街が華やぎ始めてから約一ヶ月。今日はそのたくさんの飾りが祝うある聖者の誕生日の前
日だ。そんな誰もが胸を躍らせる日に滝と鳳は、電車に揺られとある場所へと向かってい
た。せっかくのクリスマス・イブだということでほんの少し遠出をし、今日は二人でお泊
りをしようということになったのだ。
「長太郎、長太郎、着いたよ。」
移動中の電車の中で、ぐっすりと眠ってしまっていた鳳を滝は揺り起こす。運よく自分達
が下りる駅で、五分くらい停車することになっていたので、そんなに慌てず降りる準備を
することが出来た。
「ん、んー・・・滝さん?」
「よく眠ってたね。もう目的地の駅だから降りるよ。」
「えっ!?本当ですか!?す、すいません!!」
「大丈夫、大丈夫。この駅では少し長めに止まってるみたいだからさ。そんなに慌てなく
ていいよ。」
もう目的地に着いたということを聞いて、鳳はひどく慌てる。そんな鳳を見て、滝はくす
くす笑った。
「忘れ物はない?」
「はい。」
「それじゃ、降りようか。」
あと一分程度で電車が発車するというところで、二人はホームへと降りた。改札口へと続
く階段を上りながら、鳳はもう一度滝に謝る。
「本当にすいません、滝さん。」
「いや、全然気にしてないよ。でも、そんなに眠かった?昨日、何時に寝たの?」
約束の時間もそんなに早いわけではなく、昨日メールを終わらせたのも日付が変わる一時
間以上も前であった。にも関わらず、朝からひどく眠そうで、実際電車の中では全く起き
ないくらいに熟睡していた。
「えっと・・・」
「うん。」
「昨日の夜は、今日のことがすごい楽しみでなかなか眠れなかったんですよ。」
恥ずかしそうに笑いながら鳳は言う。理由も可愛いし、そう言う顔も可愛いと、そんなこ
とを言う鳳に滝は初っ端からやられた。
「本当可愛い理由だね、長太郎。そんなに今日のデートが楽しみだったの?」
「はい。」
「嬉しいなあ。でも、昨日そんなに遅くまで眠れなかったら、今日の夜も遅くまで起きて
るってのはキツイよね?」
もちろん今日の夜は二人っきりのクリスマスを存分に楽しみたいと思う滝だったが、眠い
のであれば無理強いは出来ない。鳳のことを思ってそんなことを言うと、鳳はぶんぶんと
頭を振って否定した。
「いえ、さっき電車の中でぐっすり眠ったんで、今はもう全然眠くないです!」
「本当に?」
「はい!」
「ならよかった。じゃあ、今日は思う存分クリスマスな夜を楽しもうね。」
「はい!!」
ニコッと笑顔になって鳳は頷く。電車の中は仕方なかったにしても、夜まで滝を放ってお
いて眠ってしまうなど絶対に出来ない。今日の夜はたくさんのお楽しみが待っているのだ。
一晩中でも起きていたいと鳳は思っている。それが出来るか出来ないかは、さておき、二
人は改札を通って、まず初めの目的地へと向かって歩き出した。
夜はちょっとリッチなホテルに泊まる予定なのだが、昼間はまた別なところで遊ぶ予定に
なっている。二人が向かった先は場内にスケートリンクを持つ小さな遊園地であった。規
模はそれほど大きくないのだが、この遊園地は大観覧車があることでとても有名だった。
「うわあ、本当に大きな観覧車だね。」
「はい。夕方になったらあれに乗るんですよね。」
「うん。きっと綺麗だよ。あの観覧車から見る景色。」
「楽しみですね。」
入り口からも見える大きな観覧車に乗るのは夕方になってからのお楽しみということで、
二人はまずスケートリンクへと向かった。他の乗り物に乗ってもよいのだが、観覧車以外
はそれほど大きなアトラクションはなく、スケートの方が滝と鳳にとってはより魅力的で
あったのだ。
「スケートか。久しぶりだなあ。」
「滝さん、スケート上手いんですか?」
「上手いってほどじゃないけどね。普通には滑れるよ。」
「そうなんですか。俺は・・・」
「次の方。」
「はい。長太郎、行こう!」
「・・・えっと、はい。」
鳳は何かを言いかけるのだが、ちょうど受付の人に声をかけられ、その言葉は遮られてし
まった。タイミングを逃し、伝えたいと思ったことを伝えられないまま、鳳は滝に連れら
れスケートリンクへと向かうことになる。
(どうしよう・・・。先に言っちゃった方が格好悪くなかったんだけどなあ・・・・)
言えなかったなら仕方ないと鳳は小さく溜め息をつき、一歩前を行く滝についてゆく。綺
麗に氷の張ったスケートリンクを見て、鳳は妙な緊張感を感じた。
「長太郎。」
「は、はい!」
突然滝に声をかけられ、鳳は動揺してしまう。そんな鳳を見て、滝は首を傾げる。
「どうしたの?さっきから、様子が変だよ。気分でも悪い?」
「い、いえ、そんなことないです!」
「本当?」
「・・・・はい。」
気分は悪くないが緊張はしている。その緊張感はスケート靴に履き替えたとき、さらに大
きなものになった。
「よっし、それじゃ行こうか、長太郎。」
「そ、そうですね・・・。」
必死でその緊張感を隠しているつもりなのだが、鳳の表情はかなりこわばっていた。どう
したんだろうと心配になる滝だったが、その原因はスケートリンクに足を踏み入れた瞬間
すぐに分かった。
「うわっ!」
ドサっ!!
氷の上に足を一歩踏み出した途端に鳳は大きな尻餅をつく。そう鳳はスケートが全くと言
っていいほど出来ないのだ。
「大丈夫?長太郎。」
「ス、スイマセン、滝さんっ。」
自力で立ち上がろうとするのだが、足が滑ってしまい全く立つことが出来ない。手すりに
掴まって立とうとしてもこれもまた無理。あまりのどうしようもなさに鳳の目は次第に潤
んでくる。
「ゴメンナサイ、滝さん。」
「長太郎、もしかしてスケート出来ないの?」
「・・・・・はい。」
「だったら、言ってくれればいいのに。はい、俺の手に掴まって。」
立ち上がれないでいる鳳の前に手を差し出し、滝は苦笑する。鳳の手を取った後、自分で
も手すりを握り、鳳にも握らせ、ゆっくりと引っ張り上げてやる。滝にバランスをとって
もらっていることもあり、何とか鳳は立ち上がることが出来た。
「うーん、手すりに掴まって立つのがやっとって感じだね。」
「俺・・・何度かスケートしたことあるんですけど、どうしても出来なくて。」
今にも泣いてしまいそうな表情で鳳は言う。そんな顔も可愛いなあなどと思ってしまう自
分を制しながら、滝はよしよしと頭を撫でてやった。
「大丈夫。ちゃんと練習すれば出来るようになるよ。」
「でも・・・」
「せっかくスケートリンクに来たんだからさ、滑れるようになった方が楽しいでしょ?」
「はい・・・」
ニッコリと笑いながらそう言う滝に、鳳はホッとする。スケートをしたいなあと提案した
滝に、自分は出来ないということを言わずに同意してしまった。それも悪かったと思うし、
今こんなふうに迷惑をかけてることもすごく悪いと思っている。それなのに、滝はそれを
プラスにプラスに持っていこうとしてくれている。そんな滝の優しさが嬉しくて、鳳は若
干笑顔を取り戻した。
「よし、じゃあ、まず手すりに掴まったまま歩いてみようか。両手で掴まってるとバラン
ス取りにくいから、片方は俺の手を握って。」
「はい。」
手すりと滝の手を握り、鳳は恐る恐る足を前に出してゆく。さっきまでは立っているだけ
で精一杯だったのだが、滝のアドバイス通りに足を動かすと手すりの端から端まで歩くこ
とが出来た。
「すごいじゃん、長太郎!その調子、その調子。」
手すりを握っているにしろ氷の上を歩けたことに鳳は感動。子供のような笑顔を滝に見せ
る。
「俺、進めましたよ!!滝さん!!」
「よし、じゃあ次は手すりを放して滑ってみようか。」
「えっ!?」
いきなりそれは無理だと鳳は尻込みする。もちろん手すりを放すと言っても完璧に何もな
いところで滑るわけではない。
「今度は両手で俺の手を握って。まずは足動かしたりしなくていいから。俺が引っ張って
どんな感覚で滑ればいいか教えてあげる。」
「でも・・・俺が転んだら、滝さんも転んじゃいますよ。」
不安そうな顔で鳳はそんなことを言う。
「別にそんなことは気にしなくていいよ。転んだら転んだでいいじゃん。まずはやってみ
なくちゃ。」
「はい・・・」
転ぶのではないかという恐怖はまだ残っているが、鳳は思いきって手を放し、その手を滝
の手に移した。ぐらついてはいるが、何とか手すりなしで氷の上に立っている。それもま
た鳳にとっては感動で、それだけで胸がドキドキと高鳴っていた。
「もう少し力抜いて。で、重心をちょっとだけ前に置いてみて。」
「こう・・・ですか?」
滝の言う通りにすると、さっきよりも楽に氷の上に立っていることが出来るようになった。
そして、次の瞬間すっと体が前に動く。
「うわっ!」
「怖がらないで。ほら、長太郎、ちゃんと氷の上滑れてるよ。」
鳳の手を取り、滝は後ろ向きで氷の上を滑る。自分で足は動かしていないのだが、間違い
なく自分は氷の上を滑っている。
「すごい・・・」
「長太郎、そのままさっき手すり掴まってた時みたいに足を動かしてみて。」
氷の上を滑ったまま、鳳はゆっくり足を動かす。その瞬間、体が一気に軽くなり、さっき
よりもスムーズに前に進むようになった。
「そうそう。いいよ。長太郎。」
「滝さん、俺、ちゃんと自分で滑れてます!!」
「うん。すごいすごい。それじゃあ、片手にしてみようか?」
「はい!」
自信がついたのか、滝の提案に鳳は即答で頷く。滝が右手を離し、前を向いた状態になる
と、一瞬鳳はバランスを崩すがすぐに自力でもち直した。
「ほら、滑れるようになったじゃん、長太郎。」
「うわあ、俺、ちゃんとスケート出来てる!!ありがとうございます、滝さん!!」
「よし、じゃあ、一緒にこのリンク一周回ってみようか。」
「はい!!あっ、でも・・・」
「何?」
「絶対、手離さないでくださいね。」
ほんの少しだけ不安そうな顔をしながら、鳳はそんなことを滝に頼む。その表情の可愛さ
に滝はもうメロメロだった。
(うわあ、マジ可愛い〜vvこりゃ絶対離せないね。)
そんなことを考え、テンションの上がった滝は鳳の手を握ったまま思わずスピードを上げ
てしまう。突然速くなるスピードに初めは戸惑う鳳であったが、一度滑れてしまうと、あ
とはもうだんだんと慣れていくだけだ。初めの不安そうな顔はどこへやら。一周回り終え
るまでには、鳳の顔は非常に楽しそうな笑顔になっていた。
「はあー、楽しかった。随分、長い間滑ってたよね。」
「そうですね。でも、本当楽しかったです。ありがとうございます、滝さん。」
「別にお礼を言われるほどのことはしてないよ。」
二人がスケートリンクから下りた時には、既に太陽は夕焼け色に染まっていた。冬の真っ
只中、日の入りの時間が他の季節に比べて早いのだ。
「もうすっかり夕方だねー。そろそろ観覧車の方行く?」
「うーん、俺、ちょっとお腹空いちゃったんですけど。何か食べてから行きません?」
「あー、確かに。あんだけ動けばお腹も空くよね。じゃあ、ちょっとおやつを食べてから
行こうか。」
「はい。」
というわけで、二人は売店で適当な食べ物を買い、それを食べてから大観覧車の方へ向か
うことにした。お腹を満たした後で、観覧車がある方に行ってみると、そこには長蛇の列
が作られていた。観覧車から夕焼けの景色が見たいとたくさんの客が集まってきていたの
だ。
「うわあ、すごい列。」
「時間が時間ですからね。」
「まあ、いっか。夕日は見れないかもしれないけど、夜景は見れそうだしね。ちょっと並
ぶことになっちゃうけどいいかな?」
「俺は全然構いませんよ。観覧車、楽しみにしてましたから。」
かなり長時間並ばなくてはならないが、そんなことは別にどうでもいいらしい。二人の順
番が来たのは並び始めてから約三十分後で、あたりはすっかり夕闇に包まれていた。暗く
なったということで、遊園地内にあるアトラクションには明かりが灯され、観覧車自体も
キラキラと色とりどりの電飾が瞬き始めた。
「はあ、やっと乗れるね。」
「はい。それにしてもすごく綺麗ですね。この時間に乗れてよかったかも。」
「そうだね。上からの景色もきっと絶景だと思うよ。」
そんな会話を交わしながら、滝と鳳はゴンドラに乗り込む。扉が閉まると二人を乗せたゴ
ンドラはゆっくりゆっくり夜空に向かって上ってゆく。だんだんと小さくなってゆく人を
下に眺めつつ、二人は顔を見合わせ笑う。
「もうあんなに人がちっちゃくなっちゃってますよ。」
「本当だ。けど、まだ頂上につくまではもう少しあるよね。」
「はい。そうだ、滝さん。頂上に着く前にプレゼント交換しません?」
「いいねー。観覧車の中でクリスマスプレゼントの交換するなんて、なかなかロマンチッ
クじゃない。」
頂上に着くまではまだ少し時間があるということで、二人はプレゼント交換をすることに
した。それぞれ鞄の中から用意していたプレゼントを出し、お互いの顔を見る。
「それじゃあ、交換しようか。」
「はい。」
『メリー・クリスマス。』
メリー・クリスマスという言葉と共に、二人は自分の用意したプレゼントを相手に渡した。
「何だろう?開けてもいい?長太郎。」
「はい。滝さんのプレゼントも開けてもいいですか。」
「うん。」
プレゼントが何かとわくわくしながら二人をそれぞれ受け取ったものの包みを開ける。包
みの中から出てきたプレゼントを見て、どちらも感嘆の声を上げる。
『うわあ・・・』
滝が鳳からもらったプレゼントは、雪の結晶をモチーフとしたペンダントトップがついた
チョーカーであった。
「すごい綺麗。本物の雪の結晶みたい。」
「アクセサリー屋さんで見つけたとき、すごく滝さんに似合いそうだなあと思ったんです
よ。気に入ってもらえましたか?」
「うん。すごく気に入った。ありがとう長太郎。」
ニッコリ笑って滝は鳳にお礼を言う。一方、鳳が滝からもらったプレゼントはというと、
シルバーの鈴のようなものに金色の天使がついたネックレスであった。
「これ、ネックレスですか?」
「うん。形はね。この鈴みたいなのガムランボールっていうんだ。鳴らすとすごく綺麗な
音がするんだよ。」
試しに鳳は耳元にそのガムランボールと言われるものを持っていき、音を鳴らしてみた。
すると普通の鈴とは全く違う、澄んだ透明感のある音が響く。それはまるで、天使がハー
プを弾いているような、そんな音であった。
「本当だ。これ、すごく綺麗な音ですね。デザインも可愛いし。」
「気に入ってもらえたかな?」
「はい!ありがとうございます!!」
滝も鳳もそれぞれ相手からもらったクリスマスプレゼントをひどく気に入った。そんなこ
とをしているうちに二人が乗っているゴンドラは一番高い場所へと差しかかろうとしてい
た。
「うわあ、すごいですよ滝さん!!外、見て下さい!!」
「本当?わあ・・・・」
大観覧車の一番上から見える景色。それはまるで宝石箱をひっくりかえしたようなそんな
景色であった。遊園地内の様々なイルミネーション、中心にある大きなクリスマスツリー
の明かりに、街の明かりの煌めき。キラキラピカピカ、何度も瞬きを繰り返す様は二人の
目をあっという間に釘付けにさせた。
「超綺麗・・・」
「本当ですね。」
「うわあ、俺、今すごい感動してるんだけど。」
「こんな素敵な景色が見れてるんですもん。そりゃ感動しますよ。」
クリスマス・イブにピッタリの夜景は二人の瞳を輝かせる。ゴンドラが高度を下げ始めて
もしばらくその景色を眺めていた二人だったが、ある程度のところまで来ると窓の外の景
色からは視線を外し、その視線をお互いの顔へと移す。
「本当、すごく綺麗だったね。」
「はい。期待してた以上のものでした。」
「何かあーいうの見ると、テンション上がるよね。」
「そうですね。あんまり綺麗だったから、今も心臓がドキドキしてますもん。」
「俺も。ねぇ、長太郎。せっかく観覧車に乗ってるんだからさ、一回くらいしてもいいよ
ね?」
「えっ?何をですか?」
「キスだよ。それともそれ以上のことして欲しいの?」
当たり前のことを聞き返してくる鳳に、滝はからかうような口調でそんなことを言う。そ
れを聞いて鳳は慌てて首を振った。
「い、いえ、それ以上のことはここではダメですよ!」
「ふふ、分かってるよ。それは、ホテル行ってから。でも、キスするくらいはいいだろ?」
「は、はい。」
ドギマギしながら鳳は頷く。向かい合って座っていたのを、隣に座るような形で移動し、
滝は鳳の頬に手を添え、ゆっくりとキスをする。地上に着くまではもうしばらく時間があ
る。そんな短いひとときを二人は甘く柔らかなキスをして過ごすのであった。
観覧車から降りても、鳳は先程の甘いキスの所為でかなり夢見心地であった。
「なんか・・・俺、今すごいイイ気分です。」
「奇遇だね。俺もだよ。」
「滝さん、ホテル行ったらまず何するんですか?」
「そうだねぇ、まずは夕飯を食べて、それからお風呂に入って、あとはお楽しみタイムっ
て感じかな?」
「そうですか。」
期待感を含みつつも、ちょっと物足りないような口調で鳳がそんなことを言うので、滝は
またからかいたくなってしまった。
「早くお楽しみタイムにして欲しいって?」
「べ、別にそんなこと言ってないじゃないですか!」
「ふふふ、冗談だよ。でも、今日はクリスマス・イブだからね。いつもとは一味違うこと
をしてあげるよ。」
「本当ですか?」
「うん。期待しててね。」
「・・・はい。」
いつもとは違うこととは何なのだろうか、ちょっと不安はあるものの鳳にとっては期待の
方が大きい。もちろん滝もクリスマス・イブだということで、いろいろな期待を胸に秘め
ている。そんな胸が躍るような気分で、二人は今日泊まるべきホテルに向かってゆっくり
と歩き始めた。
to be continued
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−跡宍− −岳忍− −ジロ樺−