部の言葉に宍戸は目を輝かせる。自分はサンタクロースみたいな空
の散歩がしたいと跡部に言った。それが今現実のものとなっている。それが嬉しくて、想
像以上に感動するもので、宍戸は鼓動が速くなっていくのを感じる。
「跡部。」
「どうした?」
「マジありがと。俺、こんなすげぇ景色が見られるとは思ってなかった。激うれしい。」
「嬉しいついでにもっとすげぇもん見せてやろうか?」
ふっと笑いながら跡部はパチンと指を鳴らす。そんな跡部を見て、首を傾げる宍戸だが、
再び外に目をやった瞬間、そのすごいものに気がつく。
「嘘・・・だろ?」
「嘘じゃねぇよ。これが俺からの一つ目のクリスマスプレゼントだ。」
宍戸の眼下に見えたものは、街のイルミネーションと同じ色の光で作られたメッセージで
あった。『Merry Christmas Ryoh!!』光で作られた文字は確かに
そう見える。かなり大きな文字で書かれているため、相当広い範囲の建物の光を使って作
られているのは間違いない。こんなプレゼントをしてくるなんてありえないと思いつつも
自分に向けられているメッセージなのだ。嬉しくないわけがない。
「どうよ?」
「お前・・・どこまで常識外れなことすんだよ・・・?」
「あーん?別に常識外れなことなんてしてねぇぞ。ただテメェが喜ぶかなあと思ってやっ
たまでのことだ。嬉しくねぇのか?」
「嬉しくねぇわけねぇだろ、アホ・・・」
そう言いながら、宍戸は跡部の首にぎゅっと抱きついた。嬉しさをうまい具合に言葉に表
すことが出来ないために、行動で表そうと思ったのだ。そんな可愛い行動してきてくれる
宍戸を抱き締め返し、跡部は満足そうに微笑む。ヘリコプターでの空のデートは二人にと
って、とても有意義で心に残るものとなった。
ヘリコプターでの空のデートを終えると二人は跡部の屋敷に戻ってくる。長い間、寒い空
の上で窓を開けていたため二人の体はすっかり冷えきっていた。
「寒みぃ〜。あの厚着も意味ねぇくらいの寒さだったな。」
「仕方ねぇだろ。でも、空のデートってのも悪くなかっただろ?」
「おう!すっげぇ楽しかった。もう超感動したぜ!!」
「そりゃよかったな。ふう・・・マジで体が凍えてかなわねぇぜ。宍戸、パーティーする
前に風呂入って温まらねぇか?」
「賛成!部屋を暖めるよりそっちの方が手っ取り早いもんな。」
冷えた体を温めるため、二人は先に風呂に入ることにした。着替えはメイドに用意させ、
自分達はそのまま風呂場に直行する。パッパと着ていた服を脱いでしまうと、早々と脱衣
所からバスルームへ移動した。
「跡部、先に湯船入ってもいいか?」
「ああ。今日は仕方ねぇだろ。しばらく湯に浸かって温まってから、体とか洗おうぜ。」
いつもなら髪や体を洗ってから湯船に入るのだが、今日はとにかく早く温まりたい。軽く
シャワーを浴び、二人はザブンと薄ピンク色の湯船に浸かった。
「あー、生き返るー。」
「ちょうどいい温度だな。これならすぐに温まれそうだ。」
「今日のお湯の色、なんかすげぇな。ピンク?」
「バラの入浴剤が入ってんだよ。匂いするだろ?」
ただ入っているだけではそれほど感じないが、意識して嗅いでみるとほんのり甘いバラの
香りがする。
「おお、本当だ。」
「そんなに強い匂いじゃねぇし、悪くはねぇだろ。」
「おう。さーてと、そろそろ体も温まってきたし、体でも洗うか。」
だいぶ体が温まってきたので、宍戸はザバっと湯船から上がり、髪や体を洗おうとシャワ
ーのある洗い場まで移動する。そんな宍戸を跡部は浴槽のへりに頬づえをつきながら眺め
る。
(やっぱ、いい体つきしてんよな。)
頭のてっぺんから足の先まで跡部は舐めるように宍戸の体を見る。ほどよく引き締まった
足に細い腰。水に濡れるその姿は、誘っているとも思えるほどの色気を醸し出している。
ぼーっとそんな宍戸に見惚れていると、突然大量の水が跡部の頭に降り注いだ。
ザバー
「ぶっ・・・ゲホ、ゲホ・・・いきなり何しやがんだ!?」
「何しやがんだじゃねぇよ。テメェ話かけてんのに全く無視してたじゃねぇか!」
宍戸は髪や体を洗いながら跡部に話しかけていたのだが、あまりに宍戸に見惚れていた跡
部はそのことに気づかなかった。全く話を聞いてくれない跡部に腹を立てた宍戸は、こん
な強行手段に及んだというわけだ。
「だからっていきなりお湯ぶっかけることはねぇだろ!」
「跡部が無視するからいけねぇんだ!!」
どうやら宍戸は相当跡部に構って欲しかったようで、子供が拗ねるように跡部を怒る。い
きなりお湯をかけられ、まだイラついてる跡部だが、そんなふうに怒る宍戸を可愛らしい
と思ってしまう。
「ったく、髪濡れちまったじゃねぇか。仕方ねぇ・・・洗うか。」
もう少し温まっていたかった跡部だが、髪がびしょびしょに濡れてしまったので、さっさ
と洗うことにした。髪も体も洗い終えてしまった宍戸は跡部と入れ違いに湯船の中へと入
る。湯船に入りながら宍戸は跡部に話しかけた。
「なあ、跡部。」
「あーん?」
「俺な、跡部にちゃんとクリスマスプレゼント用意してきたんだぜ。」
「へぇ。何くれんだよ?」
「へへへー、それは見てからのお楽しみー。」
ニコニコしながら宍戸はそんなことを言う。シャワーで泡を流しながら、跡部はそんな宍
戸を横目で見た。まともに見たら理性を失ってしまいそうなその笑顔は、これからの時間
により大きな期待感をもたらすものとなった。
「それは、期待してもいいもんか?」
「ああ。あっ、でも、跡部にとったらどうだろ?俺にしては結構高価なもんだったんだけ
どさ。まあ、気に入ってはもらえると思うぜ。」
髪や体を洗い終え、再び湯船に入りながらそう尋ねる跡部に、宍戸は笑顔で答える。どう
やら今回のプレゼントはそれだけ跡部に喜んでもらえる自信があるらしい。そんなプレゼ
ントも楽しみにつつ、跡部は宍戸と一緒のこのお風呂タイムをもうしばらく楽しむことに
した。
ちょっと長いお風呂タイムを終え、二人は大広間で御馳走食べながらクリスマスパーティ
ーをする。七面鳥やクリスマスケーキなど、クリスマスらしい御馳走を存分に食べ、満腹
になると二人は跡部の部屋へと移動した。
「はあー、満腹満腹。」
「満足か?」
「おう!なあ、ヘリコプターの中でさ、まずは一つ目のクリスマスプレゼントとか言って
たけどよ、他にもクリスマスプレゼントがあるってことか?」
「まあな。」
意味深な笑みを浮かべながら跡部頷く。ヘリコプターの中から見たあの光のメッセージも
宍戸にとっては十分すぎるほどのプレゼントであったが、まだそれ以外にもあると言うの
だ。どんなプレゼントがもらえるのかと期待に胸を躍らせながら、宍戸は跡部の部屋のド
アを開けた。
「うおっ、すげぇ!!」
「今日はクリスマス仕様だぜ。なかなか雰囲気出てるだろ?」
跡部の部屋は大きなクリスマスツリーと様々な装飾のために、まさにクリスマスモード全開
という感じであった。そんな部屋に入りつつ、跡部はあることを宍戸に尋ねる。
「電気消した方が綺麗だと思うんだけどよ、消してもいいか?」
「うーん、別に俺は構わねぇぜ。あっ、でも、ちょっと待って。プレゼントどこにあるか
分からなくなるといけねぇから先に出しておくな。」
鞄の奥に入ってるプレゼントを宍戸はあらかじめ出しておく。それを確認すると、跡部は
部屋の電気を消した。
パチっ
「うわあ、すげぇー。電気消しても全然明るいじゃん。」
「結構電飾使ってるからな。さてと、それじゃあプレゼントタイムと行きますか。」
「おう!」
キラキラ輝く色とりどりの光に囲まれ、二人は部屋の真ん中にあるソファに座る。しばら
くそのキラキラした部屋の様相を楽しんだあと、宍戸の方からプレゼントを跡部の前に差
し出した。
「メリー・クリスマス跡部。」
「サンキュー。開けてみてもいいか?」
「おう。」
宍戸から受け取ったプレゼントを跡部は丁寧に開けてゆく。包みを開けると少し大きめの
正方形の箱が姿を現した。さらにその箱のふたを開けてみると、そこには金色に輝く懐中
時計がちょこんと置かれている。
「へぇ、懐中時計か。」
「おう。跡部へのクリスマスプレゼントどうしようかなあって、考えてたときに小さい時
計屋で見つけてさあ。結構高かったんだけどよ、跡部に似合いそうだなあと思って、金貯
めて買ったんだ。」
「いいデザインだと思うぜ。文字盤がギリシャ数字ってのもなかなかだよな。周りの装飾
も派手過ぎず、地味過ぎずって感じだしよ。気に入ったぜ、宍戸。」
「本当か!?よかったあ。」
跡部の気に入ったという言葉を聞き、宍戸はホッとしたような笑顔になる。
「こんなこと聞くのも何だけどよ、これいくらくらいしたんだ?」
「えっとな、確か一万五千円くらいだったと思うぜ。跡部にしたら、すげぇ安物だよな。」
「テメェにとっちゃ、大金じゃねぇか。そのために金貯めててくれたんだろ?悪ぃな、こ
んな高価なもんもらっちまって。」
意外な跡部の言葉に宍戸は目を丸くする。確かに宍戸にとっては、一万五千円という金額
は高価なものであるが、跡部にとっては全くそうではないのだ。それなのに、今の言葉。
宍戸は自分の耳を疑った。
「跡部にとっちゃ、全然高価じゃねぇだろ?普段もっともっと高ぇ時計身につけてるんだ
しよ。」
「いや、すげぇ高価なものだぜ。確かに値段だけ聞いたら、俺にとっちゃ安物も安物だ。
だけどな、その時計にはテメェの気持ちがたくさんつまってるじゃねぇか。テメェが自分
が欲しいものを我慢して貯めた金で買ったもんなんだろ?」
「お、おう・・・」
「テメェのその気持ちは金には換えられねぇ。どんなに高い高価な時計よりも、テメェが
くれたこの時計は何倍も価値のあるもんだぜ。」
「本気で・・・そう思ってんのか?」
「当然だろ?ありがとな、宍戸。」
本当に嬉しそうに穏やかに微笑む跡部の言葉を聞き、宍戸は胸が熱くなる。自分のあげた
プレゼントがどんなに高いものよりも価値があるなどと言われ、宍戸は嬉しさを通り越し
て単純に感動する。思わず込み上げてくる涙を隠すかのように、宍戸は跡部の肩に頭を預
けた。
「どうした?宍戸?」
「べ、別に何でもねぇよ!」
そう言う宍戸の声は明らかに涙声だ。しまったと思ったがもう遅い。跡部に泣いているこ
とがバッチリバレてしまった。
「何、泣いてんだよ?」
「ウ、ウルセー!!テメェが柄にもねぇこと言いやがるからっ!」
「可愛い奴だな。」
ふっと笑いながら跡部は宍戸の頭をポンポンと叩く。子供扱いされているようにも感じる
が、今はそんな跡部の行為さえも嬉しく感じられる。しかし、やはり悔しいので、自分も
何とか跡部を驚かせることをしてやろうと、宍戸は涙を腕で拭うとくっと顔を上げた。そ
して、何の予告もなしに跡部の唇にキスをする。
「っ!?」
「跡部、今日は俺が絶対テメェのこと楽しませてやるからな。覚悟しとけよ!」
突然そんなことを言い出す宍戸に跡部は唖然とする。楽しませるというのは、おそらくこ
の後、ベッドの上でする行為のことについてであろう。
「マジで言ってんのか?宍戸。」
「ああ。今日は俺がテメェのサンタクロースだ。だから、テメェが喜ぶことなら何でもし
てやるよ。」
もうここまで来たら何でも言ってやれと言わんばかりに宍戸は言う。それを聞いて、ふっ
と跡部は口元を緩ませる。
「そんなこと言われたら、すぐにでもしたくなっちまうじゃねぇか。俺のプレゼントはそ
れが終わった後で渡してやる。宍戸、今言ったこと忘れんじゃねーぞ。」
ニヤけつつ、そんなことを言う跡部の言葉に宍戸はしっかりと頷く。クリスマス色の灯り
が瞬く中、現実と夢の狭間の楽園を目指し、二人は真っ白なシーツの上に体を預けた。
to be continued
★他のも見てみようと思う方は・・・★
−滝鳳− −岳忍− −ジロ樺−